腹ごしらえ
【君の命は私の物】
僕は会ったばかりの女性にその宣言と共に首を絞められた。最初に声を掛けられた時に気付くべきだった。彼女が醸し出す狂気に。
一心不乱。まさにその言葉通り、僕は彼女から逃げようともがいた。彼女は予想していなかったのか、呆気なく僕の首から手が離れた。しかし呆気には取られていなかったようで、そのまま逃げようとした所を掴まえられた。
「何処行くのさ、少年。君はアタシの―――イデー!?」
僕の腕を掴んでいた彼女の手を思いっきり噛み、今度こそ逃げる事が出来た。
走って。
走って。
馴染みのある道まで行き着いた。
今日は走ってばっかりだ。まだほんの少しだけ寒さがある春の夜なのに、全身汗でビッショリ。父さんにどう言い訳しよう。
それにしても、あの人。もったいない人だったな。顔もスタイルも良いのに、言動がトチ狂っていては宝の持ち腐れ。見ず知らずの僕みたいな子供に声を掛けた事から察するに、マトモな友人がいないんだろう。
「だ~れがボッチだ」
「ッ!?」
肩に回された腕にギョッとした。隣を見れば、あの女性がいつの間にか立っていた。僕よりも暑苦しい恰好をしてるのに、汗一つかいていない。逃げた僕を追いかけてきたというのに、呼吸は酷く冷静。
フラッと追いかけて、ポッと現れた。
馬鹿みたいな表現だけど、そうとしか思えない異質さがあった。
「アタシのキューティーな手を噛んじゃってさ。お姉さん、君に傷物にされちゃったよ~!」
「……僕、お金持ってないです」
「えぁ? お金? なに、ラーメン奢ってくれるの少年!? やっぱり君は良い子だ! アタシの眼に狂いはなかった!」
「ち、違くて―――うわっ!?」
「さぁさ、善は急げ! ラーメンとお酒がアタシ達を待ってるぞー!」
彼女は勝手に話を進めて、勝手にラーメン屋へ連れて行った。ガッチリ首に腕が回ってる所為で動けないし、とんでもない力で引きずられてる。何より、左側の顔に押し当てられている胸の感触が、僕の体を硬直させていた。
ラーメン屋に着くと、彼女は席につくなり威勢よく注文した。
「タイショー! ラーメン二つと餃子とビール二杯とチャーハン! あと灰皿もちょうだーい!」
よくも堂々と注文出来る。ここはチェーン店じゃなく個人店のラーメン屋。昔の人はここが一般的なのかもしれないけど、僕はちょっと怖さがある。客だって、新聞広げた爺さんや、大工の人ばっかり。落ち着かないな。
「少年。君、歳は?」
「……十五」
「十五? 十二の間違いでしょ」
「……アナタこそ、こんな事して、大丈夫なんですか!?」
「こんな事って?」
「未成年を強引に連れ回してる事ですよ!」
「大丈夫大丈夫。アタシ、永遠の二十歳だから」
「それでもギリギリアウ―――って、とにかく! ラーメン食べたらもう関わんないでください!」
「反抗的だね~。お姉さん好きよ、そういうガキ」
ガキ、って。僕は嫌いだよ、この……くそ、無駄に顔とスタイルが良い所為で悪口が思い浮かばない!
それからすぐに注文した物がテーブルに並べられた。三人、いや四人前か? ラーメン一杯だけ僕の手前に置かれて、あとは全部彼女の方に置かれている。あれ全部食べるのか。
食べてる。昔の漫画みたいに、豪快で忙しなく。餃子って単体を少しずつ食べるんじゃなくて、麺と一緒にすするものだったんだ。
あっという間に食べ終えると、食後に取っておいたのであろうビール一杯を一気飲みし始めた。
「ング、ング、ング……ブハァァァ! あぁ、腹一杯! タイショー! ビールおかわり!」
「まだ飲むんですか!?」
「君こそ食べるの遅いよ。早く食べないと、この後もたないよ?」
「この後? この後って?」
彼女はビールのおかわりを受け取ると、片側の口角を吊り上げて笑った。
「化け物退治だよ」
「……はぁ?」
「これからこの近辺にデッカイ化け物が現れるからさ、それを君がやっつけるの」
「……酔ってます?」
「失礼な! アタシは今後長い付き合いになる君に親切心を見せたってのに!」
「いや、だって―――」
その時、轟音が響いた。巨大な質量を持った何かが地面に落ちたような轟音。店内は酷く揺れ、色んな物が落ちる音が続く。立ってる人はもちろん、座ってた人達も椅子から転げ落ちるほどの揺れだ。
ただ一人だけ。僕の目の前にいる彼女だけは、確信めいた笑みを浮かべて微動だにしていなかった。
「少年!!」
「な、なんですか!?」
彼女は立ち上がると、僕に力強く指をさした。
「ヒーローになる時だ!!」
「……はぁ!?」




