邂逅
8月の休日。僕はいつものように自室で民謡を読んでいたのであるが。静謐な空間での読書は、呼び鈴が鳴ることで妨げられた。僕は階段を降りる。それからノブを掴んではい、と言って戸を開けた。開かれる戸の隙間から陽光と共に男の声がやってきた。
「どうも…あ、信介はいないのかい。」
少し戸惑ったかのような声色が聞こえる。とりあえず戸を開いて男を呼び入れる。腕に巻いたチョーカー、首にかけた犬笛、そして蛾の羽のような模様の服が彼を目立たせていた。
「中へどうぞ、父は墓参りでいませんが。」
そうか、と少し肩を落として靴を脱ぐ彼の様子は実の父に酷似していた。
「君は信介の子供かな。」
僕がコクンと頷くと、彼は心が同じだったからと、にっこり微笑んで言う。僕はそれに反応を示さず部屋を案内した。客間にお茶を出し、僕もまた座った。彼は雄弁家であり、父の話が主役であった。
「雄介さんは父と本当に仲が良かったんですね。」
僕は慣れない相槌で応える。目は泳いでいた。彼は湯呑みを口に近づけたまま含みのあり笑みを作って言う。
「あいつは良い意味でおかしかったよ。けれどおかしさで言えば浪白は度を超えていたね。」
僕は聞き慣れない名前に戸惑う。決して僕の顔から目を離さない彼はそんな僕を見透かしているのか、ニヤけていた。眼光は事実以上の物を見ているようで背中に冷気がかぶりつく。彼は空っぽの湯呑みを逆さまにして、水滴が落ちないことを確認してから説明を始めた。
「浪白っていうのは君の母さんのことだよ。浪白麗花。」
僕は合点がいって、手に拳をポンと打ちつける。
「母のことだったんですね。たしかに母は最期まで凄かったです。」
雄介は興奮したせいか、首にかけていた犬笛を手に取って顔が真っ赤になるまで笛を鳴らした。ははは、と声をあげて笑う男は目を逆さまの盃のようにして言う。湯呑みも逆さまのまま卓上に置いてある。
「おかしいんだよ、あの二人は。特に高校の二人はね、タガがなかったんだよ。」
タガが外れているではなく、タガが無かった。あの父が、と僕は眉間に皺を寄せて彼を見つめる。
「嘘じゃないよ、本当だよ。」
僕の不信を見抜いたのか慌てて言葉を補強する彼。雄介と名乗るその男は湯呑みを僕に押し出して言った。
「信介と麗花はいつも古代の呪文書で遊んだり、独自の言語を作ったり。休み時間も放課後もいつだって一緒。時には図書館に泊まり込んでいたことも。」
さらに、俺は大学で雄介と仲良くなったけれど高校であの二人の仲に入ろうなんて思わなかったよ、と注がれた湯呑みに目を落として彼は言った。
「母さんはよく言ってましたよ…呪われているって。」
母は不思議の多い、いや不思議しかありません、と僕は後付けで言った。男はまた言う。
「俺もね、麗花については本当に幻影じゃないのかって思う時もある、今もね。それくらいに彼女は異端だったから。」
人離れというか何というか。
「でも信介は彼女に一目惚れしてたらしいよ。」
人離れの母に、一目惚れの父。
彼はニヤリとした顔で席を立った。それから信介によろしく、と言って出て行った。蛾の羽の模様を転写したような服が目に入る度に僕は疑問を感じていた。
何故きた…と。
自室に戻った後、机に置きっぱなしの民謡を開く。幾許か時が経って、ページに挟まっていた小汚い紙片を発見した。
(私は呪われている いつだって死者に殺される 信介 あんたが未来を守れ)
そんな厨二病の夢手紙。捨てるところもないので仕方なくポケットに入れる。太陽が沈みかけていた夕方のこと。
僕はひどい臭いを感じた。




