第17話 ギルドマスター・ドレイク
リンデンに戻ったのは翌日の昼過ぎだった。
冒険者ギルドの扉を開けると、中にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらを向いた。昨日までとは少し違う視線だった。興味と、警戒とそれからほんの少しの恐れ。闘技場の件はもう町じゅうに知れ渡っているらしい。
受付のカーラに依頼の完了を報告した。
「ミルト村のゴブリン討伐、終わりました。数は三十匹以上。それと、これを」
俺は布の包みをカウンターに置いた。
中身はゴブリンキングの角と魔石だった。角は俺の腕ほどの長さがある。魔石は、握りこぶしくらいの大きさで中に赤い光がゆらゆらと揺れていた。
カーラが目を見開いた。
「こ、これは……ゴブリンキングの……?」
「はい。巣にいました。リリアが倒しました」
カーラの声が聞こえたのか、ギルドの中がざわりとした。
「キングだと?」
「Dランクの依頼で?」
「グランツの娘がひとりで?」
カーラはあわてて、奥の部屋へ駆けこんでいった。
しばらくして、カーラと一緒に一人の男が出てきた。
四十代くらいのやせた男だった。上等な黒い上着を着て、指にはいくつも金の指輪をはめている。髪は油でなでつけられていて、薄い唇の端がいつも少し上がっているような顔だった。
「ギルドマスターのドレイクだ」
男は、名乗りながら、カウンターの上の角と魔石を見下ろした。
それから、俺とリリアを見た。
その目がリリアのところですっと細くなった。
「……ほう。グランツの娘とEランクの新入りか」
「リリア・グランツです。ミルト村の依頼を完了しました。ゴブリンキングの討伐も合わせて、ご確認をお願いします」
リリアが背筋を伸ばして言った。
ドレイクは角を指でつまみ上げて、じろじろと眺めた。魔石も光にかざした。それから、ふんと鼻を鳴らして、カウンターに放り出した。
「偽物だな」
「……は?」
「偽物だと言ったんだ。Cランクの娘がひとりでキングを倒せるはずがない。どこかで拾ったか、買ったかしたものだろう」
リリアの顔色が変わった。
「そんなことはありません。私がこの剣で――」
「証人は?」
「レイ殿とミルト村の村長が」
「パーティの仲間と田舎の老いぼれか」
ドレイクは鼻で笑った。
そのとき、ギルドの奥のテーブルから三人の男が立ち上がって、こちらへ歩いてきた。
見覚えがあった。俺がこの町に来た日、リリアの盆を落として、「床に落ちた飯がお似合いだ」と笑っていた男たちだ。先頭の大柄で拳に鉄の籠手をはめた男がにやにやしながら、ドレイクのとなりに立った。
「ギルドマスター。そのキング、俺たちが三日前に倒したやつですよ」
「……ほう。本当か、ボリス」
「ええ。ミルト村の北の丘の洞窟でしょう? 俺たち『鉄の拳』が、三日前に仕留めたんです。死骸を運び出すのが面倒で、角と魔石は後で取りに行こうと思ってたんですがね。どうやら、こいつらに先に盗まれたらしい」
ボリスはリリアを見下ろして、下品に笑った。
「逆賊の家の娘は手癖も悪いんだな」
リリアの手が剣の柄にかかった。
俺はその手の上にそっと自分の手を置いた。
リリアが驚いたように俺を見た。
俺は小さく首を振った。
怒りはあった。胸の奥で冷たい何かがゆっくりと頭をもたげていた。昨日の洞窟で影の狼を前にしたときと同じ感覚だった。このまま手を振れば、この男たちも、このギルドの壁も跡形もなく消える。
だからこそ、動いてはいけないと思った。
ここで暴れたら、俺たちが悪者になる。リリアの家の名前がまた汚れる。
「ドレイク殿」
俺はできるだけ穏やかな声で言った。
「ボリスさんたちが三日前に倒したというなら、ミルト村の村長さんに聞けば分かるはずです。俺たちは昨日、村に着きました。村長さんは、そのとき、まだゴブリンに困っていると言っていました」
「田舎の老いぼれの言うことなどあてにならん」
ドレイクは取り合わなかった。
「決まりだ。このキングの討伐は『鉄の拳』の手柄とする。報奨金もそちらに払う。角と魔石はギルドが預かる。お前たちには、ゴブリン討伐の報酬、金貨二枚だけを払ってやる」
「そんな……!」
「それから」
ドレイクはリリアを冷たく見下ろした。
「他人の獲物を盗んだうえに自分の手柄と偽って報告した。本来なら、冒険者の資格を取り上げるところだ。グランツの娘。今回だけは見逃してやる。ありがたく思え」
リリアの肩が震えていた。
怒りで。悔しさで。
ボリスたちがげらげらと笑った。
