26/37
カシウスの書を開く時
冷め切った右腕を書物へ伸ばす。僕の部屋にあるものなのに僕が見たことのない題名。この世界の僕と今の僕の違いがここにあるとしたら。この夢物語のような淡い幸せがこの本のおかげなら。
書の表面に手を置く。手を揺らしながら書を撫で回す。ざらざらと厚紙の感触がする。それからもう片方の腕も伸ばして両手でそれを開いた。
本の中身は実に普通であった。開くと中から封印された何かが出る、もしくは自分が本の中に吸い込まれるといった特例も何もなく、普通の本のように基本文章、所々挿絵と言ったようであった。だから口をとんがらせてぶっきらぼうに本を扱ってしまう。バラバラとページを飛ばし読みする。
半分行ったくらいであろうか。数百ページ目に赤い紙片が挟まっているのに気づく。それを裏返して両眼でじっと確認する。
「鏡文字…」
そう呟いてそれをポケットに押し込んだ。部屋に据え付けられた四角い窓。その窓に赤い光が差し込んでくる。それは月光だった。赤く煌めく月。
「そうか…そういうことか。」
赤い月の伝承は見飽きるほど数多ある。この部屋にも数十冊の専門書が立ち並びその有名性を物語っている。それでもやはり特筆すべき有名事例が一件だけある。
「赤い月の吸血鬼」
西洋のロマン溢れるその伝承を口ずさむ。その口は吸血鬼ならぬ笑みを湛えていた。




