一話七節『初音好実と京香様親衛隊』
「はあ……」
三階、京香様親衛隊の活動拠点『秘密基地』と札がかけられた空き教室の前で、京香は特大のため息をつく。
生徒会長・相沢京香を神格化するファンクラブ、京香様親衛隊。その推し活は多岐にわたり、非公式グッズの展開もその一つだ。
うちわや法被からTシャツに至るまで、その種類は幅広い。
中でも最近は食堂での活動に力を入れており、京香がいつも座る長テーブル、その空席を『京香様とランチが食べられる券』として独占。オークションにかけている。
参加者はもちろん親衛隊。
最高額は真向かいの席で、百円から始まり一万円の値がついた。さらに、京香がいつも『トマトのクリームソースパスタ』を注文することから、『京香様ランチ』などと勝手にメニュー名を呼び替えている。
昼時には、親衛隊を中心に一斉コールが起きるとか……
もちろん、京香とて黙っているわけではない。生徒会長として、行き過ぎた行為を注意。
理事会にも抗議を行っているが、理事側からは『生徒会長なら応援に応えるべき。嫌なら辞めるしかない』として相手にされなかった。
要するに、体のいい厄介払いだ。相沢家に表立って逆らえない理事会にとって、京香が自ら身を引いてくれるなら、それに越したことはないのだろう。
花百合学園は、元々華族の子女のための女子学園として、一世紀の歴史を持つ。旧華族の流れを汲む相沢家は、華族制度があった時代から学園に出資してきた旧財閥だ。
その影響力は絶大で、京香の非公式捜査も理事側は把握しているものの、黙認するしかないのが実情である。
そして、美穂の調べによれば、須木友香は放課後、親衛隊の集まりに顔を出しているらしい。
学園側は、事なかれ主義らしくプールを閉鎖するだけで済ませた。おかげで水泳部の練習も今日は休みだ。
「京香さん?」
無意識に後ずさった京香は、好実に肩を掴まれ止められた。
「……京香さん?」
「に、二回も言わなくたってわかってるもん……!」
好実の手を振り払い、艶やかな長髪を靡かせてみせるが、全く威厳がない。
「『もん』入りましたー!」
「音声録音、グリーン。これで今日も生きられます……フヘ」
その後ろでは、好×京を楽しむ明美と美穂が仲良く鼻息を荒くしていた。
「出来ないなら、一緒に開けましょうか?」
「ド、ドアぐらい一人で開けられるわよ……」
とか何とか言いつつ、一向に開けようとしないので、好実は口元に左手を添えながら、取っ手にかけたまま固まっている京香の左手に、右手を重ねた。
(嗚呼、寿喜男さん、見ておりまして? わたくしは今、青春をしておりますわ)
好実は心の中で前々世に感謝した。
「夫婦初の共同作業……」
「ダメですよ。明美ちゃん……くぷ。聞こえますって……くぷぷ」
「……二人とも、明日は朝六時、生徒会室集合よ。一分でも遅刻したら……わかってるわね?」
京香のドスの利いた声に、悪ふざけが過ぎたと、二人は『ヒェ』と声をハモらせた。
「失礼しますわ」
共同作業で秘密基地のドアを開けた二人の目に飛び込んできたのは、一部の者にとってはこの世の極楽、しかし圧倒的大多数にとっては混沌とした空間であった。
「うわ……なにこれ」
あの明美ですら、それ以上の言葉が出てこない。それほどのカオス。
真っ先に一同の視線を奪ったのは、二年生のときのスキー教室、その帰りのバスのワンショット。
とある人物のお土産である、スカートを穿いた少女のぬいぐるみを抱いて寝落ちする京香を写した、ポスターサイズの写真だった。
それだけならまだいいが、至る所に京香の写真が貼られ、机の上のガラスケースには抜け毛やら、消しゴムのカスやらが大事に展示されている。
ここまでくると、もはやストーカーですら裸足で逃げ出しそうな光景だ。
「……帰りたい」
頭を抱える京香。その声に反応したのか、わずかコンマ三秒、一人の女子生徒が正座のまま京香の足元に滑り込んできた。
「お勤め、お疲れ様でございますですぞ!」
それを皮切りに、秘密基地内にいた生徒――いや、隊員たちが次々と正座で出迎える。
出迎えられる京香は、まるでヤクザ映画のドンだ。
「……ごきげんよう。小町さん」
「はぅあ! 名前を呼んでいただけるなんて、感激ですぞー!」
「いいから、起立してもらえる?」
ようやく立ち上がったのは、京香様親衛隊・総隊長である、三年の古式小町だ。
腰まで伸びた黒髪は、京香に負けず劣らず艶やかに煌めき、姫カットに揃えられた髪型は大和撫子を思わせる。
古式小町、彼女は『見た目だけなら』京香と互角に渡り合える美貌の持ち主である。ただ――それ以外が、特に中身が残念だった。
「おほーおほー、この狭い一室で京香様と同じ空気が吸えるなんて感激ですぞ! 京香様の体内から出た『神の息』が、拙者の体内を巡りますぞ!」
「ねね、アレって地だと思う? 美穂っち」
「私に訊かないでくれます? 明美ちゃん」
入口付近の後方では、明美と美穂がドン引きしている。
「きっと、地だと思いますわよ」
京香の横で、好実がポツリと呟く。
(まるでかつてのわたくし……寿喜男さんを見ているようですわ。傍からは、こう見えておりましたのね)
好実は苦笑いを浮かべつつ、寝落ちする京香の特大写真に目を細める。
それに気づいたのか、京香がそっと、好実の指を握ってきた。
「小町さん、今日、私のクラスで盗難があったことはご存知かしら?」
『盗難』
その一言に小町はすぐさま反応を示す。
「勿論ですぞ! 神聖なる京香様にご迷惑をかけるなど許せませんぞ! 成敗してくれますぞ! して、賊はどこに!?」
「落ち着いて。そういう用件ではないわ」
スカートのポケットから扇子を取り出し、まるで鉄扇のように構えて演舞――『古式流・鳳凰の舞』をキメる小町。なお彼女、剣道・薙刀・合気道・弓道、合わせて二十二段とは本人の談。だが、それも京香に再び制され、小町は『おほほ』と軽く笑ってから扇子をしまった。
「では、何用で」
「ここに須木友香さんが来ていると聞いたのだけど」
須木友香という名が出た瞬間、小町の眉がピクリと動いたが、すぐに彼女は取り繕い、友香を呼んだ。
現れたのは、茶髪のショートボブの女子生徒。会員名簿で見た顔だった。
「き、京香様……!」
現れた女子生徒、須木友香は京香を見るなり口元を手で覆い、視線を左右にキョロキョロと泳がせた。
その右の手首には、ゴムバンドの赤い跡が、くっきりと残っていた。
─────────
続く……




