名づけの宴
名付けの宴は盛大に行われた。
屋敷で一番大きい広間には各界の著名人が集まった。今をときめく都の公達だ。
この人脈も秋田に払った料金に含まれているはず。彼は私情抜きで私の為に力いっぱい華やかな宴を企画してくれたらしい。
私はその宴席の片隅で御簾に守られ、ひっそりと周囲から隔絶されていた。
今時は女でも宴会の場に出て一緒に酒を飲むことが多いらしいが、私は自身を隠す古スタイルでお願いした。成金風情と正面切って絡まれるのは面倒だ。
その選択は正しかったと言える。そこかしこで酔っぱらった公達が私を大声で罵る声が聞こえたからだ。
「オイオイ、噂の醜女は御簾の中か」
「客に挨拶もできないのか。これだから田舎の成金は困る」
「斎部の秋田殿もとんだ名付けを任されたものだ。醜いだけではなく、ずうずうしい女なのだろうな」
学校生活が長いとそこそこ陰険ないじめに遭遇することもあるし、私は見た目が割合派手なので心ない言葉で中傷されることも多かった。性格的に神経は図太いし逞しい方だから気にしなかったけど。
しかしながら、これほどたくさんの敵意の渦中に放り込まれると流石の私も気が滅入る。
それにさっきから醜女醜女って……。それほど人の見た目っていうのは大事なのだろうか。そんなにブスと蔑むならばお前の顔はどうなっているんだ? と、いっそ勢いよく御簾を上げ放って文句を言ってやりたい。
やはり、菊と交代して良かった。菊をこんな悪意渦巻く空間の中へ放り込む真似などできない。
早くみんな食べて飲んで、帰ってほしい。胸糞わるー。
ため息を吐きながら、私はかさばる着物をもぞもぞと脱ぎ始めた。キツイ帯に解放されてほっと息を吐く。脱ぎ捨てた着物の中はキャミソールとホットパンツだ。
ひとが多く、室内はそこはかとなくムシムシしていた。気持ちも鬱々とする。こんな遣る瀬のない気分の時は、涼しい部屋で思いっきりコーラでも仰ぎたい。
「かぐや姫」
突然呼びかけられて飛び起きる。聞き覚えのある声だ。着物を掛け布団にして寝てしまおう……と、キャミ姿で横になり始めた時だった。
「秋田様?」
御簾越しに静かに声をかけてきたのは、久しぶりに会う秋田だった。
「――お会いするのを心待ちにしておりました」
こそこそ押し殺した声が逆に怖い。ストーカーみたいだ。みたいじゃない。リアルストーカーかも。
こういうタイプはハッキリ言い過ぎても逆上する可能性があるので注意が必要だ。どブス説を流布された時点で、秋田にはその気がある。刺激を与えないように対応し、緩やかにフェードアウトするのだ。私は丁寧に切り出した。
「此度の宴、ご尽力頂きありがとうございます」
宴を開催してくれた礼は一応言う。だけど、こっち来んな!!
「……誰にも貴女の姿を見せたくなかった。貴女の美しい姿を。御簾で囲まれている事、心から安堵しております」
御簾は悪意ある視線から自分を守るシールドだ。断じてお前の為じゃないけどな。
そもそもこんなモノあろうがなかろうが、ブス説花盛りである嫌われ者の私の所になんて誰も近寄って来ませんけどね!
ここは一発厭味でも繰り出してやる。
「……醜女の元にどんな殿方が来ましょうか」
「醜女とは、そんなっ……! あの噂を御存じなのですね?」
御存じも御存じ。おかげでかぐや姫に就任したのですから。
秋田は慌てた声で弁解する。
「私は……貴女の容姿を聞かれて、他の公達に『平々凡々』とだけ言ったまでです。変に興味を持たれても困ると思っただけで……」
あれ……? 秋田が醜女だって言いふらしたんじゃないの?
ごめん、てっきり嫌がらせかと疑ってしまっていた。あはは。
しかし人の噂は巡るうちに変わっていき、その過程で真実と誤認される。
発端が平凡だろうがブスだろうが、最早どうでもいい。噂が真実のように伝わってしまった以上、何と言っても取り消しようはないのだ。菊はかぐや姫になれない。
私は達観した。
いいや、もう。私が悪評のかぐやとして生きていこう、と。
クソな噂なんて気にしないもんね。私の鈍感力半端ないからね。
腹を据えて黙りこくる私を、秋田は怒っていると勘違いしたのだろうか。
そわそわした声で尋ねてきた。
「御簾の中に入れてもらえませんか? 説明したいのです」
入れるかボケ!
