手のひらで眠る少年
船を漕ぐ様に顔を浮き沈めながら座っている僕。耳に流れ込んでくるものは心地よい仏語のような教師の言葉。暖かな陽だまりで僕は船を漕ぐ。荒波でも何でもない大海を。ぬるま湯の浴槽を。僕は安らかに眠っていた。ばちが当たる。
それは天罰の罰でも、植木鉢のばちでもない、とばっちりであった。
「先月の夜に未成年が道端で倒れていたと学校に報告が来た。」
その教師の報告が僕の航海をめちゃくちゃに書き換える。台風から目が覚めたら僕の口には涎がついていた。教卓に座る教師は椅子に居座る僕でないクラスに向けてしずしずと言う。
「先月から未定期でたびたび目撃されていたしうだ。それを危惧されて地域の方が学校に報告をした。誰か心当たりはないか?」
教師はあくまでも報告であり作業の一環であるかの様に落ち着いた声色で話す。僕の鼓動はどくどくと鳴り響いていた。教室は依然静かで僕に差すひだまりが逃げることもない。けれどもそんな環境で僕の体は震えていた。
それは僕だろうか、と。
先月になるだろうか、今でさえ覚えていないけれど曖昧に何かがあったという漠然とした心の染みが当時はあった。いつも通り布団から這い出て顔を洗って古文書を読んで学校に行く。父と静かな食卓を交わしてまた眠りにつく。そんな日々で、父が殺されて僕が襲われてそれから母さんに出会う、そんな記憶もまた先月は強く覚えていた。何よりも僕は痛みに対しての恐怖、そして信号を恐る様になった、先月のある日から突然。だから思う。
それは僕のことか、と。
しかしそれはあまりにも荒唐無稽で夢の彼方のようで、信じるに信じられないこと。いかに生活の中で疑問を感じる様になっても悪夢を見たとしか考えられないこと。それら全てが僕の脳を駆け巡りそれから諦めた僕は今こうして昼寝をとっていたのだ。
どうしようもない。あれは悪夢だった、と。
そうでない証明がない。それにそうであると信じる意味がない。今、父はいて、家はあって、そろそろ後継の仕事を教えてもらう様になった、だからあれは悪夢だ。
だから教師の報告はノイズだ。僕は机に顔を突っ伏し、後ろ髪を照らす太陽の光に守られながら教師の戯言から耳を隔離した。
環境は変わらない。夢は夢のままだ。全ては僕が生きやすい様に。僕は椅子に腰を預け肘の隙間から教室を流し見る。皆変わらない様子、僕の知っている教室。僕だけの世界だと信じ頷き、そして目を閉じる。
僕は気づいた、ポケットの違和感に。
それは僕を決して逃さない母の悔恨のようだった。




