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宴のあとの祭り

 数日後、屋敷ののどかな昼下がり。

 脇息に力なく寄りかかる私に、菊が大量の文の束を無言で差しだした。

 どれも上質な紙質の立派な文だ。花の小枝が添えられているヤツなんかもある。


「…………」

「…………」


 差しだされた文を見て、私はお腹いっぱい、と呟く。

 菊は無表情のまま容赦なくそれを私に押し付けて、その場に座り込んだ。そして、適当に文の山の一通を取りだして、裏紙に落書きをし始める。

 菊の落書き帳にでもしてもらえればこの文も本望だ。ろくに読まれる事もなく捨てられるのだから。


 ご覧の通り、宴が終わった後が本当の宴になった。宴じゃない、祭りだな、こりゃ。

 名も知らぬ公達のラブレター祭りが始まったのだ。


 ☆★☆


 名付けの宴でキャミ姿という半裸をさらした私。

 あの日から昼夜問わず文が届けられるようになった。

 この大量の文の目的は多分一つしかない。


「くそっ……! ドブス説流布の次はビッチ認定されたな、こりゃ」


 私は頭を抱えて震えあがった。

 公式な場であんな破廉恥な格好をした姫=私。高位貴族たちはどんな目で見たのだろう。

 どうしよう、すぐヤレる女と高を括られたに違いない。

 こうなったら、迫ってくる一人ひとりを力いっぱい返り討ちにしてくれようか。ひとりふたりを見せしめにさらし首にしたら、邪な下心のあるやつも減るかもしれない。

 こんな文に埋もれていると、いくら図太い私でも恐怖を感じる。貞操の危機だ。

 いつ襲われるかと心休まらない私は、夜這いを警戒して塀の補修までした。

 チョロいと言葉で嘲りを受けるだけならまだしも、実害をこうむるのだけは勘弁してもらいたい。この世界の貞操観念は緩い。隙を見せたらマジでやられる。


 どうしたものやら……と、暗澹たる思いでため息をつく私の横では、菊が一心不乱に落書きをしている。全くもって呑気なものだ。でも、その書き姿がものすごくかわゆくて癒される……。

 ぼぅっと菊の動かす手を眺めていると、渡殿の向こうからただならぬ叫び声が響いた。

 おばあちゃんの声だ。「お待ちください!」と、焦った様子で誰かを制止している。同時に、慌ただしく近づく足音が。

 やばい。夜這いは充分警戒していたけれど、昼までも正々堂々乗り込んでくるやからがいたらしい。


「失礼する!」


 息を切らせて御簾をたくし上げたのは秋田だった。

 焦っているのか、頭巾はずれて銀髪はおくれ毛が出ている。

 てか、このストーカー、堂々とし過ぎてない?!


「かぐや姫」


 私を切なそうに見つめながら、秋田は横目で文の山を確認する。

 そして、「はあーー」と、深くため息をついて私の前に座り込んだ。


「こうなると……思っていたのです」


 そりゃ、そうだ。

 裸の女が酒の宴に出たら、ちょっかい出してみようと思うバカも少なくはないだろう。

 秋田は暗い表情で微かに震えている。


「だから、貴女をいつまでも隠しておきたかったのに! 輝くまばゆい美しさは、私の手では覆い切れませんでした……。無力で罪な私を許して下さい」


 周りくどい事を深刻そうに言っているけれど、ちょっと意味がわからない。

 結局何がいいたいの?


「宮中では貴女の美しさが話題を占めています。美貌の姫が舞い降りた、と。こうしている間も貴女が誰かの妻に問われているのではないかと心配で心配で祭事も手に付きませんでした」

「ビボウのヒメ……? 姫は裸の変人だ、じゃなくて?」


 ちょっとほっとしたかも。裸はそれ程フューチャーされていないらしい。裸で徘徊する物の怪付きだ、なんて噂されたら、菊の嫁入り先まで影響すると心配していたのだ。


「く……!貴女の豊満な体躯を想像して何人の男が夢想しているかと考えただけで、頭がおかしくなりそうです。一人ひとりの夢の中へ入り込んで、相手の目をくりぬいてやりたい。全員があの夜の記憶をなくす呪いをかけてやりたい」


 秋田は歯ぎしりしながら拳を握っている。

 呪いとか怖いんですけど。神主みたいな仕事をしてる秋田が言うと冗談に聞こえない。


「かぐや姫」


 秋田が真剣な表情で、私を見つめる。


「私の妻になって下さい」

「断る」

「え?」


 やべ。姫の皮を被るの忘れて反射で答えちゃった。

 慌てて取りつくろう。


「私はどなたとも結婚するつもりはございません。幼い妹がおります故、行く末心配で恋事にかまかけておれないのです」


 しかし、秋田は我が意を得たりとすぐに反論した。


「妹御の事を考えるのならばなおさら結婚されるべきです。独り身でこの大きな屋敷を維持するのは難しいのでは? よそ様の財を問うのは無粋ですが、霞を食べて長らえるものでもないでしょうに」