ギャルみたいな見た目だからってチョロいと勘違いすんなよ!
「不躾でしょう」
「かぐや姫……!」
「先日は取り乱した姿をお見せして失礼しました。忘れて下さい」
忘れて下さい。不覚にも半裸を晒した件とか、あなたを思いっきり鈍器でぶん殴った件とか。私もあの黒歴史は記憶から全力で捨て去ります。
「かぐや姫!」
「どうぞ、御戻り下さい」
秋田氏はしばらく無言だったが、御簾の向こうで居住まいを正し、改めて切羽詰まった声で言った。
「どうぞ、ここを開けて下さい。あの日の貴女が忘れられない。私は本気です。妻になってもらいたい気持ちは嘘ではありません」
言うや否や、突然御簾の下端を掴んだ。
「秋田様?!」
「失礼します」
やっぱりストーカーだった!!
私は持ち上げられそうになる御簾を内側から必死に押さえつけた。
「かぐや姫?!」
「ちょ、やめてってば!!」
上げる力と押さえる力。拮抗して、手が震える。力を込めるその握力が限界に達しそうになった時、御簾の外でがやがやする声が増えた。
「おお、なんだ秋田殿。噂の醜女は二目と見られぬ顔様と聞いたが」
「なんだ?余興にのぞき見るなら、我らも拝顔したいものよ」
「これはいい酒の肴だ。どれ、世紀のおかめを見せてもらおうかの」
酔っぱらった公達のからかう声が聞こえる。
秋田は戸惑いながら言い繕う。
「皆さまのご興味の端にもかかりません」
ひどい言いようだな。
「なんだ、秋田殿一人で笑おうと、そのような算段か」
「我らも仲間にいれてくれ」
「そうだ、そうだ! 酒は笑いながら飲むものだ」
やんやと騒ぐ、クソ公達。時代が時代ならセクハラか侮辱罪で逮捕だぞ。
なんて、悪態ついていたら本気で御簾を上げようとしているバカも現れ始める!!
私は御簾の端を押さえる手に、さらに力を込めた。
外では揉め始めた男たちの言い争いが聞こえる。
「おやめ下さい、皆さん!!」
「なんだ、秋田殿も開けようとしておったではないか」
「そうだ、面白い。開け放て」
ガヤガヤ騒がしい中、誰かしらが隙をついて御簾を開けよう試みる。私も必死だ。押さえつける手に力を込める。
だんだん人が集まってきたきたようだ。好奇に満ちた気配を感じる。
御簾越しの騒ぎが大きくなりはじめた頃、御簾を守る私の握力は限界に近づいていた。
その時……突然ぶつりと何かが切れる音がした。
「…………!!」
御簾が……御簾を天井から括っていた紐が切れた……!!
バサリ、と大きな音を立てて、前方を遮っていた隔たりが一瞬で無くなる。
ひきつった顔を恐る恐る上げると、目の前には数えきれないほどの公達。
私のことを「笑ってやる」と軽口を叩いていた公達どもだが、余りの事態に皆ビックリしているようだ。一瞬でシーンとなりこちらを凝視している。
傍らには銀髪の秋田氏。私の姿を見て、青ざめた顔で頭を抱え、切なそうにため息を吐いた。
え?!何?やっちまった感満載なんですけど?!
場はしばらく時が止まったかのように動かなかった。誰も何も言わず皆が微動だにせず立ち尽くす。
そんな静寂を無視して、いつの間にか宴会場に現れた菊が、私にトコトコ近づいた。
そして、無言で私に着物を手渡す。
「…………」
……やべえ。
そうか、私のキャミ姿……ほとんど裸なんですけど……。
私は渡された着物を光の速さで羽織った。
「おほ、おほほほほ……お目汚しを失礼しました。皆さまごゆっくり」
満場に向かいにっこりと微笑み、菊とともに全力疾走で会場を後にしたのだった。




