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レジオネール戦記・統合編  作者: 将軍様
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第二十七章 熱砂の攻防、第二十八章 イスラム民主主義

 軽巡洋艦ミューズ、その艦橋に置かれた指令室は、海戦時にはあまり重要な機能を持たない。

 大航海時代直後にはこのような艦橋が戦況を目視するにあたり重要な場所であったが、現代では損傷しづらい船体の中心部に集中指令室が置かれている。


 この他に戦闘指揮所が置かれていて相互に機能を代替出来るような配慮がなされていた。


 島等は現在その艦橋に詰めている、理由は艦そのものの指揮とは関係なく作戦の推移を把握するためだからである。

 夕闇に紛れてランスロットがアルジェリア西部目指して巡航してきた、真夜中には作戦水域に到達する運びである。


 オランにマリー少尉とブッフバルト曹長を残して、ロマノフスキー大尉とプレトリアス上級曹長は艦橋に上がり島の左右に控えていた。

 彼らはいつでも出撃可能な武装待機状態で気を張っている。


 主力はランスロットに居る海兵隊であるが、ミューズにも輸送機が一機とヘリコプターが搭載されているため、少数の分遣隊が五分以内に動けるように待機していた。

 こちらはブロンズ大佐から指揮権を預かっているため、大尉に統括を任せた。


 艦長席に座っているマッカーサーに声をかけて作戦を開始させる。


「それでは頼むよ少佐」


「はい中佐殿、どのような展開が繰り広げられるか楽しみにしております」


 日本人で年下の上官に対して丁寧な返事を発する、これといった悪感情が無いのはたった一度だけ昔に会話を行った、この繋がりからである。

 それだけとは思うなかれ、極めて多くの軍人は顔も名前も知らずにいる、その中で親しく話をしたとなればぐっと数が少なくなる。

 同じ作戦についたとなれば仲間としてもはや一生もので、今後何年経過しようとも戦友たる関係が変わるものではない。


 軽く頷いてから簡単なCG画面が映し出されているスクリーンを見ると上方に青く点滅するミューズ、青の船マークでランスロット、その右側に小さな三角と四角が幾つか表示されている。

 三角が輸送機で四角が空挺部隊、市場マーク――三角に横棒――はヘリコプターと一目でわかる。


 一方で半透明な地図が背景になっており、赤い丸がオランに置かれていた。

 そこへ緑の四角が現れて赤へと近づいて行く、小さな青も一緒にある。アルジェリア警察の先導者としてマリー少尉らが同行しているのだ。


 ヘッドフォンをつけた通信士が何か情報を拾おうと目盛を調整しながら聞き耳をたてている。

 島は予備席に座ってボタン一つでスピーカーモードに出来るようしながら、現地からの状況を画像で確認していた。

 ヘルメットの横につけられたペンカメラからのものなので、画質は荒い上にカットがやけに間延びしている。


「警察が屋敷に踏み込みます」


 見ていたらわかることでも役割なのだろう、そのように声をあげる者がいた。


 警官隊が踏み込む姿が映り後ろから兵がついてゆく、当然中はもぬけの空で所在なさげに警官があたりを見回している。

 建物を捜索するように命令されたのだろう、警官が慌ただしく散っていった。


「まあこうなるでしょうな、次なる一手は検問ですか」


 大尉が後ろからそのような見通しを述べてくる、逃がすために行っているので検問は騒々しくも雑に実施されていく。

 心理戦の様相を呈してきている、相手が運を天に任せてモロッコ方面への検問を通過するようならば取り漏らす可能性が高くなる。


「列車も空港も時間外だ、市内に潜伏してそれを待つか動くかだ。海上への逃亡はミューズの警戒網に引っ掛かるはずだ」


「偵察群司令としてはこうまで事前情報があり見逃したら二度と海へは出られません、ご安心の程を」


 オランとカタルヘナ間の公海上に位置どり、東西に一隻ずつピケット艦を置いて、それらの外側にレーダー巡視艇を走らせている。

 海上だけではなく上空も水中も見付からずに通過するのは至難の業と言えよう。


「歴戦のテロリストの親玉が黙ってやり過ごせないと考えれば動く、動くならば運任せにはしないだろうさ」


「誘いが罠と知っても動きますかね?」


「動くさ、アメリカはビン=ラディンだって隠れているのを見付けた、それは惨めな最期だったはずだ」


 ――テロリストの末路を知っているなら逃げて逃げて、逃げ切れなければ戦ってから死ぬのを選ぶだろう、ムジャヒディンは戦士として死ねば極楽にいけるわけだからな!


 見込みがなくなればアッラーアクバルと叫んで玉砕する、そうなるように仕向けようと色々と仕込みをしてきている。

 夜明けになったらヨットも全て押収するようにと時間差で警察に通報予定であった、もし間違って海を選んだ場合にアメリカで捕縛出来るように。


 現地の武官経由でいくつか情報が入ってきた、主に蜂の巣をつついたかのような騒ぎの責任がどこにあるかの牽制だったようだが。


 逃げ遅れた一部のイスラミーア構成員がついでに逮捕されたと続報が入るが、アブダビ他の幹部の行方が判明していない。


 島のところに写真が二枚届けられた。NASAへ軍事衛星利用の依頼をしていたものである。

 オランから南へ四百キロマシュリーヤまでの範囲、特に都市間の道路を夜間に走る車を調べさせた、一時間経過するごとに南へ五十キロずつスライドするような監視でと注文をつけて範囲を限定して。

 街から郊外へは七台が動いたらしいが一時間後には五台に数を減らしていた。


「用意周到なことですな中佐。最初に消えた車は無関係でしょう」


「そうだな、この五台に本命ありだと思う。もう二時間もしたら出撃だよ、向こうは頼んだ大尉」


 自らはミューズで後方指揮を行えば充分だと判断して後からの追跡空挺バイク小隊も別人に任せてしまう。

 緊急事態が起きずに推移したため武装待機のレベルを下げて休憩を挟む。


 ――輸送機の足ならば二時間後に飛んでも先回りに充分だ。チョッパーも同じだろうな。

 出来れば相手の規模を知りたいがそうも言ってられんか、一台は幹部のものだとしても四台はトラックの可能性がある、最大見積もっても四十人以下にしかならん計算だな。


 幌つきのトラックにギチギチ満載は考えられないのと、深夜の召集にそこまで迅速に対応出来るかが疑問の為、やや低めに想定する。

 むしろ幹部と数人の護衛しかいないと考えても良い。


 ここで数を読み違えると孤立無援の砂漠で劣勢な戦いを強いることになってしまう、増援は良くて二時間後になってしまう。


 イスラミーアの構成員だと断定されている者は殆ど所在不明で、構成員と疑いがあるだけの者は二百人近い。

 資料を片手に五台が拡大解析出来ないかを依頼する、三分程で十倍解析可能との返事が帰ってきたので出撃規模の判断を一時間先送りすることにした。


 ――仮に幹部が壊滅したら残るやつらは組織の継承で争うだろう、そこに居ない時を想定するんだ。

 アルジェリア軍に国境付近を警戒するよう武官筋から要請させよう、これはジョンソン大佐にお願いする必要があるな。

 駅での警戒を潜り抜けたとしても車内ではそうも行くまい、車中に捜査員を置くように進言しよう。

 空港は国内線も国際線並みにチェックするよう呼び掛けて、か。


 思い付いたものを上級曹長に手配させる、一瞥して不明が無いために頷いて通信士のところへと向かった。


 ――もし追い詰められてテロを命令するとしたらどこのやつらが動くだろうか?

 アルジェリア内で警察が厳しくはない場所でより効果的に活動可能な地域、更にチュニジアに介入しようとしていたわけだから東部だな、タバッサ、トゥーグルトなどは例の待ち伏せ待機に巡回をさせるか、これはブロンズ大佐に要請だな。


 自身に出きることは他にないかと思考を巡らせる、医療や対外折衝は司令官が処理するため、より現場で必要な何かを支援するのが役割である。


 ――もし南部にやつらの訓練基地でもあったらどうだろうか、増援に百や二百は現れたりするのでは?


「上級曹長、アルジェリア南西部、アインアルサフラーにイスラミーアの訓練基地が無いかを確認しておくんだ」


「はい、各所に問い合わせます」


 今の今まで思い付かずにいた、何もないところから戦士が産まれてくるわけではない、テロリストとて訓練はするのだ。

 どこでそれを施すかと言えば人里離れた場所、それだけは間違いない。


 特に状況に変化がなく時が流れる。注文してあった衛星写真が二枚届けられる、一枚は同じ倍率での経過写真でもう一枚は十倍解析である。

 付箋でトラックの形状推測が書き込まれていて、二十人乗りのトラックが三台とセダン一台、ジープ一台である確率が八割見当と示されていた。


 ――セダンに幹部、ジープに戦闘指揮官、トラックに三十から四十五程度の兵員だろう。

 空挺降下には小隊三つで当たらせるようにブロンズ大佐へ通信だな。

 上空援護するにしてもこの距離では燃料が持たない、シディベルアッベスで中継できないものだろうか。


「上級曹長、ブロンズ大佐へ百二十名以上での空挺を一時間後に出発で要請を。敵はトラック三、ジープ一、セダン一だ」


「ダコール」


 通信士にランスロットのジョンソン大佐と回線を繋いで回すようにと命令する。


「中佐、何か進展があったか?」


 ヘッドフォンを通じて聞き覚えがあるトーンで声が伝わってくる。


「今のところありません、ブロンズ大佐に一時間後の出撃を要請したところです。大佐、ランスロットから攻撃ヘリ二機をマシュリーヤへ飛ばして頂きたいのですが」


 少し沈黙があってからノーとの返答が出される。


「帰路の燃料が足らなくなってしまうはずだが?」


「シディベルアッベスで給油してからマシュリーヤへ飛べば計算上十分程度は戦闘可能な時間が産まれます。いかがでしょうか」


 地図上の距離をコンパスで簡単に確かめてヘリのカタログ性能から考えたものだから確実とは言えない。


「操縦士と検討してみよう、すぐに答えを出す。ほかにあるか」


「ありません」


 通信を終えて五分ほどだろうか、先の程の提案を受理するとの通信文がもたらされた。

 これで歩兵の数でも倍以上で圧倒出来る上に挟み撃ち、そして空中からの支援も受けられることになった。


 同時にやっておかねばならないことが出来たためにブロンズ大佐にと繋ぐ。


「イーリヤ中佐、準備は整っているぞ」


 心なしか満足げな感じが伝わってきた、戦闘経験が得られるのが嬉しいのだろう。


「これで恐らくは幹部のうち数名は処理可能でしょう。大佐殿、もうひとつの手配をお願いいたします」


 連絡した用件が別にあるのを明かす、この期に及んで兵力の追加など無意味ではなかろうかと疑問に感じる。


「砂漠の真ん中でほかに逃げ道でも見つけたかね?」


「玉砕覚悟の幹部がチュニジアへのテロを命令してから戦う可能性があります。トゥーグルトが準備滞在に適しているように思われます、トゥーズルへ即応部隊の待機を要請いたします」


 アルジェリアの最南東の都市トゥーグルトは一部のオアシスを頼りに町が置かれていた、そのため人口は少なく政府の影響力も少ない。

 テロリストはそこへ援助をして手下を置くような方法を好む、金や物で簡単に拠点が設置出来るために。


「あの湖付近の街を迂回することはないだろうな、となればその方面からは確実に通過するだろう。しかしこれから準備となると時間的にちときついな……」


「チュニスに自分の部員でグロック先任上級曹長が居ります、その者にトゥーズルで四十人規模の一時拠点を用意するよう命じてありますのでご利用の程を」


 アメリカ軍に秘密で準備させたサイードの拠点を利用させようと提供を申し出る、ヘリで二時間かからずに到着するだろう。


「何だって、それならばすぐに配備しよう。現地と調整させておく、タバッサ方面は可能性が薄いだろうな」


 タバッサからチュニスよりはアンナバを使ったほうがマシである上に、やはりトゥーズルへ南下してからチュニスへ向かう道しか無いのでかなりの奇抜な位置取りになってしまう。


「百あるうちの一か二程度でしょう、九十はトゥーグルトです。残りはアンナバですが、それは発見してからヘリで急行しても三十分とかからないです」


「その通りだな抑えるべきはトゥーズルだろう、了解した」


 通話を終了してグロックに協力するように端的に命令を下す、当然いつものように一言ダコールとだけ返事があった。


 ミューズ内で放送が流れる、休憩が終了して待機が再度発令された。

 出撃十分前になり兵員が垂直離陸を行う機へと乗り込む、大尉には敵の予測進路が書き込まれた写真が渡される。


 爆音を発して離艦の後に追撃の空挺バイク小隊もヘリで発進した、こちらはややしばらくバイクで移動の必要があるだろう。


 ――そろそろ良いだろう、アルジェリア警察にもお裾分けしておかねばならんからな。


「上級曹長、貸ヨットの情報をオラン警察に渡してやるんだ、マリー少尉を経由してな」


「ハミドですね、中佐の来訪を首を長くして待っていたのでしょうね」


 待ち人が来ないのはよくあることさ、と軽く受け流して海上の様子を尋ねる。


「少佐、逃走者らしい影はあるか」


「ありません、タンカーや船団がスエズからジブダルタルといったところです」


 足が遅い輸送船団が昨日午前に運河から出航するとちょうど警戒をしているあたりを通り掛かるらしい。

 沿岸線を監視して居るためにそれらと合流でもしなければ船団はアブダビらとは無関係と判断してよい。


 国境アルジェリア軍からも大者が網に掛かったとは伝えられない、やはり車で脱出した線が濃厚だろう。


 プレトリアスがメモを手にして渋い顔で内容を伝える。


「テロリストの訓練所らしき施設が該当地域にあり、凡そ二百人が出入りしていると確認がとれました」


「参ったな結構な数になっちまう、現地の軍などどれだけ居るかもわからんな」


 まずはブロンズ大佐に通報させておいて対策を思案する。


 ――第二陣を降ろすにしてもバイクがあるかどうか、近くに降下すると打撃を受けるだろしな。

 シディベルアッベスに向かわせたチョッパーが鍵を握るかも知れん。

 燃料を別に積んで砂漠で降りて給油はどうなんだろうか?


