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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第二十五章 チュニジア前進基地、第二十六章 アルジェリアの闇


 ロマノフスキーに連れられてミューズにとやってきたアラブ人は、その様相に圧倒されてから船室へと足を向けた。

 三人は一等船室、つまりは士官室の一つにと入る。


「アルバイトの二人をご案内」


 招き入れてロマノフスキーが懐かしのご対面と冗談を重ねる。


「アフマトにサイード久しぶりだな」


「シーマさん、いつかまた声が掛かるとずっと待っていましたよ!」


 四十にもう一声でなるだろうアフマトが歓迎の意を表す。


「俺もあの時が忘れられずエジプト軍に入隊してました。ですが除隊してきちまいましたよ」


 若さ溢れるサイードが前とは違って精悍で、判断能力を培ってきたのが一目でわかった。


「二人ともよく来てくれた、聞いているかも知れないが俺は今イーリヤ中佐と名乗っている」


「はい聞いています。ですからこれからはそう呼ばせて頂きます」


 あらかた任務を聞かされているのだろう、この先も付き合う前提で話が進められる。


「アフマト、君はチュニスに入り四十人規模の居住が可能な場所を確保し情報を扱う人物と繋ぎをとるんだ。君自身の裁量で構わない」


 詳細を委任するのは信頼の現れである、それを是ととる人物なのを知っているから初めからそう投げ掛けた。


「承知しました中佐。チュニスからの連絡はどのようにしましょう?」


 直接連絡をとるのは愚の骨頂である、緊急時には衛星携帯を鳴らすとして普段はナポリにある一般住居を装った部屋に封書と方法を示す。

 カードを一枚とチュニジアディナールを束で渡す。


「予算は一任する、不足はカードに振り込む」


「ナァム」


「サイード、君はトゥーズルに入り同じく四十人規模の一時居住場所を確保するんだ」


 地名を言ってもわからないだろう地方都市のため地図を開いて場所を示す。

 チュニジア南西部にある都市でチュニスから南南西に五百キロ見当の位置である。


「一時居住場所といいますと、寝泊まりだけで生活の必要はない?」


「ああもしかしたら休憩場所や物資堆積に使うかも知れない位だ。生活は維持管理に君が使う場所だけで良い」


「わかりました」


 同じように札束を渡して一任する。

 内陸部の為に連絡もかなりのズレがあるだろうから、こちらには電話での報告をさせることにした。


「何か質問は?」


 常套句を最後に付け加えるのを忘れない。


「もし死んだら妻に契約金を渡して頂けますか?」


 アフマトが苦労してきたらしくもしもの時を想定して事後を確認する。


「任せておけ。だがアフマトに死なれる予定はないからな」


「それにこしたことはありません」


 軽く笑って経営が今一つうまくいってないと打ち明ける。


「任務が終わったらその金で支えるなり、新しく何か始めるなりしたらいいさ」


 サイードは質問は無いと軍人らしさを見せた。


「よし、それではこれから直ぐにチュニジア入りしてくれ、無論二人ともバラバラにだぞ」


 アフマトは空港から、サイードは船で移動すると決まりミューズから兵に付き添われて降りて行った。


「首尾よく雇用出来て良かった」


「あちらも金と刺激が欲しかったようでして」


 金か刺激か、他に何があるかは知らないが一先ずチュニジアについての仕置きが片付いたと言えるだろうか。


「大尉はアルジェに行ってもらうよ」


「喜んで。ところでアブダビ退治は中佐もアルジェリア入りするんですか?」


 しないならば自身が指揮をするかどうかも確認するつもりで尋ねる。


「そうなるだろうな。我らが特務はアブダビの排除が目的だから。それにイーリヤには用が無くても島には本人確認の役目がありそうだ」


 目下のところアブダビを見たものは島しかおらず、写真以外に声を聞いたとの部分は代わりができない。

 居場所が判明して準備が出来てから初めてアルジェリア入りとの線になるだろう。


「ところで島ですが、アラビア語だと定冠をつけたらアルジャジーラですな」


「俺は衛星放送局ってわけだ。それをコードネームにしたら厄介そうだ」


 アラビア語でジャジーラが島を表すのだが、ALを頭につけるものだからアルジャジーラになる。


「アルジェを本拠地にして、オランとコンスタンティーヌには網を張っておきましょう」


 アルジェリア三大都市を指定してアンナバを含めるかどうか迷う。


「その三つに居なければアンナバも探せばいいさ」


 任せておけば上手くやるだろうと深く考えずにそう返す。


 その後に空港と港がアンナバに揃っているのを思い出す。


「自分でも好きな場所に陣取れと言われたらアルジェかオランにしますよ」


「じゃあ俺は裏をついてコンスタンティーヌかアンナバを拠点にしそうだ」


「その勢いで地方都市にでも居てくれたら有難いですが、そうもいかんでしょうな」


 国境付近で逃げ場が複数あり人口が過密している、オラン県が最有力候補になるだろう。

 そうなれば陸路モロッコ、海路スペイン、賭博行為で空路ならば無限大の可能性がある。


「海沿いになるだろう、臨検の権限が俺達にはないからな」


 領海を行き来する船舶の航路や目的、積み荷を調べることができる臨検は主権国家のみの権利である。


「いずれにせよアメリカであってアメリカでない我等の努力は主力が残念なことになった時にしか発揮されませんからな」


「徒労万歳ってわけだ」


 気持ちは複雑でも仕事だとばかりに部屋を出ていった。


 ――二重に手配して目を逸らすか、果たして効果の程はどんなものだろうか。


 石造りの頑丈な邸宅にゆっくりとした足取りで男が入って行く。

 白い布を頭からすっぽりとかぶり、強い日差しから避けるように顔をやや前のめりにしている褐色の肌ときたらアラブ人以外なかなか想像出来ないものだ。


 下働きに荷物を持たせて紋様が素晴らしいスザニを正面に捉えられる位置に置いてある椅子にと腰掛ける。


 すぐに杯と酒、そして水が入ったものが細長い足の机に置かれた。

 砂漠出身の者にとっては水は貴重品でありそれを自由に出来るのはステイタスでもある。


 イスラム教徒は酒を禁じられているが常々高位に在るものはその教えの例外とされてきている。

 祝福の水とは言ったものだ。


 一息ついた彼の前に黙って控えていた男がようやく聞く耳を持つだろうタイミングを見計らって報告を行う。


「アメリカの艦隊が地中海にやってきてナポリへと入港致しました。規模の詳細はこちらです」


 一枚目に概要、二枚目以降には詳細がまとめられている資料を差し出した。


「この艦隊の目的は海上ではなく海岸沿いと言うわけか」


 アラビア語で書かれた編成を見て海兵隊の陣容からそう推察する。


「NATO軍には増派の予定がありませんのでアメリカの都合なのは確かです」


 結論を自ら口にしないで椅子に座る男の判断に委ねる。


 ――NATO軍でないならばリビアかチュニジアの線だろう、エジプトかも知れんな。


 少ない情報から導きだされる展開を一旦整理して報告の続きを促す。


「その艦隊の参謀長にジョンソン大佐が就任したようです」


「あの紛争の専門家だな、確か中米にいたはずだが……ニカラグアの大統領選挙、オヤングレンが当選していた。目的達成で次の任務というわけか」


 どこから情報を引き抜いてきたのかそのような詳しい内容まで承知しているようだ。


「はっ、そのジョンソン大佐です。リベラ少佐も随伴しているので間違いありません」


 この二人はセットで赴任しているようで相性と成功率を重視した軍がそのような運用を行っているのだ。


「他に変わったことはないか」


 大佐がきているだけでも凡その目的が見えてくる為に報告が終わりだと思っている、ところがそれには続きがあった。


「同時にイーリヤ中佐なる人物が参謀に名を連ねております」


「聞いたことがないな、スペイン系の名だが」


 とるに足らない人物ならば数あわせで差し込まれた可能性もある、要人の息子が点数稼ぎにお裾分けを期待してなどだ。


「それがこの中佐の経歴が判然としません。急に現れたようでして」


「軍を移った?」


「可能性はあります。他には要秘匿人物、外国籍、臨時任用、偽装などが考えられますが」


 ――ジョンソン大佐を隠すならばわかるがそちらには何も施されていないなら偽装はないな、秘匿も。外国軍からの派遣将校かピンポイントの臨時、はたまたアメリカ軍によるヘッドハントだろう。いずれにしても調査を必要とするな。


「イーリヤ中佐についての追加報告を用意するんだ」


「アイワ」


 一礼して部屋を立ち去るのを見詰めてアメリカか、と呟く。

 イスラム社会にとってアメリカは今や不倶戴天の関係だと彼は認識しているのだった。


 参謀室に大佐が肩を怒らせて戻ってきた。

 島とリベラが目をあわせてどうしたと尋ねる前に向こうから口を開いてきた。


「第六のやつらこちらに情報を渡さないつもりだ!」


 ナポリの海軍基地に出向いていた大佐が言う奴らとは、第六艦隊参謀部のことである。


「自分達に嫌がらせをして彼らは何か得するのでしょうか?」


「こちらが失敗したら酒が旨く飲めるといったとこだろうよ」


 なるほど、と大佐が落ち着くように間を開ける。


「それで妨害の程度はいかほどのものだったのでしょう?」


 付き合いが長いリベラが事実確認で大佐の感情が昂った理由を聞き出そうとする。


「マグレブのエージェント、その所在と連絡手段を教えるように要請していたんだ。五日後にこいと言われて行ったら現在稼働中でこちらが使えるエージェントは居ないと抜かしやがった」


