一話四節『初音好実は探偵である』
放課後の女子更衣室。その薄水色の壁とは対照的に、室内は静かな熱を帯びていた。
その熱の中心は、間違いなく彼女――初音好実だった。
「ふむ……」
好実はツーサイドアップの右側を指で巻きつつ、京香が使っていたロッカーの隣、同じ型のロッカーに目をやる。
足音を忍ばせて歩み寄り、取っ手に手をかける。
その真剣な仕草に触発されたのか、先程までふざけ合っていた面々の表情も引き締まった。
「どうしました? 好実さん」
最初に動いたのは佐藤美穂だ。すぐさまノートパソコンを開くと、自作のソフトウェアを立ち上げ、学園本校の見取り図を呼び出す。画面の脇には無数のフォルダが控え、準備は万端である。
「いえ。鍵はちゃんとあって、壊れてませんねと思いまして」
好実の一言に、美穂と明美が揃って『あ……』と声を漏らし、すぐにロッカーを確認する。
京香だけは表情一つ変えず、美穂のノートパソコンを覗き込んだ。
「そうですね。こじ開けられた形跡は無さそうです」
「念の為ですが、京香さん。あなたのロッカーの鍵は、今どちらに?」
好実が振り向くと、一同の視線が京香に注がれる。
「もちろん、ここにあるわ」
京香は軽くうなずくと、ジャージのポケットから、ロッカーナンバーが記された鍵を取り出した。
「授業が終わって戻ったときも、鍵はちゃんとかかっていた。開けたら、中は制服だけ」
「パンツが確かにこのロッカーへ入れられたことは、わたくしのパンツメトリーで確認済みですわ」
美穂はすぐさまメモアプリに情報を打ち込み、明美は顔を近づけて、その鍵をまじまじと覗き込む。
「つまり……どういうこと? 京香ちゃん」
「事件当時、このロッカーは一種の二重密室だった――ということよ」
「二重密室ー!?」
ポニーテールを振り乱して驚く明美に、すっかり冷静さを取り戻した京香が、指を一本立てる。
「第一の密室。当時、更衣室には内鍵がかけられ、校舎側からは誰も入れなかった。その施錠は私がしたわ」
続けて、二本目の指が上がる。
「第二の密室。このロッカーにも鍵がかけられていた。つまり、ここから物を盗もうと思ったら――」
「この二重の密室を攻略しなければならない……と、いうことですわね」
好実の補足に京香がうなずく。その間に、明美はぱたぱたと廊下側の扉を開け、外へ回った。
「あ、ホントだ。このドア、外のドアノブに鍵穴がないんだ?」
好実は明美が開けたドアを内側から支え、再び補足する。
「ええ。更衣室というのは、お手洗いと同じく、極めてデリケートな空間ですわ。一度内側から鍵をかければ、外からはイタズラ出来ませんの」
「けど、逆に言えば、『内側の人間はいつでも戻れる』……ということでもありますね。プール側のドアノブには鍵穴はありませんし」
美穂はそう言うと、プールサイドへと続く奥のドアを開けた。
その先はコンクリートの壁に挟まれた短い通路で、正面の出入口からはプールサイドが覗いている。
好実は通路へ出ると、横手にある施設を指さした。更衣室を突っ切ってきた明美も、小走りで合流する。
「更衣室の隣には、女子トイレが併設されております。授業中でも、手を挙げれば誰でも自由にトイレへ行けますわ。無論、更衣室にも」
(お手洗い……それはパンツが一日で最も無防備になる、もう一つの聖域……)
「好実、顔」
「……失礼」
「つまり、犯人は当時授業に出てた生徒ってことだよね?」
明美が好実と京香、二人の顔を交互に覗き込む。京香はこくりとうなずくと、腕を組み、期待を込めた視線を好実へ向けた。
好実はツーサイドアップの右側を指で巻きながら、説明を続ける。
「ええ。当時、更衣室に自由に出入り出来たのは、女性教師を除けば、授業に出ていた女子生徒だけですから。問題は、ロッカーの鍵をどうしたか……」
「京香ちゃん、その鍵ずっと持ってたのー?」
明美が前かがみで覗き込むと、京香は鍵のナンバープレートに付いたゴムバンドを示してみせる。
「ええ。この通り、ゴムバンドを手首に通して、ずっと身につけていたわ。ちなみに、授業中、鍵に触れられるほど私へ近づいた生徒はいなかった」
「つまり、隙を見て誰かが鍵を盗んだわけでもない……と」
美穂はその場に立ったまま、画面の見取り図を凝視する。
「一番単純なのは、ロッカーのマスターキーを使った犯行ですが、マスターキーは職員室の保管庫です。職員室前の廊下には防犯カメラがありますし、当日の担当教師はずっとプールサイドにいました」
美穂は、外部から侵入出来そうな経路がないことを改めて確かめると、ゆっくりと顔を上げた。
「え……じゃあ、不可能犯罪ってことじゃん!? どーなってんの!?」
明美の放った『不可能犯罪』という言葉に、京香の眉が動き、組んでいた腕が解ける。
唇を開き、何かを言いかける。だが、それよりも先に好実が口を開いた。
「いいえ。この世に不可能犯罪などというものはありませんわ」
好実はこれまでとは打って変わって、真剣な瞳を京香へ向ける。
京香は開きかけた口を静かに結び、好実を見つめ返した。
「犯人は思いもよらぬ方法で『秘宝』を盗みました。しかし、それは所詮人の業。ならば、同じ人に、必ず解けるのです」
「このみん……」「好実」「好実さん」
一同の視線が好実に集まる。更衣室に満ちていた熱が、彼女という一点へと研ぎ澄まされていく。
好実は京香へ向き直り、静かにうなずいてみせる。
「大丈夫です。京香さん」
その声に迷いはない。
「この事件は、わたくしが必ず解決いたしますわ」
好実はツーサイドアップを手で払い、高らかに宣言した――!!
「じっちゃん……いいえ、パンツメトラー・初音好実の名にかけて――!」
京香は苦笑いを浮かべる。だが、その瞳は好実の瞳を真っ直ぐに捉え、満足気に細められていた。
─────────
続く……




