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記憶喪失の最強魔導師、もふもふと没落令嬢に囲まれてスローライフ中 ~なお、俺が思い出すと世界が滅ぶらしい~  作者: みぎみみ


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第19話 この差額、どこに行きました?


 監査の朝、冒険者ギルドの広間は人で埋まっていた。


 テーブルと椅子は壁際に寄せられ、広間の真ん中に長い机がひとつ置かれていた。机の片側にギルドマスターのドレイク。そのとなりに鉄の拳のボリスたち三人。反対側に俺と、リリアとカーラ。そして、机の奥の上座に領主の館から来た監査役の役人と衛兵隊長のゲオルクが座っていた。


 役人は、オットーという名の白髪まじりの痩せた男だった。細い眼鏡の奥の目は何を考えているのか分からなかった。


 広間の壁際には署名をしてくれた冒険者たちが並んでいた。ハンスの店の護衛の三人。それから、昨日、リリアが町じゅうを歩いて、頭を下げて頼んだ六人。年老いた薬草採り。片腕の元剣士。駆け出しの双子の姉弟。みんなドレイクに素材を買い叩かれたことのある者たちだった。


 その後ろには、話を聞きつけた町の人たちがぎっしりと詰めかけていた。ハンスとティコの姿も見えた。


 俺のフードの中ではシラタマがじっと息をひそめていた。


「では臨時監査を始めます」


 オットーが乾いた声で言った。


「請求者の方。ギルドマスターの不正について、申し立ての内容を述べてください」


 俺は立ち上がった。


 机の上に一晩で作った紙の束を置く。


「申し立てます。このギルドでは、この三年間、素材の買い取り、手数料の収入、報奨金の支払いについて、帳簿が書き換えられています。この一年分だけで金貨八百二十枚。三年分の推定で金貨一千二百四十枚が帳簿から消えています」


 広間がどよめいた。


 ドレイクは表情を変えなかった。薄い唇の端をわずかに上げたまま、椅子の背にもたれていた。


「根拠は」


 オットーが聞いた。


「受付のカーラさんが、この一年、毎日とっていた買い取り台帳の写しです。それと、ギルドが毎年、掲示板に貼り出している収支の報告。それから、商人のハンスさんが払った手数料の受け取りです。この三つを突き合わせました」


 俺は表を一枚ずつオットーの前に並べていった。


「こちらがカーラさんの台帳のある日の記録です。オークの牙、十本、金貨四枚で買い取り。こちらが同じ日のギルドの正式な台帳の記録。オークの牙、十本、偽物につき銀貨二十枚」


 オットーの眉がぴくりと動いた。


「そしてこちらがその翌月、ギルドが王都の商会へ素材を売った記録。オークの牙、十本、金貨五枚。……偽物のはずの牙が金貨五枚で売れています」


 壁際の冒険者たちがざわついた。


 片腕の元剣士が、「俺の牙だ」と、低くつぶやくのが聞こえた。


「同じような記録がこの一年で百二十七件あります」


 ドレイクがようやく口を開いた。


「くだらん」


 ゆったりとした、余裕のある声だった。


「カーラの台帳の写しだと? そんなものいくらでもでっち上げられる。カーラはわたしに恨みがあるのだ。仕事ぶりを何度も叱ったからな。本物の台帳はここにある」


 ドレイクは机の上に分厚い台帳を置いた。ギルドの印が押された、正式な台帳だった。


「こちらには何の不正も書かれていない。監査役殿、どちらを信じるかは明らかでしょう」


 カーラが青ざめて、うつむいた。


 俺はドレイクの台帳を見た。


 目の前に板が浮かぶ。


【リンデン冒険者ギルド 買い取り台帳(正式)】

【状態】改ざんあり(三百十二か所)


 やはり、そうだった。けれど、鑑定の結果だけでは足りない。闘技場のときとは違う。ここは監査の場だ。俺にしか見えない板ではなく、誰もが手に取れる証拠がいる。


「ドレイク殿」


 俺は静かに言った。


「ギルドマスターは、ご自分でも、お金の出入りを記録していらっしゃるはずです。王都の商会への売却。報奨金の支払い。そういうものを正式な台帳とは別に。……黒い革表紙の帳面をお持ちですよね」


 カーラから聞いていた。ドレイクは、いつも部屋の金庫に黒い帳面をしまっている、と。


 ドレイクの目がほんの一瞬だけ揺れた。


 けれど、すぐに元の薄笑いに戻った。


「ああ、あれか。残念だったな」


 ドレイクは肩をすくめた。


「昨夜、部屋の暖炉の火が机の上に燃え移ってね。あの帳面は燃えてしまったよ。まったく、不運なことだ」


 広間がしんとなった。


 ボリスがにやにやと笑っていた。


 オットーが眼鏡を押し上げた。


「燃えた、と」


「ええ。灰しか残っておりません。お疑いなら、部屋の暖炉をご覧になればいい」


「では見せていただきましょう」


 俺が言うと、ドレイクは鼻で笑った。


「灰を見て、どうする」


「灰が残っているなら、十分です」


 ギルドの二階のギルドマスターの部屋にオットーと、ゲオルクと、ドレイクと俺とリリアが上がった。ほかの人たちも階段の下や廊下にぞろぞろとついてきた。


 部屋の暖炉の中にはたしかに黒い灰が積もっていた。紙の燃えかすだった。革の表紙のちぢれた切れ端も混じっていた。


「ほらな」


 ドレイクが両手を広げた。


 俺は暖炉の前にしゃがんだ。


 灰の上に手をかざす。


 どうすればいいのかは分かっていた。熊を消し飛ばしたときと同じように。盗賊を蔦で縛ったときと同じように。考える前に体が知っていた。


 燃えたものは燃える前の形を覚えている。


 その記憶をほんの少しだけ呼び戻してやればいい。


「――修復《リペア》」


 灰が動いた。


 ふわり、と暖炉の中から舞い上がる。黒い粉が渦を巻いて、宙に集まっていく。ちぢれた革の切れ端がのびて、つながって、四角い形に戻っていく。灰の粒が一枚、また一枚と白い紙の形に固まっていく。紙の上に黒い文字がにじむように浮かび上がっていく。