 全くのゼロとは聞き捨てならない、意図的にこちらに使わせないとの認識は正しいだろう。


「ミラー中将に直接お願いしては?」


 何か問題があるものなのか島にはわからないが疑問を口にする。


「中将閣下から参謀らに命令しては以後閣下への嫌がらせがあるやも知れん、それは最後の手段としよう」


 組織とは様々な弊害を抱えているのだと考えさせられる。

 身近な者が使えないならば遠くの力を利用するなり自力で勝ち取るしかない。

 大佐が参謀総長に泣きつくとは思えなかった。


「では自力で調べるとしましょうか」


 ニヤリと笑って肯定してくる、リベラもやっぱりとの表情を浮かべた。


「何も第六の参謀だけがエージェント情報を握っているわけではないからな。あちらがそのつもりならばこちらも勝手にやらせてもらうよ」


 挑戦的な顔付きでどうやって仕返しをしてやろうかと考えているようだ。


「諜報員なんてのは敵にも味方にもいるものです、それを利用しては?」


「と、いうと? 敵に頼んで情報を譲ってもらうって意味か中佐」


 どうやってそれを成し得るのか教えてもらいたいものだ、大佐が言うと少佐もそれに乗っかる。


「敵の敵は味方といいますからね。コミュニスト共と三角貿易はいかがでしょうか」


「してそいつらから情報を得る代わりに我等が渡すものは金か?」


 それでも問題ないと大佐が半ば承認を与えてくるが首を横に振る。


「どうでしょうか、第六の参謀らのスケジュールでも流出させては。もしテロに遭遇したら風通しも良くなり大佐殿の酒も旨くなるという話です」


 一部の不幸を皆で分かち合ったら丸く収まると提案してみる。


「そいつはいい考えだ! 原因を作ったやつらに代金請求をさせてやろう。俺がスケジュールを調べてくるから中佐が情報を拾ってきてくれ」


「やってみましょう。チュニスに旅行の予定がありましてね、入国は日本人としておけばコミュニストも甘く見てくるでしょう」


 世界中で日本人ほど与し易い人種は居ないと言われるほどに現代の日本は低く見られている。

 原因は簡単な話、政府の弱腰と無能ぶりからである。


「ではその間イーリヤ中佐は海上で視察の任務を遂行中と記録してミューズを動かしておこう」


 アリバイ工作を行うあたりに大佐の慎重さが窺える、あとはどうやって敵と交渉をするかが自身の宿題であった。


 ホテルのラウンジで偶然を装って隣の席についたアル=ハシム中佐がウイスキーをオーダーする。

 近くに誰も座っていないことを確認してから目礼してきた。


 バーテンダーに少し握らせて客がきたら遠くに誘導してもらうことにして島が切り出す。


「かの地で親アメリカ以外の協力者を求めています、私が頂点の計画ですが」


「中佐が求めるその先は何でしょうか?」


 可能な範囲で力を貸すつもりでグラスを傾けながら問い掛ける。


「コミュニスト」


「コ、コミュニスト!? それは国家や組織として?」


 明らかに敵とわかる相手を紹介して欲しいと言われて意図を探ろうとする。


「個人で構わない、あちら側の情報を握っている人物。だがしかしチュニジア地域限定クラスの中堅以下で充分なんだ」


 大者一本釣りならばまだしも小者を希望と言われて更に謎が深まる。


「それならば何とかなるでしょう。先方にはあなたのことをどのように説明しましょう」


「反主流のアメリカ軍人とでも言ってくれないか、嘘ではないからね」


 ビールを口にして間違いなく主流じゃないよと自嘲気味に苦笑する。

 中枢に関わるつもりもなければ資格もない。


「わかりましたご協力致しましょう、中佐のお手並み拝見」


「参考にはならないですよ、きっとつまらない結果に終わりガッカリとね」


「新聞記事を楽しみにしてますよ。何かしらのニュースが掲載されるでしょうから」


 そう言われて記事になるかどうかを少し考えてみる、きっと未遂でも取り上げられるだろう。


「本当に期待しないでください。ですがチュニジアの未来のために取り除かなければならない障害でして」


 まさか味方を排除するとは言えないためにはっきりしない言葉や言い回しに終始してしまう。


「深くは詮索しませんよ。連絡はあちらからさせます、どこへしましょう?」


「オテル・エクセシオールのフロントにメッセージを。シタラ宛に」


「承知しました。ではご武運を」


 ユーロ硬貨を数枚カウンターに置いてさってゆく。


 ――由香に何かしてやらなきゃならんな。チュニス旅行を楽しんでもらうとするか。


 スイートは初日にケチがついたためシングルにと部屋を移り、長期滞在割引を適用してもらっていたため格安で場所を確保していた。

 そのため由香はホテルを自宅のように利用してイタリア滞在を楽しんでいる。


 そこへいつものようにフラりと島が現れた。


「来るなら一言教えてくれたらいいのに。出掛けちゃうところだったわ」


 動きやすい服装に着替えてカメラを用意し準備の真っ最中である。


「こうやって会えるかどうか自分のツキを確かめてるのさ」


 何かにつけて運だのツキだのを試しながら暮らしているのは事実だった。

 ついているときは自身の勘を優先して、そうでなければ他人の勘を優先する。


「運良く出会えてどうしたいのかしら?」


 荷造りの手を休めてポットからお湯を注いでコーヒーを差し出す。

 インスタントのパックではあるが香りは芳しい。


「チュニスに観光旅行でもどうかなと誘いに来たのさ」


「えっ!? でも仕事はどうするのよ」


「旅行が仕事なんだ、どうだいこれから」


 全く悪びれることなくすぐにと誘うあたりが彼らしいと笑う。


「あなたが現れたら良いことばかりね、行きましょう。でも少し待ってね、こんな格好じゃ盛り上がらないわ」


 せっかく出した機材を片付けて小さめの携行品のみを残す。

 可愛らしい洋服に装いを変えるとカメラを手にして準備完了と告げる。


「ナポリ空港からひとっ飛びだ」


 腕時計を見ながら間に合うな、などと呟いている。


「せっかちなのね、チュニスは逃げたりしないわよ」


 戦いばかりしていると何でも急ぐようになってしまう、逃げないと言われて苦笑した。


「それもそうか。だが次の便に乗ればウォーターカーニバルのメインに間に合うんだが――」

「すぐに出ましょう! あたし一回見てみたかったのよあれ」


 ――どうすりゃいいんだよ!


 気が変わったらしく慌ただしくホテルを出る、部屋は借りっぱなしのためいってらっしゃいませ、と声をかけられた。


 タクシーに飛び乗るとまるで運転手を脅すかのように、

「エアポート ナポリ ハリーアップ マルシェ!」

 と通じるのかどうか急かす。


「シ シ カピート」


 笑って頷く運転手はきっと寝坊でもしたのだろうと想像してアクセルを踏み込んだ。


 さほど離れてはいないので一時間を少し出る位でチュニジアへと降り立つ。


 入管では日本旅券を提示して観光だと日本語で告げる。

 当然通じるわけもなく、ウォーターカーニバルと発して時計を指さすと理解したらしく、さっさと行けとばかりに旅券に判子をついて戻してくる。


 空港前のタクシーでもアラビア語を使わずに日本語と片言の英語だけで会場へと向かうように説明する。


「それは旅行の代償かしら?」


「そんなところだよ」


 ならば付き合うわ、と彼女も日本語以外は喋らないようにする。

 そんなことお構いなしにタクシーは海岸沿いにあるシーワールドにと到着した。


 空港で両替したディナールで支払うがいまいち貨幣価値がぴんとこない。


 ――が、ふっかけられているのだけは間違いなかろう。


 そんなことは全く気にせずに言い値を支払い、広さだけはあるテーマパークに入場する。

 観光客ばかりが往き来しており地元の住民が見えない。

 要するにここもぼったくりをするため、それを知っている住民が寄り付かないというだけである。


 間もなく始まるとアナウンスがありメインステージに人が集まり始める。

 由香もカメラを手にして少しだけ高い位置にある席へと陣取る。


 このウォーターカーニバル、ディズニーランドなどのイベントのようなものでクルーザーからも観覧することが出来る。

 正面海域は有料だが脇に回れば無料でも楽しめる、しかしクルーザーで見に来るような客がその程度の金を渋るわけもなかった。


 公衆電話からエクセルシオールにシタラ宛に伝言が無いかを確認する。

 ベルキャプテンがたまたま受話器を手にしたらしく、メッセージをお預かりしております、と返答があった。


 ――今夜接触して明日以降リストの交換といくか。


 光と音を交えて水の柱を彩りシーンが盛り上がって行く。

 しきりにシャッターを押す彼女が嬉々とした表情を浮かべていた。


 ――この手の写真は女性の感性が鋭く光るのだろうな。


 どうにも感動のポイントが違うようで意外なところでカメラがフラッシュする。

 売り子がビールを抱えてきたのでそれを片手に時が流れるのを待つことにした。


「最高だったわ!」


「あれが夜ならまた別の演出が可能なんだろうけど、昼間限定らしいね」


 イスラム世界の戒律が関わっているのだろうか、理由はわからないがステージは午前一回、昼過ぎ一回なのだ。


 オーシャンビューのチュニス北部市街に向かい飛び込みでホテルを探す。

 観光客がジャスミン革命の報道以来減少しているようであっさりと部屋を確保することが出来た。


「まだまだ明るいから街並みを見て回ろうか。今から二千年前には世界最先端の国や地域がこのあたりだった」


「地中海の北側がローマで南側がカルタゴね。間の島にはアルキメデスが生まれ育った場所があったり」


「その通り。水があり暖かい地域は人口を養える、分母が増えたら様々な発想や需要が出てくるわけだ」


 その頃赤道から離れた南北の地域にいかほどの人間が生活していたのだろう。

 食糧といえば野性動物程度の内陸部は更に生活環境が厳しいものだったはずである。


 海沿いや川沿いに世界の都市が集まっているのは実に単純な理由でしかない。


 軽食をと思って地域色豊かなレストランへと入る。

 アラビア文字なので全く読めない、との風を装い適当に注文する。


「グリル、コーヒー、ワン」


 全く意味不明な注文にウェイターがアラビア語で確認する。


「チュニジアンキッシュとコーヒーですか?」


 互いにわけがわからずも日本人ならばにこやかに頷くのみであろうと、うんうんと首を縦にふった。


「何を注文したのかしら?」


「さあ何が出てくるかな、期待して待とうじゃないか」


 笑いながらたまにはいいだろう、と両手を広げる。


「あまりにも辛いものじゃなければ歓迎よ。このあたりはスパイスが香草でしょうから大丈夫かしらね」


 全くわからないがキッシュと言っていたからそこまで酷いものでもないだろう、彼女がアラビア語を理解していないのを確認した。


 二十分ほど待つと独特な形の鍋に蓋が被さったまま料理がテーブルに載せられた。


「あらタジン鍋ね!」


 ――タジン鍋、前に聞いたことがあるがこれのことか。


 熱したプレートに豆や魚介類を混ぜて卵や小麦粉で生地を作ったものを蒸し焼きにして香草で風味付けしたものだ。


 無警戒に料理を口に運ぶ、不得手な酸味が香草から感じられたがそれを我慢してしまえば美味の部類に入るだろう。


「暑い地域ならではの味付けなわけね」


「少し濃いめなのはそんな理由なんだろうな」


 慣れてしまえば食欲が勝って口へ持ってくるペースが早くなる。

 何だかんだと腹を満たしたのでショッピングモールへと向かった。


 観光客目当てのこの場所もやはり地元の住民が少ない。

 真ん中に一本目立つ木が植えてあり休憩所になっていた。


 風変わりな――外国人にとっては――服が並べられていて興味があった彼女が見て回る間、島は椅子に座って腕組みをして黙って辺りを見回している。


 ふらっと観光客には見えないアラブ人が近くに座る。


「紹介があったが」


 誰に話しかけるわけでもなく視線を向けずにアラビア語で発してきた。


 ――こんなに早くに現れるとは二時間は待つつもりだったが、他の任務についてなかったわけか。


「ロシア語は出来るか?」


 ロシアか中国どちらのエージェントかもわからないために喋られる側かどうかを確認する。


「ああ」


 男が意外な感じで返事をしてくる、英語が出来るか? ではなくロシア語なところに。


「交換したい情報がある。こちらが欲しいのはチュニジア地域のアメリカエージェントの連絡先だ」


 更に意外だったらしく相手のロシア語が不完全ではないのかと疑問を感じた。


「そちらはアメリカ軍関係者だと聞いたが、アメリカのエージェントを探している?」


「そうだ間違いではない」


 少し間が空いて何かを考えているような雰囲気が感じられたが決して向き直ったりしない。


「こちらが得られるモノは?」


「第六艦隊参謀長のスケジュール、一週間分」


「……良いだろう。深くは詮索しない」


 お互いそれ以上知るべきではない、自分自身の為にもそうすべきだと受け渡し方法のみを打ち合わせると男が席をたった。


 島が視線を由香へと向ける、精力的に服を見て回る姿から暫くは終わりそうにないと考えファックス付の電話を探す。

 店のものを借りられるように初めてアラビア語を人前で使用する。


 大佐に番号を簡潔に伝えて一枚送信してもらうとディナールを支払いポケットにそれをしまう。


 ホテルに戻りポケットの紙を広げ、暗号を平文へと書き換えて行く。

 その間、何も言わずに黙って座って待っている由香は書き終えてからようやく一言尋ねてきた。


「あなた一人で出掛けてくる? それとも一緒が都合良いかしら?」


「同伴希望だよ。夜中にアルコールを扱っているのはホテル位だから代わり映えしないだろうけどね」


 スリーポインテッドスターホテルを指定して、そこでメモを交換する予定である。

 彼女と一緒ならばそこに宿泊しているかのような偽装にもなるだろうと。


「あら、ラウンジも捨てたものじゃないわよ」


 少しでも近隣との差をつけようとして品揃えにアクセント、となるのは常である。


「あちらも商売だからね、当たりがあれば幸運だ」


 珍しいものが無くとも通常の品揃えがあれば満足出来る。

 地域柄地物はないがワインは種類があるだろう。


 入り口が見える席についてエージェントが現れるのを待つ。

 少しすると単身男が現れて然り気無く周囲を観察する。


 島が居るのを確認すると席を一つ隔てて座る。


 二つ折りにしたメモをカウンター下で素早く交換して中を一瞥する。

 相手も確認したのを目の端で見て徐に席をたつ。


「部屋に忘れ物しちまった、戻ろうか」


「ええ、わかったわ」


 二人はバーテンダーに代金を支払いホテルのエレベーターへと乗り込んで消える。

 島が五階を押して一階を押さないのを見て気になって尋ねる。


「どうして下まで行かないのかしら?」


「急に階段を下りたくなってね」


「なにそれ」


 でも付き合うわ、とエレベーターを降りる。

 するとエレベーターは下ではなくまた上へと登っていた。


 ホテルから出るとタクシーを使い一旦街で降りて別のタクシーを拾い戻ってくる。


「奇行に見えて理由があるわけよね。私はどうだったと覚えておいたらよいかしら?」


「そうだね部屋で飲んで寝入っていた、これに限る」


「じゃあ帰る前にアルコールを仕入れないといけないわね。テーブルに何も無しじゃ片手落ちよ」


 一瞬彼女をぽかんと見詰めてから、それもそうだ、とロビー隣にある売店にと足を向けるのであった。


 ナポリに戻るとまず大佐のところへと連絡する、エージェントが判明したことを伝えるのだ。


「ハロー」


「その声はアンダーソン中尉かい?」


 転送電話の先には副官が控えていたようで短く返事をしてきた。


「あっ、大変です、すぐにカッシーニ大尉に連絡して下さい」


「わかった」


 長いやりとりはせずに電話を切ると大尉のオフィスに電話をする。


「大尉は居るか」


「自分がそうです」


「私だよ、中尉に急いで連絡するようにと言われたが」


 固有名詞をなるべく出さないようにして相手の様子をうかがう。


「シチリアマフィアがあなたを狙っていますご注意を」


 ――シチリアマフィアだって!


