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川原の宴

「ねえ、一緒にお買いものに行かない?」


 私は蓮人に尋ねた。市女笠いちめがさを被り、菊にもしっかり外出着を着せて手をつないだ完璧なお出かけスタイルだ。


「……その誘いに拒否権はあるのか?」


 蓮人は私が持っている大きな籠を見て察したらしい。自分が荷物持ちにされるのだろうと。

 するどい、当たりだ。


「いいじゃん! あんた、引きこもりにも程があるよ。外の空気吸わなきゃカビるよ」

「引きこもりじゃない。毎日のように仕事に出かけているじゃないか。たまの休みくらいゆっくりさせてくれ……」

「日記の紙だってないんでしょう? 買いに行こうよ。私がいれば、あんた女装して店に行く必要ないじゃない」


 蓮人はぐ……と詰まってから、渋々外出の準備を始めた。

 以前に女装は趣味じゃないと言っていたが、それは本当らしい。出会った時以来、さっぱりスカートを履く気配がない。

 今日はこざっぱりした朝服に身を包み、男然としている。あの時なぜ女性と間違えたのか不思議だ。

 私は籠を手渡しながら言った。


「朝服姿もいいけれど、蓮子が恋しいわ。たまには着たら、スカート」

「着るか!」


 蓮人は私と菊を置いてずんずん歩きだした。

 私たちは手をつないだまま、きゃっきゃっと笑い、あとを追い掛けた。




 屋敷からいちまでは、あるいて数十分。金にモノをいわせて立地のいい物件を買ったもんね。

 市だけでなく王宮などにも近い中心部だ。

 基本的に土地は身分の高い者から王宮近い所を下賜されるので、こんなに気軽にお買いものにいける距離に住める一般人はほとんどいない。そういう意味ではラッキーな家に住んでいるのだと思う。

 改めて言うことでもないけれど、女子はお買い物が大好きだ。

 店先に並ぶ布や紙や器、地方から届いたばかりだと言う生鮮食品を眺めながら、みんなで気に入った物を買って、どんどん籠に入れていく。


「あ、これ! すごいカワイイよ」


 私は露店に並べられた漆塗りの汁椀を見て、蓮人たちに言った。

 真っ赤に内塗りされた漆は筋ひとつない見事な完成度だ。

 すると、売り子をしていた菊くらいの年の男の子が胸を張る。


「それは、うちの父ちゃんが作ったんだ。立派な漆職人なんだぜ」


 丁寧な仕事がうかがえる椀は確かに素晴らしい出来だ。しかし残念ながら2つしかない。


「うち、5人家族なのよね……」


 私が残念そうに呟くと、男の子は


「気に入ってくれたなら在庫を探すよ。工房が近いんだ。ついてきな」


 と、露店の裏手の川辺に建つ小屋を指さした。

 有難い申し出だけど、……先ほどから空の雲行きが怪しい。雨になるのだろう。早く帰りたいけれど……

 実は、菊がじっとあの男の子を見つめている。

 菊は年が近い友達がいないから、もしかして遊びたいのかもしれない。

 蓮人をみると、同じ事を考えていたらしい。私が「お椀、見に行ってみようか」と誘うと、「そうだな」と即答した。


 川辺の工房の庭では、男の子の父親が仕事をしている……と思いきや、昼間からゴザを敷き、仲間と酒を煽っていた。ワイワイしていて、なんだか楽しそうだ。


「――父ちゃん、また飲んでる」


 男の子は顔を曇らせ、呟いた。


「半年前に母ちゃんが死んでからああなんだ。職人友達まで引っ張りこんで毎日のように飲み騒いでる」


 男の子は自分の着物の裾をギュッと握って地面を見つめた。「何があっても、きちんと仕事をしてしっかり生きていくって、母ちゃんと約束したのに……」

 口を真一文字に結んで険しい表情で呟く。

 私は男の子の顔を横目で見つめた。

 わかる、なんて安易な言葉は言えない。家族の事情はそれぞれで根深い。

 私はちょっとの間沈黙を持て余し、そして、頭をポリポリ掻きながら尋ねる。


「……ねえ、あなた、名前は?」

「俺? 辰砂(たつすな)って呼ばれてる」

「じゃあ、辰砂。これあげるから、あっちで食べてうちの菊と遊んでいて。私がお父さんに直接、器を貰ってくるわ」


 そう言って、さっき買ったばかりのすももを持たせる。しばらく二人は恥ずかしそうに顔を見合わせていたが、直感的に通じるものがあったのだろう。打ち解けた笑顔で一緒に走って行った。

