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山吹の歌

雨は強さを増し、粗末な小屋である工房の屋根を激しく打った。


 外での酒飲みももちろんお開きになり、私たちは菊と辰砂が帰るのを待った。


 辰砂パパは小屋の中を行ったり来たりしながら、そわそわして息子がくるであろう方向を格子の間から何回も確認している。


 しばらくして雨が弱まってくると、小屋の入口を叩く音がした。




「辰砂!」




 パパが急いで木戸を開けると、そこには広げた着物を傘代わりに二人で身を寄せて入る、菊と辰砂がいた。




「大丈夫か?雨で冷えなかったか?」




 パパが辰砂の身体を確かめるように両肩を抱くと、




「平気だよ。菊が雨が弱まるまで、洞穴で休んだ方がいいって。雨と雷が弱くなってきてから、菊が持っていた着物を被って帰って来たんだ」




 辰砂がへへへ、と笑った。


 菊は表情を変えず、黙って私のところにちょこちょこ戻ってきた。


 私は菊のおかっぱ頭を撫でて言った。




「おかえり。ちゃんと言われた通り雨をやり過ごしたんだね。雷も避けてえらいえらい」




 菊はにっこり笑って、濡れた着物を私に返した。




 菊が遊びに出掛ける前から雨が降るとわかっていたので、かぶり物を持たせた。


 雷は落ちると危ないので、その避け方も教えてある。だから、実際雨になってもそれほど心配ではなかったのだ。




「ごめん、辰砂パパ。もうちょっと雨宿りさせてくれる? 雨がまた強くなってきたみたい。止んだら帰るから」




 私が言うと辰砂パパは




「……好きなだけいるといい」




 と、そっと私達に温かい白湯を出してくれた。






 ☆★☆






 ほどなくして、入口を再び叩く音が聞こえた。


 雨はまだ降り続いている。


 この家にはこれ以上帰る人などいないのに、誰だろう? と皆で顔を見合わせる。


 辰砂パパが小さなくぐり戸を開けて応対すると、木戸の向こうからぶっきらぼうな男性の声がした。




「急な雨に降られた。蓑みのを貸してくれ」


「……すみません。あいにく蓑はございませんで。宜しければ、あばらやですが、雨宿りならどうぞ」




 パパが丁寧に答える。




「このようなみそぼらしい小屋に雨宿りなどできるか。どなたと心得ておる!」


 従者だったらしいその男は大声を上げる。カッパを借りに来て、失礼な物言いだ。


 格子から外をのぞくと、馬に乗った別の男性がいた。雨で視界が霞むが目を凝らして見ると、武家の貴族らしい。狩り装束に背中に弓矢、腰に大きな唐太刀。馬の鞍が遠目で見てもとても立派だ。


「しかし、うちに蓑など……」


 パパが困惑する。


 全く空気を読めない従者と主人だ。

 小屋がみそぼらしいと言うなら、蓑なんか買えないってことがなぜわからないのか。

 この世界で蓑なんて使うのは御貴族様くらいだ。金持ちの図々しさに、全くもって腹が立つ。

 辰砂パパも明らかに何と言うべきか困っている。

 私の苛立ちを横目に、蓮人はとなりで短く逡巡していた。が、

 何を思ったのか、その場におもむろにすっと立ち上がった。



「蓮人?」


 蓮人は、窓辺に近づき、格子から外へ手を伸ばした。そして指先に触れた、庭に咲いている黄色の八重咲きの花を一本手折った。

 その花を手に戻り、今度は胸元から取り出した筆とすずりで、紙に何か書きつけた。

 蓮人は描きあがった手紙を丁寧に折り、花と共に辰砂に渡す。


「これを従者さまに渡して」


 優しく囁き、辰砂の頭を撫でた。


 辰砂は要領を得ない顔をしていたが、言われるがまま、その二つをパパの横から従者に差し出した。


 従者は「なんだこれは? 花が欲しいわけじゃない!」と、激しく怒鳴ったが、雨の中向こうで待つ主人が「何事か」と、たしなめたので、すぐに静かになった。


 緊張しながら格子越しにのぞいてみる。

 従者は舌打ちをこちらに飛ばした後、その花と書きつけを主人に渡したようだ。

 雨の中、主人は馬上で文に目を通す。

 主人は若者のようだ。濡れたおくれ毛が首筋を伝う横顔だけ見える。秀麗そうだったが、笠に隠れているのでどんな表情をしているのかはっきりしない。


 主人は読み終わると、手に持った花をもう一度じっと眺め、おもむろに馬を降りる。

 そして、小屋の入口に近づいてきた。


 私たちは慌てて格子から離れ、部屋の奥で小さく身を隠し、物陰から成り行きを見守った。


 小さなくぐり戸からは、立派な着物の足元しか見えない。

 木戸ごしに向こうから主人が中に声をかける。


「家主殿、大変な失礼をした。改めてお詫びに伺うが、今日のところはひとまず失礼する」


 主人は丁寧な口調でわざわざそれだけ言って、入口からはなれた。

 慌てて格子から外を確認すると、再び馬にまたがって立ち去るところだった。


「何があったの……?」


 私は傍らの蓮人に尋ねる。


八重山吹やえやまぶきの歌だよ」

「え?」

 

 やまぶき? さっきの花か?


「八重山吹になぞらえた歌を一句添えて、そこに生えていた八重山吹を渡した。『七重八重ななえやえ 花は咲けども 山吹の みの一つだに なきぞ悲しき』。八重山吹は豪華に咲くけれど実をつけない品種だ。『実のない』と『蓑無い』を掛けてみた。学のある高位貴族ならきっとわかる、そう思ったんだけど」


 私は茫然としたまま蓮人の説明を聞いていた。

 そして意味をゆっくり理解し、息を飲んだ。


 うん、確かに、主人の方には伝わっているのだろう。それどころか、もしかして歌の出来に感心していた節さえある。

 でなければ、平民相手にあんな礼儀正しくお詫びをして立ち去らないだろう。実際、すごいオシャレでスマートな断り方だと思う。


 私はただただ感嘆の眼差しで蓮人を見た。

 辰砂とパパは心底ほっとしたように、お互い笑みをこぼしている。

 穏便に済んでよかった。武家の人間は荒くれものも多いので、失礼をして手打ちになったら大変なところだった。


 蓮人の機転が功を奏したのだ。


「ねえ、蓮人」

「うん?」

「あんた歌は苦手って言ってたけど、作れるじゃない。私に恋歌作りなさいよ」

「断る」


 蓮人は即答して、格子窓から空を見た。

 雲の合間から太陽がのぞきはじめている。


「ああ、晴れたみたいだ。うちに帰ろう」


 見上げるその横顔が、もれ入る光に照らされてなんだか眩しい。

 私は見慣れた筈の蓮人の顔を、なんだか新鮮な気持ちでじっと眺めたのだった。



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