「…………」


 つまり、私の給料じゃ生活してけないだろ? って言いたいんだろうな。

 余計なお世話! ……と簡単に断じられないくらいには、うん、まあ図星だ。

 確かに菊をかぐや姫に仕立てる玉の輿計画は頓挫した。

 これから一体どうやって暮らしていけば良いのだろうか……。

 私は無言で考え込む。



 

 秋田は言いたい事を言ったら満足したのか、その日はすんなり帰った。


 夜になり、私は菊と二人きりになった静かな部屋で、落書き中の彼女をじっと見つめた。

 長いまつげは女性らしいけれど横顔はまだまだ幼い雰囲気。小学校の高学年くらいだろうか。

 かわいらしさと綺麗さが混在した美しい顔立ちをしている。

 私は立ち上がり、そっと菊の背後にまわってぎゅううううっと抱きしめる。そして動物を愛でるように力いっぱいワシャワシャと頭を撫でまわす。

 振り分け髪がいつのまにか長くなっている。この子ももうすぐ立派に成人するんだなあ、と思うと感慨深い。私は女子高生だけれど、普通のお母さんってこんな気持ちなのだろうか。

 ただこのかわいい存在を守ってやりたい、みたいな。

 


「……あんたもキチンと裳着してやんなきゃね」

「…………」


 菊はあどけない表情で私を見つめる。

 まだ喋る事はできないが、私に抱きしめられるのをいやがっていないのはわかった。


「ねえ、菊のおとうさんおかあさんが見つからなかったら、私たちずっと一緒に暮らそうか」


 腕の中の菊の頭を優しく撫でながら言うと、かわいこちゃんはにっこり微笑んで元気よく頷いた。

 私も思わず笑みがこぼれる。


「そうだな。生きていく上でお金って必要だよね」


 菊を抱きしめながら誰にいうでもなく呟いた。


 そうだ。うちには老人二人に子供一人の扶養家族がいる。

 この家族の為に、しかるべき公達と私はいづれ結婚するべきかもしれない。

 それが家計を安定させるために一番手っ取り早い。

 別に好きな人もいないし、こんな世界にきてしまって帰る術もない。

 未来に残してきたお父さんは依然心配だけれど、こちらにも気に掛けなければならない家族ができた。

 もともとこの都に来たのだって、みんなにいい生活をさせてあげるためだ。

 私がかぐや姫になった今、その地位を利用して、より良い公達をゲットするべきなのではないか。すくなくとも皆が一生食べられる位の生活費を確保しなければいけない。


 愛は大事だがお金も同じくらい大事だ。

 父子家庭で育った私は心底そう思う。父は学芸員だったが生活は決して裕福ではなかった。父は早くから病気がちだったのでうちは贅沢とほど遠い生活をしていた。医療費をやりくりしながらの毎日。高校に通えただけでも奇跡だ。私はバイトに明け暮れる生活感あふれるJKだった。世間一般の天真爛漫でのほほんとした女子高生とは違うと思う。貧乏は人の心を逞しくする。

 綺麗事は言っていられない。私が皆を養わなければ。


「幸せになろうね、家族4人で」


 私が改めて菊を抱きしめ囁くと、菊はもう一度腕の中でこくりと頷いた。


 しんみり菊の温かさに浸っていると、格子戸の外で「失礼します」と聞きなれた声が聞こえた。

 菊の教育係の相模だ。菊の家庭教師として雇っている。

 「どうぞ」と返事をすると、ゆっくり格子戸が開いた。

 女房姿の相模は暗く俯き、なんと……そのまま入口に突っ伏してさめざめ泣き始めてしまった。

 なんだ、一体何事だ?!

 私と菊は顔を見合わせる。

 相模は顔を青くし、消え入りそうな声で私に言った。


「も……申し訳ありません。実は菊様の教育係を辞めさせていただきたいのです」

「え?!何で?」


 相模は若いけれど優秀な女性だ。朝廷で働いていたこともあり、一般的な教養はなんでも教えてくれる元・女官だ。菊もなついて習い事もはかどっていたのに、何があったんだろう。

 相模は嗚咽しながら顔を覆った。


「わ、私、もう耐えられないのです。翁様の……いやらしい言動には――」




 ……クソジジイ。

 セクハラしやがったな、従業員に!


 前言撤回。幸せにする家族は菊とおばあちゃんだけ! 女の敵で、ほぼ害虫でもあるジジイは、一晩木に吊るしたのち捨ておくべきだ。

 私は相模に何度も頭を下げた。慰留を試みたが、彼女の決心は硬かった。

 それはそうだろう。若い彼女は私と同い年くらいだろうか。ジジイの日常的に繰り出される下ネタと普通にしているだけでいやらしく感じるあの視線。彼女にとんでもない傷を負わせてしまったのではないか。最悪だ。

 詳細は後で聞くとして……

 それとは別にしても、まずいことになった。

 宮中を知る貴重な教育係をうちの猿じじいのせいで失ってしまったのだ。菊の先生をまた見つけなければならない。


 私の内で色んな問題が一気に押し寄せ、重いプレッシャーとなって頭の中に渦巻いた。

 これが大黒柱の苦労か。しかし、落ち込んだって誰も助けてはくれない。とにかくできる事からこつこつ頑張ろう。

 私は、決心と諦念が入りまじったため息を盛大に吐いた。


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