解き直し時直し
「有益な情報ありがとうございました。僕は手違いというか予想違いでこんな世界にやってきてしまいました。そうです、平行世界の住人とでも言いましょうか。どうしたら戻れるか知っていますか?」
話が少し変わってしまっても鬼は僕の話を聞いてくれているようだった、鬼は自身の話を大仰に喋る場が楽しかったのかも知れない。だから鬼はじっと僕の話を聞いている間は僕の目を見て聞いてくれていた。そんな鬼の答えはこうだった。
「知らんよ。妾はただの吸血鬼じゃ。それにお前、ただの人間だろ?何が並行世界じゃ。物語の読みすぎじゃ。」
真っ白な指をビッと突き刺すように伸ばして鬼は言った。
「あなたは人間ではない。人間でないものと話している時点で僕はただの人間ではない。並行世界の住人の可能性だってあるでしょう。実際あなたは僕に惹かれたんでしょ?」
鬼は突き伸ばしていた指をそっと戻して天井へ顔を向けて言った。
「お前の首を掻っ切って今ここで永遠の屍にすることもできるし、魔術でお前をただの人間にすることもできる。お前を人間にする方法は無限、故にお前を人間と呼んでも問題ないのじゃが…」
鬼は口を一度閉じてそれからまた開いた。
「人間かどうかはどうでもよいな。この場合。お前が人間でなく、妾がお前を並行世界の住人だと信じたとしてどうする?妾はただの吸血鬼。人間より剛腕でも世界をまたがることなぞできやしないよ。」
部屋の空気は重たくなり窓からやってくる風は消えた。僕は口を開いて尋ねた。
「それは…誰の話ですか。」
鬼は窓枠から腰を離して立ち上がった。見下ろすような立ち位置で鬼は言った。
「誰って何を言ってるんだ。ずっと妾とお前の話をしておっただろ?ついに馬鹿になったのか元から馬鹿だったのか。」
くるりとターンして鬼は背中を僕に見せた。黒い髪が紅い月光に照らされてガーネットのように輝く。
「僕はカシウスを破壊したいと思っている。カシウスを無くしたいんだ。君がそんなに強い吸血鬼でなくて僕がカシウスを知るただの人間でないとしたら。分かるかな、どっちがものを尋ねている側か。」
けれどもその威勢は虚しく、その鬼が僕に振り向くことはなかった。一言だけ僕に告げてから窓を超えてそれから紅い月へ飛んで消えた。
「果たして本当にそうかな。」
そう鬼は一言去る直前、僕に言った。部屋を出る最後に吸血鬼が唯一残した名残。その残滓を僕は感じる。ポケットに手を入れて久しぶりにあの紙片を広げる。母の言葉がこもった紙片に何かカシウスについて書かれていないか確認しようと試みた。吸血鬼の去った部屋。平行世界の僕が居座るその拠点。そこには言葉を失った僕と、その僕の背中合わせに広がった影が不敵に揺れていた。
紙片の中身は日本語だった。いやそもそも紙片はないはずなのに。だからなんで僕は笑っている。すると空に太陽がでる。どうして青い空に巨人がうごめいている。
カシウス
それは呪いの終わりだった
なぜ街が崩れている。だから僕は笑ってそれを読んでいる。
いつかに終わらせないといけない
家族のうちの誰かが
なぜ巨人を鬼は呼んだのだ。地獄の住人を連れてきた鬼。それは一番悪いことだ。一階から叫び声が聞こえる。
でないと皆死ぬ
それはそれでつまらないものだろう
異臭が階段から始まる。轟音と共に街を踏み歩く白色巨人。窓から見える街はもう街の原型を保っていない。液状に溶けた盆地の街は綺麗な灰色をしていた。それを太陽は悔しそうに見つめている。
だからカシウス
死んでください
僕は大泣きした。太陽も大鳴き。でも巨人は笑っていた。