ギルドの中の冒険者たちは誰も何も言わなかった。目をそらす者。肩をすくめる者。カウンターの中でカーラが唇をかんで、うつむいていた。
俺は深く息を吸って、吐いた。
そして、口から出てきたのは自分でも思いもよらない言葉だった。
「分かりました。では控えをいただけますか」
「……控え?」
ドレイクが眉をひそめた。
「はい。今回の買い取りと報酬の支払いの明細です。何をいくらで誰から買い取って、誰にいくら払ったのか。紙に書いて、ギルドマスターの署名をいただけますか」
ドレイクはしばらく俺の顔を見ていた。
それから、ばかにしたように笑った。
「いいだろう。カーラ、書いてやれ」
カーラが震える手で紙に書きつけた。
――ミルト村依頼、完了。報酬、金貨二枚。ゴブリンキングの角および魔石、偽物と判定。ギルド預かり。査定額、銀貨五枚。
そこにドレイクがさらさらと署名をした。
「ほらよ。大事にとっておけ」
ドレイクは、紙と、金貨二枚と銀貨五枚をカウンターの上に放り投げた。
俺はそれを受け取って、丁寧に頭を下げた。
「ありがとうございます」
リリアが信じられないという顔で俺を見ていた。
ギルドを出ると、リリアが俺の腕をつかんだ。
「レイ殿! なぜ、黙って引き下がったのですか!」
その目には涙がにじんでいた。
「あのキングは私が倒しました! レイ殿も見ていたではありませんか! それを偽物だと盗んだものだと……!」
「分かってます」
「分かっているなら、なぜ!」
「リリア」
俺はリリアの目を見て、言った。
「あの場で俺が怒ったら、どうなっていたと思いますか」
リリアが言葉に詰まった。
「ギルドの壁がなくなっていたと思います。ドレイクも、ボリスたちも。そうなったら、悪いのは俺たちです。グランツの家の名前もまた汚れます」
「……っ」
「だから、今は紙をもらっておきました」
俺はドレイクの署名入りの紙をひらひらと振った。
「ゴブリンキングの魔石が銀貨五枚。ギルドの壁に貼ってある買い取りの価格表では、キングの魔石は金貨十五枚です。偽物だと言ったなら、なぜ、銀貨五枚も払ったんでしょう。偽物なら、値段はつかないはずです」
リリアが目をぱちぱちさせた。
「それに本物だと分かっているから、ギルドが預かるんです。預かったものはどこかに売られます。金貨十五枚で。その差額はどこへ行くんでしょうね」
自分の口からすらすらと言葉が出てくるのが不思議だった。
怒りで頭が熱くなるほど逆に数字が冷たく、はっきりと見えてくる。そういう頭の使い方を俺はどこかでずっとしてきた気がした。
リリアはしばらく俺の顔を見つめていた。
「……レイ殿は時々、とても怖い顔をなさいます」
「そうですか?」
「はい。今も」
俺は自分の顔に手をやった。よく分からなかった。
その夕方、俺とリリアはハンスの店を訪ねた。
店の奥の居間でギルドでの出来事を話すと、ハンスは渋い顔で腕を組んだ。
「ドレイク殿ですか。……あの方がギルドマスターになってから、三年になりますが、よくない噂はわたしも聞いております」
となりで話を聞いていたティコが急に立ち上がった。
「お兄さん。ちょっと待ってて」
ティコは、店の奥へ駆けこんで、紙の束を抱えて戻ってきた。
「これ、お父さんの店がギルドに払ってる手数料の受け取り。商隊の護衛を頼むときの手数料と商人の登録料。三年分」
ティコは紙を机の上に広げた。
「ドレイクがギルドマスターになってから、毎年、上がってるの。最初の年の倍になってる。ギルドの掲示板に毎年、収支の報告が貼られるんだけど、そっちでは、手数料の収入はほとんど増えてないことになってる。……変でしょ?」
俺は机の上の紙を一枚ずつ見た。
日付。金額。ギルドの印。
数字が頭の中で勝手に並びはじめた。
「ティコ」
「ん?」
「その掲示板に貼られている収支の報告。写しはありますか」
「……あるよ。変だと思って、毎年、書き写してた」
ティコはにっと笑った。
「お兄さん。あたし、こういうの得意なんだ」
そのとき、店の表の扉が控えめにとんとんとたたかれた。
ハンスが出ていって、しばらくして、戻ってきた。その後ろに一人の女性が立っていた。
受付のカーラだった。
フードを深くかぶって、胸に分厚い帳面を抱えていた。顔は青ざめていた。
「……夜分に申し訳ありません」
カーラは震える声で言った。
「レイさんにお見せしたいものがあって、参りました。――ギルドマスターの帳簿はふたつ、あるんです」
第17話 了
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