 むしろマフィア、イコールで繋げられるのは本来シチリアの組織だけである。


「わかった。この前の場所、小さい方で待っているからきてくれ」


「すぐに向かいます」


 帰還早々にエクセルシオールへと向かい、別れたばかりの由香の部屋へと急ぐ。


 ――しかし俺はヤクザ者に大人気なんだ。


 身に覚えがあるようなないような思いで扉を叩き中へ入る。


「あら、今度こそ本当に忘れ物かしら?」


 連日訪れるなんて珍しいと言いながらも嬉しそうに迎えてくれる。


「何故か知らんが俺はマフィアに狙われてるらしい、カッシーニ大尉が状況説明にきてくれるんだ。場合によっては君はそのまま帰国したほうが良い」


 マフィアの単語に表情を曇らせる。

 非常に強固な繋がりを持っている組織で、そこいらの犯罪者集団とは比較にならないようなことはナポリでは小学生でも知っている。


 程なく大尉が現れて島が無事なことに安心する。


「中佐、ここで襲撃した犯人が見付かりました。ですが……」

「が、どうした?」


 何とも言いづらそうに先に進める。


「逮捕して尋問の後に牢に入れていたのですが殺されました」


「長い話になりそうだな、ルームサービスでも頼もう。コーヒーとピザを」


 由香がフロントに電話をして四人分注文する。


「何故四人分?」


 大尉がおや? と首をかしげる。


「正直に三人ですよと知らせる必要もないかなって思ったのだけど」


 その理由を聞いた島が声を出して笑う。


「それは良い判断だ。沢山居たら襲撃しづらく思うかも知れんからな」


 少し自分に似てきたかもと心の中で肩をすくめる。


「なるほど。話の続きですがその犯人は二人組で共にマフィアの一員だったようです。捕まえたのは一人ですが」


「そいつが口を割った?」


 それとも防犯カメラなどにでも映っていたのだろうかと確かめる。


「ホテルにはバラバラに入ってきたようで一人ずつしか映ってませんでした。そいつが吐いたので調べたら片割れが判明、そちらがマフィアとしてリストに載っていた次第です」


「すると留置場に居ただろやつは仲間に始末されたか」


 大尉が頷きその顛末を教えてくれる。

 口には石を詰められて手の指が全て折られ目には針が突き刺さっていたという。


「オメルタ、血の掟です。どうやって留置場内でやったのかはわかりませんが、裏切り者に拷問と死を与えたようです」


「……、して何故俺を狙ってきたかは吐いたか?」


 全く自身に結び付かない為にいよいよ疑問は深まる。

 大尉は結論に至る前にもう一人の話を切り出してきた。


 懐から写真を出して目の前に置く、そこには青年の顔が写っていた。


「見覚えはありませんか?」


「祖父の遺産だってコインを売っていた青年だな、何故これを?」


 謎をとこうと様々な推測をするがコインが盗品で持ち主がマフィアだった位しか思い付かなかった。

 それを口にしても否定されてしまう。


「この青年も死体で浮かんでいました。彼が祖父から譲り受けたコインが全てを結び付けてくれます」


 届いたコーヒーを片手にして核心へと迫る。


「あの金貨の中に一際珍しいものが混ざっていて、マフィアがそれを嗅ぎ付け中佐を襲撃したわけですよ」


「確かにどれも素晴らしい状態だったが、死人が出るほどの額じゃないだろ」


 アフリカや中米ならば八千ユーロでもあり得るが、ヨーロッパならば額が少ないのは否めない。

 マフィアのやることがどんな基準かはわからないが損得勘定は必要だろう。


「ところがです、中佐はイーグルが二頭プレスされた金貨、二十ドルのですがお持ちですよね?」


 ――鷲のやつか、価値があるなら確かにあれだろうな。


 インナーに縫い付けられたポケット――左胸心臓の部分――から硬化フィルムに入った金貨を取り出す。


「それに数字がかかれているはずですローマ字で」


「ああこれは数字だったのか、何かの頭文字かと思ったよ。ええと、MCMXXXIII……三十三は解るが左のは?」


 二桁を越えたローマ数字など滅多にお目にかかることがないため想像に苦しむ。


「それは千九百三十三年製造なんですよ。幻の金貨と呼ばれていて現存数が極めて少ない代物です」


 説明されても数字の読み方がいまいちピンと来なかったが、稀少価値があるならば高価になるのも納得できる。


「へぇするとこいつには一枚で八千ユーロ位の価値があるとか?」


 それならば小切手と金貨が集まれば死人が少し出ても理解出来ないラインではなくなる。


「最近のオークションで七百五十万ドル程の値がついたようです」


「――!」


 ユーロとドルでは多少ユーロが優位だとしても桁が三つも違うではないか。

 俄には理解出来ずに同じ内容の会話を繰り返してしまったが大尉の言葉は変わらなかった。


「もしこれが本物ならば命を狙われても全くおかしくない。それどころか解っていて襲わないならマフィアをやめちまえとすら思うよ」


「そんなに珍しいなら一枚写真に撮らせて!」


 部屋にあったカメラを手にして光量を調節しようとメモリをいじる。


「実は自分もあまりの額に中佐を襲って逃げようかと思いました」


 苦笑いしながらそんなことを口走る。


「ほう、何故やめたんだい?」


「仮に奪ったとしても遠くない未来に屍を晒しているだろうと。何より襲撃しても返り討ちが関の山でしょう」


 平和が愛しいんですよ、等と言ってはいるがそんな奴が軍に入るわけもない。


「確かに知ってしまえばこの金貨を持っているのは危険極まりないな、国に寄付しちまおう」


 そうしておけば身の危険も消え失せるだろうと惜し気もなく告げる。

 受話器を手にして大尉を視界に捉えながら基地へと繋ぐ。


「アンダーソン中尉か、俺だイーリヤだ。緊急事態が起きた、すぐに分隊を連れてエクセルシオールの505まできてくれ」


 向こうでは質問することもなくラジャー、と電話を切る。


「動くな」


 受話器を置いたところで大尉が拳銃を取り出して島に向ける。

 先程までと違い顔に優しさが見えない。


「金貨の魔力に魅せられでもしたか?」


 ゆっくりと受話器から手を離して向き直る。


「偽物なら護衛までは呼ばないだろうからな、どうやら本物のようだから頂戴しよう」


 カラビリエニに限らず大抵の軍や準軍事組織は単身で動くことはない。

 大尉が一人でやってきたのには理由があるのだろうと推察はしていた。


「マフィアが怖いんじゃなかったのか」


「生憎ファミリーなものでね。無駄口はお仕舞いだ死ね」


 そう死の宣告が行われた瞬間、部屋の中に眩い光が発生して視力を奪った。

 目を閉じたまま真正面へと踏み出して一気に飛び掛かる。


 互いに不慮の状態で衝突したが勢いがついている島が有利だった。

 だがガシャンと花瓶が割れる音がしてくぐもった男の声が漏れる。


 目がチカチカするがようやく視力を取り戻すと床に大尉が倒れていて、頭が水浸しになっていた。


「カメラで殴ったら壊れちゃうから」


「由香、俺が好きなカメラを買ってやるよ」


「あらありがと」


 すぐに拳銃を取り上げて後ろ手に縛り上げると出入口に椅子を運んで扉が開かないようにした。

 全く何が起きるかわかったものではない。

 もしアヴァロン少尉が仲間ならば一緒に来ているだろうと考えて、少尉はマフィアではないだろうと連絡することにした、無論自身の安全が確保されてからにはなるが。


 十分を少し出る位でアンダーソン中尉が警備兵を率いてエクセルシオールに到着した。


 部屋の扉をノックして島が開けると何故か入り口に椅子が置いてある。


「中佐、これは?」


「東洋に伝わる呪いだよ。今除ける、周囲に警戒を」


 緊急事態と言うのだからただ事ではないのを承知して軍曹に見張りを命令する。


 中にはいるとイタリア憲兵大尉が女物のベルトで縛られて転がっているではないか。


「お仲間への誘いじゃないですよね」


「少なくとも俺にはファミリーへの招待は無かったよ」


 ファミリーとの単語に転がっているのが呼び出しの原因だと悟る。

 ちょっと待ってくれ、とフロントに異常を知らせるとアシスタントマネージャーがやってきた。


「問題ばかり起こしてすまない」


「イーリヤ様が原因ではないのでしょう、お気になさらずに」


 事情を尋ねるそぶりもなく部屋を片付けて良いかだけを聞いてくる。


「彼女もチェックアウトする、残りの日数分は迷惑料だと思って処理しておいてくれ」


「承知いたしました」


 ――ホテルのことは彼に任せておけば問題ないだろう。まずは基地に戻るとするか。


「中尉、基地まで行くぞ、彼女も同行する」


「イエッサ。ご婦人、お荷物があればどうぞ持たせますので」


 部屋に置かれている業務用のカメラや器材は案外苦労して持ち出されるのであった。


 シーツを運ぶためのキャスター付カーゴに大尉を詰め込み地下へと運び車に乗せる。

 興味津々の野次馬が見掛けられるが、映画の撮影ではなく何かの事件や軍務だとみると興味を失い消えていった。

 イタリア人らしい反応に呆れてしまう、余計なことに関わらないとの態度は大正解ではあるが、何と無く知りたくなるのが人情だろう。


 金貨をポケットに大切にしまい、車に乗り込んだ。


 基地へと戻るとすぐに大佐のところへ出頭する。


「大佐、副官をお借りして申し訳ありません」


「緊急事態だと聞いたがどうした」


「カラビニエリの大尉に命を狙われました、正確にはこれを」


 懐から金貨を取り出してデスクに載せる、一瞥した大佐はそれがステイツの物だと理解する。


「ダブルイーグルだな。こんなもので命を?」


「そいつはレアらしく、一枚でニカラグアが転覆する位の価値だそうで」


 そう言われて神々しい金貨へと視線を移すが、そこまで価値があるとは思えないらしく軽くため息をついた。


「俺にはわからんがそんな世界があると言うことか」


「そのようです。チュニジアでエージェントが見付かりました」


 渡された紙切れをそのまま提出する。


「手間がかかるものだな。だがその見返りは相応だ」


 二人ともスケジュールを目にしているので、参謀長が事故にあうならばあの辺りだろうと予測をつけている。


「その金貨ですが大佐から政府へ寄付していただけませんか?」


 今一度視線を金貨にと向けて手続きを想像する。


「わかった、だが仲介するだけで功績は中佐が貰うべきだ」


「それは大佐にお任せします。国営博物館に並べばそれで構いません」


 カッシー二大尉の件もあり隠して通せるものではないのを承知で託した。

 軍艦にある間はいかにマフィアと言えども手出しはしてこまい。


「中佐と居ると飽きないな」


「イベント盛りだくさんで賑やかなものです。女性を一人保護していただきたい、大尉を花瓶でノックアウトしまして」


「アマゾネスかね」


 少し考えてどう表現したら良いか迷うが結局、

「やんちゃな大和撫子ですよ」

 と答えた。


 希望通り悪いようにはしないとの答えを貰い仕事の話に戻る。


「政治参謀にプロフェッサー・トゥラー少佐が着任している」


「何とか民主化へと誘導してもらいたいものです」


 自身は別行動であるが司令の時ならば全てやらねばならなかったので全貌を夢想してしまう。


「中佐の構想はどうかね」


「政治などわかりはしませんが、敢えて言わせていただくならば、チュニジア人が自ら民主化を叫ぶまでは距離を置くべきかと」


 アル=ハシム中佐の見立をそのまま拝借してみる。


「声が上がらねば上がらせるわけか」


 アメリカがアメリカである所以は常に自らが中心で世界が回ると信じて行動する部分だろう。


「切っ掛けといった位のものはあるべきでしょう。物事は適当との具合が一番難しいわけですが」


「そいつは真理だな。少佐に会っていくと良い、何事も経験だよ。中佐がもしかしたら政略の適性を持っている可能性も否定できないからな」


 ――買い被りすぎは良くない。


 どうにも大佐からの評価が高いことが多くて返答に躊躇ってしまう。


「では否定されに行ってきます」


 苦笑いで敬礼して参謀室へと向かおうとするが、手前でアンダーソン中尉が由香の扱いを確認するために待っていた。


「中佐、彼女はどういたしましょう?」


「ザンビアか日本に帰らせる。イタリアには戻さないでくれ」


 もしイタリアに行けばまず間違いなく捕らえられてしまうだろう、遅かれ早かれ彼女がエクセルシオールに居たのは判明する。

 そうなればカッシーニ大尉が消えた理由を問われるはずだ、大尉が行き先を隠していたとしても。


「では本人の希望次第と言う線で」


「そうしてやってくれ」


 アンダーソンは敬礼して由香が待つ部屋に消えていった。


 参謀室は第62の所属専用で使っていた。

 島とリベラに加えトゥラーがデスクを並べることになったが、三人では空間が半分も埋まらずにいる。


 入室するとリベラが島を認めて敬礼し、隣にいる男を紹介する。


「中佐、こちらトゥラー教授です、政治参謀としてチュニジア大学から赴任してきております。教授、主任参謀のイーリヤ中佐殿です」


 トゥラーが学位だけでなく教授に就いていることから少佐同士であるがリベラが敬語を使って話す。


「初めましてイーリヤ中佐、プロフェッサー・トゥラーです」


「お会い出来て光栄です、主任参謀のイーリヤ中佐です。ちょっとチュニスを見てきました」


 事も無げにそう告げて座るようにと勧める。


「チュニスはいかがでしたか」


「観光客が減って外貨獲得が厳しいでしょう。治安はそんなに悪いとは感じませんでした。大統領が代わり与党が散って先が見えなくなれば、チュニジアの紙幣は色付の雑紙になってしまいそうです」


「そうなってハイパーインフレが起きたら国外の力に頼るしかなくなります。金が力を発揮しないならば物を統制しだしますが、そうなれば共産化も視野に入るでしょう。外国から安定した貨幣が供給されればその影響が政治に現れてしまいます、イスラム法導入に抵抗が無い国民がそれを選択する可能性が否定出来なくなります」


 事前に情勢を知らなければ理解出来たかも怪しい内容が示された。


「安定した外貨獲得の為に治安維持を強化しテロなど起きないように警戒、チュニジア人が自力で国を導く為に努力するのを推進し、民主化政党が与党として団結すれば大統領選挙に持っていける?」


「貿易よりも観光の国ですから治安は必須でしょう。下手に努力を推進するよりは第三国に従属を呼び掛けられたほうが国民気質から適度な刺激になると思われます。団結は大統領選挙後で構わないので、まず国民の意思を吸い上げる流れを優先すべきです」


 ――治安維持はイスラミーアを叩くのと警察力だが、第三国ってのは難しい話になってくるな。

 情報戦になるわけだ、ここはロシアや中国あたりが圧力をかけてきたとの噂を作り出してやるか。


「教授、人を雇っての話ですが、中国がチュニジアにアフリカでの拠点として国そのものを提供するよう要求しているなんて噂が国民に流れたらどうなるでしょう?」


 中国ならば言いかねない内容だけにトゥラーも顛末を推測してみる。


「噂が上からではなく下から、つまりは政府ではなく国民から広がるならば反発が産まれる可能性が高いでしょう。政府から流れ出たら国が混乱して信用が失墜し経済の見通しが悲観的になり悪影響が懸念されます」


 ――一つやってみるとするか!


