一話二節『初音好実はお嬢様である』
『サイコメトリー』
サイキック――いわゆる超能力の一つ。
ある物や場所に意識を集中することで、そこに宿る意識や記憶を垣間見ることが出来るという。
日本においては、基本的にオカルト、フィクションの域を出ない。
が、かつてアメリカでは、政府が多額の資金を投じて本気で導入を試みたほか、地方警察レベルでは、現在でも能力者に捜査協力を要請することがあるともいわれ、まんざら『嘘八百』とも言いきれない背景がある。
そんなサイコメトリーだが、使える者がなんと、ここ花百合学園の生徒会に存在する。
「んふふー、んふふー」
初音好実。表向きは二年雑用係。しかしてその実態は、ある意味での生徒会の切り札、とっておきの隠し玉だ。
女子更衣室へと向かう廊下。好実は手を『パン』と叩き、両手でピースサインを作る。それを繰り返している。意味は推して知るべし。
(丸見え……丸見え……)
初音好実は身も心も十七歳の女子……のハズだが、彼女の能力の対象でもある『とあるもの』に異常な執着を持つ。
彼女の頭の中は、大体いつもこんな調子である。
「好実……その卑猥なジェスチャーをやめてくれる?」
対するは、上下紺色のジャージ姿。三年の生徒会長の相沢京香だ。
生徒会室の扉を出た瞬間、アルマジロは消えていた。
腰まで伸びた艶やかな髪を優雅に靡かせ、背筋をピンと伸ばしながら好実の後ろを歩く。
そのさらに後ろに続くのは、ポニーテールを揺らす佐々木明美と、ノートパソコンを開きながら何かを打ち込みまくる佐藤美穂。
道中、すれ違う女子生徒たちは、モーセの海割りのごとく左右に割れては、羨望の眼差しを京香へと送る。
きっと彼女たちは今、『京香様はジャージ姿でも素敵』などと思っていることだろう。
当の京香は、気恥ずかしさから、所々で内股になったりするのだが、多分、それすらレッドカーペットを歩くハリウッド女優の足取りにでも見えている。
「ねえ、美穂っち。今ここで『京香ちゃんのジャージの下、現在装備無し』って、言ったらどうなるかな?」
「卒倒するに一万ペリカ。明美ちゃんが社会的に殺されるに百万円です」
「オッズバグってない?」
二人は、好実と京香の後方で耳打ちをしながら、時折『クスクス』と笑い合い、好き勝手な予想を立てる。
――が、京香は地獄耳。
「……二人とも、今日は居残りで書類整理よ」
ギロリと睨まれ、罰ゲーム確定だ。
「えー……」
「私は明美ちゃんに巻き込まれただけなのに」
「まあまあ、今度BL本あげるから! 一緒に落ちたまへ、地獄へ!」
「び、ビーエルとか、き、興味ありませんから!」
とかなんとか言いつつ、ノートパソコンからメッセージアプリを開き、明美のスマホに欲しいBL本のスクショを速攻で送る美穂の姿があった。
*
プールへと繋がる一階女子更衣室の扉には、現在黄色いテープで規制線が張られている。
「まるで事件現場ですわね」
急に地の口調に戻る好実に、京香の細められた目が向けられる。
「どうなさいまして? 京香さん」
「毎度のことだけど、急に口調を変えられると戸惑うわ……」
「あら? 先程までの古畑口調の方がお好みでして? 好実なだけに」
京香は何も答えなかった。ただ、何故か頬を赤くし、『フン』と息を吐く。
後ろから明美のヤラシイ視線を感じた気がしたが、京香は無視した。
「行くわよ」
テープを剥がすと、京香はドアノブを回し、更衣室の扉を開ける。
*
窓の閉め切られた更衣室には、塩素の臭いが薄く残っていた。
灰色のロッカーが並ぶ奥に、プールへと続く扉がひとつ。
「うふふ……さあ、どこですか? 京香さん」
「な、なにが……?」
「嫌ですわ。あ・な・たが使った、ロッカーです♡」
京香は顔を赤らめながら後ずさるが、気づけばロッカーに阻まれ、それ以上は下がれない。
そこへ好実はゆっくりと歩を進め、京香を着実に追い込んでいく。
「う、ううぅ……」
そんな二人のやり取りを、更衣室の隅っこで愉しむ不届き者が二人。
明美はヨダレを垂らしながら前のめりになり、美穂は眼鏡を真っ白に曇らせつつ、高速でキーボードを叩いていた。
「始まった始まったー!」
「ゆ、百合とか、けしからん光景です! んんんー、不純不純不純」
好実と京香、二人の物理的な距離がやがて縮まり、美穂の口から抑えきれない心の声が漏れる。
「好×京キタ! 好×京キタ!」
「え? 京×好じゃないの?」
明美の何気ない一言は、美穂の地雷だった。
「……あ? 逆カプ論争するか?」
すうっと首を回す美穂に、明美は手をブンブンと振って苦笑いをする。
「じょ、冗談だってー!」
ドン――という音がし、明美と美穂、二人の視線がそちらに向かう。
見ると、横へ滑るように移った京香が、一つのロッカーにピタリと背中をつけ、そこを守るように立っている。
「なるほど。そこですか♡」
「ち、違うの……違うの……」
「往生際が悪いですわ。違うのならば、どけますわよね?」
京香は首を左右に激しく振るが、内股の足はガクガクと震え、その身体はずるずるとずり落ちていく。
「京香さん……♡」
「う、ううぅぅ」
好実の甘い囁きに、ついに京香は降参し、ペタリとアヒル座りで床にへたり込む。
明美と美穂に両脇を抱えられてどかされた京香は、両手で顔を覆っている。
「は、早く終わらせて……」
「では、聞かせていただきますわ。京香さんのパンツさんの記憶を♡」
好実はロッカーに手をかける。
今、隠された神秘の扉が開かれようと――
――カコッ!
ロッカーの取っ手を引っ張るが、鍵が掛かっていて開かず、好実は勢い余って足を滑らせる。
「……京香さん」
「……だって、開けてって言ってないじゃん」
ズッコケそうになった好実のジト目に対し、京香は子供みたいな言い訳をして、鍵を開けた。
─────────
続く……




