第3話 街道の盗賊団
翌朝、俺は自分で作った道の続きを歩いた。
あの家で一晩過ごして分かったことがある。森の中にいても、何も分からない。食べ物も、服も、この世界のことも。人に会わなければ、どうにもならない。
道は森の奥までまっすぐ続き、やがて唐突に終わった。最後の一本の木が倒れた先は崖になっていた。崖の下に土を踏み固めた広い道が見える。轍の跡が何本も残っていた。
「街道だ」
ようやく人の気配のするものを見つけた。崖は俺の背丈の五倍ほどの高さがあったが、風の魔法で落ちる速さをゆるめれば、たぶん大丈夫だろう。たぶん。弱く、弱く、と自分に言い聞かせながら飛び降りる。
足もとに風をまとわせると、体がふわりと浮いて、羽のようにゆっくりと着地した。今回は地面も割れなかった。
「よし。成長してる」
小さくこぶしを握る。昨日一日で少しは加減を覚えたらしい。
街道をとりあえず日の昇るほうへ歩いた。人の通る道なら、どちらに進んでもいずれ町に着くはずだ。
半刻ほど歩いたころ、前のほうから音が聞こえてきた。
馬のいななき。金属のぶつかる音。人の叫び声。
俺は走った。走ってから、自分がものすごい速さで走っていることに気づいた。景色が横に流れていく。加減、加減、と足をゆるめながら、道の曲がり角を抜ける。
街道の真ん中に幌馬車が五台止まっていた。
その周りを武器を持った男たちが取り囲んでいた。三十人はいるだろうか。革の鎧に錆びた剣や斧。顔には布を巻いていて、目だけがぎらぎらと光っている。
馬車の前では護衛らしい男たちが三人、剣を構えていた。けれど、そのうちの二人はすでに腕や足から血を流していて、立っているのがやっとのようだった。
盗賊だ。
俺は近くの岩陰に身を隠した。隠密のスキルもMAXだったから、気配を消すのは難しくなかった。
盗賊の中からひときわ体の大きな男が前に出た。顔に大きな傷がある。頭らしい。
「おとなしく荷を置いていけば、命までは取らねえって言ってんだろうが」
馬車の御者台から中年の男が降りてきた。茶色のひげを生やした、がっしりした体つきの男だ。商人らしい上等な上着を着ていたが、その顔は青ざめていた。
「……荷は渡します。どうか、誰も傷つけないでください」
「話が早えじゃねえか、商人さんよ」
頭がにやりと笑った。それから、顎をしゃくる。
「おい、あれも連れてこい」
手下の一人がいちばん後ろの馬車の幌をまくり上げた。中から小さな悲鳴が聞こえた。
「離して! 離してってば!」
引きずり出されたのは女の子だった。十三歳くらいだろうか。赤い髪を二つのおさげに編んでいて、鼻の頭にそばかすが散っている。手下に腕をつかまれて、必死に足をばたつかせていた。
「ティコ!」
商人の男が叫んだ。娘なのだろう。
「おっと動くなよ」
頭が女の子の首に短剣を当てた。商人の男の足が止まる。
「商人の娘ってのはいい値で売れるんだ。荷と一緒にもらっていくぜ」
「そんな……約束が違う!」
「約束? 盗賊と約束なんかしたおめえが悪いんだよ」
手下たちがげらげらと笑った。
女の子――ティコは泣いていなかった。唇をぎゅっとかんで、頭の男をにらみつけている。その目がほんの一瞬だけ父親のほうを見た。大丈夫、と言っているような目だった。
体の奥で何かがかちりと音を立てた。
俺は岩陰から出た。
「すみません」
声をかけると、三十人の盗賊が一斉にこちらを向いた。
「……なんだ、てめえ」
「通りすがりの者です。その子を離してもらえませんか」
自分でも驚くほど丁寧な言葉が出た。初対面の相手にはとりあえず敬語。そういう習慣が体に染みついているらしい。
頭の男は俺を上から下までじろじろと見た。灰色のローブ。武器はなし。ひょろりとした若い男。
