一話五節『初音好実は推理する』
「あそこに、防犯カメラがありますわね」
通路の先、プールを見下ろす黒いレンズを見上げて、好実が呟く。
振り返り、美穂が持つノートパソコンに目を向ける。
だが、それより早く、美穂は既に高速でキーボードを叩き、ノートパソコンを反転させていた。
「アクセスしました」
「さすがね、美穂」
腕を組んだまま、京香が美穂に声をかける。
美穂は黒縁の眼鏡を押し上げると、少し照れくさそうに笑った。
「だねー。さすが、ハッキングの天才」
「人聞きの悪いことを言わないでください。アクセスしただけです」
明美のド直球に、美穂はとんちで返す。
本来、生徒会といえど防犯カメラの閲覧には、明確な事件性と理事長の許可が必要だ。
当然、無断での閲覧など出来ない。だが、美穂は学園のプロテクトを難なく破ってのける。
「美穂の言う通り、人聞きが悪いわよ、明美。それに、正規の手続きを踏んだところで無駄。事なかれ主義が蔓延するこの学園に、正義感や自浄作用なんて期待できないわ。下着の窃盗程度で動くものですか」
ノートパソコンの画面を覗きながら、京香はポツリと毒を吐く。その言葉には、これまで溜め込んできた鬱憤やもどかしさが滲んでいた――のだが……
『下着の窃盗程度』――その一言に、好実の眉がぴくりと動いた。
「『程度』とはなんですか、『程度』とは。京香さん、よろしくて? パンツとは神が人界に与えたもうた神秘、祝福です。あの薄い一枚の裏には宇宙が、生命誕生の奇跡が詰まっているのです。言わば人類の故郷。大いなる海。パンツとは、その素晴らしさをあの布一枚で表現しているアーティファクトなのです。我々人間はそんなパンツに感謝し、崇め、それを守る義務があるのです。それを程度とは何事ですか。貴女は恥を知るべきです京香さん」
また地雷を踏んだと、京香は頭を抱える。
「お、落ち着いて? ね?」
京香はそう言って好実をなだめると、そっと両肩を抱く。
「……失礼。取り乱しました」
好実は咳払いを一つすると、ツーサイドアップの右側を指で巻く。
考え事をする際の、いつもの癖だ。
「美穂さん、事件当時の映像を出せますか?」
「もちろんです……ここからです」
好実の指示に美穂が軽く操作すると、画面には三十人程の女子生徒が水着姿で映る。
皆が真剣に覗く中、明美だけは楽しそうだ。
「京香ちゃんはどこだー? サイズ測っちゃうぞー!」
「探さない。測らない」
京香のデコピンが明美を打つ。こんなやり取りも常だ。
「美穂、授業中にプールサイドを離れた生徒をフォーカスできる?」
「お任せください、京香さん。人物トラッキングで自動抽出します」
美穂は軽くうなずくと、キーボードを叩く。すると、女子生徒全員に黄色い四角の図形が重なり、輪郭を捉えた。
「等倍で見る必要はないので、三十倍速で授業終了まで流します」
黄色い図形が高速で動き出し、人間の目には何が起きているのか、まるで分からない。
しかし、美穂の自作捜査ソフトウェアは、プールサイドを離れた生徒を割り出した。
「出ました。計三人です。不在時間も出します」
美穂は手際良く作業を進める。三人の生徒が別ウィンドウでピックアップされ、それぞれの不在時間が表示される。
「一番短くて三分。長くて五分ですわね」
「多少ばらつきはあるけど、スク水だし、女子なら普通の時間だね」
好実は少し残念そうに呟き、明美も同調する。
「もとより、これで犯人が分かるとは思ってないでしょう? 容疑者が三人に絞れただけでも収穫よ」
京香は好実の背中を押すように言うと、更衣室の方へ歩き出す。
『そうですわね』と、好実も続き、一同は再び更衣室へと戻った。
*
「それで、これからどうするの? 京香ちゃん、このみん。いっそ事情聴取でもするー?」
明美の提案に好実は首を横に振る。
「なんの証拠もなしに、ですの? 先の映像は可能性を示しただけ。あれだけでは証拠にはなりえませんわ」
「えー、でも、揺さぶればボロが出るかもしれないよ?」
「かもしれませんね。けれど、証拠を隠滅される可能性もありますわ。同じ『かもしれない』でも、どちらを取るかは明白でしょう?」
好実がここまで言うと、明美はもどかしそうに首を左右に振り、ポニーテールが激しく跳ねる。
