生ける者の凱旋曲(ファンファーレ)
レオンのタクトから放たれる「亡霊のオーケストラ」は、もはや音楽ではなく、世界を塗りつぶす漆黒の奔流だった。不協和音の濁流が広場を飲み込み、ミリルの影の防壁さえも悲鳴を上げて軋む。
「……くっ、なんて重い音……! 世界が、塗りつぶされちゃう……!」
ロゼアは必死にタクトを掲げるが、レオンの完璧すぎるタクト捌きに、自分たちのリズムが少しずつ狂わされていく。だが、その旋律の奥底に、ヴィクターだけが「違和感」を嗅ぎ取った。
「……聴け、ロゼア! レオンの音を! 完璧すぎて、呼吸がない!」
ヴィクターは血を吐きながら鍵盤を叩き、レオンの音の「隙間」を指し示した。
「奴は……かつて道をたがえたあの日から、自分の時間を止めている! だから奴の音楽には『今』がない! 過去の亡霊を操っているだけだ!」
その言葉に、レオンの瞳が激しく揺れた。タクトが一瞬、ほんのわずかに——一拍にも満たない刹那だけ——止まる。
「黙れ、ヴィクター……! 私が彼女の代わりに、この狂った世界を完璧に調律し直すのだ!」
「違う!ママが望んだのは、そんな静かな世界じゃない!!」
ロゼアは激痛を堪え、自らの魂を削るようにタクトを振り切った。
「——全部の音を、今ここに込めよう!!」
「うん!!」
ミリルの重低音が地底から突き上げ、ヴィクターのピアノが天を突き、ロゼアの旋律がその真ん中を貫く。三人の「生きた音」が、レオンの完璧な、しかし死んでいるオーケストラの中央へ、楔のように打ち込まれた。
バリィィィィン!!
鏡が割れるような音と共に、レオンの漆黒のタクトが真っ二つに砕け散る。
同時に、亡霊のオーケストラは光の粒となって霧散し、広場には静かな、しかし温かい夜の空気が戻ってきた。
膝をつくレオンの前に、ロゼアがゆっくりと歩み寄る。
「……レオン。あなたの音の中に、ママがいたよ。……悲しくて、寂しくて……でも、すごく優しい音が」
レオンは砕けたタクトを見つめ、力なく笑った。
「……フッ、ステラの娘……。君の言う通りだ。私はただ……音が消えない世界を作りたかっただけなのかもしれないな。彼女の音が、もう二度と消えないように……」
彼の体から黒い霧が抜け、穏やかな月光が彼を照らす。ヴィクターがボロボロの体を引きずって、かつての友の隣に座り込んだ。
「……遅すぎるんだよ、レオン。音は消えるからこそ、また奏でられるんだ」
「……ああ。……次は、もっとマシな曲を書きたいものだ……」
レオンはそう呟くと、静かに目を閉じた。彼の魂が奏でていた長い「絶望の狂詩曲」が、今、静かに幕を下ろした。