それから、大声で笑った。
「おいおい聞いたかよ。通りすがりの兄ちゃんが、離してくださいだとよ」
手下たちも笑った。
「兄ちゃん、悪いことは言わねえ。回れ右して帰んな。それともその上等そうなローブも置いていくか?」
「いえ、帰りません。その子を離してください」
「……ちっ。おい、やっちまえ」
手下が五人、剣を抜いてこちらに向かってきた。
俺は、昨日からずっと考えていたことを試すことにした。
攻撃の魔法は加減が難しい。少し間違えれば、盗賊だけでなく馬車も、商人たちもあの女の子も巻きこんでしまう。だったら、攻撃しなければいい。
傷つけずに動けなくすればいい。
手を前に出す必要もなかった。頭の中で思い描くだけで、足もとの土の中にある植物の根に魔力が流れていく。呪文を唱える必要もない。どうすればいいのかは体が知っていた。
地面がぼこりと盛り上がった。
「な、なんだ!?」
土の中から太い蔦が何十本も飛び出した。蔦は蛇のようにうねりながら、盗賊たちに襲いかかる。向かってきた五人だけではない。馬車を囲んでいた全員の足に、腕に、胴に蔦がぐるぐると巻きついていく。
「うわっ、放せ!」
「な、なんだこれ、切れねえ!」
剣で切ろうとした者もいたが、蔦は鉄のように硬く、刃がはじかれた。暴れれば暴れるほど蔦はきつく締まっていく。
ほんの数秒で三十人の盗賊が、一人残らず蔦でぐるぐる巻きになって地面に転がっていた。
護衛たちも、商人の男もぽかんと口を開けていた。
ただ一人、まだ立っている男がいた。
頭の男だ。ティコの腕をつかんでいたおかげで蔦がティコを避けようとして、頭の男への巻きつきが遅れたのだ。
「て、てめえ……っ、動くな! 動いたら、このガキを――」
頭の男がティコの首に短剣を押しつけようとした。
その短剣がぽろりと崩れた。
刃の先からさらさらと砂のように崩れて、風に吹かれて消えていく。頭の男の手の中には柄だけが残った。
「……は?」
頭の男が自分の手を見た。
その隙に足もとから伸びた蔦が男の体を一瞬で巻き上げた。ティコの腕だけを器用に避けて。
どさり、と頭の男が地面に倒れた。
ティコはその場にへたりこんだ。
俺は彼女のそばまで歩いていって、しゃがんだ。目の高さを合わせる。
「大丈夫ですか。けがは?」
ティコはぱちぱちとまばたきをした。それから、俺の顔と、蔦でぐるぐる巻きになった盗賊たちと柄だけになった短剣を順番に見た。
「……お兄さん」
「はい」
「今の何?」
「え?」
「呪文、唱えてなかったよね。杖も持ってなかったよね。三十人だよ? 三十人を一瞬で?」
矢継ぎ早の質問だった。さっきまで短剣を突きつけられていたとは思えないほど目がきらきらしている。
俺は少し考えてから、正直に答えた。
「ええと……蔦で縛りました」
「それは見れば分かるの!」
ティコがぴしゃりと言った。
後ろから商人の男が転がるように駆けてきた。ティコを抱きしめて、何度も何度も頭をなでる。ティコは「苦しい、お父さん、苦しいってば」と言いながらもその腕を振りほどこうとはしなかった。
それを見ていたら、なぜか、胸のあたりが温かくなった。
地面の上で蔦に巻かれた盗賊の頭がうめくように言った。
「な、何者だ、てめえ……」
俺は少しだけ考えて、答えた。
「さあ。俺にもよく分からないんです」
本当のことだった。
第3話 了
__________________________________________________________
♡と☆での評価、フォローの方、よろしくお願いします。
励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。




