大人と子供
ハル姉に連れて来られたのは町から三時間くらい走らせた場所にある海だった。まだシーズンじゃない為か、浜辺には誰もいない。広い砂浜と、それ以上に広大な海。そんな場所に自分だけがいると、物凄い孤独に襲われる。
「なんで海に連れてきたのさ」
振り返ってハル姉の方を見ると、ハル姉は使い捨てカメラを僕に向けて構えていた。カチャッと音がすると、フィルムを回した。
「懐かしい物で写真撮るね」
「この前偶然見つけてね。今日の為に買っちゃった」
「昔、そういうカメラでいつも撮られてた気がする」
「撮ってたよ。私とミズキ君の思い出を残したくて」
そう言うと、ハル姉は再びカメラを僕に向けて構えた。ずっと向けられてるのが妙に恥ずかしくて、とりあえず歩いた。そんな僕についてきて、カメラのシャッターを切るハル姉。
「これが大人のデート? デートってものを知るべきは、僕よりハル姉の方な気がするよ」
「いいじゃない。大切な人と一緒に居られる。これ以上、望むシチュエーションはないよ」
「カメラで撮る必要性は?」
「思い出残し」
「ならハル姉も写らなきゃ意味無いよ」
「このカメラだと、ツーショット出来ないよ。デジタルカメラと違って、タイマーも無いし」
「なら携帯で撮りなよ」
「風情が無い」
「妙なこだわりだね」
なんだかんだ言って、ハル姉と話すと落ち着く。ハル姉相手なら遠慮はいらないし、多分ハル姉も僕に遠慮なんかしてない。別に面白い話をしてるわけじゃないのに、充実感がある。
けど、やっぱり町の様子が気になってしまう。考えないようにしても、すぐに不安が浮かび上がってくる。
携帯を取り出してメッセージを確認すると、レンさんからの連絡は来ていない。どうやらまだ異常は発生していないようだ。
「……ねぇ、ハル姉」
「なに?」
「ハル姉は先の事を考えてる? 来年の自分とか、明日がどういう一日になるだとか」
「どうしたの急に。進路相談したいの?」
「まぁ、ある意味そうかな」
「そうね……たまに、考えてるかな。いつもじゃないけど、たまに未来の自分を想像したりする。そして、その時をずっと待ってる」
「もし、そうならなかったら? 全然違う未来になったら、ハル姉はどうする?」
「どうするもなにも。そうなるって決まってるから」
ハル姉はカメラを下ろすと、僕に歩み寄ってきた。そうして僕の目の前まで来ると、僕の頭に手を乗せた。
「背が伸びてる。私のお腹辺りだった君が、もう私と真っ直ぐ目を合わせられる」
「でも、まだハル姉の方が少し高いよ」
「……ねぇ、ミズキ君。ミズキ君は、同い年の子の方が良い?」
「え? どういう意味?」
「ほら、同じクラスに好きな子とかさ」
「ああ、そういう。別に、意識した事は無いよ。ハル姉はどうなの?」
「私は……」
ハル姉は僕の頭の上に乗せていた手を撫で下ろしていき、唇の所で止めた。唇の形をなぞるように指を動かしながら、僕の目からほんの少しだけ視線を下に向けている。
「年下の子が好き……」
おでことおでこがくっついた。ハル姉の吐息が唇に掛かってる。からかってると分かっていても、結構ドキドキしちゃってる。流石に十代と二十代では、子供の僕に勝ち目が無いな。
けど、負けっぱなしなのは嫌だ。
「隙あり!」
「あ……」
ハル姉の手からカメラを奪い取り、少し距離を取ってカメラを構えた。不意をついた直後の呆気にとられた表情のハル姉を撮れた。
「写真。出来上がったら今撮ったハル姉の写真ちょうだいね」
「……うん。良いよ。ミズキ君なら」
その時、胸騒ぎがした。ほんの一瞬だったけど、この胸騒ぎは化け物が現れる時に感じる前兆。
急いで携帯でレンさんからの連絡を確認したけど、電話もメッセージも無かった。
ハル姉に視線を戻した。海を背に立つハル姉は、その場から動く事なく真っ直ぐと僕を見つめていた。
どうしてか、僕は怖いと思った。どうしてか分からないけど、ハル姉が怖かった。