「効果的な噂を幾つか考えていただきたい、市民が話の種にしやすい内容で」


「承った。しかしどうやってそれを流布するつもりなのでしょう?」


 学者とは時に簡単なことがらを見落としがちになる生き方であるらしい。


「人の口に勝る伝播方法は信頼性の点から中々見つからないものですよ。そちらの手配は私がします」


「では私は何か文句を考えてみよう。イーリヤ中佐は中々に興味深い」


 考え事をする時は一人で静かにしたいらしく参謀室から出ていってしまった。


「気さくな教授のようだね」


「アメリカ軍に肩入れするわけですから、ムスリムでも少数派なのは事実です」


 変わり者が多かったり気難しい者がいたりと学者気質とでも言うのだろうか、それらから見たら随分と付き合いやすそうに感じる。


「流布の下準備をしておこう、少佐、間に三人挟んで中国人のエージェントを仕立てあげるんだ。そしてそいつに人を雇わせて噂をばら蒔け」


「面白そうな仕事を割り振っていただき光栄です。自分の真下に置くエージェントをインドあたりで探してきますよ」


 本当にインドで探すわけではなく、中国人を使うにあたりその気質や人脈を把握しやすい地域からにすると言うわけである。


「任せるよ、報告は俺か大佐にしてくれ」


「了解です。して中佐殿はどちらに?」


「ブロンズ大佐に追加の要求をしておこうかと思ってね」


 空挺チームの何かを手配するのだと解釈してリベラは島を見送る。

 どのような手法で網をセットするか、頭のなかはその計画で一杯なっていた。


 海兵隊自体は基地に降りているが、大佐はランスロットに座乗したままであると聞かされて艦へと向かった。


 見張りに案内を頼み大佐のオフィスへと向かいながら並んでいるヘリを眺める。


 ――こいつ一機でどれだけの歩兵中隊が編成出来るやら。


 軽空母自体をそう換算したら後進国の軍隊丸ごと用意できるだろうと無駄な計算をしてしまった。


「イーリヤ中佐入ります」


 デスクで優雅にコーヒーブレイクしていた大佐が来客に喜ぶ。

 更にそれが元海兵隊の参謀中佐だと思い出してほんの少し気分が優しくなった。


「おう入れ入れ」


 やることを終えてしまったのか手持ち無沙汰になっているらしい大佐が面白い話を期待しているぞ、と牽制してくる。


「砂漠の空挺部隊ですが機動力を持たせられないかと思いまして」


「機動力だって? 空挺戦車でも取り寄せようか」


 空挺戦車、戦車と言っても戦闘車両の意味である。

 歩兵戦闘車、兵員輸送車などともくくられているものだ。

 はるか昔にはまさに戦車が開発されていたが、空から落としたら壊れるとの当たり前すぎる理由で姿を消していった。


「いえ火力までは必要ありません。空挺バイクなんていかがでしょうか」


「バイクだ!? そいつはいけるぞ中佐、バイクなら緩衝材と梱包しておけば破損は少なくなる」


 予算についてはアメリカ軍では特に問題にならないらしい。


「北アフリカのバイク部隊の歴史を無理やり勉強させられましてね。初回の会議の時に気付けは良かったのですが」


 二度手間になり申し訳ない、と手落ちを陳謝する。


「作戦前に気付いたならノープロブレムだ。空挺バイクか、これは他所でも使えるぞ」


 少数で活動するのはコマンド部隊が専門だけに海兵隊にそのノウハウはなかったようだ。

 真正面から強襲すると最強な反面、直接戦闘ではない部分の発想は控えめである。


 足があれば多少遠くに降りても、相手が車であっても運用が可能になる。


「テロリストに武器を供給させないためにも砂漠の監視は必要だと再認識しました。もし可能ならばサハラに伏兵を配備したいくらいです」


 伏兵との言葉に大佐が思いを馳せる、範囲は急激に狭くなり活動も極めて制限されてしまうが地に足がついた部隊が少しでも居ると居ないでは作戦の厚みが違ってくる。


「もし伏兵を置くならばどこが適切だろうか」


 地図を取り出して真剣に場所を選定し出す。


 ――最遠地点の国境線、街道から少し隔てた都市間道路、アルジェリア側に絞ろう。


「太い道が三本あります、アンナバ=チュニスとタバッサとトゥーズル=トゥーグルト、これらに偵察可能な部隊があるだけでもかなり違うと考えます」


 配備されたら簡単には引き返すことも補給することも出来なくなり、盗賊らの心配もしなければならない。

 人数が多すぎても少すぎても困りものである。


「確かに通るならばそれらのうちいずれかの公算が高いな。規模はどのくらいを想定しているかね」


「十日間程度の交代ならば十二名で将校一人に下士官二人を。ですが長期間の計画でしょうから半数ずつを交代との手順で十六名、班に将校一人と下士官二人で八名を」


 大佐もその人数が限界だろうと考えていたのか次へと話を進める。


「無線の中継はどうする」


 砂漠真っ只中で長距離なのが問題として横たわってきた。


「それですが衛星携帯電話を利用してはいかがでしょう。赤道付近なので角度は問題ありません、ヨーロッパが近いので通信衛星もあります、何せリビアがお隣ですし」


 なるほどとの表情を浮かべたために言葉を繋げる。


「近隣の都市に連絡員を置いて無線から電話で中継も併用します。ただし無線はドイツ語等の地域的に理解困難なものに限定すべきです」


「暗号でも英語では具合が悪いだろうな、しかしそうなれば派遣人数がきつくなるな。海兵隊は母国語のみしか理解しない者が大半だ」


 面々がわからないためにそのあたりは黙って控えている。

 どうしても揃わないならば暗号を混ぜてやり取りするしかない。


「有利な手立てから順に優先利用していけば良いだけで必須ではありません」


「俺のほうで何とかしておくよ。百人に一人いたら足りるわけだからな」


 人数が人数だけにその割合でも充足してしまう、戦は兵站、戦は人数とは言ったものだ。数は力とイコールに限り無く近い。


「無ければ無いで良いのですが、自分のところも降下の際に同行をお願いするかも知れません」


「中佐の部員は何人がパラを?」


「十一人全員が可能です。連絡に二人残すつもりですが」


 大尉と先任上級曹長の訓練で無事に空挺徽章の略章を胸に縫い付けていた。


「全員だと、そりゃ凄い! しかし中佐も降りるつもりか?」


 口ぶりから部下だけでなく自身もそうだと言っているような気がしたので一応確認する。


「指揮官は最前線近くにあるべきだと教わったもので」


「そうか中佐はレジオン出身か、ますますもって気持ちが良いな」


 島の部員はニカラグア革命の中核との認識しか持たれていない、それすらも上級幹部のみしか知り得ていない。

 過去をべらべら喋るような奴は長生き出来ないものだ。


「海兵隊の指揮権には干渉致しません」


「それはそのときが来たら俺が判断する。中佐が指揮をしたほうが成功しやすいと思えばそうさせる」


 手段に固執しない性格がはっきりとした、会話とは理解を深めるのに必要不可欠な行為と再認識する。


「承知しました。自分は一旦ミューズの寄港に合わせてアリバイ作りに励んできます」


「利用したくなったらうちを使っても構わないぞ、あとジョンソンに嫌気がさしたら俺のところに来ても良い、歓迎するよ」


「それはジョンソン大佐に相談してみます」


 笑みを浮かべて敬礼し踵を返す。


 帰港したミューズにこっそり乗り込んだ島に最初にもたらされた報告、それはプレトリアス伍長がロマノフスキー大尉から受けたもので、目標発見との短い通信であった。


 三人の男が椅子に座ったアラブ人の前に並んでいる。

 報告を聞いているのはハッサン・ウサマ・アブダビ、アルジェリアに本拠地を構えた武装テロ組織イスラミーアの最高幹部である。


 アルカイダやターリバーンなどと目的を同じくし、手段や地域を異にしているだけで本質は何ら違わない。

 初期ではウサマ・ビンラディンからの資金援助を受けて活動していたが、現在はそれが世界的に凍結されてしまい地道な集金と活動にシフトしてしまっていた。


 だが転機が訪れる、本拠地のすぐ隣で政変が起きて自身の介入機会がやってきたのだ。

 現地のイスラム主義政党に人的な援助を与えて繋がりを確保し、世界のイスラム共同体からの資金援助をを目当てに勢力を拡大、イスラム法導入の暁にはアブダビがチュニジアの内閣に連なりイスラミーアを引き継ぐとの話が出来上がっていたのだ。


「次にイーリヤ中佐の追加報告です。本籍はニカラグア、海兵隊からの転属で軽巡洋艦で地中海西部を巡察しているようです。ジョンソン大佐の指名で配属されたものです」


 アラブ人は上下の関係に極めて従順でありアブダビへの報告は丁寧に行われている。

 一方で同輩同僚には敵愾心を強く持つ為に、競わせると良い結果が出るが協力はどうしても満足いく結果が少なかった。


「すると前線参謀としての役割だろう、それが地中海西部を巡察となればアルジェリアが作戦地域か」


 断定するわけではないが八割以上はそうだろうと考えを固める。

 あれもこれもと考えるのは指揮官の役目である、しかし下す命令は簡潔極まりないものに限る。


「ですがアルジェリアにいるアメリカエージェントに動きはありませんでしたが」


 別の男が否定的な態度をとる。

 アブダビが顔をしかためたところでタイミンクよくもう一人が割り込む。


「チュニスからですが、第六艦隊参謀長の行動予定を手に入れたと報告が上がっております」


「どの筋だ」


 仲違いを中断させられそうな内容なのでそちらを広げて行く。


「ロシアエージェントからの情報です。漏洩の代わりに善処を期待するとのことですが」


「ロシアにしても利益があるわけか、信用出来そうだ」


 テロの対象としては中々の標的であり、成功させたならば功績評価に値する。

 アブダビはフランスを始めとしたヨーロッパで幾つも実績を立てている、それに追い付き次期最高幹部になろうと三人が競っている。


「情報を手に入れたアーメドに実行の優先権を与えるがどうする」


「はっ、私は辞退致しますので二人を。代わりにアメリカ軍の動きの監視を一手にさせていただきたいと思います」


 アーメドは得点の稼ぎかたをテロによる大幅加点から日々の積み重ねに切り替えようと方針を固めた。


「二人はそれで良いか?」


 揃って躊躇なく良いと認めたのでアブダビが役割を決めて指示する。

 彼としても似たような駒を三つ持つより、違う色の駒が二つあるほうが利用しやすい。

 この時点で一人脱落することになり、アーメドは上手いこと勝ち抜けた計算になった。

 しかし自身が頂点になるにはまだまだ実力不足の感が否めなかった。


 ――国を手にいれることが出来たら理想的な運営が可能になってくるな。


 フランスで夢想した手法の数々があと少しで現実になろうとしていた。



 アルジェリアの首都アルジェ、ここはフランス植民地の際にその文化が流入して街並みなどはそっくりに作られている。

 それもそのはず、一時期は三百万人ものフランス人が入植していたのだ。

 入植してから産まれて完全にアルジェリアしか知らないで育ったフランス人、ピエノワールなどは祖国がどこなのか問われたら一瞬考えてしまうだろう。


 そんな植民地も時のフランス大統領、ド=ゴールの政策により独立、現在に至るまでついたり離れたりしながら発展を遂げてきた。


 植民地の中には独立直前に本国の命令で国有財産を破壊――道路や庁舎など――してから引き上げた例もあるが、その点入植者の数が多かったので非道は行われなかった。


 島はまだ若い頃、兵としてアルジェリアで作戦したのを思い出しながら空港から外を眺めた。


 ――あの時はまだ二十三だったか。


 初めての勲章を得た作戦だけに印象深かった。

 余程暇だったのかわざわざロマノフスキーが自ら出迎えに来ていた。


「ようこそアルジェへ、街並みの美しさに感動した後には我が家へご案内しましょう」


「前に来たときは感動する暇も無かったからな、夜中にやってきて昼には酔い潰れていた気がするよ」


 ビジネスマンの出迎えのような雰囲気に周りの人物は二人に興味を持たない。

 天気がどうのと言いながら外を歩く、五分とかからずにフラットに着く。


「港、駅、空港に十分でアクセス可能です、住むには快適だと思いませんか?」


「不動産関係者がイチオシしそうな場所だな、それだけに家賃が気になるわけだ」


 アフリカ諸国では比較的GDPが高めな国ではあるが、やはりそこはドルの強み、ワシントンやニューヨークあたりの田舎とも言える郊外にある一軒家より割安に借りられる。

 支払い能力を確認するために仕事を聞かれたり保証金を入れたりもあったはずだ。


「契約者はプレトリアスか?」


「ブッフバルト曹長です。ドイツのマーケティング会社の市場調査員らしいですよ」


 ――なるほどそれならば幅広く行動可能だな、曹長の適性は戦闘だけではないか。逆に上級曹長には戦闘以外の適性は少なそうだな。


 大尉が考え事を邪魔しないように黙って先導する。


 島がやってくると知らされていたために全員が集まっている。


「ご苦労様。早速だが曹長は何故ここを借りてどうして市場調査員を自称したのか聞かせてほしい」


 考えを知ることから始めようと尋ねる、当然聞かれるだろうと用意してあったのか淀みなく答えてきた。


「簡便なアクセスと人口過密地域ならば隣人に無関心なのでここを選びました。調査員は委託だとしたら身元の確認も出来ない為にです。ついでに物価や品質調査だと付け加えたら四十人分の物資の買い込みも疑われません」