「艦内のヘリコプター操縦士を一人呼び出してくれ」


 至急艦橋に連絡するようにと放送が流れる、それから十数秒でコールがくる。


「ゴールドバーグ中尉です」


「イーリヤ中佐だ。チョッパーだが、現場が遠く十分程度しか滞空不能だ、これを延長する応急的手段はないか?」


 ざっくばらんに質問をぶつける。


「二つあります、使い捨ての増槽を抱えるか、燃料を積み込んで手作業で給油が可能です」


「既に作戦中なので積込を選択しよう。一時間とは言わないが一戦闘活動するにはどのような準備が適当だろうか」


 頭の中では灯油のポリタンクやドラム缶しか浮かばないが。

 それを積んで戦闘前に給油してから飛び立つか、はたまた抱えたまま戦うか。


「燃料缶を一本ぶら下げて飛び立ちます、発信器を仕込んで砂漠の真ん中に下ろしてから戦闘、帰路でピックアップが安全でしょう。周囲に誰か潜んでいても持ってかえるわけにもいきませんから」


「なるほどそれなら引火の可能性も増えずに軽い機動戦が可能だな! ガソリンと二本引っ掛けても大丈夫だろうか?」


「燃費は悪くなりますが性能的には全く問題ありません」


「参考になった、ありがとう中尉」


「お安いご用です、サー」


 運用方法を確定させてランスロットに再度連絡をした。ジョンソン大佐を経由させ、他にも良い運用があればそこでストップさせるつもりで。


「大佐、イーリヤです。一つ案があります」


「訓練基地の対応についてだな」


 ちょうどあちらでも考えていたようで話を聞く態勢になっていた。


「はい、シディベルアッベスに向かわせているチョッパーに燃料持参で向かってもらおうかと。それならば一時間弱参戦可能になります」


 言葉の意味を反芻する、それと同時に増援にも適用出来るなと判断した。


「用意させよう。あの数がまともにきたら火力が心許ない、弾薬の追加も手配しておく」


 戦術的な逐次投入を避けるために部隊が一度に集まるよう調整するのはランスロットの後方司令部の役目だ。


「これが落ち着いたら自分はチュニジアに入ります」


「そちらがメインだからな、後は眺めていてくれ」


 戦いやすいようにとやれることは全てやりおえた、結果を待つのも落ち着かないものである。


 ――こいつはいかんな、どうやら前に居ないとストレスが溜まるらしい。


 苦笑している島をチラリと見た上級曹長が口の端を少しだけ上げた。


 朝焼けの空に無数の点が漂っている。

 輸送機から産み落とされる落下傘が等間隔で砂漠に着地すると、すぐに傘を切り離して荷物の回収と集合を行う。


 バイクのエンジンを点火して偵察を兼ねた少数のグループが先行する。

 ロマノフスキー大尉が海兵隊の指揮官、クックフォード大尉に写真を見せて現在地と目標を推測する。


「街の側からテロリストの卵が押し寄せてくる可能性が高いそうだ、少数の監視を置くのはどうだろうか」


 同じ階級ではあるが基幹部隊は海兵隊なのでロマノフスキーが指揮に従う形で組み込まれている、だがクックフォード大尉は実戦経験がないらしく不安を抱えていた。


「奇襲を受けたらたまらんからな、一部隊残していこう」


「主力の右手に迂回部隊を小隊規模でまわしては?」


 なるべくならば正面は壁として足止めに使いたい。


「なぜ右手?」


「太陽を背にして戦えるからだよ大尉」


 単純な効果ではあるが極めて有効だと学校で教わったのを思い出して顔を赤らめる。


「他に何か注意点はあるだろうか?」


 頭から抜け落ちていることがないかを尋ねる、五歳程年下のクックフォードは経験者から知恵を引き出すことにしたようだ。


「アッラーアクバルと唱えて突っ込んできたら無理にこちらから攻撃しないことだ、近づく前に自滅するよ」


 レバノンでの出来事を思い出してイスラム教徒の行動を予測する。


「後方のテロリストがやってきたらどのように対応を?」


「まずは足を止めさせるんだ、部隊を二つに別けて後方に移動させる、五百メートルもあれば背中は撃たれんよ」


 こちらが有利なのはアブダビだけを仕留めれば勝ちになる部分だと言い聞かせて安心させてやる。


 ――実際は一人も逃さんで全滅させてやるがな!


「オーケーそれでやってみよう。北側からの追跡小隊が着たら終了だな」


 無理にでも作った笑みは部下を落ち着かせる、錯乱したり落ち込んだりしている指揮官を兵は望まない。


 バイクにまたがり砂丘を越えて北進する、巻き上がる砂塵は経験が無いものが見たら大軍が押し寄せてきているかのような錯覚に陥るだろう。

 煙で大体のところ数が推測されるのは数千年前から変わらない。


 先頭を走るバイクがトラックの砂塵を見付けたのは降下してから三十分と経たない場所でのことである。

 すぐに引き返して迎撃しやすそうな地形を探して後続が辿り着くのを待った。


 遅れること十分、目安で十キロメートル弱の距離を隔てていた本隊が、砂丘の頂点からほんの少し下がった場所に伏せている味方を見付けた。

 ゆっくりと接近して双眼鏡で北側をじっと見る。

 遥か先に砂が舞い上がっているのが微かに確認出来た。


「あれだな、中尉は四十人連れて右側から反時計回りで敵の側面を攻撃するんだ」


 ロマノフスキーに言われた通りに部隊を迂回させる、後方のラインを設定するために距離を計って目印を立てさせる。

 周りに何もないために距離感が掴みづらいので、五百メートルのつもりが倍になってしまったりすることがある。

 もしそうなれば援護にまわるための時間にズレが生じるなどしてしまうために、簡単に距離を知る方法を用意する。


 武装の有効射程が四百メートル程度の突撃銃なので本隊から五百メートル下がった場所にも目印を設けた。


 迫撃砲を設置して千メートルで目盛りを切っておく、兵が一人走って手前側からしか見えないように予め距離を示す目印をつけて戻ってきた。

 最新式をちらりとロマノフスキーが覗いて見ると、ワンタッチで水平がとれるオートレベル機能がついたものだった。


 ――便利なことだ。衝撃でオートが故障したらパニックだろうな。


 便利さに慣れると手痛いしっぺ返しがくると心で呟く、自分の直属混成小隊――こちらはミューズ水兵と海兵隊混合――に安全装置をまだかけておくように軍曹を通じて命じておく。

 緊張した者が無意識にトリガーに指をかけてしまい発砲することが時々ある。


 地上戦闘に慣れない水兵ではあるが、本部にいる若い大尉と自身らの指揮者である大尉を見比べて安堵していた。

 どれだけの落ち着きを持っているかが即座に信頼に繋がっているかがわかる。


 視線に気付いたロマノフスキーはことさら余裕を見せるために煙草に火をつけて吹かす、夜中ならばそれが遠方から目につくが朝日が照り付ける砂漠では見付かりようもない。


「目標まで三千」


 測距双眼鏡を構えている軍曹が声をあげる、合図が送られて戦闘態勢へと移行する。

 各グループで伍長らが兵の様子を盗み見る、バイクのエンジンが再始動されて迂回小隊の中尉が防塵マスクとゴーグルを着用して砂丘の陰に潜む。


「距離千五百」


 クックフォードがロマノフスキーに視線を送る、小さく頷いた。

 千の目印に到達する手前で大尉が手をあげて攻撃を命令する。


「ファイア!」


 一斉に迫撃砲からすぽんすぽんと砲弾が発射された、きぃーんと不気味な音をたてて砂漠の道を一列縦隊で走る車へと降り注ぐ。

 突然周囲に爆発が起きたために急ハンドルを切る、うねる砂地の下側に頭が流れた。


 慌てたトラックのうち一台だけが転覆して残りは停車し兵士を撒き散らした。


 四秒に一発の割合で迫撃砲が降り注ぐのは変わらず、そこから逃げると同時に反撃をしようと砂丘を登って近付いてくる。


 大きく迂回している小隊が位置につくまでは散発的に応戦して被害を少なくするように努める。


 予想より遥かに早く後方に残してきた監視から通報が入った。


「南部より武装集団らしきジープやトラックが向かってきています、距離を保ちながら後退します」


 渋い顔で了解を伝えて少し悩んでからロマノフスキーを手招きする。


「ロマノフスキー大尉、最早後方から卵が出てきたようだ、追跡小隊は間に合わない逆に挟まれた形だ」


「まあ落ち着け、やってくるにはまだ十分以上ある。卵にちょっかいをかけて足を鈍らせてやろうじゃないか。兵にまだなれてないような奴らなんて、幾ら居ても何てことはないさ」


 プレトリアス伍長を呼んでミューズに繋ぐ。


「小隊を一つ妨害に宛てさせる」


 クックフォードは右手の予備を指揮している少尉に命じて後方へ走らせた。


「少し眼前で失礼するよクックフォード大尉」


 そう断ってから伍長の差し出す受話器を取って耳に当てる。


「グーテンモルゲン」


 取り決めしてあったようにドイツ語で話しかけた。

 ミューズでヘッドホンをして構えていた通信士がすぐにホールドアップしてスピーカーに切り替える。

 島が後を引き継ぎお早うの呼び掛けに答えた。


「やあ清々しい朝を迎えてるかい」


「ご機嫌ですよ。あと十分程で前後に敵を受けます、何か裏技はないですかねボス」


 テーブル差し向かいで世間話をするかのように通信をやり取りする。

 クックフォードが少し意外な表情を見せた。


「やっこさんも随分と早起きみたいだな。弁当持参でチョッパーを二機飛ばしてある、もうすぐ上空支援に現れるはずだよ」


「大切なことを秘密にするなんてつれない態度ですな」


「君が飛んでから用意したものだからな、そう拗ねるなよ戻ったら旨い酒をおごるよ」


 持っていた受話器を伍長に返して大尉に説明する。


「イーリヤ中佐がこちらにチョッパーを二機派遣中のようだよ、もうすぐやってくる」


「しかし距離的に戦闘は五分位にしかならないのでは?」


 中継が出来て戦闘まで出来るならば空挺降下をする必要もないために疑問に思ったことを口にする。


「なに上手いことやってくれるさ。さて俺はどうする、大尉命令を」


 地上戦闘が役割だよ、と指揮官の命令を催促した。


「ロマノフスキー大尉に後方部隊の指揮をお願いする」


「ラジャー」


 バイクにまたがり砂丘を二つ越えると稜線の向こう側でジープと撃ち合っているバイクが見えた。

 混成小隊を幅広く展開させて迫撃砲を設置する、小型の無反動砲も足元に置いて準備させる。


「諸君よく聞くんだ、これから射的の練習をするから点数を稼ぐんだぞ。相手はテロリストだ、子供に見えても躊躇するな、善良な者は武器を抱えてわざわざ軍に向かっては来ない」


