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保護者

 何か変な感じだ。昨日、あんなに非現実的な事を体験したのに、今日から変わらぬ日常を送っている。あれは夢だったと忘れてしまうほどに、僕の日常は普通だ。    


 昨日の出来事が夢ではなく現実だとハッキリ出来るのは、ミチコさんが僕の隣にいる所為だ。


「ミチコさんは何処に行くんです?」


「おかしな事を聞くね。こうして並んで歩いてるんだから、少年と同じ場所に決まってるじゃない」


「同じ場所……駄目ですよ? いや、流石に学校までついてこられたら誤魔化しようがありませんから」


「保護者とでも言えばいいじゃない」


「それが通じるのは幼稚園までですよ……とにかく、夕方頃まで何処かで時間を潰しててください」


「ん」


 ミチコさんは僕の前に立つと、右手を差し出してきた。その意味に気付けずにいると、シビレを切らしたのか、ミチコさんは僕のポケットから財布を奪い取った。


「ちょ、ちょっと! 僕の財布ですよ!?」


「ひぃ、ふぅ、みぃ……しめて五千六百円。楽しみにしておいてね! そいじゃ!」


 財布を取り返そうとする僕を避けて、ミチコさんは常人離れした速さで走り去っていった。楽しみにしててって、財布を奪われて何を楽しみにする事があるのだろうか。


 学校に着き、自分の席に座った。今日は確か、英語の小テストがあったはず。高得点は狙えないけど、軽く予習しておこう。


「あ、あの、君……!」


 ノートから顔を上げると、僕の所に見知らぬ男子生徒が来ていた。このクラスで見た事も無ければ、別のクラスにも居た記憶がない。下級生、でもない。そもそも、学年を表すネクタイの色が見た事無い色。それにデザインも、学校が指定してる物と少し違う。


 この人が誰で、僕に何の用か知らないけど、少し挙動不審気味だ。


「君……名前、は……?」


「名前? えっと、ミズキですけど……」


「ミズキ……そうか! ミズキか! ハッハハ!」


「あ、ちょっと! 名前、は……行っちゃったよ」 


 彼は僕の名前を聞くや否や、物凄く嬉しそうな笑みを浮かべながら教室から出ていった。名前を聞くだけであんなに挙動不審になるだろうか。


 なんか、ほんの少しだけ気味が悪い。


 それから時間は流れ、昼休みになった。三限目にあった英語の小テストの出来栄えはまあまあ。予習した甲斐あって、六十点は期待出来る。


「……あぁ、そうだ。財布取られたんだった……」


 今朝、ミチコさんに財布を奪われた事を思い出した。これでは購買で昼ご飯を買えない。小銭入れに硬貨が入ってるけど、使えるやつを数えて百二十円。缶ジュース一杯分か。


 購買の横にある販売機から缶コーヒーを買った。よりにもよって今日はコーヒー以外の缶の飲み物が全部売り切れ。別にコーヒーでも構わないけど、学校の販売機にあるコーヒーはブラックばかり。


「……苦」


 小学生ぶりに飲んだブラックコーヒーの味は相変わらず苦かった。この苦さを美味しく感じるようになるのは、まだまだ時間が掛かりそうだ。


「あ、コーヒー飲んでる」


「うわっ!?」


 突然話しかけられて、ビックリして缶コーヒーを落としかけた。進まないとはいえ、有り金はたいて買った物を粗末にするわけにはいかない。


「ふぅ……急にニュッと出てこないでよ、ハル姉」


「ごめんね。屋上に来てみたら、ミズキ君が黄昏てたから。どうしたのかな、何か嫌な事あったのかなって、心配になっちゃって」


「なら普通に声を掛けてほしいよ」


 戸塚ハルカ。英語の先生をやっている。幼い頃から付き合いがある僕は、ハル姉と呼んでる。確か今年で二十五歳になるんだっけ。幼馴染みたいな存在だけど、年の離れた姉のような人だ。


「今日の小テスト。僕の点数どれくらい?」


「教えません! 楽しみは後に取っておかなきゃ」


「テストの点数を楽しみにしてるのって、多分ハル姉だけだよ」


「だってドキドキワクワクするじゃない! どれくらい良い点数を取れたんだろうって!」


「ハル姉は良い点数前提なんだ……」


「当然。だって英語の先生ですもの。なに~? ミズキ君は自信無いの~? あんなに私が熱心に授業してるってのに!」


「僕は余すところなく日本人なので、外国語は拒絶反応が出るんですよ」


「そんな調子で大丈夫なの? 来年からミズキ君は高校生! そこでも頑張って、大学生になって、立派な社会人にならないと!」


「うへぇ~。この先、頑張る事ばっかだ」


 けど、それが普通なんだよな。子供のうちから頑張って、大人になってすぐに活躍出来るようにならないと、あっという間に周囲に置いてかれる。


 まぁ、真面目に考えるだけ無駄か。僕はまだギリギリ中学生の子供で、将来の事を考えるのは早いくらいだ。


「ミズキ君」


 缶コーヒーをもう一口飲もうとした矢先、ハル姉が僕を抱き寄せた。


「私、待ってるからね?」


 それだけ言うと、ハル姉は屋上から出ていった。


 待ってるって、何をだろう?


「……やっぱ苦い」

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