宿願
父の背中に隠れる少女。それは白鳥麗華であった。
「父さん…どういうことだよ。」
明らかに挙動が不審な僕に微笑む父は少女の背中を押す。麗華は真っ赤な顔を隠すように前髪をいじりながら言った。
「よろしく…航平。」
最初は母が拍手をした。それから妹が飛び跳ね出して父が笑い出した。麗華は頬を赤らめて時々僕の顔色を窺った。時計の針がジリジリと律動する。僕は父に目配せをしてそれから首を傾けた。けれども父は麗華の方を向いて僕を急かすだけであった。
一体どうしたって言うんだ。
母が僕と麗華の背中を押す。四脚の椅子に急遽用意された椅子が一つ。卓には鯛の飾り切りが盛り付けられ、見慣れない御馳走が並んでいた。
「一体今日は何があるんだよ。」
僕の隣に麗華が座る。母と父は向かいでニコニコ笑い、妹は誕生日席ではしゃいでいた。父が僕と麗華を見てから誇らしげに言った。
「お似合いだな。」
その刹那、僕の右手に熱が伝わる。暖かな指先、僕の右手を掴んだのはまぎれもなく麗華の手であった。温かくて小さな手。それが麗華の手であった。
隣に座る彼女から甘い香りがする。心臓の鼓動が速くなり緊張するのが分かる。その日のご馳走が味がしないほどに僕は彼女を感じていた。
風呂から出た僕は自室に戻る。時計は8時を指していた。リビングに行くとニヤニヤする父に小突かれそうで、部屋で本を読もうと自室の扉を押し開いた。
「航平、今日はね。」
まじまじとした麗華の姿がそこにはあった。艶々とした頬は赤らんで麗華は目を合わせようとしていなかった。
「麗花お義母さんがね、今日はここで寝ろってさ。」
ふふ、と可愛らしく微笑む麗華。僕は頭をかきながら終始彼女の口元を見ていた。麗華は目を泳がせながら僕の前でもじもじとしていた。
それが分からなかった。
でも本当に良いのだろうか…
僕の右手は何も掴まない。麗華の袖を掴むことは容易ではない。それでも歩み寄ることはできた。僕の足は麗華に向かう。恥じらう少女に近づく。時計の音を掻き消すほどの鼓動が鳴る僕の心に、もう針など刺さっていない。
じきに鼓動が二つになった。暖かな体温が二人の間で共有される。吐息が心を震わせて、そよぐ髪が僕の手元に降りかかる。
「麗華は、僕でいいのか…?」
僕の呟きはこの甘い空間に溶けて消え去る。目の前の少女の、その頬が何よりも答えを呈していた。
彼女が僕の胸元で言う。
これからよろしくね、と。