 訓示を与えて戦闘準備に入らせる、少尉に砂丘まで後退するよう無線で命令する。

 少し距離を置いてテロリストたちが機銃を連射して追撃してくる。


 大体の目測で構わないと混成小隊に前置きしてから攻撃を命じた。


「迫撃砲急射開始!」


 面を制圧するために味方のバイク後方に迫撃砲弾がバラバラと降り注いだ、狙いはつけずに二秒ごとに砲弾が射出される。


 慌てて回避運動を始めた敵が左右に別れて車を止め、そこから徒歩で砂丘を昇る。


 ライフルで応戦しながら時たま手榴弾を転がしてやる、すると高いところから自然と下へと行くために伏せたままでも遠くへと到達させられた。


 撤退してきたバイク小隊が合流して戦線に加わった。

 少尉がかけてきてロマノフスキーに敬礼する。


「ほいお疲れさん、良い仕事をしたよ少尉は」


「ありがとうございます大尉殿」


「早速で悪いが迫撃砲班を連れて一つ後ろの砂丘にまで下がってくれ、時間を稼いだら俺も下がる」


 ほれ急げ急げと腕を叩いてやり笑顔を見せる。

 二人一組で四班ある迫撃砲グループを率いて後退準備する、迂回小隊が最後にライフルで斉射してからその場を離れた。


 テロリストが意気を上げて肉迫してくる、散発的に応戦しながら足止めするがジープに乗ったやつらが左右から挟み込むように攻撃してくる。


「無反動砲班を出せ、右手の車両に集中してあてるんだ!」


 片方だけに反撃を加えて背面をとられないように注意する。

 軍曹の号令で二基、また二基と発射すると三発目でジープが爆発してテロリストが五体を別方向に散らして動かなくなった。


 さらに左手にいたジープが直進して完全に挟み込もうとすると速やかに撤退との命令を下して、一旦右手――つまりは西側――に向かいバイクで逃走する。


 それを追撃しようとするジープの更に東の外側、数台のバイクが回り込もうとする姿勢を少尉の部隊でちらつかせた為にジープは仲間のところへと引き下がっていった。


 悠々と引き離してロマノフスキーが合流する。


「少尉、良い気転だった助かったよ」


「大尉殿の指揮が見事だったから余裕が出来ましたので」


「実は、帰ったらボスから酒の奢りがあるんだ、一緒に呑むかい」


「喜んで!」


 軽い負傷を治療して最終防衛ラインまであと一つ砂丘を残してテロリストを待ち受ける。

 上空を軽やかに舞う戦闘ヘリの姿がクックフォードのいる主戦場に響く。


 それを助けるために卵達が向かおうとするが意地悪く要所に居座ると射撃を加える。


「少尉、あのジープを破壊してしまうんだ、そうすれば奴らに足が無くなる」


「わかりました大尉、気の毒ですが砂漠を歩いてもらいましょう」


 今度もまたバイクを使って大きく太陽に向かって走り側面を確保する。

 半数が下車して砂を踏みしめて射撃ををしつつ混成小隊を援護する位置についた。

 迫撃砲がまた発射されてテロリストが後退するにも出来ないように前進を誘導する。


 砲撃から逃れるように窪地に集められる、武装ジープが側面を脅かしている分隊を攻撃しようと動いてきた、その退路をたつように残りの半数でジープを半包囲する。


 輪から抜けようと機銃を乱射しながら走らせるが、伏せていた歩兵からの無反動砲で穴が開いた窪地にタイヤがはまって横転する。


 事後を歩兵に任せて少尉が速やかに南へ向かう、トラックを壊滅させるために。


 ロマノフスキーが海兵隊分隊の軍曹に半数で右手にまわって窪地を完全包囲する策をとった。

 同時に少尉にトラックを破壊したら迫撃砲が降り注ぐあたりに移動するよう命じて袋の口を閉じる。


 混乱した教官は訓練中の子供では最早突破が不可能だと考え捨て身の攻撃を命じた。

 硬い表情の兵を前にして「アッラーアクバル!」と唱和させる。


「部隊に通達、向かってくる敵を正面に捉えるな、やり過ごして脇腹をつついてやるんだ!」


 ロマノフスキーから対応策が素早く伝えられ、相互に隣の部隊の正面にいる敵を狙い撃ちして身を隠しながら戦う。

 数分で鎮静化して残った教官のテロリストが手榴弾を手にしたまま、片手で銃を撃ちながら走って頭を撃たれてから爆死した。


 全滅させてからも死んだふりをしている奴がいるとも限らない為に少し様子を見る。

 動くものが居なくなったのを確認して部隊を集合させた、その時にクックフォードから入電した。


「こちら本隊、後方部隊、敵を全滅させたすぐに援護に向かう持ちこたえてくれ!」


「ロマノフスキー大尉、こちらも先程全滅させたよ。戦場掃除をしてから合流しよう」


 事も無げにそう報告するとクックフォードが耳を疑う。


「半数以下の味方で敵を全滅?」


「勇敢な海兵隊少尉の活躍でね、帰着したら乾杯の為に少し貸してもらうよ」


 念のため銃剣を装着して死体に突き刺していく、頭数を数えて一ヶ所に引きずっていき並べる。

 こうしておけば後方支援の要員が片付けに現れるわけだ。


 爆死した教官の死体を調べると胸ポケットから一枚のメモが見付かった。

 アラビア語のため誰も読めずロマノフスキーのところにと提出される。


 それにはチュニジアでのテロ計画があると書かれており、それに沿った要員を派遣するようにとメモされている。


「伍長、ミューズを呼び出すんだ!」


「終ったようだねお疲れ様」


 まずは労いの言葉をかけてくる。ロマノフスキーは軽口を脇に避けて要件を速やかに切り出す。


「中佐、奴らの教官格と思われる男のポケットからチュニジアでのテロ計画が書かれたメモが見付かりました。こいつは今日明日の話みたいです」


「やはりそうきたか、サイードのところに詰めさせている、チュニスでも警戒するように再度呼び掛けておく」


 サイードがどこに配備されていたかを思い出し規模をも推測して頷く。


「自分らは迎えが来るまで砂漠でバカンスを楽しんでおきましょう」


「ああゆっくりしてくれ。大佐が追加のチョッパーを出したはずだが、とんぼ返りだな」


 備えなんてのは無駄になるに越したことはないよ、と締めくくり通信を終えた。


 死体処理が終わり整列した部隊にロマノフスキーが声高らかに命令する。


「各自日陰を作ったらそこで休め! 無理に働こうとして倒れるんじゃないぞ」


 熱帯地域での活動が長い彼としては真剣な命令であったが、海兵隊の兵士たちはついつい互いを見あってしまった。


 プレトリアス上級曹長を引き連れて連絡ヘリでミューズからランスロットへと場所を移った。

 軽空母の甲板に着地するとアンダーソン中尉が出迎えにきてくれていた。


「わざわざすまないね中尉」


「いえお気遣いありがとうございます。聞きました、アルジェリアは成功らしいですね」


 歩きながら話を続ける、少し興奮しているようだ。


「実はまだアブダビの死体が確認されていない、発見報告が上がるかも知れないし、このまま行方不明になるかも知れない」


 全身黒焦げであったり、頭に命中弾があれば本人特定は極めて困難になってしまう。

 影武者が居たり代理を名前だけでいかし続けて統制をとるために、生きるのが絶望的になったら手榴弾を顔のそばで爆発させるのも常套手段なのだ。


 作戦指令室には准将と二人の大佐が詰めていた、リベラ少佐は通信室に居り緊急性がある報告を収集しているらしい。


「まずはテロリストに対する勝利、素直に喜ばしい」


 准将が満面の笑みで島を迎えて着席を勧める、流石に空気が軽く成功を祝う雰囲気が伝わってきている。


「ありがとうございます閣下、ですがこれは目標のチェックポイントの一つでしかありません」


「相変わらず慎重で何より、軽率なものは寿命が短くなるからな」


 ジョンソンが口元を吊り上げながらそう評する、言葉と表情が一致していないが誰も指摘はしない。


「それにしても、クックフォード大尉が百二十人と戦闘ヘリで敵四十人を壊滅させたのに対し、中佐のところのロマノフスキー大尉は、混成小隊との戦力八十人で敵二百人を全滅。いやはや情けない結果に俺は顔を覆いたいものだ」


 自らの海兵隊こそ一流の戦闘集団だと訓練に励んできた、そのブロンズ大佐があまりの指揮能力の違いに溜め息をついてしまう。


「クックフォード大尉は敵の中枢を、ロマノフスキー大尉は訓練中の素人を相手にしたためです、同条件ならば結果に開きはないでしょう」


 事実有象無象などいくらいても邪魔な足手まといにしかならない、それでもペンタゴンへは数字を並べて報告する以上は見る側次第なのだ。


「ジョンソン大佐、中佐とその部員だが海兵隊に貰えないだろうか。俺の後にしたい」


 ブロンズが証人がいる場で所属変更を申し出る、ジョンソンが是と言えば成立するのだろう。


「馬鹿を言うな、中佐は俺の後継なんだ。欲しかったら貴官も見付けてくるんだ、砂漠でも海でもジャングルでも駆け回ってな」


 白い歯を剥き出しにて首を横にふる、その顔は部下を高く評価してもらい嬉しいと言っている。

 そのやり取りを見ていた准将が三人ともが麾下に居たらどれだけ心強いかと考え提案する。


「本作戦が成功に終われば俺と幕僚は昇進が約束されている。同じ顔触れで次の作戦を行えるよう申請しようじゃないか」


 相性は存在する、成功確率が高くなるならば上もそれを承認する可能性が高い。


「誠に嬉しい限りではありますが、自分には新妻が居まして作戦終了時から少し休暇を頂く予定でして……」


 言いづらそうにそう言葉を挟む。


「そうだったな中佐、先月結婚したばかりで新妻と二日しか過ごしてないとか。先は長い楽しみにしておこう」


 ジョンソンが本人の意思を尊重すると纏めたため場が収まる。

 思い出したかのように本題にと話題が移る。


 ずっと無言でいたアンダーソン中尉が大佐に促されて進行する。


「アルジェリアのイスラミーアに打撃を与えたため暫くは活動が鈍ると見られます。ですが残党がテロ計画を実行する可能性があるため現在一個小隊をチュニジア南部のトゥルーズへ詰めさせております」


 報告書を捲ってから准将が質問する。


「彼の地には拠点設営の報告が無かったがどのような状態だろうか」


 視線は部隊を指揮するブロンズへと向けられた。


「四十八時間以内の滞在場所は中佐が予め用意していたため、現在中期滞在場所の確保中です。街道筋の警戒は班編成で既に実施中なのでご心配なく」


 島は無表情でいる、ジョンソンは自らが指令した内容を正しく理解していたのを再確認した。

 概要と配備兵力を説明して認識を共有しておく。


「チュニスに忽然と現れてテロを起こすことも考えられます、休暇を与えて私服で巡回などは可能でしょうか大佐」


「可能だ。政府との折衝には時間がかかるだろう、観光都市なせいもあって軍服はお断りになるやも知れんな。この際は私服でも仕方あるまい」


 チュニジア政府が簡単にうんと言うわけがない、言いたくとも他国の兼ね合いがあり国連を通さずにアメリカ軍だけに頼るのは、市民の反発も出てくるだろう部分も想定しなければならない。


