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変身

 外に出ると、猛獣の唸り声が空を響かせた。ズシンとした巨大な足音が一歩、また一歩と踏み歩く。


 みんな、この音の正体を知ろうと家や店から外に出てくる。逃げる為じゃない。携帯のカメラで捉える為だ。


「ちょい遠いね。見晴らしの良い場所に移るよ!」


「ぐあっ!?」


 彼女は僕を脇に抱えると、驚異的な跳躍力でヒョイと建物の頂上に飛び乗った。その浮遊感は、決して気持ちの良いものではなかった。


 屋上に来た僕達は、ここから南にある田んぼ道でとんでもない存在を目の当たりにした。


 夜の暗闇でも隠せない圧倒的な質量と巨大な体。体は太く、顔は狼―――いや、牛だろうか? 正確な大きさは分からないけど、おそらく僕達が立ってる屋上よりも大きい。


「あ、あれは……!?」


「害獣だよ。君が初めて倒す敵」


「倒すって、僕が!? 無理ですよ!! 早く僕達も逃げないと!!」


 あんな巨大な化け物と戦うなんて無理。逃げるのは当然。


 それなのに、僕の足はちっとも逃げ出そうとしない。


「動け! 動けよ!!」


 怖くて足がすくんでるわけじゃない。まるで僕の体が、僕の意志と分離したような違和感。


「戦うんだよ、少年」


「……」


「他の誰かじゃない。君があの害獣を倒すんだ」


「……どうやって」


 すると、彼女は僕の目の前に歩み寄り、僕の左胸を指で突いた。


「変身するんだ」


「変身……?」


「君の体は、もう君が知ってる体じゃない。胸の内を探れば、無かったはずの力が鼓動を鳴らしてるよ」


「……でも―――」


「えぇい女々しい! 男らしくさっさと戦ってこんかい!!!」


 彼女は僕の左胸に思いっきりパンチを放った。


 それが僕の胸の内の殻を破ったのか、熱く、とてつもない力が湧き立った。


 気付けば、僕はあの化け物の前に立っていた。近くで見てみて、改めてその巨大さに驚く。狼か牛か分からずにいた顔はどっちの要素もあり、胴体には侍の甲冑のような硬そうな鎧、地面を踏みしめ過ぎている四足歩行。


 目の前に立つ僕が目障りなのか、化け物は大口を開けて鳴き声を上げた。その迫力は、最大音量のスピーカーを間近で聴くよう。

 

 怖気づいた気持ちのまま逃げ出そうと後ろに振り返った瞬間、違和感に気付いた。


「……小さい?」


 見晴らしの良い場所から眺めたような町の小ささ。足元にある田んぼは、ティッシュ一枚が敷かれてあるかのよう。


「小さいんじゃない……僕が大きく―――グアッ!?」


 背中に今まで体験した事の無い衝撃が走り、一瞬宙に浮かんで吹っ飛んだ。地面に倒れて、ようやく背中に激痛が滲み出てきた。あの化け物が僕の背に突進してきたんだ。


(戦いの最中に余所見をするなよ、少年!!)


「この声……! 何処にいるんですか!? どういう事なんですか!? 僕はどうすれば!?」


(いっぺんに三つも聞くんじゃないよ。アタシは少年の中にいる。君は大きくなった。君はあの害獣を倒す)


「もっとちゃんと説明して―――」


(来るよ)


「―――ッ!?」


 化け物の方へ視線を向けると、既に僕に向かって突進し始めていた。急いで立ち上がろうとしたけど、立ち上がってからでは避ける事は出来ず、しゃがんだ体勢から横に飛んだ。


 間一髪で化け物の突進を避ける事に成功し、ぶつかる相手がいなくなった化け物は勢い余って転んだ。


(チャ~ンス!! 今だ少年! ボッコボコのメッタメタにしてやれ!)


「う、うわぁぁぁぁ!!」


 化け物の背に飛び乗り、パンチを一発放った。


 しかし、化け物の胴体にある鎧は見た目以上に硬く、パンチした僕の方が痛い思いをしてしまった。


「痛っ!?」


(硬いとこ殴ってどうすんのさ!!)


「そうは言ったって―――うわっ!?」


 モタモタしてる内に、化け物は勢いよく体を起こして、背に乗る僕を振り落とした。後転して、今度はちゃんと立ち上がって体勢を整える。


(いい? ちゃんと敵の弱点を見極める。アレに有効打を与える部位と言えば?)


 胴体は硬い。けど、頭部には胴体のような鎧が無い。おまけに手足が短いから、こっちに振り向くのに手間取ってる。


 化け物が完全にこちらに振り向く前に、僕は走り出した。そうして助走をつけて、ちょうど化け物の横顔が見えたタイミングで、その横顔に膝蹴りを放った。


 すると、化け物は痛々しい鳴き声を上げながら、横向きに倒れた。膝はちょっと痛いけど、さっきと違ってあっちの方が効いている。攻撃らしい攻撃が出来た。


(今だ少年!! 必殺技!!)


「は、はい! ……はい?」


(なんか出来るでしょ! こう、ドビューンと放出するビームみたいな力!!)


「え、えっと、分かりません……!」


(出来るから! こう、ズッバーンとさ!!)


「さっきと表現が違―――グエッ!?」


 しまった。化け物はいつの間にか体を起こしていたようだ。それに気付かず、また突進を喰らってしまった。しかも今度は正面から喰らったから、衝撃で体が痺れて、上手く体を動かせない。


「イヤァァァ!!!」


 女性の叫び声が聞こえた。倒れている僕の少し先にある家に、誰かいる。


「ヨウスケ! ヨウスケー!!」


「何やってんだよお袋! 早く逃げるんだよ!!」


 あれは、アイツと、アイツの母親!? まだ逃げてないのか!?


 後ろから化け物が突進してくる足音が近付いてくる。


 目の前には、アイツがいる。いつも学校で問題ばかり起こしてばかりで、クラスメイトも教師も殴る男が。あんな奴、生きていても害にしかならない。


 体は、動く。二度喰らったからか、足音から衝突するタイミングがなんとなく分かる。


 衝突寸前で、僕が横に避ければ、アイツは化け物の下敷きに―――

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