第13話 最初の依頼
翌朝、俺とリリアは冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
「最初の依頼は慎重に選びましょう」
リリアは、腕を組んで、掲示板に貼られた紙を一枚ずつ見ていた。
「パーティの受けられる依頼はいちばん上の者のランクで決まります。私がCですから、Cランクまでは受けられます。ですが、レイ殿はまだこの辺りの魔物をご存じない。まずはDランクくらいから」
「リリアに任せます」
俺は素直に言った。昨日の夜、宿の部屋で、「リリア」と呼ぶ練習を十回した。まだ少し照れくさい。リリアのほうはあいかわらず「レイ殿」だった。
リリアが選んだのは一枚の紙だった。
――ミルト村。ゴブリンの群れの討伐。数は二十ほど。ランクD。報酬、金貨二枚。
「ミルト村はここから東へ半日の小さな村です。ひと月ほど前からゴブリンに家畜を盗まれているそうです」
「金貨二枚。二人で分けて、一枚ずつですね」
「……三人です。シラタマ殿の分も」
「きゅう」
フードの中から同意するような声がした。
受付のカーラに依頼の紙を出すと、カーラは俺とリリアを交互に見て、目をぱちぱちさせた。
「お二人でパーティを……?」
「はい」
「そ、そうですか。……ええとがんばってください」
カーラは、何か言いたそうな顔をしていたが、結局、何も言わずに受付の判を押してくれた。
ギルドを出ると、入り口の前に赤毛のおさげが待ちかまえていた。
「お兄さん! 聞いたよ、パーティ組んだって!」
ティコだった。腕に布の包みを抱えている。
「ティコ。どうしてここに」
「町じゅうのうわさだよ。闘技場の魔導師がグランツ家のお嬢さんと組んだって。はい、これ。お父さんの店の干し肉と固焼きのパン。お弁当」
ティコは包みを俺に押しつけた。それから、リリアの前に進み出て、ぺこりと頭を下げた。
「はじめまして。ハンスの娘のティコです。お兄さんの財布係をしてます」
「……リリア・グランツです」
リリアは少し戸惑ったように礼を返した。グランツ家の娘にこんなふうにまっすぐ話しかけてくる町の子は、あまりいないのかもしれない。
ティコは、リリアの顔をじっと見上げて、それから真剣な顔で言った。
「リリアさん。お兄さんのことよろしくお願いします。この人、常識ないから」
「存じております」
リリアが即答した。
「……二人ともひどくないですか」
俺の抗議は誰にも聞いてもらえなかった。ティコとリリアは、なぜか、そこで意気投合したように同時にうなずき合っていた。
ミルト村に着いたのは昼過ぎだった。
畑と牧草地に囲まれた、二十軒ほどの小さな村だ。村長は、白いひげの老人で俺たちを見ると、ほっとしたように何度も頭を下げた。
「よく来てくださった。ゴブリンどもは村の北の丘にある洞窟に住みついております。最初は、鶏が一羽、二羽と盗まれる程度でしたが、この半月で豚が五頭、牛が二頭。このままでは村の者が冬を越せません」
「ゴブリンが牛を?」
リリアが眉をひそめた。
「ゴブリンはせいぜい子どもくらいの大きさです。牛を運ぶのは難しいはずですが」
「それがわしらにも分からんのです。足跡もゴブリンにしては大きいものが混じっておりまして」
リリアと顔を見合わせた。
洞窟は村から歩いて一時間ほどの丘の中腹にあった。入り口のまわりには動物の骨が散らばっていた。
洞窟の前でリリアが立ち止まった。
「レイ殿。ひとつ、お願いがあります」
「なんでしょう」
「この依頼は私に任せていただけませんか」
リリアは剣の柄に手を置いた。
「ゴブリン二十匹なら、私ひとりで十分です。レイ殿が本気を出せば、洞窟ごと吹き飛ばしてしまうでしょう。それでは私がパーティにいる意味がありません」
「……洞窟ごとはさすがに」
「やりませんか?」
「……やるかもしれません」
正直に答えた。熊の一件を思い出すと、否定できなかった。
「ですから、お願いです。私が助けを求めるまで手を出さないでください。明かりと後ろの見張りだけお願いします」
リリアの目は真剣だった。昨日の、「守られる覚悟」の話の続きなのだと分かった。
俺はうなずいた。
「分かりました。約束します。リリアが頼むまで俺は手を出しません」
「ありがとうございます」
リリアは少しだけ笑った。それから、剣を抜いた。
俺は、指先に小さな光の玉をともして、洞窟の中へ浮かべた。今度はちゃんとランプくらいの明るさだった。シラタマはフードから出て、俺の腕の中に収まった。
洞窟の中は湿っていて、獣のにおいがした。
少し進むと、最初のゴブリンが現れた。緑色の肌の子どもくらいの背丈の魔物。手に錆びた短剣を持っている。三匹。ぎゃあぎゃあとわめきながら、飛びかかってきた。
リリアの剣が一閃した。
三匹が同時に倒れた。
俺は思わず息をのんだ。速い。そして、きれいだ。一振りで三匹の急所を正確に断っていた。
「次が来ます」
リリアは振り返りもせずに言った。
奥からさらに五匹。十匹。リリアは、狭い通路を背にして、一匹ずつ確実に倒していった。無駄な動きがひとつもない。剣を振るたびに、金色の髪が揺れる。
俺は、約束どおり、明かりを掲げて、後ろを見張っていた。背後から回りこもうとしたゴブリンが一匹いたが、それはシラタマが俺の腕の中から「きゅうっ!」とひと声鳴いただけで腰を抜かして逃げていった。
ゴブリンの数は村長の話よりも多かった。二十どころではない。三十匹を超えたあたりで数えるのをやめた。
それでも、リリアは一歩も退かなかった。
洞窟の奥へ、奥へと進む。
やがて、通路が開けて、大きな空洞に出た。
天井の高い広い空間だった。床には家畜の骨が山のように積み上げられていた。そして、その骨の山の上に何かが座っていた。
ゴブリンだった。
ただし、大きかった。
俺の倍はある背丈。緑色の肌の下で岩のような筋肉が盛り上がっている。頭には、錆びた鉄の王冠のようなものをかぶり、手には人の背丈ほどもある大きな斧を握っていた。
目の前に板が浮かんだ。
【ゴブリンキング】
【危険度】B
【備考】ゴブリンの王。群れを率い知恵が回る。怪力。Cランク冒険者の単独討伐は推奨されない
「……ゴブリンキング」
リリアが低くつぶやいた。
「Dランクの依頼にキングが出るなんて」
ゴブリンキングが骨の山の上でゆっくりと立ち上がった。空洞じゅうに響くような声で吠える。
リリアは剣を構え直した。肩で息をしていた。三十匹以上を相手にしたあとだ。疲れていないはずがない。
「リリア」
俺は声をかけた。
リリアは振り返らなかった。
「約束です、レイ殿」
その声は揺らいでいなかった。
「私はまだ助けを求めていません」
俺は明かりを掲げたまま、唇をかんだ。
そのときだった。
ゴブリンキングのさらに奥。空洞のいちばん深い暗がりの中で何かが動いた。
赤い光がふたつ。
目だった。
ゴブリンキングよりもさらに高い位置に。
目の前に板が浮かんだ。
【――】
【危険度】――
【備考】閲覧不可
鑑定が効かなかった。
暗がりの中でその何かの額にちらりと黒い模様が見えた。
まぶたの中に瞳がひとつ。
あの黒い目の紋章だった。
腕の中でシラタマが全身の毛を逆立てて、低く、低くうなりはじめた。
第13話 了
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