裏切り者はお前だ
「それは…誰の話ですか。」
鬼は窓枠から腰を離して立ち上がった。見下ろすような立ち位置で鬼は言った。
「誰ではない。カシウスについてだろ?カシウスが実は人間の子供だという話だよ。」
くるりとターンして鬼は背中を僕に見せた。黒い髪が紅い月光に照らされてガーネットのように輝く。
「僕はカシウスを破壊したいと思っていた。けれど本当は殺したかったのか。でもカシウスが人間の子供だったら僕は殺人犯になってしまう。それは良くないことだよね。」
けれどもその同意を求める言葉虚しく、その鬼が僕に振り向くことはなかった。一言だけ僕に告げてから窓を超えてそれから紅い月へ飛んで消えた。
「果たして本当にそうかな。」
そう鬼は一言去る直前、僕に言った。部屋を出る最後に吸血鬼が唯一残した名残。その残滓を僕は感じる。ポケットに手を入れて久しぶりにあの紙片を広げる。母の言葉がこもった紙片に何かカシウスについて書かれていないか確認しようと試みた。吸血鬼の去った部屋。平行世界の僕が居座るその拠点。そこには言葉を失った僕と、その僕の背中合わせに広がった影が不敵に揺れていた。
紙片の中身は現代の言葉ではなかった。読めるし分かる、知らない言葉のはずなのに。だからなんで僕は笑っている。すると空に太陽がでる。どうして青い空にカシウスがうごめいている。
カシウス
それは人間の子供だった
だから街が輝いている。なぜ僕は泣いてそれを観ている。
いつかに終わらせないといけなかったのに
家族のうちの誰かが
なぜ子供をカシウスと呼んだのだ。地獄の家族、それは一番災厄なこと。一階から泣き声が聞こえる。
でないと皆笑う
それはとても避けたいことだ
異臭が階段から始まる。轟音と共に空でうごめくカシウス。窓から見える街はもう昔の街ではない。幸福が溶けた盆地の街は綺麗な朝日を宿していた。それを太陽は嬉しそうに見つめている。
だからカシウス
死ねよ
僕は憤怒した。でも太陽は微笑み、カシウスも微笑んでいた。