「一応の警告と交渉はこちらでやっておこう。ブロンズ大佐は私服組を準備だ。ジョンソン大佐、拠点は確保出来ているかね」


 出来ていると承知でそう確認する、出席者に知らしめる為に。


「実はエージェントを通して用意した拠点は敵に筒抜けです、そこで中佐に極秘で別に確保させてあります」


 またまた島に視線が集まる、言わずとも説明を行う。


「エージェントに先立ち部下に拠点を用意させました、四十人規模です。ただしこちらも勘が良い者が探れば露見するでしょう」


 一旦言葉を区切って上官らを見回す、それで終わりではないのを知って続きを促すような顔である。


「そこでエジプト人を雇って皆に知らせずに確保させてあります」


「エジプト人? そいつは信用出来るのかね」


 罠にかかれば部下が犠牲になるためにブロンズが渋る、金次第でどうとでも転ぶ連中だと。


「彼は昔一緒にターリバーンと戦った戦友です」


「ほう、どこでだろうか?」


 テロリストと戦う男ならば同志だと言わんばかりに興味を持つ。


「数年前――南スーダンが独立した直後ですが、スーダンの西部にあったターリバーンの化学工場を破壊する作戦を行いました、破壊失敗で施設は生き返りましたがね」


 苦い経験談を披露する、大失敗は後にも先にもあれだけで結構と。


「あれは中佐の仕業だったのか!? ……だがしかしあの施設閉鎖されたはずだが」


「えっ?」


 ジョンソン大佐が当時の状況を語ってくれる。


「前々から彼の地にターリバーンの拠点があるのはわかっていた。だが今度はトマホークを叩き込むわけにいかんからと外注したわけだ。それに当時の中佐が応募したわけだな」


 そこまでは聞いていた内容と全く同じであるために肯定した。


「DIA――軍の情報部――からは施設の電子装備一切が破壊で修復不能を確認したとなっていたが?」


「自分は衛星写真で直後の点灯を見せられ不完全破壊だったと知らされましたが」


 話が食い違う為に幾つかの懸念が持ち上がる、大きくわけて三つだ。

 一つは大佐が誤って覚えていた、二つはDIAが誤った結果を採用した、三つは島が誤った結果を信じた。

 もしDIAのミスならば危険が野放しになる恐れがあるために至急アンダーソン中尉に確認させる。


 部屋を出たアンダーソンがメモを片手に戻るまでに十分と要さなかった。


「報告します。DIA事案E51354号、化学施設の無力化に成功、FのS.C・C」


「情報部では多重の結果確認を行っているので間違いはないぞ。結果確認後に修復不能になった可能性はあるだろうが……」


 ジョンソンが気を使って騙されたとは言わないが、島は話を聞いた瞬間にそう感じた。


「フランスのコロー退役大佐。どうやら自分の不注意で一杯食わされたようです、幸いに報酬や死亡補償は行えましたので、授業料だと思って忘れます」


 今更過ぎたことを掘り返しても何も始まりはしない。

 絶妙のタイミングで准将が言葉を挟む。


「トゥラー教授とリベラ少佐を呼ぶんだ、報告は艦長が受けるようにしておけ」


 大佐に目で促されてアンダーソンがまた使いに走る、中尉は部隊では中の上程度の立場になるが、幕僚会議では最下層の雑用係でしかない。


「ところでスーダンにはロマノフスキー大尉も一緒に?」


「はい、彼はレジオンで自分が伍長になったときに声を掛けてから退役後も一緒です。ずっと紛争地帯で戦ってきました」


 ブロンズ大佐がむむむと唸る、そのような経験者を最前線に出して死なれでもしたら損失だと言わんばかりに。


「レジオンを退役した後はどこで戦いを?」


「それは――この地中海東の沿岸、レバノンです、一年そこそこでしたが」


 話がそこまできたので隠す必要はないと判断してかジョンソンが繋げる。


「聞いて驚くと良い、キリスト教徒でもイスラム教徒でもないレバノン軍人とはイーリヤ中佐とロマノフスキー大尉のことだよブロンズ」


「――それは、レバノンのヒズボラ撃滅時に使われたフレーズじゃないか!?」


「正確にはフォン=ハウプトマン中佐の麾下での話です」


 慎ましやかにそう修正するがだからと色褪せることでもない。


「どうやら中佐は対テロリストのスペシャリストのようだな、覚えておこう」


 ノックされたことで話題を中断させるように准将がまとめた。

 リベラ少佐がドアを開けトゥラー教授を招き入れる。

 アンダーソン中尉は艦長のところで控えているようだ。


 艦内とはいえさして狭くはない会議室だが、男ばかりが六人も集まると圧迫感を受ける。

 全員が着席したところでジョンソン大佐が説明を始めた。


「チュニジア国内の情勢について概要を説明する。依然としてアンナフダ党が躍進を続けているが、イスラミーアからの支援は早晩滞るだろう。他のイスラム団体からの支援が始まるまでには幾ばくかの時が必要だろう。リベラ少佐、続きを」


 イスラミーア排除を成功させたことだけを簡潔に伝えておく、トゥラーは余計なことを知らないほうが良いからと。


「チュニジアの政情を報告します。裁判所により政党解散を行った立憲民主連合所属だった者達のその後はトゥラー教授が担当しておりますのでその他を。政府閣僚は劇的な法案が一切通過しないため与党連合を求めております」


 詳細資料を渡されてあまりに散り散りになっている国会勢力に不安定さを感じるばかりだ。


「閣僚の多くが解散した党所属でしたので統制も効かずに行政は半身不随の状態です。議員の任期満了までまだ一年ありますが、それまで政府は持たないと推測されております」


 これには専門の調査会が出した結果、それも複数国の会社からの見解がデータとして示されている。


「国民の多くはチュニジアの為のチュニジアを望んでおり、中国が外交圧力で従属させようとしたとの報に国民が拒絶反応を示しました」


「小細工ですが中国人エージェントを作り出して屈辱的な噂を流布してみたところ、結果は教授の推測範囲内に収まったものです」


 大事な部分なのでジョンソンが経緯を付け加えて説明する。


「これによりチュニジア労働共産党の事務所に投石騒ぎが起きたほどで、クーデターを余程上手く行わない限り共産化は極めて困難と推測されます」


 次いで共産党員の将校を大幅にラインから外した内容が資料として提出される。

 国会の同意が必要な高級将校だけは変えられてはいなかったが、監督権限はあっても実動部隊には直接命令を下せない部署のため継続監視をすることで要注意にしてある。


「政権の支持率は三十パーセントを割り込み何らかの起爆剤が必要な数字まで落ち込んでいます。教授、お願いします」


 ようやく出番だと咳払いをして話を引き継ぐ。


「政府はこの不信任を乗り越える為の劇的な政策を持ち合わせてはいない。大統領も強権を発動して国内をまとめる統制論には難色を示している。何せ革命により脱却したついこの前の体制に戻す選択肢は有り得んからの」


 初めから失敗が解っていることをしないだけの理性は持ち合わせている、問題は確率の高い賭けに乗る可能性だと指摘する。


「遥か昔より国内の不満を外に向けることにより国を保つ手法が有効とされている。ノースコリア然り、チャイナ然りだ。大統領の力を示し尚且つ国を安定させるためには国会が政府を支持しなければならない」


 まるで生徒に講義をするかのように一人一人の目を見ながら話を進める。


「元立憲民主連合の議員らは現大統領の支持は否定的であるが、早期の大統領選を約束するならば団結して政府を推すと多数が明らかにしている。一方で大統領は満了まで退陣の意志は無く、議会を解散させて総選挙を行うのも辞さない構えだな」


 権力を手にしたらどこの国でも似たような問題が発生するものだと皆が感じた。


「そこでだ、現実を優先し政府の支持率を上げるために示し合わせ、連立与党との立場で政党を複数立ち上げることを提案する」


 ――こいつはいかん、理解の範疇を越えてきそうだ!


 政府の支持率が上がれば大統領が冒険を行わなくなる、そして連立与党があれば重要議題も議会を通過する、ここまでは皆もわかった、問題はその先の展望である。

 流石のテイラー准将もここで解釈を誤るわけには行かず質問をする。


「複数政党ですが構成員は元の立憲民主連合の議員のみでしょうか?」


「アンナフダ党とチュニジア労働党以外で意図をぶち壊しにしない連中だが、部外者を入れるのは難しいかも知れんな」


 誰かが裏切ってご注進では警戒されてしまい上手くいくものもいかなくなる。


「そもそもが現大統領では民主政策は困難?」


「それは未知数だが、今のところは結果も出ておらず青色吐息じゃな」


「連立与党を組んだ場合と一致挙党の違いは?」


 一番気にかかっていた部分を尋ねる、政治の形体により国様々なところだ。


「大団結では立憲民主連合を再結成と変わりがない、そうなれば大統領は議会を解散させる手段に出てくるだろう。一方で政党が複数出てきて政策を異にしていれば大統領は様子を見るに違いない、その政党が取り敢えずとは言え政府を支持するならば解散もすぐにはしまい」


「そこです教授、政党を一時的にでも連立与党にする意味を教えていただきたい」


 恐らくは計画の肝がここにあるだろう。感性だけでもそこまでは何となく理解は出来るが、その先は法律の類いの知識が必要不可欠な要素になってくる。


「ふむ。アンナフダ党と共和国評議会党、エタカトル党が連立与党としていたが、共和国評議会党が与党から離脱を宣言した。ここに反アンナフダ党で連立与党が現れるとだ、連立内から首相、議会議長が指名される、第二党が首相で第三党が議会議長になる」


 首相は行政の一部を司るが議会議長は国会を司る、トゥラーがそう役割を解説した。


「議会議長の主たる権限の中に提出議題の順番を自由に決定できるとの項目がある。ここが最大の狙いなんじゃよ」


 一定のルールはあるにしても議長次第で案件は先送りになってしまうらしい。


「すると何らかの議題を遅延、または緊急で取り上げることが可能に?」


「そこなんだ准将、議会内で数さえ揃えば大統領の強権を回避して議決を行うことが可能になる。つまりは議長権限で緊急動議、大統領解職を取り上げられるんじゃよ」


 ――確かに可能だろうが過半数を確実に獲得するには厳しい条件だな!


 採決時にまで全く確約もなく失敗したら取り返しがつかなくなる。

 しかし順調に低迷政権が任期満了してしまうとアンナフダ党が次の大統領候補者を与党のまま出馬させる、そうなればその他野党が推す候補者など敗北は選挙をするまでもなくわかる。

 一方で連立与党が勢いに乗り大統領を解職してから大統領候補者を合同して推薦するとなれば話は違ってくる。


 いずれにせよ大統領解職動議を過半数で乗り切るのが最大の難関と言える。


「トゥラー教授、議会で過半数をとるための秘策をお持ちのようですが、それを我々にお教えいただけますか?」


 島が作戦遂行の為に絶対に必要な内容を引き出そうとする、真剣な表情で皆が教授をじっと見つめる。


「それは君達だよ。アンナフダ党の母体は知っているかね、ムスリム同胞団という原理主義者なのを」


 議会第一党のアンナフダ党だがそれですら四割程度の議席しか持っていない、第二党で大統領を擁している共和国評議会党に至っては一割を占めるに過ぎない。

 無所属の元立憲民主連合や既存野党の少数派具合が顕著である。


「テロリスト共に国をくれてやるつもりはありません。ですが議員らは選挙で選ばれた者達です、無理矢理に排除とはいきますまい」


 国会議員の他に憲法制定議会が一年だけ大統領追放さわぎの後に置かれている、アンナフダ党は政府としては勢力が弱いがそちらでは議席を背景に影響力を持っている。

 それこそが危険な状態であり、イスラム法を容れると憲法に組み込めば法律を通すのは不要なのだ、とんだ抜け道もあったものである。


「権力は銃口から生まれる。言いえて妙だとは思わんかね? チュニジア国防軍はチュニジアの未来を支持するはずだよ。軍はアンナフダ党を拒絶しているからね、共和国評議会党が大統領を擁しているうちにアンナフダ議員を除き、除いた後に連立与党、そして大統領解職だよ」