 部屋の中の誰も声を出さなかった。


 ほんの数秒後、俺の手のひらの上に一冊の帳面がぽとりと落ちた。


 黒い革表紙の分厚い帳面だった。焦げ跡ひとつ、なかった。


「な……」


 ドレイクの顔から血の気が引いていった。


「な、なんだ、それは……! そんな魔法、聞いたことが……!」


 俺は帳面を開いた。


 几帳面な字だった。ドレイク自身の字だろう。日付と、金額と相手の名前がびっしりと並んでいる。正式な台帳には書かれていない本当の数字が。


 俺はそれをオットーに手渡した。


 オットーは帳面をめくった。一枚。二枚。十枚。


 その顔が少しずつ険しくなっていった。


「ドレイク殿」


 俺は帳面のあるページを指さした。


「この月、ギルドの正式な台帳では、素材の買い取りに金貨三十枚を払ったことになっています。ところが、この帳面では実際に払ったのは金貨十二枚。そして、同じ月に王都の商会から金貨五十五枚を受け取っています」


 ドレイクは答えなかった。


「この差額、どこに行きました?」


 ドレイクの唇が震えた。


 俺はページをめくった。


「この月。鉄の拳に報奨金として、金貨十五枚。同じ日にこの帳面の『戻り』の欄にボリスの名前で金貨十枚。報奨金の三分の二があなたのところに戻っています」


 廊下にいたボリスの顔が引きつった。


「この差額、どこに行きました?」


 ページをめくる。


「毎月、決まった日に金貨二十枚。送り先、東方巡礼会。これはギルドのどの帳簿にも載っていません」


 顔を上げて、ドレイクを見た。


「この差額はどこに行きましたか」


 部屋の中が静まり返っていた。


 ドレイクの額から汗がぽたりと床に落ちた。


 その目が左右に泳いだ。窓を見た。扉を見た。


 そして、叫んだ。


「――ボリス! こいつらを黙らせろ!」


 廊下からボリスたち三人が部屋に飛びこんできた。ボリスが鉄の籠手をはめた拳を振り上げる。ほかの二人が剣を抜く。


「てめえ、よくも――」


 俺は手を上げかけた。


 その前に金色の髪が俺の前に立った。


「今度は私の番です」


 リリアだった。


 剣は抜いていなかった。鞘に納めたまま、腰から外して、両手で構えていた。


「リリア」


「部屋の中です。レイ殿が魔法を使えば、帳面まで吹き飛びます」


 ボリスの拳がリリアの顔めがけて振り下ろされた。


 リリアの鞘がふわりと宙に浮いた。


 ボリスの目がそれを追った。


 舞い落ちる羽根が向きを変えた。


 下から。がら空きになった顎へ。


 ごっ、と鈍い音がした。


 ボリスの巨体が宙に浮いて、そのまま、背中から床に叩きつけられた。白目をむいて、動かなくなった。


 あとの二人が一瞬、ひるんだ。その足に床板のすき間から伸びた蔦がぐるぐると巻きついた。二人はそろって前のめりに倒れた。


 それは俺がやった。帳面は吹き飛ばなかった。


 そのすきにドレイクが窓に向かって走った。


「逃がすか――」


 ゲオルクが追おうとした。


 その前に俺のフードの中から銀色の毛玉が飛び出した。


 シラタマは、床の上を一直線に駆けて、窓枠に足をかけようとしていたドレイクの足首にがぶりと噛みついた。


「いっ――!?」


 ドレイクは足をもつれさせて、窓枠に顔から突っこんだ。そのまま、床にずるずると崩れ落ちた。


 シラタマは、ドレイクの足首から口を離すと、ぺっ、と何かを吐き出す仕草をして、とことこと俺のところへ戻ってきた。


 ゲオルクと衛兵たちがドレイクと鉄の拳の三人を、次々と縛り上げていった。


 部屋の外の廊下で誰かが手をたたいた。


 片腕の元剣士だった。


 それが年老いた薬草採りに、双子の姉弟に、護衛の三人に階段の下の町の人たちに広がっていった。


 ギルドじゅうが、拍手に包まれた。


 リリアは、鞘を腰に戻しながら、少しだけ息を弾ませて、俺を見た。


「……守られる覚悟、していただけましたか」


「はい。しっかり、守られました」


 リリアはふいと顔をそむけた。耳が赤かった。


 俺はオットーの手の中の黒い帳面を見た。


 燃えて、灰になったはずのもの。それが元の形に戻った。


 ふと、ポケットに手が伸びた。


 焼け焦げた手紙。


 もしかしたら、この手紙も――。




第19話 了

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