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眼鏡先生

「説明してもらおうか、眼鏡」


 私は腕を組み仁王立ちした。板間に正座させた眼鏡はもちろん服を着ている。

 不服そうな眼鏡の表情は無視だ。


「勝手に女だと誤解したのは君だろう?」


 私が発言を許したので、眼鏡は関を切ったように喋り始めた。


「僕は……ただ紙を買いに行っただけなのに! 君が勘違いして、嫌がる僕をここに連れ込んだんじゃないか?!」

「なんでお買いもの行くのに女装してるの? あんた変態?」

「違う! 草紙を買いに行く時だけ女官の格好をするんだ! その方が目立たないから……」


 紙1枚買うのに目立つもクソもあるか。有罪決定。

 私が白んだ目で拳を握ると、


「本当だ!!僕は大学府式部省紀伝道の助教だ。普段日記を書いているんだけれど、周囲にばれると見せてくれとか言われて嫌なんだよ」


 眼鏡が必死に弁解する。

 確かに……この世界では、個人の日記と読み物の境はあいまいだ。平安時代でいう枕草子のようにラノベ扱いになるのだろう。ましてや紙など携帯しやすいものに書いてしまったら、娯楽の少ないこの世の中。回し読み確定である。

 大学の先生が書いたとあらばなおさらだ。みんな読みたがるに違いない。

 この人は、読ませるのを前提に日記を書いているわけではないようだ。


「じゃあ、木簡に書けばいいじゃん」


 木簡とは木の板で、携帯には不便だが、丈夫だし訂正個所は削って消せるから便利だ。木簡の暦に直接日記っぽく出来事をメモする貴族も多い。


「……木簡じゃ、後世に残るだろう」


 確かに木は保存性に優れる。現に1300年後父の資料館にだって残っていたではないか。

 なるほど、日記帳の素材を紙にこだわる気持ちもなんとなくわかる。

 きっと男性が死ぬ前にスマホの中身を消去してもらいたいと願う、アレと同じだろう。古今東西恥ずかしい記録の後始末はきちんとしたいらしい。面倒くさ。

 しかしばかだな、と思う。なんでそんな苦労してまで日記なんて書きたいのかね。


「じゃあ、日記なんて書かなきゃいいじゃん」

「僕は紀伝道――つまり、歴史の専門家だ。後世の為に伝えなければならないことはたくさんあると信じている。暮らしの何気ない出来事でも未来にとっては貴重な資料だ。紙の日記はその下書きなんだ。大事な事はちゃんと木簡に清書して残してある」


 眼鏡がちょっと誇らしげに自分の仕事を語る。


「それに、紙の日記は用が済んだら転売できる。字を読めない市の職人に拭き紙として払い下げるんだ。すると、結構な値で売れる。僕が死んだら大量の古紙を売って葬式代に充てるよう遺言するよ」

「眼鏡、家族いるの?」

「……いや、ひとり」

「じゃあ、遺言実行されないじゃん」


 ぐぐ、と、眼鏡がちょっぴり悔しそうな顔をしたけれど、なんだかそれが可愛くて面白かった。


 眼鏡が歴史の仕事に就いていて、それが好きだと言う事はなんとなくわかった。

 大学府の式部省助教と言ったら下級身分だが、勉学に携わる中枢の部署だ。コネで入る上級貴族より余程実力がある秀才とみていい。

 それならば、うん。話は早い。


「ねえ、眼鏡。やっぱりうちで働きなよ。住み込みで」


 眼鏡は驚いたように目を見開いた。よくよく見ると、かっこいいとは言い切れないにしろ、私好みのタイプだ。


「なっ……なんで?!」

「勉強できるんでしょ? うちの菊に教えてやってよ。紀伝道は歴史学だけど、歌にその背景を引用したりするらしいじゃない。歌は貴族のたしなみ。菊の教育にピッタリだわ。それに、紀伝道と文章道が統合されるかもって噂を聞いたわよ。文章道は、国語でしょ。そろそろ菊に字を習わせたいと思ってたのよね」


 そして何より、私の所にくる恋文の通訳も欲しいのだ。この時代の字は同じ日本とは思えないくらい難解だ。返事を無視しているふみがたまっている。恋の行き違いや誤解がないように、可及的速やかに処理しなければいけない。しかし、


「断る!」

 生意気にも陰キャ眼鏡が反抗してきよった。

「あら、選択権があると思っているの? この童貞痴漢が」

「どっ!童貞って!!」

「……怒るべきは痴漢のほうでは?」


 眼鏡くんはまあ、性格的にとても真面目なようだ。さすが公務員。まともそうなので、私に対してはそうそう不意をついた襲い方もしないだろう。童貞みたいだし。

 それによく考えると男性の方が先生として適しているかもしれない。女だと相模のようにエロじじいの餌食になりかねない。

 これ以上余所の女性に迷惑をかける訳にはいかない。

 ここはこの男ので手を打つべきだ。

 それに、


「お給金は支払えないけど、ここに住まわせてあげる。それでいいわね」


 だいぶ支払いが値切れた。

 一見ブラック会社顔負けの労働条件に思えるが、実は眼鏡にも悪い話ではないと思う。

 下級役人は住まいが王宮から遠い場合が多い。2時間くらいかけて王宮まで徒歩で出勤するのが普通なのだ。こんなに近くの好物件に住めたら眼鏡だって相当嬉しい筈だ。


「しかし……」

「引き受けないなら、あんたの痴漢行為を通報するわよ。私いま、世間的に割と話題の人だからね。あんた悪目立ちして仕事はクビね」


 最後は脅しだ。眼鏡は整った眉を顰めて、盛大に渋い顔をした。

 私は押し切るように言い放った。


「じゃあ、明日からよろしくね。ところで童貞眼鏡くん、君、名前は?」

「……みずの……水下みずのしたの 蓮人はすひと

「蓮の人?レントのがかっこいい。レントでいいね。私はルナよ。別名かぐや姫」


 レントは私の名前を聞き、今日一番驚いた顔をした。そして確認するように私の顔を凝視した。




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