 見送る私に、


「……椀、買うの?」


 黙っていた蓮人が控えめに尋ねた。


「もう、いいや。それより、飲もうかな」


 私が言うと蓮人は目を丸くした。


「誰と?!」

「そこのおっさんたちと」

「飲めるの?」

「飲むふりよ」


 私が飲んだくれ集団を顎でさすと、蓮人は唖然とした。

 何かいいかけた蓮人を尻目に、私は「こんにちは~」と、おやじ達の輪にずんずん入って行った。


「なんだ、ねえちゃん。姫様みたいな恰好して、こんなところでどうした?」


 おじさん達は酒を煽る手を止めず、がははと笑いながら私に尋ねた。


「私も一杯頂いていいですか?」


 おじさん達はちょっと驚いた顔をしたけれど、最終的に「いいよ、飲め飲め」と快く迎え入れてくれた。

 私は買ってきた干物をおつまみとして提供し、代わりにおじさん達の安酒を注いでもらった。

 おじさん達は「おお、女なのに飲むのか。威勢がいいねぇ」などと大笑いし、酌をし、されて、どんどん空瓶が増えていく。


「ちょっと、ルナ……」


 酔っぱらったおっさんに輪に引きずり込まれた蓮人が、私に耳打ちした。

 女子高生の私が飲めるはずがない。私は継がれた酒をそっと隣の蓮人に渡した。


「何してるの?」

「何もしてない。パリピ気分を味わっているだけ。女子大生のコンパってこんな感じなのかな」


 ほろ酔い気分になった人々をのんびり眺め、呟く。

 すると蓮人は戸惑いながらもほっとしたような様子で


「僕は……仕事をしない父親を……君が説教でもするのかと思った」


 と私に小声で囁いた。


「する訳ないじゃない」

「え?」

「私は生粋の陽キャだからパーティーに参加したいだけ。それに、こんなにたくさんの人が一人のおっさんの為に毎日酒に付き合っているのよ。辰砂のお父さんっていい奴なのよ、きっと。他人の私が出る幕じゃないわ。大人ってお酒でも飲んでないとやっていられない事あるんじゃない?知らんけど。とにかく悲しいことがあるなら忘れたり逃げたりすることも必要だと思うよ。私はなんとなく雰囲気を楽しんでいるだけ」


 とは言ったものの、陽気な雰囲気に純粋につられたのかと言われれば、それも違う。


 もし、自分が愛する人を失ったら、どんな気持ちだろうか、と、そう思った。

 何日酒を煽って何日泣いたら、普通の生活に戻れるんだろう。

 結婚さえしていない私には、きっとおじさんのリアルな悲しみはわからない。配偶者を亡くした気持ちなんて共感できないのが現実だ。

 ただ、大切な人を亡くした悲しみをこのおじさんがどう消化しようとしているのか、それは気になった。だってそれは決して人ごとではない。誰にでも大切な人はいる。

 例えば私にとってのお父さんのような。



 考え事をしていると、赤い顔をした辰砂の父が私の隣にすわって、肩を組んできた。


「おう、嬢ちゃん、飲めるねえ。酒はいけるクチか?」

「まあまあね。この器で飲むとおいしいよ」


 私が赤く内塗りされた盃をさすと、「おぉ!それは俺が作ったんだ!!」と、辰砂パパは嬉しそうに笑った。


「おじさん、仕事はしないの?」


 私が唐突に尋ねると、


「相棒が……女房が死んじまったからな」


 はは、と辰砂パパは乾いた笑いで掃き捨てるように言う。


「私が嫁になってあげようか?」

「おい、ルナ??!!」


 私の一言に向こうで座っていた蓮人が目を丸くする。だけど、そんなに慌てる事はないと思う。なぜなら、


「嬢ちゃん、掃除は得意かい?」


 酒が入って赤い顔をしているのに、目は冷静……な辰砂パパが私に聞く。


「ううん、苦手。料理は得意だけど」

「じゃあ、だめだな。漆職人の嫁にはなれない」


 辰砂パパは明るい声に戻り、ガハハと笑った。


「漆はな、細かいほこりを嫌うんだ。漆職人の嫁は何を置いても、綺麗好きじゃないと務まらねえ。うちの奥さんのようにな」


 辰砂パパは亡くなった辰砂ママを生きているかのように、「うちの奥さん」と呼んだ。

 それが微笑ましく、そして、悲しかった。

 誰にでも消化しきれないやるせない思い出がある。

 だけど希望もある。辰砂パパならば、奥さんが残してくれた希望。


「じゃあさ、早く仕事しなよ」

「なに?」

「おじさんの息子。店の周りとそこの工房、死ぬほどきれいにして待っているよ。お母さんの教育良かったんだね」

「……」


 辰砂パパは急に神妙な顔で黙り込んだ。

 蓮人は隣の席で黙って酒を飲んでいるけれど、こちらを窺っているのがわかる。

 うーん……。わたし間違ったことは言ってないと思うけど……

 心なしか、へんな空気が流れた気がした。

 ――もう、帰ろう。

 湿っぽい話や、偉そうに人へ説教するのは苦手だ。

 そう思って「ごちそうさま」と、立ち上がろうとすると、ぽつりぽつりと膝の上に落ちてくる水滴を感じた。

 雨だ。


「辰砂……!?」


 山際でゴロゴロ鳴る雷を見ながら、辰砂パパが思い出したように呟いた。


「辰砂はうちの菊と一緒だよ」


 私がことも無げに言うと、先ほどまでヘラヘラと酒を飲んでいた辰砂パパが心配そうに眉を寄せる。


「子供だけでか? 雨がひどくなってきたぞ?! 雷も」

「大丈夫だよ。酒でも飲んでのんびり待っていたら? かぐや姫、自らおつぎするわよ」


 私の言葉も耳に入らないといった様子で、パパは不安そうに頭上を見上げた。激しくなる雨を確認しながら、空と道の向こうを交互にながめる。ため息を吐いて落ち着かない様子で頭を掻きむしる。

 なんだかんだ自分の息子が心配なのだ、この父親は。

 しばらくするとおじさんは私たちに


「……雨がやむまで、うちの工房で待っていればいい」


 それだけ言って、自分も黙って工房の入り口に消えた。

 私と蓮人は菊が帰るのを雨宿りさせてもらいながら待つ事にした。



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