男子三日会わざれば刮目して見よ
どれくらい経っただろう。傍に飲み物一本だけを置いて、並んで座って海を眺めてる。帰りたいとか、飽きたとかは思ってないけど、いつまでこうしてるんだろう。
「ミズキ君。家出したいって思った事はない?」
突拍子もない発言に、思わず眉が強張った。ハル姉の方へ振り向くと、ハル姉は海を眺めながら平気な顔をしている。
「ないよ。家出したって、行く所なんて無いし。どうしてそんな事聞くの?」
「いやほら、最近物騒じゃない。特に私達が住んでる町は。巨大な怪物が町に現れて、暴れていく。壊された建物も、怪我をした人だっている。なのに、ニュースで少し取り上げる程度で、誰も危機感を抱いてない。今週三度もあったんだよ? それなのに、明日からも学校は通常通りだってさ」
「もう現れないかもしれないじゃん。それに現れたって、また倒すよ」
「え?」
「……あ! ほら! 毎回現れる巨人がさ!」
「あぁ……でも、危険な事に変わりないよ」
ハル姉が近付いた。僕とハル姉の肩と肩がくっつき、膝を抱えていた手と手が触れる。
「私さ。この町で生まれ育ったけど、実家は北海道の方にあるんだ。両親は今はそっちにいて、酪農の仕事を頑張ってるみたい」
「酪農?」
「牛を育てて、牛乳とかを出荷する仕事。まぁ、私達が飲む牛乳にするのは出荷した先の仕事だけど」
「へぇ。楽しいの?」
「三回くらい手伝った事あるけど、結構大変だったよ。意外と力仕事ばかりで、女の私には酷な仕事でした」
「ハル姉が力仕事……想像出来ないな。体育祭でもアナウンスの仕事しかしてなかったし」
「運動はてんで駄目なの。自慢じゃないけど、鉄棒の逆上がりはもちろん、普通に回転する事だって出来ないんだよ?」
「本当に自慢じゃないね」
「フフ……だから、もし帰るなら、男の人を連れて帰りたいなって」
酪農、牛の世話か。そういう仕事もあるんだよな。人間を相手にするか、動物を相手にするか。どっちが難しいんだろう?
「ミズキ君は、力仕事出来る?」
「どうだろう。やるなら頑張ってみるけど、続くかどうか。力が特別あるわけじゃないし」
「続けていく内に力もつくよ! それに毎日美味しいご飯も食べさせてあげるし!」
「……僕を連れてく気じゃないよね?」
「そのつもりだけど?」
「まぁ、今度の夏休みとかにでも―――」
「本当に!?」
突然、ハル姉が僕の肩を掴んできた。必死な表情から「やっぱり無し」は通用しなさそうだ。
「……二泊三日……いや、一泊二日で」
「なんで短くなってくの?」
「いや、だって北海道でしょ? 最北端じゃん。町から遠過ぎるよ。何かあった時、すぐに戻って来れないじゃん」
「じゃあ、ミズキ君のお父さんも来てもらおうよ! これで心配事は無いでしょ!」
「別に父さんの事は心配してないけど……」
「じゃあ、何?」
「それは……」
なんとなくハル姉に隠してきたけど、段々と隠すのが悪い気がしてきた。ハル姉には嘘も隠し事もした事が無かったから、余計に罪悪感を感じる。
ただ、何て言えばいいんだろう。ただ単に「今まで現れてた巨人は僕だ」なんて言っても、冗談として受け流されそうだし。実際に変身して見せるのが一番だけど、変身する時に必要な胸の高鳴りは今はしない。
あ、そうだ。昨日戦った化け物との痣がまだ残ってたはず。ミチコさんに治してもらったけど、痕だけは自然治癒が必要だって言ってたし。
立ち上がって、ハル姉の前に立った。ハル姉はキョトンとした表情で僕を見上げている。シャツの裾を掴み、左側の脇腹が見えるようにめくった。
「……は?」
「実は僕、化け物と戦ってるんだ。これが昨日の化け物と戦った痕」
未だ色濃く残っている痣に、ハル姉は目を大きく見開かせていた。いきなりこんなのを見せられたら気分を害すかもだけど、口で説明するより実際に見てもらうのが有効的だ。
「えっと、痛みとかはもうないよ? 痣が残ってるだけで、なんともないから。水で流してもとれない汚れみたいなものだよ」
「……」
「あの、そういう事だから。僕はあんまり町から離れたくないんだ。次に化け物がいつ現れるか分からないし、いつでも戦えるようにしとかないと」
「……なんで」
「ん?」
「なんで平気な顔してるの!?」
ハル姉は立ち上がると、僕の肩を強く掴んだ。僕を見る表情は、怒ってるようにも、悲しんでるようにも見えた。
「そりゃ痛いし怖いけど、それ以上に、何も出来なかった事になるのが怖いんだ。だって、今の僕にはどうにか出来る力があるんだ。それなのに、個人的な感情で足踏みしたり逃げたりするのは、宝の持ち腐れだよ」
その時、胸騒ぎがした。
同時に、携帯に着信が入った。電話を掛けてきたのは、レンさんからだ。
『ミズキさん! 商店街通りで対象の様子が急変しました! 今そちらに到着しますので!』
「え?」
空からヘリコプターの音が聞こえてきた。見ると、上空を飛んでいたヘリコプターが、少し離れた場所に降下してきた。そこからレンさんが降りてくると、全速力で僕に駆けてきた。
「迎えに来ましたミズキさん!」
「……色々ツッコミたい所ですけど、後にします! 行きましょう!!」
レンさんが乗ってきたヘリコプターに向かおうとした矢先、ハル姉に手首を掴まれた。
「待って!!!」
「待てない!!!」
ハル姉の手を振り払い、ヘリコプターに駆けていった。




