誘う手
学校に登校すると、隣のクラスの出入り口に人が集まっていた。遠巻きから覗き込むと、窓際の一番後ろの席に、ヨウスケの姿があった。金に染めていた髪は黒に戻し、制服のボタンを一つも外さず着ている。まだ近寄り辛さがあるが、あの見た目からして更生したのだろう。なら、あとは周囲が許すかどうかだ。
教室に入り、自分の席についた。そういえば、シャーペンの芯ってどれくらい残ってたっけ?
「……なんだ?」
筆箱を取ろうとして机の中を手で探ると、小さい封筒のような感触があった。取り出してみると、それは縦長の封筒。封を開けて中に入ってある物を取り出すと、一通の手紙と、変身を解除した僕の写真が一枚入っていた。
『君、誰かに尾けられてるよ』
昨夜ミチコさんに言われた忠告が頭をよぎった。まさか本当に誰かが僕を尾行していたのか?
折り畳まれた手紙を開いて目で読んでいくと、手紙には携帯の番号だけが書かれていた。差出人が誰なのか、何が目的なのかは何も書かれていない。
これをどうするべきか。警察に通報しようにも、これだけだと十分に動いてくれない。だからといって、この番号に掛けるのは、この手紙を机に仕込んだ奴の術中にはまってしまう。そもそも、いつ机に仕込んだんだ。
その後の授業は手紙の事で頭が一杯で、それぞれの教科の先生にボーッとしてると怒られてしまった。それでも、どうしても手紙の事を考えてしまう。同封されていた写真は僕が変身を解除した時の写真。つまり、この手紙の差出人は僕があの巨人の正体だと知っている。好奇心の類か、あるいはミチコさんのような人間の姿をした化け物からの脅迫か。けどミチコさんの話では、同じタイプは存在しないと言ってた。
そういえば昨日、クラスに見知らぬ生徒が僕のもとに来たな。あの人、本当にうちの生徒だったんだろうか。挙動不審気味だったのは、単に対人関係の下手さが原因じゃなく、やましい気持ちがあったから。
アイツが、あの手紙の差出人?
「また屋上で黄昏てる」
「ッ!? ……なんだ、ハル姉か」
「なんだ、とは失礼ね! ミズキ君。今日の授業態度は何ですか! 他の先生にも聞いたけど、午前中ずっとボーッとしてたみたいじゃない! 駄目でしょ、ちゃんと授業に集中しないと!」
「……ねぇ、ハル姉。凄い特技を持ってる人がいるとして、そんな人に憧れだったり強い興味を抱いたら、ハル姉ならどうやって知り合う?」
「え? ……どうして、そんな事聞くの?」
「ちょっとね~」
ハル姉は僕の隣に来ると、柵に背を預けながら、手をニギニギさせながら答えた。
「同じ立場になろうとするかな。例えば、その人の特技が逆立ちなら、やり方を教えてもらうっていう口実で近付く。親近感って、仲良くなるのに手っ取り早いから」
「同じ立場……そうなのかな~」
「それで? どうしてそんな事を気にしだしたの?」
「ちょっとね~」
「いいじゃない教えてくれたって! 私とミズキ君の仲だよ? 一緒にお風呂にだって入ったじゃない!」
「小学の時に一度か二度程度だけどね。それに一緒に入ったって言うけど、あれはハル姉が無理矢理僕をお風呂に連れてったじゃん」
「もしかして嫌だったの? だから私の髪を洗ってくれる時、シャンプーしかしてくれなかったの?」
「小学生の男児がリンスの存在を知ってるわけないじゃん」
「リンスじゃなくて、コンディショナー」
「どっちも同じでしょ」
「同じじゃないよ! これはまた一緒にお風呂に入って教えないとだね!」
「また!? 勘弁してよ。僕はもう中学生だし、ミチ―――ミチミチだし!」
「ミ、ミチミチ?」
危ない。家にミチコさんが居る事をバレかけた。父さんは勝手に解釈して受け入れたけど、ハル姉は絶対にミチコさんを問題視する。最悪、母さんと同じ名前だからって理由で、僕の精神面の心配をさせてしまうかもしれない。
「ねぇ、ミズキ君。今度の日曜日、久しぶりに二人で何処か行こうか」
「日曜? 別にいいけど。何処かって何処に行くの?」
「それは、当日のお楽しみ! お姉さんの私が、ミズキ少年にデートの仕方ってものを教えてあげる」
そう言って、ハル姉は僕の右手を握った。まだ昨日の戦いのダメージがとれてないのか、ズキりと痛んだ。少し無茶をしたとはいえ、人間に戻ってもダメージが残ってるのは不便だな。
化け物は、まだまだ出てくるのだろうか。僕の体はどれぐらい耐えられるのだろう。
今になって僕は、戦う事が少し怖くなった。