 ――使えるのものは敵でも使うと言うわけか! 存外手強い教授だな。


 軍は政治には口を出せないし出さない、唯一の役割が国家の防衛である。

 その軍隊を統轄するのが文民の大統領であり、目下暫定の権力機構なのだ。


 アンナフダ党をいかに思うとも軍はそれに手を出せない、だが大統領によりテロリストの代弁者であると指定されたら話は変わってくる。

 問題は山積しているが速やかに――一年以内――諸般の結果を出さねば、チュニジアはアメリカにとって友好的な国から除外しなければならなくなるのは明白である。


「准将、ご命令を」


 ジョンソンが判断材料が出揃ったとして決断を促す、テイラーが荷が勝ちすぎると考えて結論を先送りにし、上部機関に判断を委ねたとしたら彼の覇道は終演を迎えるだろう。

 目を閉じて静かに息を吐く。


「アメリカはチュニジアの民主化、そして親アメリカ化を実行する。ジョンソン大佐は行程表を纏めて最低ラインを示せ」


「承知しました。まずは概要の叩き台から提出致します」


 准将が小さく頷いて島を見る。


「イーリヤ中佐、貴官はナポリのチュニジア駐在武官と接触、軍の協力を仰げ」


「アル=ハシム中佐にコンタクト致します」


 島がアル=ハシムと繋がりがあると知っている為にその重大任務を割り振る。


「トゥラー教授、チュニジアの教え子を通じて反アンナフダ党の政党結成をお願いしたい」


「我が意を得たりじゃ。任せておけ」


 余程自信があるのか胸を張って承知する。


「リベラ少佐は教授と共に行動し便宜を図れ。偽装国籍にするのを忘れるな」


「ラジャ」


 アメリカ軍での政治的な闘争が長いのでリベラはこの任務が適任だと納得する。


「ブロンズ大佐、チュニスの治安維持を秘かに支援すると共に、チュニジア国境警備、イスラミーア残党テロ実行犯の排除を行え」


「必ずやご期待に沿いましょう」


 失敗が許されないのは海兵隊も同じだと力を込める。

 欧米との友好による非同盟中立主義路線を走ってきたチュニジアは大きな転換期を迎えている。

 思惑はそれぞれに、作戦は後半戦へと移るのであった。










 アルジェリアでの役割を終えて事後を大佐の部員に任せた島は、ミューズと共にナポリへと帰還した。

 チュニスへはマリー少尉を戻し、ブッフバルト曹長、プレトリアス伍長を置いてグロック先任上級曹長とヌル二等兵をナポリに引いた。


 海軍基地の会議室に自らの部員を集めて次なる会議を行う。


「砂漠も空の旅も良かったですが、バイクを使って敵を包囲するのは燃えましたよ」


 大層な結果を残したにも関わらず、まるで遊びから帰ったかのような表現をする。


「ブロンズ大佐が驚いていたよ、是非とも海兵隊に俺達を呼び戻したい何てことまで言ってた」


「して、我等がボスのお考えは?」


 別に部署なんてどこでも構わないと服の好みを尋ねる。


「休暇を楽しんでからゆっくりと答えを出すことにしたよ」


「ま、決まったら教えてください、何なら事後報告で構いませんがね」


 どこまでもついていくと決めたロマノフスキーの顔は明るい、迷いを持たない軍人は清々しいまでに潔い。

 きっと今から反乱を起こすと言っても彼らはダコールと答えるだろう。


「本題だが、次の任務はチュニジア軍が自発的にテロリストと共謀した人物を排除するよう促す役どころだ」


 それぞれがその言葉が何を表して、アメリカの計画のどの部分を担当しているかを夢想する。

 島は黙ってコーヒーを傾けて腕組をして時が流れるのを待った。


 グロックが同じように腕を組み、次いでロマノフスキーがカップに手を伸ばした。

 プレトリアスやコロラドは考えるのを諦め、ヌルは渋い顔であれこれと組立をして四苦八苦の様子。


「まず……協力を得られたとして考えて貰いたい」


 そう前提を示し内容についてを語る。

 以前にアル=ハシム中佐から軍の姿勢を確認してあったので完全拒絶はないと踏んでいた。

 当然幾つかの意見は入り交じるだろうが、それでも最後はチュニジアの為に力を使ってくれると。


「イスラム主義を持ち込もうとするアンナフダ党、その議員を可能な限り排除する。議員には国会にあたる院議員と憲法制定議員がある。優先は院議員だが制憲議員を排除したなら問題が一つ減るのも事実だ」


 込み入った話になるためにボードに状況を書き出す。


「この制憲議会はイスラム法を憲法に据えようとアンナフダ党が多数議員を送り込んでいる。同党はムスリム同胞団が母体で原理主義者が混ざっているのをよく覚えておけ」


 残りの議員がイスラミーア派だったと考えて大雑把に理解させる、担当内容にはあまり関係ないからである。


「大統領による凍結が言い渡されたらそれでも解決はする、だがそうなれば政府は国会で吊し上げをされてしまう。だから大統領はアンナフダ党が議席を占めているうちは強硬な態度には出られない」


 幕僚会議で聞いた内容を復習するように部員に講義を行う。


「アンナフダ党を減らすと同時に現在多数派工作も並行している、我々は敵を減らす内容を考えるのが役割の全てだとする」


 問題の単純化を図る、そうしておいてから初めて別途条件を加えていくのだ。


「まずは何でも良い、各自が考えた手法を提示して貰いたい。議会に参加できなくなる、反対票が入れられない、とにかく議員が身動き出来ないならばそれでいい」


 机に手をついて全員の顔を見回す、最初に発言したのはいつものように大尉だった。


「一番単純で間違いないのは、議員の頭をバンと撃ち抜けば動かなくなりますなあ」


「それもまた選択肢の一つだ」


 大尉の意図を難なく受け止めて発言しやすくするための素地を整える。

 究極の手段殺害がありならばとぽつりぽつりと意見が上がる、それをボードに書き出して漏らさないようにする。


 面白がってロマノフスキーがボードを担当してあれこれと並べて行く。


 ――大尉には部下をまとめる高い能力がある、不人気な上官の補佐についたら実質的なリーダーになるだろう。


「誘拐、脅迫、買収に闇討ちか、いいぞお前らには犯罪者の素質がある。それは裏を返せば対抗能力があることを意味するからな」


 どんな最低な内容でも反面教師としての役割を与えたらまともな意見に早変わりする。


「ヌル、お前の意見はどうだ」


 無口に座ったままなので大尉が指名する。

 相変わらずの無表情でグロックの弟子が望みに応じて喋る。


「敵対しないように命令したらいい」


 従うことが当たり前の人生を永らく過ごしてきた彼には意味がわからなかったようで珍妙な発言が飛び出た。


「おい、それはもしかしたら化けるかも知れんぞ!」


 ついつい島が声を上げると皆が驚いてそちらを見る。

 無茶な暗殺を繰り返すよりも成功時の完成度が高い結果を導きかねない。


「あ、いや、そのまま続けてくれ」


 ――そもそもが奴等の狙いはイスラム社会の拡大なんだ、これは動かしようがない事実であり正当な目的でもある。

 原理主義者は別にして、汎アラブイスラム民主主義の集団は何もムスリム同胞団の極限的意図を叶えてやらなければならないいわれはないはずだ。

 彼らの目指すところはアラブ人、狭くはチュニジア人によるイスラム主義社会で、今までのようにベン=アリ元大統領のような独裁政治に戻りさえしなければまとまるはずだ。

 イスラム主義国家ではあるがイスラム法を憲法とせずに、民主主義議会に委ねた内容を法律にしてイスラム教義を尊重するのは決して間違いではない。

 問題はアンナフダ党のイスラミーア派、イスラム民主主義議員がそれで納得するかどうかだな。

 これは後程トゥラー教授に相談してみよう、何らかの回答が得られるはずだ。


「中佐、大体の意見が出尽くしました」


 考え込んでいるうちにブレインストーミングが終わったらしい。


「で、大尉がお勧めする手法はなんだろうか」


 販売店の店員に品揃えを紹介させる。


「まあこれが無難でしょうな。身元不明の輩による議員の誘拐、つまるところ行方不明です。死亡では補欠が繰上られるかも知れませんが、音信不通ならば欠席でしかありませんからね」


「そいつはいいな、身代金の要求でもしてやれば死んだことにも出来まい」


 強硬策と懐柔策を揃えていく筋かの道を用意しておく。

 このように思考回路を一回繋げておけば、以後取り出すだけで複雑な内容の答えまで短時間でたどり着ける。


「捨て駒が欲しければ幾らでも金で雇えます、スペイン語を喋るやつがね。英語はまずいでしょうからね」


「それもそうだな、アラビア語、フランス語も人質と意思を通じるから良くない」


 このくらいにしておこう、と会議を打ち切ることにした。


「中佐、もし基地から出ることがあればご連絡下さい」


 上級曹長が護衛につくと予め宣言してくる。


「シチリアの奴等にも狙われているんだったな、その時は頼むよ」


 快く申し出を承知してスケジュールを模索する。


 ――まずは駐在武官と接触からだな、場所は縁起が悪いエクセシオールではなくオルシリにしておこう。

 教授に詳細を尋ねるのはその後だな。

 ならず者を集めるならば早い方が良いが、この手の仕事は両刃の剣だ、安全弁を設けておく必要があるな。


 そう考えたところでコロラドが視界に入る、何か声をかけられるだろうと敢えてそんな位置に動いたようだ。


「軍曹、ちょっといいか」


「何でしょう中佐」


 心なしか指名されて嬉しそうな顔になる。

 逆に島はその態度が胸に痛い。


「誘拐組織のボスが必要になったらお前に出来るか?」


「やってみせます。ですが純粋な能力不足で部下を上手く扱えないと思います」


 気持ちはあるのだが前にも話があったように、コロラドは部下を指揮する行為自体を苦手としている。


「ボスはどっかりと構えていたらいいだけだよ。だが失敗したら部下はともかく責任は軍曹に降りかかる」


 なんのことはない、端的に失敗したら死ねと言っているにすぎない。


「お安いご用です、こんな命が必要ならいつでもそう言ってください。俺は人生で今が一番幸せなんです、誰かに頼られるなんて考えられなかった」


「すまんなコロラド、全て終わったら必ず引き戻す。これを使え百万ユーロを一両日中に振り込む」


 プラスティックカードを取り出して持たせる。

 百万と言われて手が震えている。


「雇うやつらに紛れてグロックとヌルを送り込む、偶然を装って引き入れるんだ」


「わっ、わかりました、実際の指揮を先任上級曹長に委ねます!」


 前のように不名誉除隊扱いにして海軍基地から追い出す、外に出たところで悪態をついてコロラドは立ち去っていった。


「さて先任上級曹長、聞いての通りだ。急にニカラグアに用事が出来たとしてヌルと除隊するんだ」


「ダコール」


「もしコロラドが不慮の事態で継続不能になったら引き継ぐんだ」


 頷くとまわりに聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「そうだそれでいい。汚れ仕事は老兵に任せておけ」


 何年経とうとも島がグロックの教え子なのは変わらない、それを考えたらトゥラーの自信が何となくわかるような気がした。


 オテル・オルシリのバー、カウンターの最奥に島が座り、席を三つ隔ててプレトリアス上級曹長が腰を下ろす。

 敢えてプレトリアスは泥酔したかのような素振りで声を出したりして注意を自身に引き付け、近くには座りたくないと思わせる空気を発した。

 

 程なくラフなスタイルの男がやってきて黒人の隣に座る、だが酔いがまわった体の様子に席を島の隣へと仕方なく移した。との筋書きである。


「奇遇だね。飛行機事故は君の仕業かい?」


 アル=ハシム中佐はビールをオーダーして参謀長のテロ被害に触れる。


「未必の故意と言えますね。なるだろうけど構いやしない、と」


 そういう話だったかとグラスを傾ける。

 アルジェリアでの一件は知ってか知らずか探りを入れてはこなかった。


「後半戦に入りました、そちらの動きを希望します。求めは二つ」


 それが何かは大方の予想がついていた、最早そうなったかとの感覚が強い。


「一つは警察だけでなく軍にも積極的な治安維持を望みます」


「テロリストにやられたら政権が吹き飛ぶ、そうなれば今度はイスラム法ですか。今更そうなれば国は力を喪い大きく後退する」


 アル=ハシムの見通しはそこいらの中学生でもわかるのような内容である、情報化、技術化が進んでいる昨今に回帰しようなどと謳い戒律を厳しくしては国民の多くがついていかない。

 仮にそれを強要するならば、一昔前よりも悪い状態になるのに一年あれば充分だろう。


「二つ目はテロリストと共謀した議員の拘束を。ムスリム同胞団に唆されているのを時を同じくしてとの形を」

「アンナフダ党全体ではない?」


「イスラミーアからの支援を受けていた側は確信犯でも汎アラブイスラム主義と見ています。イスラム社会の為とならば原理主義を遠ざけることもするのでは?」


 トゥラーに聞く前に現地の人間から生の反応を得るべくそう説いてみる。


「イスラム法を容れるのは仕方なし?」


「民主主義の原則に沿って、国会でそう法律を定めるならば譲歩は必要かと」


「それは真理だ、だが双方それで納得するとは思えないが……」


 当然賛否両論が飛び交いまとまらないだろうと推測する。


「それが民主主義というものですよ中佐。妥協点を探しながら話し合いをして争いを減らす」


「大統領の強権だけで決められては不満しか残らないが、多数決に破れたら民意の程が明らかになると――。その為には公正な選挙が必要になるが」


 偏った条件での選挙戦ではそもそもの大前提から崩れてしまう。

 どこかを変えたら別の場所に皺が寄ってくるものである。


 自らそう懸念を表した内容に答えを見つける。


「読めてきましたよ。治安維持に関しては間違いなく行わせる。議員の拘束については慎重な議論が必要だろう」


「勿論です中佐、決めるのは我々ではなく貴方達です。全てが失敗に終わり政治難民が離散しても、独立独歩の国が産まれても、主役がチュニジアンなのは変わりません」


 強く未来を予言されて岐路に立たされている国であるのを改めて感じた。

 ここで中途半端に時間を過ごしてしまい天秤が傾いてしまえば雪崩のように一気に崩壊してしまうだろう。

 それだからこそアメリカも直接的に働きかけている。


 たかが一介の雇われ軍人が話しているにしては、随分と過ぎた内容だと二人は黙りこくってしまった。


 アル=ハシムを通じてチュニジア軍部の意思を確認した島ら主任参謀部員は、空路アルジェリアのアンナバへと入る。そこから北アフリカ鉄道で東へ向かい陸路でチュニスに潜り込んだ。


