学校
8月の朝、登校中の僕一人。
家を越える高さの電柱に、低い駆動音を垂れ流してそばを走行する自動車、大きな金切り声を上げて鳴く踏切。どれもおかしいくらいに恐ろしいものなのに僕はそんなものにわざわざ目を当てたりしない。
騒音も雑踏もこの耳は受け取らない。代わりに僕も口を開かない。
学校楽しいか、か。僕は呟く。
通勤か、スーツを着る大人たちは時々、腕時計を見たり電話をしたり早歩きをしたりしていた。通学か、制服をきた中学生は楽しそうに笑いながら時には小突き合いながら通学路を歩いていた。
僕は学校の校門に入る。校門のそばに咲いたソメイヨシノはその薄汚い淡い桜色の花びらを落とす。その花びらを避けながら、地面に落ちた銀杏を踏まないように下を向きながらエントランスに入る。
「ねぇ一昨日のカラオケやばかったじゃん、まじ楽しかった。」
僕の靴入れの四つ右。つまり手を伸ばせば当たる距離に彼女たちは居た。何かわからない言葉が僕の耳に届いてその度に僕の背中は縮こまる。靴を履き直して校舎に向かおうと彼女たちを抜かした時だった。
「航平…」
耳を疑った。思わずビクッと顔を上げたその刹那、彼女と目が合う。靴を履き直そうと前傾姿勢の彼女に。周りの騒音も学校のチャイムもノイズだった。けれど今の僕には…
「麗華。」
冷めた眼光を残してその場を去る。彼女たちは靴箱のそばで、僕は階段に足をかけて。猫背で両腕を垂らしたままそれでも眉間に皺が寄っていた。
自分の自席に座り鞄から書物を取り出す。今度は青森の民話伝承解説本。自宅から持ち出したざっと二十年前の書物をパラパラと開く僕に声をかけるものなどいない。周りの声も騒ぎも環境音だ。時々席の前を横切る影や斜陽を遮るように立つ影を意識したりする。
けれど僕は書物に見入っていた。
チャイムが鳴った。
顔を上げて、それから書を閉じる。教卓に立った教師の肩くらいまで流し見て、机に置いたままの書を読む。教卓で何やら話していた教師が去ったことから朝学活が終わったことが分かった。それからすぐに息つく暇もなく背中を叩かれてねえ、と声がかかった。
「今日私も行くから校門で待ってて。」
そう言われると彼女はすぐに教室の外へ出ていった。教室には手を伸ばして虚空を掴むしかない僕の姿が合った。
「13日か…別に気を回さなくてもいいのに。」
そう吐き捨てて、でも少し嬉しそうに微笑んで、僕は本を鞄に戻して財布を確認する。
榊や少量の菓子を買うくらいには十分な金があることを確認して僕は机に突っ伏した。
「久しぶりだな、母さん。」
そう僕は言った。