「結構だ。四十人分の住居はどうなっているかな上級曹長」


 島の顔をみても何だか渋いままのプレトリアスに首尾を質す。


「郊外の倉庫に一度に滞在可能な場所を、市街地に生活可能な住居を三ヶ所に分けて用意してあります。保留のまま返事待ちをさせている物件も三ヶ所です」


 ――二人とも期待以上に働いてくれたな。


「そちらも結構だ。……上級曹長何かあるのか?」


 不満そうな顔付きなので言いたいことがあるならば言うようにと促す。


「中佐殿はナポリでマフィアに襲われたそうではありませんか。お願いがあります、以後自分を護衛専門で傍に置いてはもらえませんか?」


 ――なんだってそれを知っているんだ、大尉らは知らないようだが。


「上級曹長はどうしてそのことを知っているんだ、伍長から聞いたのか?」


 もしそうならば仲間内の派閥として同族が幅を利かせていることになり、以後の配備を考えなければならなくなる。


「アンダーソン中尉から教えていただきました。中佐の身に危険があれば連絡をくれるようにとお願いしてあったので」


 ――まったくいつのまにそんな仕込みをしていたのやら。


 不満の理由が理由の為に相好を崩して返答する。


「わかったわかった、一人位護衛がいたほうが良さそうだからな。プレトリアス頼めるか」


「ダコール、少なくとも自分より先に中佐が死ぬことは無くなりました」


 大尉がやれやれといった感じの視線を向けてきた。


「して目標が見付かったそうだが」


 ようやく重要な案件を話題にする、詳しくは合流してからとしていたために何の用意もしていない。


「相変わらずここには居ませんが軍曹がどこからか拾ってきた情報です。やつはオランに居ると」


 オランはアルジェリアの北西部にあり、国境線に位置している上に港、空港も国際級のものが存在している。

 海上でも複数の国境があるために逃げようとして無茶をしたら追跡する側は往生してしまうだろう。


「軍曹がここに居ない理由はそれか、オランに出張中と」


 あのコロラドという男、中年に差し掛かるだろうはずで体の切れはまったくだが、ニカラグアや日本での実績に続きアルジェリアでまで結果を出してきた以上は情報戦の適性ありとみて良いだろう。


「はい、我らはいかがしましょう」


「曹長と伍長はここに残り大佐の部員がきたら引き継ぎをするんだ、物件の契約だが上級曹長の替え玉でも気付かれんだろ」


 そっくりな上に事情も承知しており名前まで同じならば心配もない。


「問題ありません」


 上級曹長が代わりにそう返事をする、護衛として張り付きを認めた以上は無理があってもそう言うだろうが。


「オランへは陸路行きますか?」


 さほど遠くない為に車でも事足りる、融通を利かせるか痕跡を消すか。


「列車を使おう、多数に紛れ込むんだ」


 大佐の所に維持要員を要請して作戦展開があった時に備えさせる。

 同時にミューズをまた地中海西部へと派遣してもらう、ランスロットはコルシカ島の西岸あたりに位置どって全方位に対応出きるように要求しておく。


「それでは六時間あまりの列車の旅にご案内」



 こうなるだろうと時刻表を調べていたらしく発着の時間を然り気無く口にする。


「流石に頼れる部下は違うね大尉」



「おだてても何も出ませんよ。しかし丸腰で大丈夫でしょうか?」


 それとわかる火器や刃物を携帯すると余計な揉め事に巻き込まれてしまうことがあるだろう、無ければいざ危険が迫ったときに素手になってしまう。


「ポケットに大型の硬貨を多目に詰めておくんだ、それとフィルムケースに胡椒を入れて、あと丈夫な靴下を一足」


「靴下?」


 コインも胡椒も相手に投げ付ければ効果があるのはわかったが、何故靴下を用意するかがいまいち理解出来なかったようだ。


「こいつにコインを詰めて振り回したら痛いじゃすまんだろうな、石でも砂でも構わんよ」


「凶器が靴下じゃ死ぬに死ねませんな」


 そんな使い方もあったかと感心している、濡れたタオルだって武器にしようと思えば出来るものだとつけ加えてやった。


「中佐は独特なお考えを持ってらっしゃいますね。ゲリラを指揮したら厄介この上ないでしょう」


 上級曹長が投石や胡椒爆弾で撹乱してくるゲリラを想像してため息をついた。


「戦いの基本は相手が嫌がることをする、そしてミスを減らす、これにつきるからな」


 だからこそ難しい、単純な行為は慣れて注意力が薄くなりミスをする。

 嫌なことはされないように努力もしてくるだろう。


「出ましょう、今から歩けば発車五分前にはプラットホームでしょう」


 小銭を集めてフラットを出る、駅の売店で靴下と胡椒を買う外国人が三人も続いたため売り子が首をかしげる、勿論支払いは紙幣で釣銭を受け取るとポケットに納める。

 海岸沿いを窓から眺める、マルセイユあたりの風景と何と無くオーバーラップしてしまった。


 どのあたりを選ぶか黙ってついて行くと車掌室がある先頭に隣接する二号車両、その端を選んで進行方向に背を向けた。

 島を窓側にして反対側に二人が座る、通路側は上級曹長が陣取る。

 何かあれば真っ先に対応することが出きるように彼が望んだ場所である。


 背後からは車掌しか現れず、通路を近付く者は全員上級曹長の視界に入るとの寸法である。


 ――俺の安全を考えさせたら実力発揮か嬉しい限りだな。


 自身のやるべき警戒を一手に引き受けてくれたために、別のことに時間を割けるようになった。

 周囲を見回して欧州人が居ないことを確かめるとドイツ語を使って話し掛ける。


「なあ大尉、君から見てアメリカ軍はどんなものだい?」


 漠然とした質問だが意図するところは何かはっきりとわかったようで答える。


「待遇はこれ以上無いくらいに素晴らしくありがたいです。中佐がアメリカ軍に居ると言うならば当然お供しますよ」


「だが出奔してまた泥まみれで現地人と戦うと言ったら?」


 どこだということもないが後進地域のどこか、であるようなニュアンスで語り掛ける。


「そうなれば自分も泥まみれで戦います。スワヒリ語でも勉強しましょうか?」


 未来予想図などさして重要ではないと変わらぬ意思を伝えてくる。


「あの言葉は苦手だよ覚えられる自信がない。それにどうせ戦うなら熱意を持った人物を支えたい」


 はっきりと決めてはいないがアメリカ軍に居るのは長くはないだろうと感じていた。

 理由は無い。ただそう感じただけで不満も何も無いのだから何故かは島本人もわかりはしない。

 一方でロマノフスキーもいずれそうなるだろうと予感は持っていた、二人の感性が似通っていたからこその微妙なやりとりであった。


「しかしここでまたイスラミーアに打撃を与えたらレバノン、スーダンに続きイスラム過激派の報復リストの一枚目に名前が載るでしょうな」


「トップはアメリカ大統領が常にだが、二人目以降は俺なんかにまでチャンスありか、遠慮したいノミネートだよ」


 長距離列車には食堂車がつきものでこの編成でも一両組み込まれていた。

 長い列の中心部よりやや前側にあるので後方へ移動するためには横切らねばならない。


 何か理由があるのかと車掌に聞いてみると、食堂車から後ろはオランについたら切り離してしまうそうだ。

 利用客が少なくなるためオランから先、シディベルアッベルス行きでは食堂車が最後尾になるらしい。

 そうなるとつまりは後部車両はほぼ全員がオランで下車する計算になる。


 ――これだけ人が居たら見付けた後も面倒だな!


 何せ相手はテロリストとはいえ一般人が多々いる都市部で銃撃戦をするわけにもいくまい。

 逃すわけにもその場で戦うわけにもいかないとなれば選択肢は少ない、不意討ちで即座に拘束してしまうか、騙して捕らえるか、はたまた郊外に出たところで身柄を抑えるかである。


 これがアメリカ国内や公海上ならば幾つか別の手法が考えられるが、アブダビも様々考え抜いて拠点にしているのだろう。


 ――狙撃でも構わないが失敗したら大惨事になっちまうか。


 あれこれと想定して一通りの結果を考えたところ、やはり移動中に郊外で襲撃との手段が確実だろうとまとめた。


 オランにつくとインターコンチネンタルホテルにチェックインする。

 各自が時間をあけてバラバラに手続きをしてから島のスイートルームへ集まる。


 こちらには拠点が置かれてないためこのような形をとった。

 コロラドと待ち合わせをする為に市内の案内図を開いて場所を確認する。


 敵地での行動だと考えて警戒しながらの指示ではあるが誰も不満を漏らすことはなかった。


「もし奴等がアメリカ軍を対象に身を守るならばどのような手段があるだろうか」


 相手がどう考えて行動するか、常にこのように視点を変えて作戦を組み立てて行く。


「まずは官憲の協調による捜査でしょう、これは地元の警察に少し握らせたらすぐに漏れるでしょうな」


 世界各地で警察から捜査情報が漏れない国はない、残念な話ではあるがこれが現実である。

 最も有効で昔から行われている代表的な汚職の実態でもあった。


「艦隊の動きで推察してくるのでは?」


 気分で艦隊が出動するわけもないのでそれも適切な判断材料である。

 続けざまに上級曹長が発言する。


「オラン空港にくる単身の男性外国人、ホテルに泊まる外国人、ビジネスでも観光でもないのにうろつき回る短髪の男はどうでしょう」


「まさに俺達だな、他には」


 メモにそれらをスペイン語で書いて意見を促す。


「真っ昼間から男同士でランチはいただけないでしょうな、夜でもそうですが」


 偽装に女が居たらかなり条件が違ってくるのは事実である。

 今回ならばオフィサーでも構わないが危険が伴うために女性がフロントで活動するのは限定されてしまう。

 そこでふと気付く。


 ――イスラム社会なんだから女性があまり出歩いていないんじゃないか? だが外見からして俺達が外国人なのは見たらわかっちまうな、プレトリアスならばセーフか。


「上級曹長、軍曹との接触はきみがやれ。ついでに帰りにカメラを一台ちょっと大きめのを仕入れてきてくれ」


「カメラですか? 写真機」


「そうだビデオカメラじゃないぞ。写真家になってみようかと思ってね」


「なるほど、それならば外国人がうろついても言い訳出来ます。わかりました」


 ビデオカメラでは内容をチェックされたらすぐに素人だとわかってしまうが、写真ならば現像しなければ腕前などわかりはしない。


「では自分はホテルのメイドでも口説きましょうか、カメラマンが二人よりも良いでしょう」


「出来るなら是非そうしてくれ」


 笑い声と共にそう指示する、何なら二人ともそうした方が良いかも知れないが同じホテルでは止めておく。

 外資系であるためインターコンチネンタルには現地の女性でも外国人が採用されているために話も早い。


 ――エンジン付きのヨットをチャーターしとかなきゃいけないな。


 見付けるための手配を進めたために今度はその後にしなければならないことの下地を考える、指揮官は肉体は休まっても気持ちが休まるのは少ないものだ。

 強制されてやっているわけではなく、自ら望んで担当しているだけにそれに不満はない。

 それで何か失敗や不都合があっても自分のせいだと納得出来るが、他人の決断でそうなった時には後悔するだろうとわかっていた。


 上級曹長が戻ってくるまでの間に大尉は女を探しに行ってしまったので一人ロビーの隣のカフェスペースでコーヒーを飲んでいる。

 官報のようなアラビア文字で書かれている新聞を手にして出入りする人間を観察していた。


 一枚めくり国際記事に目を向けるとイタリアで自爆テロがあってアメリカ軍の高官が狙われて重傷を負って入院したと報じられていた。


 ――ま、自業自得だな。


 事件の一端に関わりがあった本人としてはあまりに簡素な受け止めかたである。


 近いうちに情報関係が機能しだすだろうが独自に行動している島にはさほど影響を及ぼさない。


 手元の新聞記事が告知や季節の予定などになったところで顔を上げる。

 するとフロントにアラブ人の二人組がチェックインの手続きをしているのが見えた。


 ――わざわざホテルを使うってことは地元の奴じゃないわけだ、しかもこんな高いホテルを使える二人組。


 アラブ人は一部の富豪を除いたら後は生活に支障はないが優雅に暮らせるほどの収入も無いのが平均的である。

 さりとて富豪ならばたった二人ということもない、すると何かしらの重要な使いであったり公務関連の高官ではないかと予想を拡げる


 新聞をおきにいくついでを装いエレベーターの行き先を見ると島と同じスイートルームがある階層に直行する側をプッシュしている。


 ――使いならばスイートルームってのはピンと来ないな、高官が何かの打ち合わせにでもきたか?


