地獄世界
ドス黒い顔が見える。大きく動かされた黒い翼が建物を痛めつける。それらが僕の部屋に鉄槌と共に入ってくるその直前、そばにいたキリアさんが指を鳴らした。
刹那、色が消えた。悪魔どもが停止した。
「おまえさんには見せておいたほうがいいかと思ってな。」
「これが吸血鬼ですか、馬鹿らしい。」
「これだけじゃない。まあ特に時間の座標軸をいじるのは得意だが。」
キリアさんの真っ白な指が音を立ててもう一度鳴らされる。
瞬間、色が戻りそして…
目の前の悪魔どもがその体ごと潰えた。
内側から黒い液体が飛び出て目が外れて溶けて落ちていく。一体ではない。何体も。黒い群れが一気に瓦解した。
雄介は息を飲んでそれを見ていた。その目は大きく見開いて充血していた。
「そうか、お主も。」
「吸血鬼が地獄の領主なのは知っていたが、これじゃ生物としての均衡が崩れているじゃないか。」
「まあそれが今は仲間だからいいじゃないか。」
僕は雄介を宥めながら窓を見返す。黒い雲は消え、大きな月が昇っていた。ただし月光は異様に煌めいていて、白い世界が煌びやかに広がっていた。
「地獄というより、墓場だな。」
雄介はその言葉と共に息を吐く。キリアさんはそれを細い目で受け取り手をもう一度かざした。すると至る所が揺れ出した。
その揺れと共に怒号が聞こえる。恐ろしく生命の危機を教える叫び。心が震える怒り。自ずと僕の足が震えひざまづいてしまう。キリアさんが言った。
「安心しろ。これは敵じゃない。最も頼りがいのある仲間じゃ。」
「な、もしや本当にできるのか、吸血鬼は。けれどそれは生命論理に反している。」
キリアさんがさっと右手を前に押し出した。そして突き出した右手に左手を添えて唱える。何かの言葉を、何かの想いを。
突然、窓の奥に白い骨と皮の何かが現れた。ビルや廃屋の屋根の上に降り立った彼らは白く骨と皮の体で大きな翼がある。どこかでみたような。
「あれはさっきの悪魔だ。」
雄介が言った。爪をかみながら。
「吸血鬼は本当にズレている。どこまでも上位種なのだな。」
「世界の論理を裏で守っているのだからそれくらい当然だろう。」
「本当に、悪鬼だけじゃなくあんたら鬼はイカれてる。」
「あんたも鬼じゃろうが。」
「…」
「それでも神に祝福されたおまえらとは違う。」
「あんたは猫に祝福されたものな。」
ひどい顔をする雄介。僕の顔を見て何かを堪えるような顔をして外方を向けた雄介。キリアさんはこの状況でクスリと笑っていた。
空がもう一度紅い雲で覆われた。雲の奥で巨大な人の影が見えた。白色巨人。あの日見た彼らだった。
終末は終わらない。




