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一話十六節『初音好実と迷探偵ホームズ』

 時刻は十七時を四十分ほど過ぎた。


 三階の生徒会室から見る空は、彼方が濃いオレンジ色に染まり出した。

 初音好実は、スマホを片手に窓の縁に腰掛けながら、そんな空を眺めていた。


「そろそろ動きがありそうですわね」


 グループチャットには、まだ通知がない。緑色の背景が映るのみである。


『購買にでも行こうか』と、好実が窓の縁から降りた時だ。

 ブルル――というバイブレーションと同時に、通知音が生徒会室に小さく響く。

 好実はおもむろにスマホを傾けると、内容を確認する。


『(京香)みんな、成果はどう?』

『(名探偵明美)フフフ、ワトスン君。私はわかってしまったのだよ』

『(佐藤美穂)こちらも、追跡作業が終わりました。いつでも合流可能です』

『(京香)こちらも成果が出たわ。生徒会室で合流しましょう』


「購買は後回しになりそうですわね」


 好実は人数分の紙コップを取り出し、電気ポットの再沸騰を押した。


 *


 生徒会室の長テーブルには、既にアッサムティーが人数分置かれている。


「さて、諸君。早速で悪いが、もう私は犯人がわかってしまったのだよ」


 明美はまだホームズになりきっていた。わざわざ購買部の駄菓子コーナーでパイプチョコレートを買ってきて、それを咥える徹底ぶりだ。


「では、ホームズ先生、考えをお聞かせください」


 京香は、胸の前で手を組みながら深く腰を下ろした。その細められた目は、まるで妹を見守る姉だ。


「ズバリ、犯人は親衛隊――! つまり、一人しかいないのだよ!」


 明美は、推理勝負で京香に勝ったと言わんばかりに京香を指さし、満面のドヤ顔を決める。


「ホームズ先生。その根拠は?」

「フフフ、まあ、まずはこれを見てくれたまへ」


 京香の問いに、明美がテーブルの上に滑らせたのは自身のスマホだ。画面には、先ほどの掲示板のやりとりが映っている。


(噂を流したのは、親衛隊……けど)


 京香が画面に目を落とし、隣の好実も覗き込む。


(総隊長や、特攻隊長ではない……ですか)


