一話十九節『初音好実は何も知らない』
事件から一週間が経過した。
相沢京香の下着を盗んだ梶原怜香の身柄は、理事側に一時預けられたが、警察沙汰を恐れた理事側はこれを『自主的な休学届けを受理した』として内々で処理した。
なお、京香の下着は真空パックのまま、無事に持ち主の元へ返された。
昼休み、京香は京香様親衛隊の活動拠点『秘密基地』へ、一人顔を出していた。
「あの、友香さん」
京香の目の前にいるのは須木友香だ。京香を前に、今は針金のように固まっている。
「事件について、色々話を聞いてごめんなさいね」
「い、いえ! わ、私こそ……ハ、ハートのプレートを探していたのは……誰かが京香様と両想いになったら、困るからで……疑わしいことを」
友香は耳まで真っ赤にして、指先をもじもじと合わせる。
(両想い対策だったのね……)
「け、けど、七夕も終わったので、ハートのプレートも返しました……すみませんでした」
京香は苦笑すると、手にしていた包みを差し出した。
(どうりで誰も引かなかったわけね……)
「これ、みんなで食べて」
京香が渡したのは菓子折りだ。疑ったことへの、京香なりのお詫びのしるしである。
「ここここっこ、これは!!」
あまりの驚きっぷりに、友香はそれを手のひらの上で弄び、ポンポンとお手玉のように器用に手で弾いている。
「だわわわわー!」
しかし、とうとうバランスを崩し、放り投げてしまう――その時だ。
「とーう!」
颯爽とスカートを穿いたまま、スライディングで菓子折りの包みをキャッチするのは古式小町だ。
長い姫カットの黒髪を靡かせ、優雅に立ち上がると扇子で扇ぐ余裕まで見せる。
「ふう……危ないところでした。危うく、京香様の菓子折りが台無しになるところでしたわ」
小町のその口調に、違和感を覚えたのか、京香はしばらく立ち尽くすと、目をパチクリさせる。
それに気づいたのか、小町は『あわわ』と慌てだし、勢いよくスライディング土下座をする。
「わ、わたくし……拙者としたことが、京香様に対する最上級の敬語を忘れておりましたぞ! 平にご容赦ですぞ!」
(それ……敬語のつもりだったのね)
普通に喋った方が素敵よ――と、京香は思ったが、それを言うとややこしくなりそうなので、黙ってその場から立ち去った。
なお、その菓子折りを巡って、親衛隊の間で壮絶なるオークションが繰り広げられたのは言うまでもない。
「ロットナンバー・ワンー! クッキー!」
「百円!」「千円!」「五千円!」
*
午後、再開された水泳の授業の前、京香は更衣室で中島俊子と隣り合っていた。
「俊子さん、先週はごめんなさい」
俊子は静かに首を振ると、柔らかい笑顔を見せる。ベージュの髪のお下げが、ふわりと揺れる。
「気にしないでください。生徒会長というお立場なら、当然ですから」
「……そう言ってもらえると助かるわ」
俊子は、少し間を置いてから、落ち着いた声で、京香の方は見ずに語りかけた。
「実は……あの日、京香さんがいらした時点で、何を盗まれたのか察していたんです」
「……え?」
「ジャージの襟元が、少し、その……無防備でしたから」
京香の顔が、一瞬で耳まで赤くなる。俊子はチラリと横目で見ると、申し訳なさそうに微笑んだ。
「お金の噂のことは知っていました。だから、何かあれば私が疑われるだろうって。それで、知らないふりをする練習まで……お恥ずかしい」
「じゃあ、離席の時間を短く言ったのも?」
「……あれは、その。お腹の調子が悪くて。長かったなんて、言えないじゃありませんか」
俊子はお下げ髪で顔を隠した。
「それと、初音さんにお伝えください。ガムテープの件は――次は引っかかりませんわ、と」
やはり、中島俊子はお金には困っていなかった。あの噂は怜香が流したもので、多くの生徒は普段の俊子の人柄を信じ、相手にしていなかった。
俊子は自身のロッカーを開けると、『そういえば』と、天井を仰いだ。
「あ……噂といえば……」
「なあに?」
「あの、恋のおまじない、結局どうなったのかしら……」
「え? ええと……! う、噂は噂よ? どうでもいいんじゃない?」
何故か歯切れの悪い京香に、俊子は首を傾げるが、すぐに何かを察したのか、口に手を添えながら笑った。
「ふふ、そうですね」
京香は、自身のロッカーの中で、手首を静かに返す。赤いキープレートが、ちゃり、と揺れる。
そこには――
(今更『当たり』……遅いよ。けど……)
京香は、着替えの手を止めずに、さりげなくキープレートの中央、ハートマークに、ある人物を思い浮かべながら口付けをした。
その顔は、季節を先取りした紅葉色だった。
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(第一話・完)