 途中車掌による身分証明書の提示が求められたが、十ドル札を二枚挟むことにより乗車していた事実を忘却してくれた。


 チュニス駅で下車せずに一つ手前の小さな駅でバラバラになってホームへ降りる。

 そこからタクシーを使ってチュニス市街地へ行くものと、ローカル線に乗るものに別れる。

 アルジェリア入りからの全体を通して先発は大尉、後発を中佐が統括しているのは恒例になっていた。


 マリー少尉のところに大尉らが詰め、島とプレトリアス上級曹長はアフマドが抱えている拠点へ移る。


 市街地の繁華街付近、外国人が歩いていても全く気にされない場所である。

 近所の友人を訪ねてきたかのような軽い身形で扉を叩く。


「チーズ持参で遊びに来たよ」


 異常ありならばフロマージュ持参としてある、なんのことはない理解範囲の英語ならば異常なし、不明な外国語全般は異常ありを示している。


 中に入り最初に上級曹長が行うのは潜んでいる敵が居ないかチェックである。

 バスルームやクローゼットを探って何もなければ島を椅子へと案内して、自らは扉の施錠を確認してから通路と島の間へ立ち窓ガラスへと向いて注意を肩代わりする。


「随分と熱心な護衛ですな」


「ああ、自慢のエスコートだよ。お陰で彼が生きている間は俺は死なないらしい」


 当然だとの顔でプレトリアスが胸を張る。

 最近はこれを生き甲斐にしているようで四六時中張り付いている。


「三ヶ所の拠点に秘密部員が二十三名入ってきています」


「七人班に将校が二人か。下士官兵の特殊潜入のようだな、本命の治安維持はそいつらだろう」


 市内に私服組が入り込んでいるが、敢えて見付かりやすいように、エージェントを通じて手配した拠点を使わせている。


「単純な陽動ですが引っ掛かる者もいるでしょう」


「もし――もし君が指令要員ならば、私服組をどのように運用する?」


 アフマドの適正な能力水準を確かめるために大枠を与えて回答させてみる、ダメならダメなりの使い途があるものだ。


「警察と違い通報が得られるわけではないから、先手を狙うならば待機は最小限にして動かしますね」


「例えばどのように――」


「テロリストは大きく三つの標的を狙います。一つは要人、一つは要所、もう一つは外国人です」


 つまりは政府がやられて困る部分でテロを起こす、単純で最大効果が狙えるのが大使館であろう。


「イスラミーアはチュニジアを得るためにアンナフダを支援していたならば、要所や要人のうちの友好な存在は除外出来ます」


 ――外国人、それもチュニジアに在住する要人を狙うわけだ。


 理路整然とした組み立ては彼が堅実な商売を行ってきた経験からだろう。


「チュニスで外国の要人が集まる場所は港と空港とホテルです。うち二つは軍の警備が厳しいですが」


 残るホテルについては私企業なこともあって警察が巡回警備にあたっている。


「すると狙う先はホテルと見ているわけだ。それで私服をどう使うかね」


 ――読みは危なげない、八割方やつらはホテルを狙ってくるだろう、だが二割は別の部分との可能性があるな。


「狙われるホテルもイスラム系以外の欧米資本のところでしょう。そこの経営者と談合して私服を何らかの形で雇わせて警戒させます。清掃員でもアシスタントポーターでも構いません」


 ホテルをうろついていて不自然ではない形で人の目を増やすとの策である。市内各所に置いて見張らせるより焦点が絞られて効果が見込めるだろう。


「なあアフマド、君は家族と商売をするのが目的なんだろうが別の道を考えてみないか」


「別の道、というと?」


 なんのことだろうと首をかしげておうむ返ししてしまう。


「適切な見通しと実地での手配は下士官としての能力がある。年齢的に数年だろうが軍で働いてはみないか? 無論任務が終わり家族と相談してからの返答で構いはしないよ」


「相談は要りません。中佐の勧めに応じさせて頂きます。というのも、相手がイスラミーアでもアンナフダ党の邪魔をしたと見られるのは確実です。そうなればもうエジプトでは商売を続けられませんから」


 ――そうだった、アフマドのことを失念していた。アンナフダ党に逆らえばエジプトのムスリム同胞団に目をつけられるのは当然だった!


「すまんアフマド、そこまで考えが及ばなかった。ことが露見する前に家族を出国させてしまうんだ、フランスにフラットを用意させる」


 咄嗟に頭に浮かんだのが自身が暮らしたあの老婆がいるフラットであった。

 あそこならば軍人も多く異様に治安が高い、更に生活するに困らない備えがされている。


「ありがとうございます、そのご好意を受け取らせていただきます」


「航空券や一時金も必要になるだろう、少ないがこれを足しにしてくれ」


 ポケットから財布を取り出して入っていた札を丸ごと手渡す、不足は承知でどうしたものかと考え思い出す。

 インナーポケットから金貨を一枚取り出して差し出す。


「こちらは現物支給だ、仕度金にしてくれ」


「お気遣いありがとうございます中佐。為替による送金をしてフランスで商売をする準備があると出国させます」


「これが住所と名前だ、こちらで手配しておく。空港からタクシーで簡単にいけるからそうさせたらいい。手持ちが足りなければフラットのマダムに立て替えを要請してくれたらこちらで精算する」


 経験豊かな人物は年齢が高いために体力が低くなる。

 軍では基本的にそのような人物を雇用はしない。しかし参謀の部員や基地の軍属――司令裁量――として契約することはあり得た。


「フランス到着後に君を任官させる手続きをする、それまでは安全を優先しよう」


 意図した仕事をきっちり行ったアフマドに満足して椅子を立つ。

 好きならどうぞとチーズをテーブルに残して部屋を出ていった。


 ――サイードの奴も軍を辞めてまできたんだ、面倒を見てやらねばならんな。


 アメリカ軍で雇えないならば外人部隊を紹介してやろう、そう考えて会ったときに話をしようと整理しておく。


 いつでもチュニスで指揮をすることができるように風景を頭に焼き付けておく。

 現地を歩いた記憶や感覚は作戦時に大幅なプラスに働く。後方の安全地帯で計画だけを考える参謀は、あまりに現実と解離した内容を強要することが多い。


 しかもたちが悪いことに失敗はすべて実行した者の能力不足として責任を押し付けるのだから話にならない。

 ならば自分でやってみろ! そう叫びたかった指揮官を集めたら、軍艦何隻を必要とするだろうか。


 二人はトゥラー教授を求めてチュニジア大学へと足を運んだ。

 ここでも多数の外国人生徒に紛れてしまい不自然さが全くない。


 教授室で紅茶を飲みながら生徒の論文を読んでいるようで、二人が部屋に入ったことに気づかないでいる。


「教授、トゥラー教授」


「――ん、ああ、何だ君か」


 読んでいた手を休めて声がするところを見て気が抜けた返事をする。


「何を読んでらしたんです」


「生徒らの論文だよ、これから誘導するにあたり彼らの思想がまとめられているこの一冊一冊を余すことなく研究するのがこれからのチュニジアの為だよ」


 ――なるほど、教え子と言うわけだから卒業論文を教授が保管しているわけだな。相手が何を考えているのか自発的に書いた資料があれば、圧倒的なアドバンテージが交渉時に産まれるわけか!


「積み重ねこそ宝ですね。教授に聞いていただきたい考えがあって参りました」


 あなたでなければダメだと言われて悪い気がしない、根が単純で素直なのが学者である、それだけに外れたことがらには頑固な態度を隠さない。


「ほう何だろうか聞かせてもらおう」


 島の発想に興味を持ったようで論文に栞を挟んで机に置いた。

 これが他の人物ならば飲み物の一つも提供してくるが、トゥラーはそんなことに気を使わずに発言を待つ。


「アンナフダ党ですが、右派にムスリム同胞団左派にイスラミーアが肩入れしているとします。右派はイスラム原理主義者に従い、チュニジア政権をとれば憲法にイスラム法を導入するでしょう、左派も賛成すると考えます」


 一旦肯定をするのを見てから話を続ける。


「右派が不在として推論します。民主主義政党が過半を占めた状態で、左派にイスラム法を憲法に容れる目が無くなったならば、左派はイスラム社会民主主義、つまり国会での立法者として憲法ではなく法律にイスラム法を導入する議論に参加をするでしょうか?」


 断固としてそれを拒否するのも宗教である、教義を全う出来ないならば殉教することを選択するのだからあり得ない話ではない。

 日本人は昔はともかく現代人に世代が移り変わり、信仰心や忠誠心などといった精神面での変質が大きくその手の感覚が疎い。


「それは政治と宗教が密接に関わる話だな。民主主義をとるのはイスラム教徒の中ではまだまだ少数派だ。その少数派から多数の側へのアプローチとして実に興味深いテーゼだよそれは。質問の回答だが、恐らくは道がないならばそれを承知するだろうね、責任者が自らの地位を喪いたくないがために影響力を残すなどの名目で。チュニジアン、カルタゴの過去を見てみたまえ、ハンニバルに国を乗っ取られまいと元老院は彼を敵に回すような言動を繰り返している、結局のところはそういう民族性なんだよ」


 長々と講義を行うかのような語り口で考えを表す、一言で結論だけ答える軍人とは違う生き物なのだ。


「勝ち馬に乗れるならば乗る、そんなところでしょうか」


「本質はそこにあるだろうなきっと」


 民主主義は数が力である、それ以外では力で数を押さえてしまう制度や風習、または武力や恐怖といった類いの何かが存在する。

 それが必ず正しいかと問われたら、絶対ではない。

 目が曇った多数が過ちを犯さない保証などどこにもありはしない。


「それでは逆に左派がイスラム法国になったチュニジアで、それを望まない国民の力になりえるでしょうか?」


 中道左派とカテゴリーして話を仮定してみる、毒にも薬にもなる中和剤と思えば存続も許せる、反面無駄な集団とも言えるだろうが。


「なる。先程も言ったように首領が地位を保つためならば、自身を高くしてくれるファクターの色や性質は問わないよ。もっとも解決したり力を使って揉め事が激化すると判断したならば、余計なことをしない程度の決意だと知っておいたほうがよいがな」


「ありがとうございます教授、可能性の模索がかないます」


 専門分野の人物は必要だ、そう確信させるだけの知識を持ち合わせている。

 法務や医療ともなれば感覚で考えるわけにもいかないので必須だろう。


「結果そうならないにしても、経過の中で必ず近くを通る。どこが望みうる最高の地点かは誰にもわからんがね」


 そう言うとまた論文を手にして栞のところから読みなおす、最早話すことは無いとばかりに。

 上級曹長と目を合わせ一礼して教授室を出ていった。


 大学にある食堂でついでに食事をしてからマリーのところへ寄ろうと考える。

 おすすめ定食に相当する日替りを注文しコインを一枚支払う、札は渡してしまった為に質素なものであった。

 武器に使おうとしてしまってあったズボンの硬貨には、あちこちの地域のものが無造作に集められていたのだ。


「たまにはこんなのもいいな、ソルボンヌを思い出すよ」


「ちゅ、イーリヤさんはソルボンヌ卒でしたか」


 英語とはいえ危うく食堂で中佐と呼ぼうとしてイーリヤと改める。


「なに中退組だよ、あんなところにずっといたらこんなことはしていないだろうな」


 ――ではどんなことをしていただろうか。商社か何かに勤めて先輩にいびられてでもいただろうか?


 白身魚の包み蒸しを食べながらもう一つの現在を夢想してしまった。


 突如声をかけられる、講師には見えないし、仕事をしにきているようにも見えないならば学生が昼休みと思うのが自然だ。


 プレートを持って隣に座ったのはアジア系の男で三十は大分前に過ぎたような顔つきをしている。


「横いいかい。俺はソムサックだよ、君はアジア人だね中国以外の」


 ――ソムサック? 中国人の見分けがつくのだから、ベトナムやラオスあたりの北側の住人だろう。しかしそんなやつが何故チュニジアに。


「日系ニカラグア人でイーリヤだよ」


「ありゃそんな遠くからか、こっちはラオスだ。カルタゴ大学には通商を学びに来てる」


 ――本当だか疑わしいな。共産臭がぷんぷんするぞ!