 だがそれにしてはおかしなことに気付く、打合せならば先方の会議室なりを利用したらよいのだから。


 かといってそれ以上何かわかるわけもなく詮索を終了させた、部屋に戻ろうとすると早速女と出掛けようと肩に手を回しているロマノフスキーと擦れ違った。

 目をあわせることなく他人を装ってエレベーターへと向かう。


 ――色男の面目躍如か。


 部屋に戻り詰まらないテレビをつける、国内地域の映像が流れているために国民が見ても何も興味を持たないだろうが今の島には参考になる。

 郊外はともかくとしてやはり市街地ではあまり女性の姿が映ることがなかった。

 アラブ人女性は結婚したらあまり外には出掛けなくなる、そのため既婚女性はふくよかな率が極めて高かった。


 ――女連れも一長一短か、歩いていたら注目されてしまうだろうからな。


 今は違うが昔は女に免疫のないアラブ人男性は、たまたま他人の女性の手を見てしまった位で興奮してしまうことがあったそうだ。

 それよりも遥かにましになってはいてもやはり女性は珍しく目で追ってしまう。


 イスラム法では妻を四人まで持つことが出来るが、結婚にはかなりの結納金が必要になるため婚約できない男性が多数存在している。

 彼らは一発あてるか男色の道を選ぶことになり、一発を狙ったうちの一定数がイスラム武装組織の報酬が高いテロ行為に関わっていったりする。


 しかし妻を四人持てば嬉しい半面で四人の女性を満足させなければならず、それはそれで大変なことなのがわかる。

 最初の妻は社会的な繋がりからで仕事にも影響を及ぼす為に人生を左右させる結婚となり、二人、三人と同じような形になる。

 だが四人目ともなれば最早地位も安定して蓄えも出来るため、自分の好みで若い妻を迎える、それで打ち止めとなるために最初と最後はかなり慎重になるそうだ。


 ――四人もいたら自宅で戦争が起きちまうな!


 少し考えただけで辞退したくなる位に疲れそうな未来に溜め息をついて頭を振る。


 コンコンコン、コンコン、コンコンコンとノックする音が聞こえた、大尉は出掛けたので上級曹長が戻ったのだろう。

 もし誰かに脅されたりして案内させられているからば真ん中のノックは一回と示しあわせていた。


 それでも警戒してドアを開けるといつもと変わらない彼が紙袋片手に立っていた。


 招き入れると紙袋の中身を確かめる、ご大層なことに日本製の品が入っていた。


「領収書は要らんよご苦労だ」


 言われた金額をその場で精算してやる。

 カメラを構えてシャッターを押すような仕草をしてみる。


「どうだそれらしく見えるか?」


「替えのフィルムやメモ帳、地図などが入るバッグあたりを肩からかけていたら見えそうです」


「バッグは必要だな」


 ポケットに全てが収まったとしても別に持っている方が自然だろう。


「自分はどうしましょう」


「護衛つきってわけにはいかんからな。ホテルに残って緊急連絡があったら公衆電話から携帯を鳴らしてくれ、カフェスペースで人間観察でもしていたらいい」


「解りました、そうします」


 いつも従順なくせに戦いになると敵に噛みつかんばかりに恐ろしい。


 カメラ片手に売店で使いやすそうなバッグを購入する、もしそこに無くても頼めば翌日には手にいれてくれるからホテルは便利である。


 街中を横切って船着き場にと向かい近くの人に貸しヨットはないかと尋ねると、指さしてあのあたり一帯がそうだと教えてくれた。

 観光客以外にも借り手がいるのかそこそこ並んでいる。


 いくつかあるなかで船外エンジンがついていて大きめなもの目指し近付いて行く。


「すまないが貸し船はしてるかい?」


 アラビア語で問いかけると渋い顔でやってる、とだけ返答してきた。

 愛想は悪いが素人目に見ても手入れが行き届いている為にこれを借りようと決める。


「一日貸切りだといくら?」


「……一万ディナールと燃料代だ」


「仮にスペインまで往復したら燃料代はいくらくらい?」


 大体の目安でもって確認する、スペインに向かうことはないだろう。


「一万ディナール位になるだろう」


「よし借りる、明日は一日付き合ってもらおう、日当だけ先払いで燃料代は降りるときに支払う」


 一万ディナールを手渡すと無愛想だった男が途端に笑みを浮かべる。


「あっしはハミドと申します、よろしくお願いします」


「俺はアラビア語だとアルジャジーラだ、覚えやすいだろ」


 笑いながらそう答える、ハミドは複雑な顔をしたが覚え易い部分には賛成した。


「アルジェリアはジャジーラがジャザーイルになったものですから旦那の名前と一緒ですね」


「そうだったのか、そいつはいいな」


 アラビア語でジャザーイルに定冠であるアルをつけてアルジャザーイルがアルジェリアにと変化した。

 一方でナイジェリアはラテン語のニジェール、つまりは黒人の地が変化してナイジェリアとなったのでまったくの別物である。

 黒人をニガーと呼ぶのもラテン語のニジェールからきている。

 差別用語だからと最近はあまり耳にしないが巷ではスラングとして現役である。


「明日だけで終らないだろうから何日間か使わせてもらうつもりだ、予定は入れんで置いてくれよハミド」


「何日間か!? もちろんですアルジャジーラさん」


 ――こうしておけば持ち逃げもしないだろうし無茶も効くってものだ。


 必要になってから交渉するようではまとまるものもまとまらない。


 シャッターを何度か適当に押しながら街を巡ってみる、やはり女性は少なくあちこちで働いている姿も家事であって職務でとのものは皆無である。

 女性ばかりで縫製などや事務仕事は裏であるのかもしれないが、通りを歩いているだけでは見付けることは出来なかった。


 ――さてオランとわかったにしてもどのように追い詰めたものか。居場所を掴んだら逃げ出せるように襲撃を察知させにゃならんのが面倒だ。


 危険を感じさせ過ぎたら地下に潜ってしまい機会を失いかねない、かといって半端な情報では罠が感付かれてしまう可能性が高くなる。

 ヤクザ相手ならば逆に流出させたものでも良かったが、この道をひた走ってきたテロリストの親玉を欺くには一捻り何かが必要になってくるだろう。


 一旦考えを纏めるためにカフェへと立ち寄る。地中海沿岸の果物を使い乳と合わせたジュースを注文して思考を再開させる。


 ――俺がアブダビだとしよう。部下から襲撃の知らせを聞けばまず信じるだろう、その前に自ら予兆を感じていたら反応が早くなる。

 まず報告を信用させるために怪しい人影がちらつくのを本人に確認させておこう。


 メモにひらかなでそう綴る、ウエイターが隣を通り過ぎて覗いたとしても全くわからないだろう。


 ――逃げ道を制限せねばならない、海側にはミューズを回航させておけば嫌うだろう、空港でもテロ予告があった等としてチェックが厳重になるような細工をしておけば自然と陸路しかなくなる。

 モロッコ側へ逃げられたらまた厄介になってしまう、そこを何とかして塞げばアルジェへの陸路列車やシディベルアッベスへの列車か車しかなくなる。

 列車が運行されてない時間帯に襲撃情報を漏らしてやれば車で南下するしかなくなる、鍵はモロッコで西側の封鎖方法だな。

 何とかしてアルジェリア軍にモロッコとの国境線で一日か二日演習をしてもらうよう大佐に早めに伝えておかねばならんな。


 ジュースを飲んで全体の構想を一つ固めたのを確認する、そこから枝を伸ばして完成度を高めようと追記を繰り返す。



 ――真夜中から未明にかけて車を走らせたら明け方にはかなり先に行ってしまうだろう、シディベルアッベスに逃げ込まれたら面倒になるからここを先に警備厳重になるよう手配だ、やはりテロ予告などを使うことになるだろう。


 一つ間違えば国際問題になりかねないがそのくらい上手くやらねば勝てる相手ではないと見て厳しめに計画をたてて行く。


 ――部下の耳に入る流れは警察からの垂れ込みを逆用してやるか、作戦依頼では時間がかかるから立会人として複数要請してやれば一人くらい通じているやつがいるだろう。仮にあちらに届かなければそのまま御用になるわけだから問題ない。

 摘発の担当はどうする、敵の規模にもよるが小隊があれば足りるだろうか。マリー少尉を呼び戻して曹長に補佐させたら上手くやるだろう。


 ジュースが空になっていた為にお代わりを注文する、何せ暖かいを越えて暑い。

 砂漠の暑さとは違い汗を大量に発する為に水分とビタミンを補給しなければならない。


 ――チュニスから少尉を引き抜いてしまったら人手が不足するな、グロックにはアフマトらの連絡をつけさせるとするか。

 追い出したアブダビを早朝に空挺で先回りして後方にも退路遮断の意味から部隊を降ろす必要があるな。

 後方はヘリボーンのバイク部隊でも構うまい、こちらに俺も混ざって観戦するとして、空挺は大尉らに同行してもらおう。無線はドイツ語かロシア語、通信を任せるならスペイン語を指定しよう、奴等はアラビア語とフランス語と英語が殆んどだろうからな。


 二杯目のグラスを一気に飲み干してカフェを後にする。

 公衆電話からナポリの連絡先を呼び出してジョンソン大佐に連絡を取りたいと伝えておく。次いでブロンズ大佐にも繋ぎを要請しておいた。


 あまりに長電話では注目を集めるので場所を移って自分宛の伝言が無いかを確認する、異常なしが数件あっただけで問題は発生していないようだ。


 チュニスの拠点へと連絡をつけてマリー少尉にオランへ飛ぶように命令を下す、グロック先任上級曹長を責任者にしてアフマトとサイードを新たに配してやった。


 市街地南部を視察してからタクシーでホテルへと戻る。

 フロントに二件伝言があり、宛先を記されたメモを受け取った。


 ――何々×××の六四三三三三に×××の九六四三二三……おや、二人は近くにいるらしいな。


 ジョンソン大佐の連絡先は一律数字から三をマイナスしたもので、ブロンズ大佐のは後ろから一二三とマイナスしていく。つまりは三一〇〇〇〇と三一〇〇〇二になる。

 ジョンソン大佐のは公的な場所の電話番号である可能性が高い、ブロンズ大佐のはその施設での予備回線にあたるのだろう。


 まずはジョンソン大佐にと電話をかけることにした。

 コールを二回とすることなく繋がる。


「どなたにお繋ぎいたしまょう?」


 名乗ることなく突然そう言ってきたので自身の姓名を名乗ることなくジョンソン大佐を、と依頼する。

 内線の経由があって聞き覚えがある声が出る。


「俺だ中佐か」


「はい。オランに目標が潜伏しています、モロッコとの国境線でアルジェリア軍が演習を行うように工作願います、一泊二日が望ましいです」


「わかったやってみよう、他にはないか」


「海上への逃走を防ぐためにスペインとの間にミューズなりを遊弋させてください」


「手配する」


「以上です」


 挨拶や世辞などは排除して必要なことだけを伝えると素早く受話器を置いてしまう。

 次にブロンズ大佐にと電話を掛ける。こちらもすぐに繋がり同じように問われた。


「どなたかな」


「イーリヤ中佐です、ブロンズ大佐殿でしょうか」


「ああ何か事件でもあったか」


「オランに目標が潜伏しています、南に四百キロのマシュリーヤに向かって追い立てます、待ち伏せ空挺の他にヘリボーンで追撃バイク小隊を予定お願いします。海上から二百キロ地点に」


「時間がかかるな、決行の十二時間前に再連絡するんだ」


「了解しました、以上です」


 ――十二時間ならばフランスの陸地かチュニジアかでないならばサルデーニャ島に居るようだ。


 電話を切ってカフェスペースを見るとプレトリアスが視界に島を納めているのがわかる。

 さりとて反応することもなくエレベーターへと乗り込み部屋に戻った。


 例のノックが聞こえてくる、扉をあけて上級曹長を迎えるとすぐに閉める。


「中佐、一つ上の階にアラビアンビジネスマンが入っているようです」


「君も見掛けたか、しかし真上?」


 どうしてそれが解ったのかと疑問に思い尋ねる。


「カードキーに書かれた数字が見えました」


 自身のカードキーを手にして確認してみると比較的大きな数字がついてはいるが、これを盗み見るとなったらかなりの視力である。


「参考までに聞くが上級曹長の視力は?」


「四,〇です。最近は少し視力が落ちましたが」


 ――アフリカ系の視力を馬鹿には出来んな!


