正義と使命感に蝕まれる
今日はハル姉と遊ぶ日。学校では毎日会うけど、こうして二人で遊ぶのは凄く久しぶり。
待ち合わせに指定された公園前で待っていると、車が一台僕の目の前に停まった。助手席の窓が開くと、運転席に座っているハル姉が僕に微笑んだ。
「おはよ。さぁ、乗って!」
「何処に行くの?」
「乗ってから教えるよ。ほら、早く!」
助手席に乗り込み、シートベルトを着けると、車は発進した。窓の外を眺め、時折運転席のハル姉に視線を向けた。流れる景色とは裏腹に、ハル姉は変わらず笑顔のまま運転している。
「なんか、嬉しい事でもあった?」
「こうしてミズキ君とまた二人っきり」
「よしてよ。そんなに懐かしむ程、昔でもないでしょ。せいぜい、三年か四年振りだよ」
「十分昔よ。ミズキ君ったら、昔はあんなに甘えん坊だったのに、今では私に甘えてくれないし」
「無かった事をあったかのように懐かしまないで。前も今も、僕のハル姉に対する接し方は変わってない」
「そうなんだ。じゃあ、今も変わらず私が大好きってわけだ!」
「大好きってほどじゃないけど、まぁね」
「思春期の男の子にしては、やけに素直だね?」
「ハル姉が相手だからだよ」
「……そっか!」
ハル姉の声には嬉しさがこもっていた。見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべている。こうして横から眺めてみると、ハル姉は美人の部類だ。面倒見も良いし、話しやすいし、持てるものを全て持ってる人。指輪はしてないけど、付き合ってる恋人とかいるんだろうか。いたとしたら、申し訳ないな。
それにしても、ハル姉は僕を何処に連れて行くつもりなんだろう。てっきり映画館かショッピングセンターかと思ってたけど、どちらも素通りしてる。このまま進んでいけば、町の外に出る。
「ハル姉。何処に向かってるの?」
「ん~? 着いてからのお楽しみ!」
「えぇ……それじゃあ、どのくらい町から離れるの?」
「結構離れるよ。なに? 忘れ物でもした?」
「そうじゃないけどさ……! あんまり、町から離れたくないっていうか……!」
急に不安になってきた。何も考えず車に乗っていたが、町の外に出る危険性が徐々に滲み出てきた。
町から離れてる間、化け物が現れたら?
駆け付けるまでに、町が壊滅状態になったら?
想定が頭を埋め尽くし、居ても立っても居られない。
「ねぇ、ハル姉! 僕、町の中で遊びたいよ!」
「えぇー。せっかく今日の為に良い所を調べたんだよ?」
「ごめん。けど、その……あ、コンビニ! ちょっとそこに寄ってもいい?」
「いいよ。飲み物でも買うの?」
「そんなとこ、かな? ついでに、ちょっと電話も」
コンビニに車を停めてもらい、店内に入ってすぐにレンさんに電話を掛けた。コール音が聞こえる間もなく、レンさんは電話に出た。
『ミズキさん、どうしました?』
「あぁ、えっと……レンさんって、化け物が現れるのを予測出来たりしますか?」
『予測ですか。一応、こっちで怪獣化する兆しのある対象を何人か見つけて監視してますけど。正確なタイミングは分かりませんね』
「今日、誰か変身したりしない?」
『今の所、変わった様子はないですね』
「そうですか……分かってる範囲でいいので、監視し続けてくれませんか? 実は僕、これから町の外に連れてかれるみたいなんですよ」
『ええ、見えてますよ。そのコンビニのカメラも、こちらから確認出来ますし』
コンビニの中にある監視カメラを見回した。天井に設置されてある五台のカメラの内どれか、あるいは全てがレンさんの監視下にあるのか。まるで秘密結社だ。
「それじゃあ、監視の方を頼みます」
『了解。ミズキさんも楽しんで』
電話を切り、テキトーな飲み物を二つ買って出た。
車に戻る時、ふと足を止めて町の風景に目がいった。歩道には通行人が歩いていて、道路には車が走り、建物には仕事をしてる人や家事をしてる人がいる。なんて事ない普通の日常だ。小さな変化はあっても、大きな変化は起きない。今までずっとそうだった。
だけど、今は違う。こんな普通の日常を壊す危険人物が、この町の何処かに潜んでいる。
数秒後か。
数分後か。
数時間後か。
明日か。
明後日か。
化け物が現れて暴れ出す。その時、僕がいなかったら、あっという間に悲劇は広がる。昨日少し変身するのが遅れただけでも、町はずれの一部が滅茶苦茶になった。一日と言わず、一時間もあれば町全体が壊しつくされる。
駄目だ。やっぱり僕が町から離れるのは絶対に―――
「ミズキ君?」
「ッ!?」
「急に立ち止まったりして、どうしたの? 凄い汗。何処か具合悪い?」
いつの間にか、ハル姉が車から降りて僕の前に来ていた。ハル姉は持っているタオルで僕の顔や首を拭いていく。タオルから香ってきた甘い匂いのおかげで、少し冷静になれた。
大丈夫。レンさんが見張っててくれる。それに化け物が現れない日もあったんだ。今日は現れないかもしれない。
忘れるな。今まで送ってきた日常を。巨人に変身する力があるだけで、僕は普通の子供なんだ。
使命感を覚えても、それに主導権を握られては、僕が倒してきた理性を失った化け物達と何も変わらない。