 ラオスは後進も極めつけで余裕がない国だ。将来性を考えて留学させるならば若者を選ぶだろう。

 自費で来ているならば商家の研修として会社組織あたりから賄ってもらわねば、とてもじゃないがやってはこれないはずである。

 しかもチュニジアは海洋型の通商であり、ラオスは内陸のため陸の通商を選択するのが自然だろう。


「何か御用でもありましたか?」


「いやラオスの近隣出身ならと思ってね」


「実は妻がベトナム人でして――」


 何かありそうだと直感した島は相手からの引き出しにかかる。

 隣国ベトナムとなれば次の内容に話を進めてくるだろうと。


「ベトナムか、タイに次いで豊かなところだな。国元で商売をしていてね、良かったら使ってくれないか」


「ソムサックさんは何を扱っているんです?」


 まさか農産品を売り込むわけはないと貧困地域での商品を考えてみる。


「何でも扱うよ、支払だってバーツ、キップ、ドン、元、ドル問わない」


 ――売り先さえあればどこにでも、わざわざラオスでとなると生産地がそこにあるか、保管するに安全なのか。


 一度使ってみて正体を探ってみようと考える、いきなり住所なりを教える気には毛頭なれなかったが。


「場所柄ディナールかユーロでも良い?」


「元払いだなもちろん構わんよ。通貨にはそれぞれの使い途があるからな」


 為替で不利を受けないよう何か伝があるのか、元々外貨を得るためにやっているのが全く渋るようなことがない。


「じゃあ一つ頼んでみるとしよう。少し考えたいから夜にどこかで待ち合わせでもらえるかな」


「では喫茶店で、大学の前にあるデ=フェニキアは?」


 それがどこかは全くわからないが承知を伝えると食事を終わらせてソムサックは消えていった。


「さっきのは何だったんでしょう?」


「俺に聞かれてもわからんよ。こんな場所にまで営業しにきたとは思えんがね」


 扱う品の何でも次第によっては便利かもしれないし、告発対象かもしれない。

 何故ラオスなのかを少し調べてから夜を迎えようと、まずは定食をやっつけることにした。


 金を補充してから一旦マリー少尉の居る拠点へと入った。

 見知った顔が並んでおりテレビをつけっぱなしにして何かやっていたようだ。


「地雷の解体の講義をしていました。ありゃ運と度胸で挑んでも成果は半々でして」


 大量生産品は手が込んだ仕掛けにはなっていない。設置されて指定の圧力がかかればドカンとなるだけである。

 単純ゆえに費用は恐ろしく安くすむため、使用禁止条約に批准した国以外では当たり前に見掛ける。


「少尉は地雷を解体したことがある?」


「三回あります。よくぞ生きているなと思いますよ」


 テーブルには手書きの図画があってとても簡単な作りになっているのが一目でわかった。

 どうしてそんな講義になったかは知らないが悪くない話である。


「皆に知らせておく、先任上級曹長と軍曹、二等兵が作戦に入った。もしどこかで見かけても接触するな、あと不可思議な行動をしても阻害はするなよ」


 わかるようなわからないような命令を受けてマリーらが頷いた。


「自分達の今後はいかがしましょう」


 拠点確保は実行されてテロリストも本隊が対応している、目下仕事がないのだ。


「それを指示しに来たよ。君にはここを引き継いだ後シェラトンでゆっくりしてもらおう」


「シェラトンホテル?」


「そうだ。曹長以下は使用人に紛れてもらうがね」


 将校とそれより下の者とで違う役割を与える。


「中佐はそこが狙われるとお考えですか?」


「シェラトンはアメリカ資本だ、テロリストが騒ぎを起こす目標として最高だからな。それだけでなく要人の宿泊も多い、なのに軍ではなく警察が警備しているにすぎない」


 アフマドが推察した内容から最右翼にシェラトンを見込んだ。観光客に人気のホテルは他にもあるが近くに公館があったり、イスラム資本が入っていたり、従業員が現地採用だったりと違ってくる。


「一つ注意しておくが、短髪はいかん。適当なウィッグを選んでおけ、ホテルと話がついたら連絡する、警戒の手段は任せる」


 自由裁量を少尉に与えておく、微に入り細に渡る命令は不要と同時に成長を阻害する。


「素晴らしい任務をいただき感謝します。自分達の他にこちらからの潜入組はありすか?」


「ない。だが現地の海兵隊指揮官が作戦する可能性はある、相互に協力する必要はないぞ」


 下手に連携させようとしたら突発的な動きに間に合わなくなってしまうことがある。


「承知しました」


 他に質問は? その手順を挟んで拠点を後にする。


 国際電話をかけるために駅へ寄ってベトナムに繋げる。

 八四八七○××……雑音が酷いが一応はコールがなされる。


 ――向こうは夜だな、まだ起きてるだろうけど。


 時差を大体想像して夜の九時辺りだろうと時計を見る。


「――はい、グエン・ホアンですが」


 女性の声が聞こえるがニムなのか義母なのかはっきりしない。


「遅くに申し訳ない、龍之介です」


 多分母親が出ただろうと考えそう告げておく、逆だとして気まずい空気は遠慮したい。


「あら、あらあらあら。ニムに代わるわね」


 ――危ない危ない。


「代わりましたニムです」


 心なしか弾んだ声が聞こえてきたような気がする。


「遅くに悪いね。チュニョは寝てるかい?」


「こんな夜だもの寝てるわ。どうしたのかしら?」


 時間など関係なしに寝たり起きたりする年頃だと思っていたが、夜とわかって寝ているらしい。


「ちょっとそっちに物を送ろうと思ってね、自宅ではなく役場や公民館宛に出来ないだろうかと相談だよ」


「そうしなければならない理由があるわけね、ちょっと待ってもらえるかしら」


 受話器を離して何か話し合うような音が聞こえるが、雑音のため声とは言い難い。

 数分待たされてから不意に返事が伝えられる。


「ホーチミン市の北区行政所、そこ宛にしてもらえれば」


「わかった差出人をアルジャジーラにしておくよ」


「まあ、アラビア文字は読めないでしょうから英語かベトナム語で頼むわ」


 役所の人間が解るのはそのどちらかで、年配者ならばフランス語あたりも理解するだろう。


「そうさせるよ。届いたものは自由にしてくれて構わない、何か必要なものはあるかな?」


「あなたから貰ったお金があるから全て足りているわ」


 これといって欲しいものが無いと言われたら送る側が困ってしまった。


「うーん、それなら適当に送るから皆でわけるなりしてくれ」


「はい旦那様」


「ん、あー……じゃあおやすみニム」


 やれやれと頭をかいて受話器を置く。


 ――結局何を注文してやったものだろうか。衣食住に困らないならば何か暮らしが便利になるような品か。


 隣を見て上級曹長に質問してみる。


「なあ、親元に衣食住以外の何かを送るならば、君なら何を送る?」


 電話の先が新妻だとわかり、少しプレトリアスの相好が崩れる。ベトナム語で会話していた為に理解していなかったのだ。


「そうなると普段は滅多に買い替えない物をでしょうか。農工具や鍋、釜などの金物は多少の不満があっても使い続けますからね」


 ――農工具なんか送り付けられたら何を言われるやらだが、災害時の備蓄用に鍋や保存食、調理器具を送るなら行政所は不自然が無いな。


 大雑把に内容を考えてそれをメモする。

 喫茶店に早めに入り奥のテーブルを占めるとプレトリアスも同席させておく。


「自分の役割はどうしましょう?」


「ルームメイトにでもしておこうか」


 ベトナムでの住所や差出人を記述して必要事項を確認する、それを喫茶店でコピーしてもらい控えを作る。


 余った時間でアフリカーンス語をレクチャーしてもらう。前回から引き続いてなので命令を受ける位は出来そうになった、ただし会話になるとまだまだである。


 ソムサックがやってくると奥に昼間見た人物が座っているのを見付けて近付いてきた。


「やあまた二人でいるのか、随分と仲がいいんだな」


「ルームメイトでね、言葉を教えてもらっているからよく一緒に行動するんだ」


「なるほど勉強熱心だね」


 とって付けたような理由にいちいち頷いている、これから商売をする相手だと思えばわからなくもない。


「ソムサックさん、ラオスにある会社の連絡先を教えてください」


「ああもちろんだよ。会社というようなものでもないがね、それにまだそのあたりの法律が無くて」


 ラオスは日本や韓国から法律を輸入しようと頑張っているところである。

 まずは民法や刑法からであり、複雑な商法あたりは後回しにされているのだ。


 代表者や連絡先などが細かく明記されている用紙が手渡される、記載は英語を使用していた。


「ラオ語じゃ商売にならなくてね」


「英語なら都合がよいのはお互い様ってわけですか」


 ――どうせ記載はあてにならんな、見せ用にされているだろうから。支払って品が来なければそれまでだ、試しに注文とのスタンスでいるべきだからな。


「これを頼めるでしょうか」


 先程書いた内容の用紙を渡して相手の反応を待つ。

 差出人がアルジャジーラになっていて怪訝な顔をしたがまずは読み進めている。


「品物の数が入っていませんが?」


「それは金額から逆算しようと思ってね、予算に合わせてそちらで数を割り振ってもらいたい」


「そうでしたか、それならば納得です。では予算はいかほどでしょう?」


 別のメモ用紙に運賃だの何だの諸経費や商品の単価を想定してメモを始めた、完全に商売人の顔付きになっている。


「五千ユーロで頼みたい」


「ユ、ユーロで五千もですか!?」


 どうやら想像していたよりも遥かに高額だったらしくメモに計算しながら数字を入れていく。

 一回首を傾げてから間違いないことを二度確認して島に見えるよう差し出してくる。


「仮にベトナム届けだとして輸送費など経費を差し引いたらそのような数になりますがお間違えはありませんか?」


 メモを見て吹き出してしまいそうになる。

 ――こりゃ桁が一つばかり多いな!


「いや構わんよ、これらは地域の災害備蓄用にとここに送ってもらいたい」


 注文書とは別にホーチミンの宛先を渡す。


「そういうことでしたか、公的な物になるならばこのくらいの数があっても不思議はない」


 個人宅にこんなものを届けたらニムに大目玉をくらうところだったと島は秘かに胸を撫で下ろしていた。


「無事に届けば次はもう一つばかり桁が大きくなるかも知れんよ」


「そ、それは是非とも引き続きお願い致します」


 一部不遜な態度があったソムサックだが、島が上客とわかったのでやけに低姿勢になっていた。


 周りを少し気にして近くにと招く。


「君のところでは禁制品も扱っているか、ソ連でも中国でもだ」


 ロシアではなくソ連と表したためにそれが武器の類いだと解釈した、ソムサックは眉をひそめ小声で答える。


「実績さえ積んでいただけたら」


 このやりとりだけでは互いに告発も不能なためにそこで止めておく。


「そいつは結構なことだ。それが可能なら大抵は期待できる」


 そう結んで財布からユーロ紙幣を取り出す。

 ソムサックがサイン入りで受領書を作成する、そんなものが何の役にたつかは疑問ではあるが一応は証明として交換した。


「確かにお預かりいたします」


「配送はいつでも構わないよ、揃ったら届けてくれ」


 事実災害など起きるかもしれないし、起きないかもしれない、急かそうが何しようが間に合わなければそれまた運命である。

 握手を交わして店を立ち去る、予定を消化したためシェラトンへと足を運ぶことにした。


「ホテルで一杯引っ掛けようじゃないか、ゆっくり出来るときはゆっくりしておこう」


「ヤ」


 短くそう答えて笑みを返した。


 チュニスの都心部にあるアンナフダ党本部会館、そこに三人の最高幹部が集まっていた。

 老年期に入り久しい二人と、これから壮年になろうという者が一人。


「党首、アルジェリアのアブダビ氏が姿を消しました」


 老人がそう報告する、しかし言葉は丁寧でも何故か冷たさが漂っている。


「ジバーリー首相、聞くところによるといずこかの軍が彼等を襲ったとか」


 首相と呼ばれた老人はアンナフダ党の次席にあたる幹事長のハンマーディ・ジバーリー。ラシード・ガンヌーシーが亡命先のイギリスから帰国してくるまでチュニジアで頂点に立っていた男である。