 好実と京香は、これを見て明美が言わんとすることを理解すると、口を手のひらで覆う。


「そう、これを見れば一目瞭然! 犯人は、須木友香――」

「ではないんですよね? ホームズ先生?」


 ドヤ顔で言い切った明美に、京香はウィンクをしながらそれとなく助け舟を出した。


「ゲッホゲッホ! んんん!?」


 信じられないという顔で、目をガン開きで京香の顔を覗き込む明美に、美穂は隣で必死に笑いを堪えている。


「ほ、ほう……そこにたどり着いたか、ワトスン君。で、では、君の見解を聞こう!」


 京香は口元を押さえ、クスクスと声を漏らした後、『はい、ホームズ先生』と軽く頭を下げた。


「まず、須木友香犯人軸の前提を思い出してください」


 京香の言葉を、美穂が引き取る。


「彼女は『合鍵』が自然に作れる立場です。そのため、例の騒ぎを起こす必要がありません」

「ええ、そうよ。美穂が言った通り、アレの騒ぎの際、結局アレを見た人も、最初に声を上げた人も見つからなかった」

「つまり、件の騒ぎはフェイク。犯人が気を引き付ける為に起こした――と、言うわけですわね」


 好実の発言に、京香は『ええ』とうなずき、明美の方を見ながら続ける。その明美はというと、耳まで真っ赤で黙りこくっている。

 穴があったら入りたいとは、きっとこのことだろう。パイプチョコレートはもうテーブルの上だ。


「なので、友香さんが犯人軸の場合、周囲の気を引きつける理由がなく、起こすとすればスケープゴート。俊子さんは過去にもアレを退治し、クラスから頼りにされていたわ」

「けど、この書き込みを見ると――中島機械が不況という噂を流したのは親衛隊……」


 美穂から出た『親衛隊』という言葉に、明美は『うんうん』とうなずくが、美穂が眼鏡を押し上げてから続ける。


「ですが、同時に『総隊長でも特攻隊長でもない』と書かれています」


 美穂はノートパソコンで京香様親衛隊の会員限定ページを開き、幹部紹介のページにカーソルを合わせると、画面を反転させた。


「この通り、須木友香先輩の肩書は『特攻隊長』です。つまり、彼女は噂を流していません」

「そう。よって、スケープゴートの線が消え、友香さん……彼女が犯人であるという線は否定できる」


 そこまで言うと、京香は再び明美にウィンクを送る。


「そうですよね? ホームズ先生?」

「う、うむ!」


 明美は再びパイプチョコレートを咥えると、がくりと項垂れた。

 隣では、美穂が半目で悪魔のような笑みを浮かべている。


「それに、私の追跡結果も同じです。女子寮の配達記録を当たりましたが、須木先輩宛てに、鍵屋からの荷物は何も届いていませんでした」

「局留めの線はどうかしら?」

「薄いですね。寮の外出記録を見ても、平日に郵便局へ寄れるような外出はありません。土日も水泳部の練習で、ほぼ一日が潰れています」


 美穂は、画面の外出記録を指でなぞりながら付け加えた。


「もちろん、この書き込み自体、須木先輩を庇っているという可能性もありますが、その場合、この手のサイトでは情報が錯綜するハズですわ」


 好実の見解に、美穂も『ええ』とうなずき、掲示板にフィルターをかける。

 ノートパソコンの画面には『特攻隊長で絞った結果です』と表示された書き込みが数件ある。


「私もその可能性を考え、『特攻隊長』で絞ってみました。ですが――」


『女子棟の特攻隊長、可愛いのに中身が残念すぎる』

『特攻隊長、今日もバインバインだった』

『特攻隊長、グラビアスカウトされたらしい』

『けど、断ったらしいな。さすが俺らの特攻隊長』

『教えて君かよw 自分で調べろ。まあ、総隊長や特攻隊長ではないとだけ。わりと有名っつーか、バレバレだと思うけど』


 ここで、フィルター検索の結果が終わる。


「この通り、そうした書き込みはありませんでした」

「須木先輩の犯行説は、これで否定されますわ。残るは二人」


 そう言うと、好実は『中島俊子』を指さした。


「次に彼女の検証をしましょう」


 美穂は好実に続くように、再び掲示板の書き込みを引用する。


「ここからが彼女――中島先輩に関する書き込みです」


『姫子がどしたー』

『金に困ってたって噂あんじゃん? アレってマジ系?』

『そーいや、そんなのあったな』

『つーか、まだその話信じてんの? 情弱ww』

『一時期、仕事減ってたっぽいけど、今は実家好調だってよ』


「この通り、彼女の実家――『中島機械』は好調とされており、不況の噂自体が下火な上に、そもそも信じている生徒が少数だった模様です」


 そこまで言うと、美穂は別ウィンドウで自作捜査ソフトを立ち上げ、掲示板のURLをペーストした。

 すると、掲示板の書き込みと、隠されていたIPアドレスが一斉に表示された。


「念の為、IPアドレスを調べましたが、この通り、全て別です。中島先輩本人による自演擁護の線はまずないでしょう」


 美穂は眼鏡をクイッと押し上げると軽く唇を噛む。

 一拍、間を置いてから言葉を続けた。


「もっとも、噂の発端は図書室のパソコンから発信されていました。カメラにアクセスしても書き込みの瞬間は追えません。予めか偶然か、そこは予防していたようです」


 京香は美穂の仕事ぶりに感心し、『さすがね』とうなずくと、自身のスマホの写真を見せた。


「動機に関しては、たった今美穂が言った通り。そして――これが、私のロッカーに残っていた痕跡よ」


 その写真、鍵穴の奥に僅かに光る、白く濁った小さな欠片に、美穂と好実の目が光る。


「これは――」「レジンですね」


 好実と美穂が同時に発言し、京香が肘に手を添えながらうなずく。好実は、写真を見ながら、ツーサイドアップの右側を指で巻いている。


「ええ。ピッキングの傷は一つもなかったわ。代わりに、思わぬものが出た」

「なるほど……レジンですか。面白い手品ですわ」


 好実はおもむろに立ち上がり、コツコツとわざとらしく音を立てながらゆっくりと歩く。やがて、長テーブルの向かい側に回ると、額に指を二本当てながら、テーブルの向こうの、ここではないどこかへゆっくりと語りかける。


「はいー。もうわかりましたね? んふふ、そうです。犯人はあの人ですー。ようやく彼女と対決ができます。んふふ、ヒントはですね。『文化祭』です。初音好実でした」

「……このみん、誰に話してるの?」



 ─────────



 続く……


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