輸血
診察の結果、僕は重症を負っている事が判明した。背中には広範囲の痣ができ、特に左脇全体が酷く、骨という骨が折れてるらしい。
そんな状態であるにも関わらず、痛みを訴えるだけの僕に、お医者さんは明らかに動揺していた。僕だって今の自分の状態を聞かされて驚いている。そんなに重症なんだ、と。
そんなわけで、これから緊急手術がある。担架で運ばれていく僕をレンさんが心配そうに追いかけてくる。今日知り合ったばかりの人にここまで心配されると、少し、ほんのちょっとだけ気持ち悪い。
手術室に入ると、ドラマで観たようなセットがズラリと並べられていた。もっと薬品の臭いがするものだと思っていたけど、意外と澄んだ空気をしてるもんだな。
「それじゃあ手術していきますね。大丈夫ですよ~。すぐ終わるからね~」
女性の医者がそう言うと、マスク越しでも分かる笑顔で僕の頬をポンポンと叩いた。まるで歯医者を怖がる子供のあやし方だ。怖くないわけじゃないけど、表情に出すほど怖がってるわけでもないし。
「……あれ? あの、口に着けるアレしないんですか?」
「ん~? アレって?」
「いや、ほらアレですよ。麻酔を流し込むやつ。あれやらないと痛みでショック死するんじゃ―――」
「男の子なんだから、ちょっとやそっとの痛みくらい我慢しなよ」
「我慢も何も、意識を保ったまま体を切られて平気な人間なんていませんって!」
なんだろう。この人、本当に医者なんだろうか。ノリが軽いっていうか、テキトー過ぎる。
そもそも、手術って五人か六人でやるものじゃないのか? 見た所、この人しかいないんだけど?
「え~っと……何処切ればいいんだろう?」
あ、マズい。この人、多分ヤバい人だ。このままここに居ては治療どころか、ここで死ぬ事になる。
起き上がろうとした瞬間、女医は右手に握るメスを眺めながら、空いてる左手で僕を抑え込んだ。その力は常人離れしていて、ほんの少し背を浮かす事さえ出来ない。
「あの! 手術キャンセルで! 僕大丈夫ですから!」
「うるさいねー。何か口を塞ぐ物塞ぐ物」
駄目だ。巨人に変身しようにも、抑えつけてる女医の左腕が邪魔で左胸を叩けない。左胸に衝撃を与える以外に変身する方法を僕はまだ知らない。
焦る一方の僕とは裏腹に、女医は酷く冷静にメスを咥えた。そうしてメスが口の中から引き抜かれると、女医の閉じた口から血が漏れ出てきた。
その奇妙な行動に困惑してる間に、女医は僕に顔を近付け、僕の口の中に舌を入れてきた。
生温かく。
滑らかで。
鉄味。
輸血と言うには大胆で、強引な方法だ。喉へ流れていく女医の血は奇妙にも気持ち悪さが無く、むしろ僕の体は流れてくる女医の血を欲していた。
一分程経つと、女医はようやく口を放してくれた。ジンワリと広がる安心感に少し遅れたが、僕はすぐに飛び起き、女医から距離を取った。
そんな僕を女医はケラケラと笑うと、頭巾とマスクを外した。
「……え、ミチコさん?」
「なにさ。本当にアタシが誰だったか気付かったの?」
ミチコさんは纏めていた髪を顔を横に振って広げると、ポケットに入れていたタバコを咥えた。咥えたタバコを僕が取り上げると、ミチコさんは少し驚いた表情を浮かべた。
「少年、何するのさ!?」
「病院は禁煙ですから」
「いいじゃないの一本くらい! アタシは少年の体を癒やしてあげたんだよ!?」
「癒やしって……あれ?」
痛みが、無くなってる? 姿勢も真っ直ぐに出来てるし、触っても痛くない。
「凄いっしょ。アタシの血」
「……不衛生です」
「随分と今日は反抗的だね」
「なんで女医の恰好なんかしてたんですか!? 僕はてっきりヤバい医者擬きかと思ったんですよ!? あと! 僕のお金でパチンコやってましたよね!!」
「うん。やったやった」
「それで財布は!? 中身は!?」
「ナイナイ」
「ッ!? ア、アナタは何処まで僕を―――」
「まぁまぁ落ち着きなって少年。返すお金は無いけどさ、代わりのお返ししてあげるからさ」
不覚にもドキッとした自分が嫌になる。ミチコさんが自分の胸を触りながら言うから、変な想像しちゃったじゃないか。
「さて! もう元気になった事だし、帰ろうか」
「え? お返しは?」
「何~? 今ここでシテほしいの?」
「ッ!? ち、違います! ほら、帰りますよ!」
「相変わらずのエロガキだね」
「ガキ言うな!」
その後、僕達は元の服に着替え、見つからないように病院を後にした。




