↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶喪失の最強魔導師、もふもふと没落令嬢に囲まれてスローライフ中 ~なお、俺が思い出すと世界が滅ぶらしい~  作者: みぎみみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/56

第32話 ありがとう


 その夜、俺は居間のテーブルにみんなを集めた。


 リリア。ティコ。マルタ。ガルム。アズ。それから、いつもの丸い敷物ではなくリリアの膝の上に、シラタマ。


 大きな木のテーブルには椅子が三脚しかない。ガルムは床にあぐらをかき、ティコとアズはひとつの長椅子を引き寄せて、並んで座った。


「話しておきたいことがあります」


 俺は、ポケットから焼け焦げた手紙を取り出して、テーブルの真ん中に置いた。


 みんなの目がそれに集まった。


「俺が石の部屋で目を覚ましたとき、持っていたものです。俺の字で書いてあります」


 手紙を開いた。


 読める三行を指でなぞった。


「俺へ。思い出すな。……銀色の狐を見つけたら、今度こそ守ってやれ。……グランツの家の者に会ったら、礼を言え」


 リリアがはっと顔を上げた。


「グランツの……?」


「はい。三行目は満月の夜のあとに読めるようになりました」


 俺はそれから全部を話した。


 石の部屋で目を覚ましたこと。ステータスの称号が塗りつぶされていること。休息のスキルだけがLv1だったこと。ユーグの肖像画を見たときの頭の痛み。洞窟で見た中庭の光景。灰羽という名前。満月の夜の背中の感触。空のひび。灰の賢者、という声。称号に浮かんだ灰の一文字。


 それから、今日、ロザリンドから聞いた先々代の日記の話。


 話し終えたとき、居間はしんとしていた。


 最初に口を開いたのはティコだった。


「……お兄さんが、灰の賢者?」


「分かりません。そう呼ばれた、というだけです」


「でも、日記には、灰色のローブの青年って……銀色の大きな狐って……ダイフクって……」


 ティコは、俺のローブとリリアの膝の上のシラタマを交互に見た。


「……お兄さん、常識ないどころの話じゃなかったんだ」


「ティコ」


 マルタがティコの頭を軽くこづいた。けれど、マルタ自身も目を丸くしたまま、俺を見ていた。


 ガルムが床の上で腕を組んだ。


「灰の賢者っていやあ、子どもでも知ってる、おとぎ話の英雄だぞ。百年前、空から来た白い化け物を追っ払ったっていう。……その本人がうちの大将だってのか」


「本人かどうかは分かりません。俺には記憶がありませんから」


「記憶がなくても、指一本で俺を風呂まで飛ばすやつはそうそういねえよ」


 ガルムはがりがりと頭をかいた。


 リリアはずっと黙っていた。


 膝の上のシラタマをなでる手が止まっていた。


 その目はテーブルの上の手紙の三行目を見つめていた。


 グランツの家の者に会ったら、礼を言え。


「……アズ」


 俺は長椅子の端に座っていたアズに声をかけた。


 アズはびくりと肩を揺らした。


「教団のことを知っている範囲で教えてもらえますか。無理にとは言いません」


 アズはしばらく膝の上で手を握っていた。


 それから、小さくうなずいた。


「……想起教団。アナムネシス、とも呼ばれています。わたしは東の果ての窓のない塔で育ちました。塔の上に司教さまがいます。名前は知りません。わたしたちはただ、司教さまと呼んでいました」


 アズの声はまだ少し平らだった。けれど、満月の夜の前よりもほんの少しだけ揺れがあった。


「教団は神さまを待っています。百年前に空から来て、眠ってしまった神さまを」


「神さま」


「はい。その神さまは、つらいことを全部、忘れさせてくれるのだと教わりました。悲しいことも。痛いことも。忘れてしまえば、誰も苦しまなくなる。それが教団の教えです」


 アズは少しだけうつむいた。


「神さまは、ある人の記憶の中で眠っているのだと司教さまは言っていました。その人が全部を思い出したとき、神さまは目を覚ます。だから、教団はその人に思い出させなければならない。どんなことをしても」


