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名前


「えっと、すみません。お名前何でしたっけ?」


「セレスミア・ロード・ヒュッケンベルク」


「あぁ……随分、日本語が流暢で……」


 三者面談か。あと、彼女が自分の名前だと言ってるそれは、父さんの後ろの棚に並べられた本の頭文字を並べてるだけ。なんだよ、セガ……あれ、頭文字だけ並べたわけじゃないな? マジでそういう名前なの?


「長いよね~。少年、何か呼びやすい名前つけてよ」


「そんなペットの名付けみたいなノリで聞かないでくださいよ……安直ですけど、セレスとか?」


「安直‘~。却下」


「聞いておいて却下って……!」


「まぁ、とにかく! この少年は今日からアタシの物だから。じゃあアタシ、風呂でくつろいでくるから。ああ、そうだ。少年も一緒に入る?」


「入りません! さっさと入ってきてください!」


 何故か残念そうにしながら、彼女はリビングから出ていった。


 すると、父さんは俊敏な動きで僕の隣に来た。


「ミズキ……! あの人一体何者なんだ……!?」


「えっと……」


「不審者として通報するべきか!? それともミズキのお嫁さんとして歓迎すればいいのか!?」


 なぜ迷う必要があるのだろう。普通なら通報一択だろうに。


 しかし、化け物がまた現れるという彼女の話が本当なら、近くに居てもらった方が都合が良い。


「その……偶然コンビニで落とし物を拾ったら、一目惚れされちゃって……それで、まぁ……」


「ミズキ……」


「ハハ、そうだよね。信じられな―――」


「ミズキは大物だな!! あんな美人さんに惚れられるなんてさ!! そうと決まれば、ママに報告しないと!!」


 この駄目親父が今日まで詐欺に引っ掛からなかったのは本人の幸運故だろう。こんな苦しい嘘を疑わずに信じるなんて。


「ママ! ミズキがな! もうお嫁さんを連れてきたぞ! しかも凄い美人さんだ!」


 父さんは仏壇に置いてある母さんの写真を見つめながら、興奮気味に天国の母さんに報告した。もしも母さんが生きていたなら、間違いなく僕の嘘は見破られていただろうな。


「もうホント! 自慢の息子だよ! ホント、ホント……君も居てほしかったよ……」


 父さんの声が震え始めたのを耳にして、リビングから出た。駄目親父だろうが、母さんが亡くなってから十年、男手一つで僕を育ててくれた。言葉にして言うのは恥ずかしいけど、僕にとって父さんは自慢出来る男で、大好きな人だ。  


 だから、泣いてる所を見たくないし、聞きたくない。また化け物と戦う可能性があるのなら尚更。僕が化け物に負けてしまって、人間の姿に戻れずに死んでしまったら、父さんは―――


「またしょぼくれた顔してる」


 声がした方へ顔を向けると、肌色とピンクが見えた。


「ひぇっ!? ちょ、ちょっと! なんで裸で出てくるんですか!!」


「着替えが無いんだからしょうがないでしょ」


「だからって……! せめて首に掛けてあるタオルで前隠して!」


「しょうがないな~……はい。これでいい?」


 いちいち刺激的な人だ。キスはするし、裸も恥ずかし気なく―――


「ッ!?」


 振り向いた先で見えたのは、男の体では到底実現出来ない肌色の山。いや、女性だとしても、ここまでの大きさと張りと綺麗なのはそうそういないだろう。


「エロガキ」


「ッ!? あー、もう! ちょっとこっちに!」


 彼女の手を引き、階段を駆け上がった。二階にある母さんの部屋に入り、タンスからシャツとズボンを彼女に投げ渡した。


「それ着てください! 裸でうろつかれては困るので!」


「ノーブラ、ノーパンで? とことん変態少年だね~」


「ッ!? そこから適当なの選んで着けてください!!」


 くそっ! 心で否定しても、体が反応してしまう! マトモに女性の裸を見た事の無い僕にとって、一糸纏わぬ彼女の胸は刺激的過ぎる!


 落ち着け。ここでコレがこうなってるのがバレたら、間違いなくイジられる。イジるって言ったって、もちろん言葉でだ。それ以外の意味なんか無いし、考えてない。


「はい。着替えたよ」


「嘘ですね」


「ありゃりゃ拗ねちゃって」


「拗ねてません! 怒ってるんです! 女性が男に裸を晒すのは、その……下品ですから!」

 

「下品な事に興奮するなんて。とんだド変態じゃん」

 

「興奮してません!!」


「そんな事よりさ、ここって君の部屋? 女物の服を部屋着にしてるの?」


「そんなわけないでしょ。ここは母さんの部屋です」


「なんだ、母親か」


「そうですよ。といっても、もう、亡くなってますけどね……」


「ふーん。名前は?」


「……は?」


「母親の名前」


「……ミチコです」


「そう。じゃあさ」


 まるで翼に包まれたかのように、後ろからフワリと抱きしめられた。彼女は僕の耳元で息を吸うと、妙に艶めかしい声で囁いた。


「アタシの事、ミチコって呼んでいいから」


「ッ!? なんでアナタの事を―――」


「ドードー。別に深い理由なんか無いよ。呼びやすい名前だなって思っただけだから。君達人間には、同じ名前の人がいるでしょ? それと同じだよ」


「……」


「ほら、呼んで」


「……ミチコ」


「なんだい、少年」


 不思議と、彼女をミチコと呼んでしっくりきた。母さんに似てる所なんて一つも無いのに、どうしてか安心感がある。


 だからこそ、きっと呼ぶべきではなかった。この安心感は、きっと僕を駄目にさせる。


 もう遅い話だけど。 

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