卒業
厳島高校の桜が咲き誇り、世間が一般に出会いと別れの季節と豪語する時期。僕は麗華の腕の中で目を覚ました。一階のリビングに降りると妹がくつろいでいて、勢いよく彼女が跳躍すればスカートは花弁のように広がり、甘い匂いを撒き散らした。そんな有希、僕の妹を寝ぼけ眼はしっと見つめていた。するとそっと肩に手が置かれた。振り向くと突き出された指で僕の頬を凹ませて、それからクスクスと笑う麗華の笑顔があった。
「今日は、ちゃんとしなきゃ、航平。」
ニヤニヤと麗華は言う。僕はその顔を右往左往しながら見定めてやがて目を外した。
母は湯呑みを口を上にして机を並べ、厚いレンズを掛けた父は新聞紙を広げていた。五脚の椅子は埋まり、暖かなご飯が卓に並ぶ。
爽やかな初春の風が、沈丁花の甘い香りを載せて室内へ吹き込む。春の匂いが部屋に立ち上る。麗華は自分の箸で掴んだ卵焼きを僕の口に近づける。それをパクッと頬張る僕の様子に麗華の好奇の視線が注がれた。
僕と麗華は久々に制服を着込んで、家族のいる家を出た。通る通学路の隅にタンポポが咲いている。フワフワ。
小学生が摘んだタンポポに息を吹きかけると、細かい星の屑のような綿毛が暖かな初春の空へ舞い上がる。それを眺めて笑う僕たちはゆったりと足を進めた。
一人、急いで走る厳島高校の生徒が僕らを追い抜かしていた。
厳島高校の校門を通ると下駄箱が見えてくる。僕と麗華は手を繋いだまま靴を脱いだ。さわさわ。
周りの同級生は僕たちに目を向けることなく、黙々と階段を登っている。僕は麗華の顔を覗き、もうこの光景にも慣れたのだとしみじみと思う。
僕らは階段を登る。
4回の廊下を歩く時すらも手を繋いだままで、僕らは横並びに教室へ向かっていた。二年一組の札が見えた時、少女が僕らに向かってくるのに気づいた。猪突猛進の人の子は猪のように素早くて、風のように音がない。
気づいた時には僕と麗華の間を抜けて、化学室へ去る彼女の影だけが見えた。
麗華の手は暖かくて小さい。
予鈴が鳴るとぞろぞろと僕らは立ち上がり、僕らは胸に造花を刺して歌を唱えた。歴史ある校歌を歌い終えた後、僕らは体育館に向かった。
初春の風がそよぐ晴れの日、学校に集まった僕は同級生と肩を合わせて涙した。麗華は僕の手を繋いで思い出の桜の木に連れ出す。麗華と木陰に座って日の落ちかかる校舎をぼうっと眺める。そんな儚く尊い最後の時間。僕と麗華は些細なことで笑い合う。
校舎の窓に飛び出す同級生の中にも、通り過ぎる生徒の間にも、あの急足の子はいない。それだけが僕の心の隅に蓄積していた。