 居間の空気が重くなった。


「そのある人というのが……」


「……あなたです。レイ、さん」


 アズは俺の名前をぎこちなく呼んだ。今まで一度も名前で呼ばれたことはなかった。


「空のひびは、神さまが目を覚ましはじめている、しるしだと思います」


 ガルムが低くうなった。


「……つまり、大将が思い出せば思い出すほどその神さまってのが起きてくる。空が割れる。で、教団のやつらは、大将に思い出させるために、俺たちを襲いに来る」


「……はい」


「最悪じゃねえか」


 ガルムは床をこぶしでたたいた。


「思い出さなきゃいいんだろ。だったら、大将は、ずっとここで畑耕して、風呂入って、飯作ってりゃいい。教団のやつらが来たら、俺たちが追い返す」


「ガルムさん」


「なんだ」


「満月の夜、俺がいなかったとき、何が起きましたか」


 ガルムは黙った。


 リリアの背中の傷。ティコの涙。倒れたシラタマ。


「教団はまた来ます。今度はもっと強い相手を連れて。そのたびに、俺が怒って、何かを思い出して、空が割れていくなら。……ここで待っているだけでは何も変わりません」


 俺はテーブルの上の手紙をそっと指でなぞった。


「過去の俺は思い出すなと書きました。でも、ガルデアの底に何かを残していきました。名前を忘れた俺のために」


 俺はみんなの顔をひとりずつ見た。


「俺はガルデアに行こうと思います。過去の俺が何を残したのか、確かめたい。それが思い出さずにみんなを守る方法なのか。それとも別の何かなのか。分からないけど、ここで待っているよりはましだと思うんです」


 しばらく誰も何も言わなかった。


 最初に動いたのはリリアだった。


 シラタマを膝から下ろして、立ち上がった。


「お供します」


 迷いのない声だった。


「私はレイ殿のパーティの仲間です。それに――」


 リリアはテーブルの上の手紙の三行目を見た。


「グランツの家の者、と書いてあります。私はグランツの家の者です。その手紙の続きがどうなるのか、私にも知る理由があると思います」


 ガルムが立ち上がった。


「おう俺も行くぜ、大将。置いていくって言っても、ついていくからな」


 アズがおそるおそる、手を挙げた。


「……わたしも。わたしは教団のことを少しだけ知っています。役に立てるかもしれません」


 ティコがばん、とテーブルをたたいた。


「ガルデアに行くなら、お父さんの商隊と一緒に行けばいいよ! ちょうど、来月、ガルデアに仕入れに行く予定だったから! 護衛料ももらえる!」


「ティコちゃん……」


 マルタがため息をついた。それから、ぐいと背筋を伸ばした。


「ではばあやはこのお家を守ります。お留守のあいだ畑とお風呂の番をいたします」


 シラタマが床の上できゅう、と鳴いた。


 俺はみんなの顔を見回した。


 胸の奥が熱くなった。


「……ありがとうございます」


 声が少し、震えた。


 その夜、みんなが寝室へ引き上げたあと俺は縁台に出た。


 月が少し欠けていた。そのとなりに黒いひびが細く光っていた。


 しばらくして、背後で扉の開く音がした。


 リリアだった。今夜は、マルタと一緒に森の家に泊まることになっていた。


「……眠れませんか」


「少し」


 リリアは俺のとなりに少し間をあけて、座った。


 二人で空のひびを見上げた。


「レイ殿」


「はい」


「手紙の三行目のことですが」


 リリアは膝の上で手を組んだ。


「グランツの家の者に会ったら、礼を言え。……レイ殿にはその意味が分かりますか」


「分かりません」


 正直に答えた。


「何の礼なのか、俺にもまだ分からないんです。ユーグさんと何か、あったのだと思います。でも、それが何だったのか、思い出せない」


「……そうですか」


 リリアは少しだけ寂しそうに笑った。


 俺はしばらく空のひびを見ていた。


 それから、リリアのほうを向いた。


 意味は分からなかった。


 でも、過去の俺が言えと書いたのだ。


 それに分からなくても、言いたいことはあった。


「リリア」


「はい」


「ありがとう」


 リリアがきょとんとした顔で俺を見た。


「……何のお礼ですか」


「分かりません」


「分からないのに、お礼を言うのですか」


「はい」


 俺は笑った。


「でも、決闘のとき、怒ってくれたこと。守られる覚悟をしろって言ってくれたこと。洞窟で約束を守らせてくれたこと。満月の夜、ティコをかばってくれたこと。……今夜、お供しますって、真っ先に立ち上がってくれたこと」


 リリアの目が大きく見開かれた。


「たぶん、百年前の礼はまだ言えません。だから、今の分だけ。ありがとう、リリア」


 リリアは何も言わなかった。


 しばらく固まったように俺を見ていた。


 それから、月明かりの中でも分かるほど顔が真っ赤になった。


「……っ、そ、そういうことは急におっしゃらないでください」


「すみません」


「謝らないでください」


「……はい」


 リリアはぷいと反対側を向いた。


 耳まで赤かった。


 しばらくして、背中を向けたまま、小さな声で言った。


「……どういたしまして。レイ、殿」


 月のとなりで空のひびが静かに光っていた。


 今夜はそれほど怖くなかった。




第32話 了

__________________________________________________________

♡と☆での評価、フォローの方、よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。