 市街地がなく草原の部族などは六,〇あたりが普通で、視力二桁なんてのも中には居るのを聞いたことがあった。


「そういえば南アフリカ共和国にプレトリアがあるが、そこがルーツ?」


 南アフリカは司法首都や行政首都といった具合に機能が分けられて設置されている。


「はい、もし南アフリカで作戦があれば一族が協力します」


 近代化しても部族社会は変わらず彼の部族も存在しているらしい。


「その時は頼むよ。発見の報がもたらされるまでは待機だ。そこで一つ頼みがあるんだが」


 命令ではなく頼みなどと珍しい言い回しではあったが、彼はどちらであっても拒否するつもりは毛頭なかったが。


「何なりと仰せのままに」


「通信用語だけで構わないからアフリカーンス語を少し教えて欲しい、また趣味が疼いちまってね」


 部員の間では常識とまで認識されている島の語学への興味が自身の解する言語に向いたらしい。


「もちろん喜んで、長いこと聞いてらっしゃるはずですから後は意味を説明しながら復習したら理解出来るようになるでしょう」


 何度となく緊張した場面で耳にしているのと、自らの命令を翻訳させたことである程度の下地が知らずに身に付いている。


 プレトリアスは自らが頼られたのがとても心地よかった。


 男が一人項垂れており、二人が生き生きとしている。

 つい最近までは同格であったのが水をあけられてしまった為である。


「アメリカ軍の参謀長は全治六ヶ月の重傷です」


「よくやったハーマディ、これで奴等に警告を与えたことになる」


 アブダビがテロを成功させたハーマディを次席へと引き上げたのだ、アーメドは情報関連の次席との形になった。


 こうなるとその結果を上回るテロを成功させない限り逆転は無くなる。

 近い将来アブダビがマグレブの最高指導者になったときにハーマディがアルジェリアの指導者になれば、競争に負けたマホメッドは自爆テロを命令されて消されてしまうに違いない。


「入手した情報を報告致します。アルジェリアのアメリカエージェントが活動を活発化させております、特に人数を要するようで拠点拡張を行っております」


 ハーマディに負けないように自らの存在を示す、アーメドはチュニジアに同行して最高副官の地位を狙っている。

 側近は地位が地方指導者には劣るが実権は遥かに幅広く与えられる。


「ハーマディ、アーメドから拠点の情報を引き継ぎ爆破の計画を練っておくんだ」


「承知いたしました、トゥーグルトに指揮所を置きます」


 早速の仕事に口許を緩めて快諾する、動かない標的を壊すことなど簡単な話である。


「第62艦隊がサルデーニャ島の西岸に停泊しています、ナポリに動きはないためマグレブ地域への戦力はこの艦隊のみしか届きません、一日以内での条件ですが」


「やはりジョンソン大佐の作戦というわけか。例のイーリヤ中佐はどうした」


 未だに不気味な存在である中佐の動向を確認する。


「軽巡洋艦ミューズで西地中海を巡察してからは艦内かイタリアに滞在したままです」


「何故断言できる?」


 やけに確信した言い回しをしているためにアブダビが気になり追及した。


「ナポリの清掃会社にいる係を脅迫しました。アメリカ軍は基地の清掃を外注します、そいつに中佐の個室が利用した形跡があるかを報告させています。第62が出航する前の日には寝泊まりの跡がありました」


 ――直接姿を確認したわけではないのか、気にはなるが指示もしていないのによく手配したのは認めてやろう。


「そうかよくやった、アーメドは引き続き諜報を行うんだ。アルジェリアの官憲に餌をちらつかせるのも忘れるな」


 癒着は双方に利益があってはじめて長く付き合いが出来る。

 そのとき限りの脅迫とは違った手法を特に指示しておく。


「アンナフダ党の幹部がオランにやってきております、インターコンチネンタルです」


 その時にようやく項垂れていたマホメッドが誰でも出来る報告を行った、二人が先に口にする前にと狙っていたのである。


「党首や最高幹部ではない?」


「はい、中堅幹部です」


「マホメッド、お前が行って対応するんだ」


 中堅幹部との報告に自らが出るべきではないと指示を下す、他にもらえそうな役割も無いためにマホメッドも承諾する、元より拒否も出来はしないのだが。


「はい。それとターリバーンがチュニジアの支援を画策しているとの噂が」


 ついでの報告ではあったが無いよりはましだと口にする。が、隣から意外な同意を得る。


「未確認ですがチュニスでもその類いの噂が流れているようです」


「うむ覚えておこう。これで解散だ、各自の役割を遂行したまえ、アッラーアクバル」


 アッラーの思し召しのままに、そう唱和してその場を去っていった。


 マホメッドはその足でインターコンチネンタルへと向かう。


 ――ああそのまえにハミドのところに寄っていくか。


 貸しヨットを仕事にしている従兄弟に愚痴の一つでも溢してすっきりしてから行こうと考えた。


 海上からの緊急避難のために多目に足を確保する意味からもハミドには幾ばくかの資金を与えてヨットを整備させていた。

 借りる観光客が少ないのに数ばかり並んでいたには裏があったのだ。


 もう日も傾いてきたというのに入念に整備している姿にマホメッドは感心した、見ていなければ手を抜いてしまうやからが多い為である。


「やあハミド精が出るな」


「マホメッドか、ちょっとした上客がきてね馬鹿みたいにぼったくられて笑っていたよ」


 正規の金額は組織に上納するが余剰は懐にとのつもりなのだろう、だがきっちりとやることをやっているならば咎めるつもりもない。


「俺の方は全くダメだったよ、出世もここまでかも知れん」


「まあ気を落とすな、砂漠があればオアシスもある」


 そうやって慰めてやり暫し同僚の愚痴を聞いてやる。


「それでお前はこれからどこに?」


「チュニジアの奴等の相手をしにホテルだよ、こんな誰でも良い仕事より大きなテロをしたいよ」


 一族の絆は固くテロの話もぽつりぽつりと漏らしてしまう。


「どこのホテル?」


「インターコンチネンタルだよ、あんな高いとこによくぞ泊まろうとしたものだ!」


 アンナフダ党が甘く見られない為にも虚勢をはっているのはわかるが、その資金の一部がイスラミーアから渡っているため気に入らない。


「あの旦那もインターコンチネンタルだろうな」


「上客ってやつか?」


「ああ、アルジャジーラさんだよ」


 少し戸惑いを覚えたが従兄弟ならいいかと考えて名前を暴露する。


「ふざけた名前だ、偽名か」


「いやそれがそう言う名前らしい、ただしアラビア語にしたら、だ」


 言葉を振り返ってみて確かそうだった、と自分に念を押す。


「フランス語だとイールか」


 アラビア語とフランス語を理解するモハメッドが呟くと無線からよくイタリア語やスペイン語を耳にしているハミドが追従した。


「イタリア語だとイゾラ、スペイン語ならばイーリヤだな」


「なんだってイーリヤだ!」


 突然大きな声をあげてハミドを凝視してしまう。


「ああそうだ、それがどうかしたのか?」


 意味がわからないとばかりに不審の目を向ける。


「そいつはニカラグア人、いや中米人のような顔付きをしてなかったか」


「あれは東洋人だった間違いない、二世ならわからんがね」


 東洋人との返答に怪訝な顔をする、二世ならば納得いくので仮定で話を進めてみる。


「他に何か言っていなかったか」


「明日一日貸し切りで、そのあとも続く予定だと。カメラを下げていたから写真家か何かでは?」


 ――もしイーリヤ中佐だとしたら偵察に違いない、ヨットを借りたのは失敗時の退路確保か何かだろう。もしズバリならば俺にも逆転の目があるぞ!


「ハミド、もしかしたらそいつは俺達の敵かも知れない。決して正体を見破られるな、上手くいけば俺は上級幹部になれる、そうなればハミドも引き上げてやれる!」


「本当かマホメッド、ならばうちのガキ共も側に置いて備えよう。ヨットの清掃をさせるなりして怪しまれないようにな」


 一族の誰かが昇進したら吊られて多くが立場を強くする、その為には力を合わせるのも順当なところであった。


 スイートルームにコロラド軍曹がやってきた、長いこと単独行動をとっていたが元気そうな顔を見せる。


「へっへ、見当がつきましたぜ中佐」


 やけに自信たっぷりの軍曹であるが今までも誤報だったことがないので期待する。


「ご苦労、早速聞かせてもらおうか」


 プレトリアスがドアの近くに立って外の気配を窺いながらのことである、ロマノフスキーはどこかに姿を消してしまっている。


「まず結果からですが、奴等は駅前の区画のどこかに住んでます、その親玉がって意味でして」


 日本人ならば経緯からとつとつと話し出すだろうが、それ以外の大多数は結論から述べてしまう。


「とある筋からイスラミーアの話を聞き出しましてね、下級構成員にちょっと情報を握らせたら喜んで上に報告にいきました。これを二回ほど繰り返しまして」


 餌をくわえたネズミを追い掛けたら山の頂上に辿り着いたとのことである。


「幹部がそれを報告にいった先で見失いました、そのあたりを探せば見つかるはずです」


 滑らかな説明から自身が直接調査を行ったのが伝わってきた。


「よくわかったそこを重点的に調査させよう。しかし一体どんな情報を渡したんだ、上まで貫通するような重大事項?」


 報告へ走った先が違っていたら徒労に終ってしまうため判断の目安にしようと指摘する。


「噂なんてのは勝手なものでしてね、ターリバーンがチュニジアの支援を行おうとしているってのを先にばら蒔いた次第です」


「うむっ!」

 ――友好組織だろうと聞いても素直に答えないだろうし、大いにやりかねない連中だ。しかもボスとしては聞き捨てならない上に、少からず支援は事実があるだろうから調べたら幾つかは該当するわけか!


 だがしかし噂程度では本格的に上申するには根拠が弱い、何らかの別方向からの情報も差し込んでいるのはずである。

 続きを促すような視線を送って、わずかに顎を動かす。


「世の中金欲しさに色々頼まれごとをこなすやつが必ずいましてね。チュニスに出向いて別口で種をまいてきましたよ、もし耳にしても鵜呑みにはせずに確認のほどを」


 満足げに一部始終を語った軍曹は言いづらそうに頭をかきながら続けた。


「それでですね中佐、時間が惜しくて全部自分の金でやっちまったもんで手持ちが底をついちまいました……」


 申し訳なさそうな態度ではあるが請求は当然の権利であり、むしろ活動資金を先に充分渡さなかった島に非があるだろう。


「軍曹の働きに感謝する、概算で構わないからこちらに請求をまわしてくれ、俺から仮払いしておくよ」


 現金化可能な小切手を手渡して一時金として処理しておく。


「ありがとうございます、無断金だと突っぱねられるかもと思ってました」


「価千金の情報だよ、何なら小切手の額、ゼロを一つ増やしてやろうか?」


 冗談半分、本気半分でそう言ってやる。

 どんな意図なのかと躊躇うが首を横に振った。


「一人で動くには充分な額です、自分は部下を使って動かすようなやり方は合わないでしょうから」


 ――軍曹に統括は無理か、わからないでもないな。だがノウハウを得させるためにもマンツーマンでの教育はさせよう。


「わかった、だがそのうち一人部下をつける、そいつを使い物になるよう鍛えるんだ」


「スィン」


 いずれ体力に疑問が出てくる、その時に助手がいたら仕事が続けられるが単身では幅が狭くなってしまう。

 島自身はまだまだ全く問題ないが、先任上級曹長や数年後には大尉にも直接の体力任務からは外れてもらうようなっていくだろう。


「さて、それでは事後は大佐に任せるとしようか、俺は別の用事をこなそう」


 現地のことは大尉に一任して全体をみるために後方へと下がることにした、上級曹長がお供しますと視線を合わせずに断言する。


 コロラドからまず部屋を出るが何故かすぐに戻って扉をノックした。


「どうした忘れものか?」


 そのわりにはやたらと真剣な顔をしているが。


「中佐大変です、間違ってエレベーターのボタンを上下押しちまったんですが上りのエレベーターにイスラミーアの幹部が一人で乗ってました」


 一つ上の階で降りたようだと付け足す。


「幹部が? そいつ本人に間違いないのか」


「間違いないです。駅前で見失ったやつが居ました」


 ――上はアラビアンビジネスマンの部屋だな!


