一話十三節『初音好実と人狼ゲーム』
放課後の生徒会室では、各メンバーがそれぞれの席に腰を据え、容疑者の検証を続けていた。
当初、第三の容疑者である図書委員の中島俊子が本命視されていた。『鍵を作る町工場の娘で、騒ぎを起こせる立場にいた』という条件が揃っていたからだ。
だが、第一の容疑者である水泳部の須木友香が、中島俊子をスケープゴートに仕立てた可能性が浮上した。
「うーん……どっちも怪しすぎるよー! 人狼だったら『占い師』で一発なのにー!」
明美は合鍵が作れた須木友香と、騒ぎを起こして更衣室を物色できた中島俊子の顔写真を交互に見ながら、茶髪のポニーテールを振り回していた。
「ふふっ、明美らしい意見ね。けど、人狼なら、そこは狂人が占い師を騙って黒出しで場をかき乱す盤面よ」
京香が肘に手を当てながら目を細めると、明美は『確かにー!』と両手を挙げて大げさにのけぞった。
「怪しいと言えば、二番目の梶原怜香先輩も大概です。彼女は現状、表立った動機は見えません。しかし、妙に事件に詳しかった点が引っかかります」
美穂が怜香の顔写真を指さし、眼鏡を押し上げた。
「それこそ、人狼ゲームでいえば、人狼が言わなくてもいいことを言って、村人たちに自分を白く見せようと振る舞っているようにも思えます」
ここで、何かを閃いたのか、明美が手のひらを拳で叩いた。ポーン――という軽快な音が生徒会室に響き、一同が顔を上げる。
「そうだ! 人狼で閃いたけど、このみんが全部のロッカーをパンツメトリーすれば一発じゃない?」
明美の突拍子もない発言に、一瞬、空気が止まった。
数秒後、美穂が『は……?』という顔を浮かべて息を吐くと、好実がおもむろに席から立ち上がった。
「それは出来ませんわ。明美さん」
「え? なんでー?」
名案だと信じて疑っていなかった明美は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。好実は腰に手をやり、持論を展開した。
「いいですか? あの能力は人様のおパンツを、そしておパンツが見たものを見る力です。即ち、デリケートな力なのです」
「うん」
「それを勝手にやるとは何事ですか! それは盗撮ならぬ盗視です! おパンツは神聖にして不可侵なのです。許可なく楽しむことは許されません!」
(そう、それは前々世のわたくし、寿喜男さんの矜恃であり、わたくしの魂に深く深く刻まれた想いでもあります。『おパンツを楽しむなら公式で買え』――そうでしたね。寿喜男さん)
好実は声を張っていた。だが、その奥には静かな芯が通っていた。明美が口を開けたまま固まる。
「それに、更衣室は一日に何クラスも使います。床に残っているのは、今日あそこで着替えた全員分のおパンツの記憶。犯人を探すために、その全てを覗くことになりますわ。そもそも論として、犯人がさっさとポケットにでもしまっていた場合、京香さんのおパンツは追えません」
明美の提案に対し、好実は二重、三重の意味で能力の使用ができないと説明した。矜恃だけではなく、物理的にも困難である、と。
「使えないものは仕方がないわ。ズルは考えず、足で解決しましょう」
京香は席からスッと立ち上がると、手をパン――と叩く。音が部屋に響き、一同の顔が引き締まった。皆が軽くうなずく。
「まずは友香さんの線を探りましょう」
「鍵屋さんを回りますか? 京香さん」
「素直に店舗で全て作っていたとは思えないわ。おそらくはネット注文。けど、それなら美穂の得意分野ね?」
「はい。学生名簿によれば、彼女は寮生です。女子寮の配達記録に『アクセス』します」
美穂が眼鏡を輝かせ、早速キーボードを打ち始めた。タタタという音が高速で踊る。
「後、それと並行して例の噂の出所を探った方がいいわね」
「中島先輩の『お小遣いに困っていた』ってアレだね。それは私がやるね」
明美が挙手すると、京香は『お願いね』とうなずき、いつものように自らの肘に手を添えた。
「俊子さんとのやり取りは、全般的に台本じみていたけど、あの時の『お金にも困っていません』という否定だけは、本人の感情が出ていた。私にはそう見えたわ」
「つまり、誰が犯人にしろ、流された噂の可能性が高いということですね」
美穂はキーボードを打ちつつ、学園の裏サイトも同時に当たっていた。各生徒の氏名こそ伏せられているが、隠語でおおよその生徒の特定はできる内容だった。
一拍。画面をスクロールする指が、一度止まる。
『今日の氷姫、エロかった』
『クッソわかる。あのジャージ、ノーブラじゃねってぐらい揺れてた』
『あの氷姫が実はノーブラとか草生えるwww』
美穂は眼鏡を曇らせつつ、『草に草を生やすな』と小さく書き込み、戒めた。顔を上げないまま、キーボードを再び叩く。
(IPアドレスを入手して、通報⋯⋯と)
佐藤美穂は抜け目ない。
「私は俊子さん犯人軸の検証をするわ。彼女ならピッキングが可能でしょう。工場には鍵のテスト用のピッキングの道具もあるハズだし。好実が見た手首の鍵も、自分のロッカーの鍵だったのかもしれないわ」
そう言うと京香は、ジャージのファスナーを締め直すように引っ張り、気を引き締めた。
「んふふー。ではわたくしは、梶原先輩を当たりますわ。彼女が犯人なら、なにか出るでしょうし」
好実はツーサイドアップの右側を指で巻く。いつものルーティンをすると、軽い足取りで生徒会室から出ていった。扉が静かに閉まる。
京香も後を追うように出ると、好実の影にそっと並び、二、三度戸惑った後――
「ねえ……そこまで一緒に行きましょう」
「……ええ」
京香ははにかんで、好実の手をそっと握った。指が絡み、すぐに離さない。廊下の西日が、二人の横顔を同じ色に染める。
そんなやり取りを、扉の隙間から……
「美穂っち」
「バッチリ録画完了」
雑食腐れ脳コンビは、がしりと肩を抱き合いつつ、楽しんでいた。
─────────
続く……