「あーもう! ロッカートリックも分からないし、どーすればいいのー!?」
好実はゆっくりと歩き出し、京香が使っていたロッカーを軽く指でなぞる。表情は真剣そのものだが、どこか暗い。
京香は一瞬身震いするが、好実の目を見て、やがて覚悟を決めたように口を開く。
ただし、口を手で覆って、目を逸らして、まるで告白でも始めるかのようにモジモジして。
「ね、ねえ……好実」
後ろの雑食腐れ脳コンビは『お、やっと告白か!?』と同時に期待するが、秒で砕かれた。
「……もう一度、アレをやって」
その意外な一言に、振り返った好実の表情がぱあっと明るくなる。
「よろしいので!?」
「変なの見たら殺すから」
「はい♡ 見ませんわ♡」
好実のにやけ面に、『絶対見る』と京香は確信したが、後の祭りだと諦めた。
「この世の神秘……パンツ神に感謝」
好実は合掌すると深くお辞儀をし、ロッカーの内部に右手を添える。
「…………」
意識をパンツと一体化させる。まず見えたのは京香の手、パンツを置く仕草。
そこで映像は闇に閉ざされる。制服が上に重ねられたのだ。
一度目は、ここで記憶が途切れたと思い込んでいた。だが、好実は諦めずに、その闇の先へと意識を伸ばす。
やがて、一筋の光――ロッカーの扉が開く。
(別の右手……濡れた、細い指……その手首で揺れているのは――鍵!?)
「鍵」
好実がポツリと呟いたその一言に、一同が注目する。
「鍵……? 好実、何を見たの?」
「犯人の手首に、鍵がありましたわ。そして、パンツを盗むところも。京香さん」
明美が拳を作り、前のめりで、興奮気味に好実へ問いかける。
「犯人を見たのー!? 顔は!?」
しかし、好実は首を横に振る。
「残念ながら、顔までは見えませんでしたわ。明美さん」
一拍。
美穂は、眼鏡を押さえながら考えを口にする。
「と、いうことは……犯人は合鍵を使ったということですか?」
「ええ、おそらくは。けれども……」
好実が何を言いたいのか、それを理解したのか、一同は考え込むように黙る。
その沈黙を破ったのは明美だ。彼女は手を挙げ、静かに語る。
「ロッカーの鍵ってさ、毎回ランダムに配られて、最後に返すよね? なんで、ピンポイントに合鍵があったの?」
「明美の言う通り、下駄箱とは違い、更衣室のロッカーは個別に割り当てられてはいないわ。四十個あるロッカー、その鍵は職員室にあり、使用の度にランダムで配られる」
京香はジャージのポケットから鍵を取り出すと、皆に見せる。
「私が今も鍵を手元に置いているのは、事件の証拠として、返却を保留しているからに過ぎないわ。特定のロッカーの鍵を持っていたとして、それを私が使うとは限らない」
「では、単純に無差別だったのでは? 運悪く、京香さんが狙われた。これならば筋は通ります」
美穂のその一言を、好実は否定する。彼女には確かな手応えがあった。
「それはありえませんわ」
「どうしてです?」
「第一に、わたくしが見たあの手には迷いがありませんでした。無差別ならば、少なからず探したり、迷うハズです」
「そうかもしれませんが、無差別でも、そこに獲物があれば迷わず取りませんか?」
「いいえ、獲物は見えてはいなかったのです、美穂さん。パンツは制服の下にあったのですから。犯人は、京香さんがどこにパンツを置くのか、知っていたのです」
「……っ」
「第二に、そういった事件はこれまでありませんでした。鍵があり、パンツそのものが目的ならば、これまでにも奪っていたハズですわ」
その言葉を受けて、京香が更衣室の扉の前まで歩いていき、くるりと反転する。
長い髪が浮き上がり、シャンプーと塩素が混ざり合った香りが舞う。
「好実が言った通りよ。これは無差別ではないわ。犯人は何らかの手段で、今日のこのロッカーの合鍵を入手した。それを探しましょう」
言い終えた京香が微かに笑うと、好実も笑顔で返し、京香の横に並び立つ。
「そうですわね。犯人に出来たことが、四人いるわたくしたちに出来ないハズがありませんわ」
好実はそっと京香に手を差し出す。京香は一拍置いた後、その手を優しく取ると、再び微笑んだ。
「頼りにしているわ。好実」
「んふふ。お任せを」
花百合学園生徒会、二人の探偵が動き出した。
─────────
続く……