 ここの規模では各階にスイートルームは一部屋しか無いために来客を結び付けて考えてみた。


 ――部屋は違えば違っただが幹部をどうする、捕縛するかそれとも泳がせるか。


 ここで小者を捕まえても意味がないと判断して追跡をすることにした。


「軍曹は顔を見られているわけだな、カフェでそいつがきたら教えるんだ。上級曹長は合図があったらそいつを追跡しろ、拠点を確認出来たらそれでいい」


 上級曹長がはっきりと頷く、軍曹がすっと部屋を出ていった。

 時計を見るともうすぐ夕刻の五時になるところである、礼拝にはまだ時間がある。


 やってきたばかりなのに急展開でことが進んでいる、軍の手配が終わるまでは警戒されるわけにはいかない。

 上級曹長が数分してから部屋をでる、大尉にも知らせておかねばならないとフロントに伝言を残す、むろん別人を使って。


 ――上手くいった時はそれで構わんが失敗した時はどう収拾をつけようか。上級曹長は下げねばなるまい、列車でアルジェに行ってもらうなどしよう。

 尾行に気付かれたより悪い状況を想定だ、敵に捕まったらもう手持ちの駒では難しい、戦闘になった場合どこまで応戦させるべきかだ。


 一人のために全てを危険に晒すような判断は出来ない。


 ――自力で切り抜けられない時には警察に駆け込ませるか? そうなれば正体は露見するだろうが命は助かる、黙秘させておけば作戦は続行可能になる。レバノンの外交筋から交渉して身請け、いやそれよりはニカラグアの方が良いだろうか。イスラム教の伝からレバノンで情報漏れを起こすだろうからな。

 応戦して死人が出たらまた騒ぎになる、だが負傷ならば表面には出まい、なるべく殺さないようにさせなければ。


 上級曹長に伝えるべき内容を紙幣に書き込み手に握る、ホテルのメモ用紙など間違っても使ってはならない。


 エレベーターで一階に降りてフロントで外出を告げてなに食わぬ顔でロビーを歩く、すれ違い様にプレトリアスへ紙幣を手渡す。

 彼もその場で見ようとはせずにポケットへと捩じ込んだ、急ぎならばそんな手段で指示を出さないとわかっている為であった。


 ――外で待っているか、軍曹にテロ予告の手配をやらせておけば上手くやるだろう。少尉も明日の朝一便には間に合うだろうな。


 待ったなしの状況になったときに直通連絡先が不明では目もあてられないため、備忘録に暗号化してあれこれと書いてある内容に漏れがないかを再確認する。

 数人の出入りがあってプレトリアスが次いで現れて誰かの後ろについていった。


 少し遅れてコロラドが出てくる、視線を合わせ黙ってついてくるようにと仕草で示す。

 凝視していることには意味があるだろうと勘づいた軍曹はゆっりと近付いて行った。

 人気が少いところへ移り隣へしか聞こえない程度の小さな声で指示を出す。


 内容はテロ予告であり警戒されるのが目的だと言われて疑問ではあったが、説明を求めることなく了解した。


 太陽が沈んでしまうとアフリカは途端に暗くなってしまう、昼か夜かしかないかのように。

 ロビーに戻り現地の新聞を複数読破する、テレビに限らず公共電波に民間企業が入っていない場合は新聞こそが最高の情報源になる。


 一昔前には世界各地の新聞をファクスして調査していた情報部の政治課などもざらであった。

 最近はインターネットを活用してリアルタイムでの送受信を活用している。


 目ぼしい記事を読み終わったあたりで大尉が戻ってくるのを見掛けた、そのまま部屋へと直行する。

 報告を受けるために島も部屋へ向かう、途中ホテルマンが顔を見てお辞儀をしてきた、従業員が顔を覚えてくると様々有利に働くものである。


 喜色を浮かべたロマノフスキーがプレトリアスが居ないかと少し見回してから口を開く。


「女を口説くのが仕事とは洒落た職場ですな」


「適材適所の見本だよ。楽しんできたか」


 備え付けの小さな冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して片方を差し出す。


「このホテルですがね、チュニジアの有力イスラム政党で最近良く利用しているようです」


「アンナフダ党だな、やつらイスラミーアとの連絡にここを使っているのかも知れんな」


 政党の名前まで詳しく知らないあたりが現実味を帯びている、国や風習あたりからそう判断したならば大きく違いはないだろう。


「そのイスラミーアですが、準構成員があちらこちらにいるから要注意と言われました」


「その具体的な注意どころはあったんだろうか?」


 地元民の生活情報はバカに出来ない。


「観光客が集まりやすい場所が筆頭ですが、商売をしているようで全く客が無いのは危険だそうです。隠れ蓑に使うために資金を受けている可能性が高いとか。だから彼女らはなるべく大きなマーケットや、一つ外れた路線を利用するよう心掛けているそうです」


「商売をしていて客が皆無……実はヨットを借りに行ったんだが客は居らずに無愛想な男が管理をしていた。あんなに沢山船を維持するには金が掛かるはずだがおかしいとは思ったんだ」


 指摘されて違和感の理由がきっとこれだろうと推測する、となればあれを利用するのは危険なわけだが発想の転換を行う。


「君子危うきに近寄らずですか、それとも虎穴に入らずんば虎児を得ず、まあ後者ですか」


 どこから仕入れたのか日本の諺を持ち出してきた。


「無論後者だよ。しかしやたらと詳しいじゃないか、誰に教わったんだ」


「マツバラさんです」


 ――マツバラ? そんなやつがどこにいたかな。


 誰かわからなさそうな顔をしたためにロマノフスキーが一つ追加してマツバラを表現する。


「お隣のマツバラさんですよ」


「――あっ!」


 島の実家の隣は松原未亡人が住んでいた。

 ――だから何があったんだよ!


 それ以上は特に語らずどのように虎を引っ掻けようかと考えを巡らせている。


「もし大尉が敵の幹部らしいやつがノコノコと目の前にやってきたらどうする?」


「そりゃあふん縛って情報を引き出そうとしますよ」


「俺も同じだ」


 殺してしまうより捕らえた方が利用価値が遥かに高いと考える、イスラミーアにしてみてもどこまで素性を知っているかは判断がつかないが、この地域で何をしているかは知りたいはずだ。

 一歩踏み込み何をしているか知っているならば、直のこと何ら指揮権を持たない参謀を殺害しても仕方がないと判断するだろう。


 ――例外はハミドが個人の功績を誇りたくて暴発した時だな。


 自身を囮にしたときのリスクについてを推察し得られるものと比較して荷が勝った時には迷わずそうしようとまとめた。


「名案は浮かびましたか?」


「上級曹長らが失敗したらやってみようと思う程度のことがね」


 護衛を強弁する彼が居ないのは何か任務についている証拠である、急ぎの上プレトリアスにしか出来ない役割なのだろうと大尉は解釈した。


 翌日、無事に尾行を終えたプレトリアスに金を持たせてハミドの所に行かせた。

 陸の仕事が急遽入ったため、もう一日チャーターを行うので待機をするように、と。


 姿を現さなかったのを不審に思ったが現金を入れてきたのでにこやかにそれを受け取り翌日も待機を約束した。

 こうしておいて島と二人でこっそりとオランを抜け出してミューズへと帰還したのだった。


 そこからまたヘリでランスロットにと着艦して各種情報交換の為に幕僚会議を招集してもらう。

 ジョンソン大佐を筆頭にリベラ少佐、トゥラー教授、アンダーソン中尉がテーブルを囲む。


 リベラが進行を行い各自の報告を始める。


「とある事故によりエージェントを利用可能になりました。チュニジアでの民主化計画は順調に進んでいます」


 大佐に代わり中尉が不幸なテロを交えた内容を簡単に説明した。


「第六参謀長は不運だったわけだ。チュニスでの反共工作の一環として、共産党員の将校を指揮権がないスタッフへと転任させるよう呼び掛けています、概ね理解を得られました」


 少佐が一つの可能性を潰しにかかりかなりの圧力が掛かったと結果を報告する。


「チュニスでの政党だが、私の教え子らが関係している議員らを通じて多数派工作を行わせているよ。今更イスラム法を導入しても国が制約を受けるだけだと説いて回っている」


 大学の政治学講座に通っていた教え子らが十数人議員秘書になっていてね、と心強い言葉を添える。


「教授の采配に感謝します」


 招いているだけに大佐がそう礼を述べる、トゥラーも祖国の為だと言うが満更でもない。


「では最後に自分が。アルジェリアでアブダビの居場所が判明致しました。現在ロマノフスキー大尉の統括でマリー少尉と大佐の部員で監視しております」


「なんと最早見付け出したか!?」


 ことさら驚いてくれるジョンソンに笑みを返して頷く。


「兵を出して拘束するのでしょうか?」


 もしそうなら現場にいきたいとの顔をしている中尉が質問してくる。


「それが街中、駅前でね。強行手段をとったら民間人を抱えて自爆されちまうよ」


 自爆するのは勝手だが引き金がアメリカだと声明をだされると後々に面倒なことが起きてくる。

 ひとつ唸って中尉が考え込んでしまった。


「それではどうするのでしょうか?」


「少佐ならばどうする?」


 丁度良いとばかりに教育を兼ねて説明をしようとする、大佐も黙ってそれを聞く態勢になり目を閉じた。


「狙撃による暗殺」


「二つに一つで弾丸がそれて仕留め損なったら?」


 それで成功したならしたで良いが一定の確率で慮外の事態が起きるものである。


「警察によるガサ入れを」


「情報は癒着で漏洩するだろう、軍も然りだ。知れば逃げ出すぞ」


 腕を組んで暫し考えるが中々自身が納得する内容が浮かんでこない。


「降参です。一体どのように?」


 現場を踏んでいる数が少いのだろう、粘りけなく諦めてしまった。


「警察にガサ入れまでは一緒だよ」


「ですが逃走してしまうと」


「そう逃がすんだ」


 訳がわからないと島の顔をまじまじと見てしまう。


「しかしどこに逃げるかわからないのでは?」


 もっともな理由を主張する、今度はそれを一つずつ論破していこうと質問を浴びせて行く。


「少佐がテロリストの高級幹部だとして答えてくれ。隠れるなら寒村と都市どちらを選ぶ?」


「迷わず都市です、それもなるべく大きな」


「そうだ選択肢が広がるからな。警察からガサ入れ情報が入ったらどう逃げる」


 オランを示し近くの都市を地図を広げて確認させる、意外と行き先はすくない。


「空港は使いませんすぐに捕まってしまう、海からスペイン行きなどはいかがでしょう」


「付近にミューズが居るがそれでも?」


 現在確かにそのあたりに浮かんでいる、それが不気味であった。


「それは避けたいです。列車でアルジェは?」


「実は真夜中にガサ入れする予定でダイヤが無い」


 それも不意打ちならば常套手段なので少佐が納得する。


「陸路、つまり車でモロッコへ越境、またはシディベルアッベスへ潜伏」


「シディベルアッベスにはテロ予告が昼間に出されて警備が厳重になるとニュースが流れるよ、あとアルジェリア軍がモロッコとの境で何故か野外演習中だ。ですね大佐」


 ジョンソンが小さく頷く、そんな手配がされていたのに驚いて残る南への道に進路をとるしかなくなった。


「では南へ国道を四百キロ余り行って未明に離脱を」


「現地の道路事情を知っていたら疾走は不可能だとわかるはずだが、灯りがない真夜中に砂漠を含む土地を車で移動するなら時速で三十から三十五マイル程度だろう」


 地図を指すと砂漠で都市にまではまだ届かない。


「ガサ入れを○一○○に実施するとしてだ」


 事前に漏洩して逃走したら夜明けでこのあたりだろう、と指差す。

 明るくなってから少し、一時間も走れば南の都市に到着する。


「大体のところそんな感じでしょう、途中から行き先を変えたくても燃料も補給出来ないですからね」


 リベラ自らそう指摘する、スタンドなどどこにでもあるわけではないのだ。


「そこでだ、都市の手前に空挺兵を展開させる」


「最初の会議でそんな話をしていましたね」


 リベラはそう言うが教授と中尉が素直に驚く。


「何も決まっていない段階でそこまでですか中佐!」


「なるほど、イーリヤ中佐は中長期の展望視野を備えているわけか」


 それぞれが称賛した後に謙遜して続きを説明する。


「偶々です。そして先回りで展開した部隊と、ヘリボーンの追跡部隊とで挟み撃ちの計画なわけだ」


「ですが偶然にもガソリンを予備タンクにまで満たしていたら、運を天に任せて道を外れるかも知れませんよ。そうしたら足が遅い空挺兵では捕捉出来ない」


 大佐もそこには気付いていたようで目を開けて島に視線を向けてくる、その疑問を解決しようと向き直り説明する。


「実はブロンズ大佐に空挺バイクの用意を依頼しています」


「空挺バイク?」


「火力までは必要ないため機動力のみを補う意味から手軽なものを。イタリア軍の北アフリカバイク部隊を参考に」


 軍事にはあまり詳しくない教授でもそれが第二次世界大戦の頃の話だと理解した。


「中佐を敵に回したら逃げ回った末にお疲れと肩を叩かれそうだ」


 大佐が満足げな顔でグッジョブと親指を立てる。


「アブダビ捕縛計画を主任参謀より参謀長に提出します」


「受理する。それでは早速だが司令官に提出しよう、中佐も来るんだ」


「アイアイサー」


 海軍形式でそう答えるとアイアイサーか、と呟く。

 連絡会議は中盤の山場であるイスラミーアの影響力排除を提案するとの結論で幕を閉じるのであった。



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