害獣再び
放課後になり、校門前でミチコさんが来るのを待っていた。時刻は午後三時半。夕方かと言われると、微妙な時間だ。現に、十分待ってもミチコさんが現れる兆しが一向に無い。
「……ちょっと歩くか」
家に帰る途中で会うかもしれないし、そうじゃなくても家に居ればいずれ帰ってくる。あの財布の中身、全部使われてなければいいけど。
道中、病院から不意に出てきた人とぶつかった。
「あぁ、ごめんなさ―――ッ!?」
ぶつかった相手は、アイツだった。確か、ヨウスケだったか。
「……あぁ、悪かったな」
意外にも、ぶつかった僕に突っかかる事は無かった。それどころか、暗い表情でその場から一歩も動かなくなってしまった。
病院から出てきたという事は、何処か怪我を? もしくは、彼じゃない誰かが怪我をしたのだろうか?
「……なんだ? まだ何か用か?」
「い、いえ。それでは……」
彼の様子が少し気掛かりだが、友人でもなければ気遣う相手でも無い為、その場を後にしようとした。
その時だった。
「ッ!?」
胸騒ぎがした。噴火しようと湧き上がるマグマのように、胸の内から熱が湧き立つ。この感じ、変身した時と同じ感覚。
つまり、それが意味する事は!
予感に気付いたのと同時に、何か巨大な物が降り立ったような激しい揺れが起きた。呆気なくバランスを崩した僕とは違い、アイツは血相を変えて病院に戻っていった。アイツの事が気になるわけじゃないけど、何が現れたのかを確認する為に、僕も病院へと駆けていった。
四階のとある一室の病室に、アイツは入っていった。
「お袋! 無事か!?」
「ヨウスケ! またこの地震だよ!!」
「大丈夫、大丈夫だよ! 俺がついてる! ……あ、お前! なんでお前もここに!?」
「えっと、なりゆきで」
昨夜の事がトラウマになったのか、アイツの母親は酷く怯えていた。そんな母親をアイツは力一杯抱きしめてる。本当にコイツが、あの問題児と同一人物なのだろうか。
いや、どんな悪人でも、大切な人の一人や二人がいる。それが自分の母親だったわけだ。
そうか、だからか。コイツは、彼は、母親を第一に考える子供なのか。他人に意地悪をしているんじゃなく、母親第一を不動にしたいだけなんだ。生粋のマザコンなんだ。
「ッ!?」
二人から視線を窓の方へ移すと、この病院の先に昨夜のような化け物が現れていた。まだ夕方だから、今度はハッキリと姿形が分かる。
しかし、その姿形はとても生物とは呼べない奇怪な見た目をしていた。太い人型のようだが、頭部が無い。胴体は模様なのか、あるいは巨大な穴が空いているのか、捻じに捻じれた渦がある。鳴き声はピーッと鳴る電子音のようだ。
化け物の動きは非常にゆっくりだが、どうやらこの病院に向かって歩いてきている。
「二人とも、逃げて!! あの化け物は真っ直ぐこっちに向かってきます!!」
「お、おう! お袋! 逃げるぞ!!」
「い、いや! イヤァァァァ!!!」
「お袋!! しっかりしろ!!」
駄目だ。怯えて自分の息子の声さえ届いていない。彼も母親を置いて逃げる様子も無い。
僕が、戦わないと。
「……でも」
ミチコさんがいない状態で、変身出来るのだろうか。第一、変身する方法だって、よく分かっていない。
「お袋……いつも迷惑かけてごめんな……! これからは、迷惑かけないようにするからさ……!」
尚も怯え狂う母親に対し、彼は優し気に微笑みながら涙をこぼした。
「……約束するか?」
「は……?」
「もう母親を困らせないと、約束出来るかって聞いてるんだ!!」
「……ああ。もう俺は、お袋を悲しませるような事はしない!」
彼の目、声、表情に、嘘偽りはなかった。
そんな彼を目の当たりにして、何故だか僕も奮い立った。
そうだ。何の力も無い彼でさえ、誰かを守ろうと必死になってるんだ。あの化け物に対抗出来る力を持ってる僕が、ああだこうだと悩んでる場合じゃない!
「やってやる! 戦って、守ってみせる!! 変身!!!」
握り締めた右拳で、自分の左胸を思いっきり叩いた。胸の内に湧き立つ熱が解放された感覚がすると、それは一瞬で全身に広がり、僕の体を変身させた。
五階建ての病院が小さく見える。自分の体を見た限り、どうやら変身出来たようだ。
彼は四階の窓から身を乗り出して僕を見上げていた。最初こそ驚いているようだったが、次第に笑みを浮かべ、大声を上げて喜び始めた。
そんな彼の期待を頷いて受け取り、化け物の方へ振り返った。




