劇的
8月の朝。僕はまじまじとした目で雄介の誘いをきいていた。
「それはなんだよ。」
僕は口を尖らせて半ば突き放すように言った。けれども両目は雄介の口を捉えて離さない。ニヤッと顔を歪ませた雄介は小さな声で答える。
「お前も今のままじゃ何の救いもないことくらい知っているだろ?だから簡単な話だ。俺が持つ装置を使ってお前の人生をやり直させる。」
雄介は実に嬉しそうでその想いが彼の言葉に乗って聞こえてくる。僕は部屋をキョロキョロ見渡して誰もいないのを確認した。
「どこまでならその装置でやり直せるんだ?」
雄介はさらに小さな声でささやく。自然と僕と雄介の距離は近づく。
「あの事故の前日だ。事故を防いでそれから麗華との関係もより戻せる。どうだ?」
僕は目を伏せようとしながらも口はニヤけていた。律動する時計の音はもう聞こえない。会話に聞き入っていた。
「代償はないよな。意地汚い契約とかは無いよな。なければ俺はそれをしたい。」
雄介は急に身を引いて笑いだす。それから大きな声で僕を見下ろしながら言う。
「こんなお前にだけメリットのある内容を俺が無償でするとでも思ったか?笑わせるな、代償はある。けれど簡単な物だ。お前のポケットにある紙片を俺にくれ。」
それから雄介は急に黙り込み僕の顔をその大きな目で凝視する。僕の反応を窺う雄介の顔はあらかた地蔵のようであった。
「こんな物で良いのか?」
僕はポケットに腕を入れて素片を取り出す。それから雄介の前へ差し出そうと手を伸ばした。時計がコツコツと動く部屋で雄介は身を飛び退けて体を翻した。背中を見せた彼はゆっくりとこちらへ振り向いて僕に言った。
「扱いに気をつけろ。危うく死にかけたぞ。」
彼はブルブルと身震いをさせて僕を訝しげに睨んだ。彼はガクガクと震える手首を僕に伸ばして言う。
「何か、こう包みを持ってきてくれ。それからだ、全ては。」
僕は棚から頭巾を取り出してそこに放り込む。簡単に結びを作ってから彼に手渡した。緊張し切った彼の顔はようやく弛緩し、今度は彼がポケットに手を突っ込んだ。僕はその様子をまじまじと見つめていた。
「これをやる。これを肌身離さず持ち歩け。時がくればそのボタンを押すんだ。」
彼はそう言って光沢のある茜色の箱を渡す。僕の手はずしんと下がってその重さに目を見開いた。
「それはお前の麗花と信介が作った最終兵器だ。神をも殺すユーフィニティーだ。」
母さんが…と口を開いて驚く僕に彼はそっと背中を見せる。刹那、開いた窓から風が逃げ去るかのように彼は飛び去る。机に置かれた湯呑みはなくなっていた。
…押すか。
客間で誰かがつぶやいた。