 ガンヌーシーは新しいイスラム主義を遊説していたが、ベン=アリ元大統領から睨まれて二十年以上も亡命していたのだ。


 マグレブで民主化の風が吹くとアンナフダ党代表会議でガンヌーシーが過半数を得て、ジバーリーを押し退けて党首の地位についたのだ。

 しかしチュニジアに滞在しているわけではないため、アンナフダ党からはジバーリーが首相として政府に名を連ねていたのだ。


「アルジェリア軍でなければアメリカ軍でしょう」


 憮然とした態度になるのも無理はない、長いこと苦労して維持して育成してきた党が乗っ取られたのだから。


 ガンヌーシーが帰国の折に警察に働き掛けて逮捕させようとしたが、国が混乱しているためにそれを拒否された過去を抱えていた。


「地中海からアメリカ軍機がアルジェリア内陸に飛んだのを目撃した報告がありました」


 三人の中では一世代若いライラエッド、彼もチュニジアを追放されていたが、大統領が亡命してからアンナフダ党に呼び戻された。

 彼はイランで経験を積んできたが二人には及ばない為に、次の時代を狙うためにターリバーンが後援している人物である。


 直接害を及ぼすわけではないためジバーリーも彼を粗略には扱わなかった。


「アメリカの行為は常に他国に自らの意見を強いるものばかり、あのような国があるせいで中小国がどれだけ苦しめられているか」


 米国とは相容れない構えを見せるためにイスラム社会からの支持を多く得ている彼だが、悲しいかな手腕と人望は別の物差しのようでガンヌーシーとの支持率の差は広がる一方であった。


「毛嫌いするのは構わんがそれを態度に示してはいけない。社会は様々な事柄が折り重なって作られている、アメリカとてその一部ということだ」


 強固なイスラム社会主義のジバーリーとは違い、開放型イスラム主義を掲げるガンヌーシーを推しているのはイスラム教徒以外にも幅広い層に居た。


 抑圧的だった前政権の大統領、その統治のやりかたが気に入らなかった国民ではあるが、イスラム社会を捨てるつもりは微塵もない。

 チュニジアのイスラム教徒は前進的な思想を持っており、戒律で縛られた社会から離れた若者が多く存在した。


 大統領が追放され国民が直接政治に関わることが出来るようになったは良いが、どこにその熱意を向ければと迷っているふしがある。

 それを上手く掬い上げて議席に反映させたジバーリーは真に有能と言えよう。


「アメリカ軍はチュニジアでも秘かに活動をしている、これは内政干渉ではありませんか?」


 主義主張を争っても平行線のため話を現実問題に引き戻す。

 軍を動かすのは主権に干渉する重大な懸念である。


「私のところにはそのような報はありませんでした。休暇でチュニスに滞在しているアメリカ人が急増しているのは喜ばしいこと」


 わかっていて表面だけをそう述べる。形式が整っている以上は騒いでも一方的なものでしかない。


「それは偽装です、何を狙っているのかわかりませんが退去させるべき」


 ライラエッドへ視線を向けて意見するように促す、同じ最高幹部でも格下はあまり多くの発言をしない。


「偽装の事実を確認すべく入国管理局と警察に調査命令を出してはいかがでしょうか? 問題があれば即座に報告させれば」


 どちらにも寄り添わず中道を勧めた、個人の考えだけならライラエッドも退去を支持したかった。

 しかしそれで問題が激化してしまえばアンナフダ党の為にならないと自重する。

 彼の役割は党を強くさせてから、十年の後に勢力を引き継ぐことである。それだけに党首争いからは身を引いた動きを貫いている。


「不正があれば正されるべきです。ですが規定の手続きを行い入国滞在されている外国人の方は、チュニジア政府が責任を持って保護するとの姿勢を欠かせません」


「それは約束しましょう。ただし不正があれば逮捕して事情を詳しく調べます」


 外貨を得るために外国人はお客様、その態度は変えることができない、ことチュニスに於いては。

 地方都市ならばまた違った判断にもなる。


 一応の決着が党内でつくにはついたが、部署に命令を出す匙加減は現役の首相であるジバーリーに委ねられていた。

 彼が動員出来るのは所轄の警察と国家の公務員だけで、軍隊は大統領、地方公務員は県の知事である。


 一昔前の大統領は非常事態宣言を発して以来、非常大権により全てに直接命令を下すことができた。

 それを改革してからは少しずつ権力の分散が行われている。


 ガンヌーシーの思想も権力分散を求めており、究極的には民衆が政治機構である国と言う集団を統制するのを目指していた。

 そこにイスラム主義を織り混ぜて個人を律すると共に、思想的なドクトリンを一定方向に向けさせた上での民主主義を確立させようと力を注いでいる。


「チュニジアはこれ以上の混乱を望まない。アッラーアクバル」

「アッラーアクバル」


 そう唱和して三人は解散した。


 軽空母ランスロットに足を向けた島はジョンソン大佐のところに来ていた。

 例の工程表についての修正部分に反映するからと意見を求められたからである。


「随分な急展開が途中で起きなければ厳しい内容になりますね」


 率直な感想を述べてもう一度最初から読み直して想定してみる。


「何せ順を追っていかねばならない上に、教授の工作には時間がかかる。下手に先に手出しが出来ん分、後半に皺寄せがな」


 主軸である政党の取り纏め、ここを外すわけにはいかない。これより先に動ける箇所があまりにも少ないのだ。


「進捗状況はいかほどなのでしょう」


「三割程度との回答だったよ。軍人とは違い教授のは粉飾されていない数字だろう」


 上官へ耳の触りが良い数字を報告するのは常時行われていた、一番酷いだろうその実態では中国にかなう国はないだろう。

 一方で正確さを求めて日頃発言している学者は、その発想すら持っているか疑問である。


「個別に面会していくしかありませんからね。時間がかかるのは甘受して、終わる前に始められるように切り口を変えるのが必要でしょう」


 ――政党の取り纏め、議員拘束、大統領解職。順番を変えられないのは過半数を取れないのが理由だ、ここの発想を逆転させるんだ!

 無所属議員を口説いてまわるのは効率の面からも短くはならない、大統領の解職に否定的なのは擁立している政党だけではないだろう。ではどこがそうか、連立与党であった第四党が政府を失えば最早返り咲かないために反対派にまわるだろう。

 逆にアンナフダ党は大統領を解職してしまえば次の大統領候補を打ち出して当選させられるとして反対しまい。

 矛盾を孕むのがここだ、大統領を引き込み制憲議会を先に凍結しなければならない、そのためにはアンナフダ党と敵対する必要が出てきて過半数が遠くなる。


 沈黙して真剣に考える島を前にジョンソンも今一度策がないかを思案する。

 口約束ではなかなか事態は動かない、書面を交わそうとも従う確約もない、政治党争とは鵺のような輩が跳梁跋扈している暗黒地帯なのだ。


「アンナフダ党首のガンヌーシーは――味方に引き込めないでしょうか?」


「な……に?」


 まさかの一言に言葉を詰まらせる。


「アンナフダ党が二つに割れて、片方が味方になれば劇的な変化が期待できます」


 突然の方針転換にどこまで党員がついてくるかわからないが、八十九の議席のうち四十五が過半なので党首の支持者から半分、二十人がついてきてくれたら加減の差が四十発生することになる。


「それは少しばかり厳しい内容ではないか。ガンヌーシーが味方すると考えた理由はなんだろうか?」


「チュニジアにある政党は全てがイスラム系です。アンナフダ党はジバーリーが育ててきた為に原理主義組織の急先鋒でした、ですがガンヌーシーの影響で変質してきております」


 だからこそ革命も起きれば介入の余地も出来たと加える。


「ガンヌーシーが求めているのはイスラム主義の精神であってイスラム法による戒律ではありません。我々が求めているのもイスラム社会であって欧米型の社会ではありません。自分はガンヌーシーが求めるイスラム社会民主主義を認める代わりに、大統領の解職に協力を要請したらと考えます。それによってアンナフダ党の勢力を削がれたとしてです」


「専門の班に研究させよう。しかし中佐、我々は失敗が許されない賭博行為は控えるべきだと思うが」


 そのように大佐が釘を刺してくる、それに全く怯むことなく言葉を返す。


「祖国を想い何十年と待ち望んできた状況で団結するのは賭博行為と呼ぶようなことなのでしょうか? 国民が求め、政治がそれを求めるならば、邪魔をする存在こそがチュニジアの敵でしょう。この自由を民主主義と呼ばずに何と言うのでしょうか」


 忠告を与えたつもりが強く反論されていささかたじろいでしまった。

 様々な民族紛争を見てきたジョンソンにも心当たりがちらほらあった為である。


「チュニジアはそれが可能な時期に達していると言うのだな中佐」


「シ・セ・ポシブル・セ・フェ。アンポシブル・セラ・セ・フエラ」


 フランスのビジャール将軍の言葉である、可能ならば行う。不可能ならば敢えて行う。


「――戦争だったということを忘れていたよ、俺もヤキが回ったようだな。良いだろう司令官に計画を提出する、すぐに纏めるんだ」


「ダコール!」


 敬礼を行いミューズにあるオフィスへと直ぐ様戻るとペンを手にその詳細を並べていった。


 その日のうちに仕上げた案件を手にして再びランスロットへと移る。

 大佐へ計画を提出し、承認されると二人でテイラー准将のオフィスに出頭した。


 大佐が起こした修正案と島が起こした新案を提出して反応を待つ。

 准将が苦々しい顔をして目頭を押さえる、二件とも今一つ納得いかないものと捉えたからだ。


「大佐、今一度計画を練り直して貰えるだろうか」


 首を左右に振ってノーを示す。


「閣下のお気に召さない部分をご教示下さい」


 今後の参考に尋ねるのではないのが島にはわかった。


「修正案は日程そのものが厳しく柔軟性に欠ける。新案は上手くいけば良いが、失敗しては目もあてられん」


 島が口を開き具体的な懸念がどこにあるかを問う。


「どの部分で失敗があるとお考えでしょうか」


「うむ。ガンヌーシーが承知するとは思えん。相手次第で全てが崩壊する、修正案と共にだ」


 そこに情報が漏れてしまえば確かに他の手段も総崩れする劇薬の類いである。


「閣下――十年前にチュニジアをどうしようとお考えでした?」


「なに、十年前?」


 質問の意図が解らずに言葉を繰り返す。


「はい、十年前の閣下はチュニジアの未来を変えようとどうお考えだったでしょう」


「ふざけた質問をするものではない、この作戦は昨年計画されたものだ」


 怒気を孕んでそのように島の言葉を拒絶する。


「彼らは、チュニジアンは何十年と前からずっとこの状況が訪れるのを待っていました。ガンヌーシー氏に至っては国から追放されて、それでもいつか変えることが出来ると頑張ってきました。その自由を取り戻す為に障害となっているのは一部の原理主義者でしょう」


 戯れ言ではなく心底その提案を考えていたのを理解してテイラーは目を瞑る。

 葛藤ではなく熱意ある若者の将来を慮ってである。


「イーリヤ中佐、貴官の提案は一つの形として受理しておく。アメリカは危険な橋を敢えて渡りはしない。仮にこの計画が成功したとしても奇策でしかない。私は貴官の為を思って苦言を発しているのだが、わかってもらえるだろうか」


 丁寧に噛み砕くようにそう説明する、相互の不理解を招かないように注意を払って。


「――理解致しました閣下」


 想いはあるものの准将の気持ちもまた有り難い。


「では別の案を再提出させていただきます」


 ジョンソンが退室を促して二人は司令官オフィスを離れた。


 ランスロットの通路を歩きながら大佐が声をかける。


「まだ時間がある、違った手段を考えようじゃないか。最後の最後、もし打つ手がなくなれば実行される余地は残されている」


 苦し紛れに使う内容ではないのを承知で島も納得する。

 そのままジョンソンのオフィスでコーヒーを飲みながら次の案を練ってみる。


「そもそも大統領の解職は議会のみの権限なのでしょうか?」


「チュニジアに限っての話だが、議会と裁判所とがある。イスラム法国では宗教指導者がその上に君臨しているのでまた違うがな」


 流石に他にはなく解職の為には議会を使うしかないのが絶対とした。


「では議会で賛成多数になるためには、アンナフダ党の取り込みを除外したら、いかな組み合わせがあるでしょうか」


「アンナフダ党が八十九、共和国評議会が三十、もはやこの時点で過半数は無くなるな。つまりは分母を減らすしかない、制憲議会についてだが」


 二百十七議席、満席でこの数字になるのだが議会を開催するには百四十五議席、つまりは三分の二の出席が必要になる。

 このあたりの強行採決についてはニカラグアで経験ずみであった。


「つまりは七十三議席が最低条件です、これより下回ることはないわけですね」


「まあそういうことだ。現実問題その数になることもないがな」


 その指摘は正しく何事も幅がある。共和国評議会党から数を減らすことは難しい、テロリスト共謀者はアンナフダ党の一部なのだから。


「実は議員が幾人か誘拐される予定がありまして――」


 訳ありの視線を向けると大佐は小さく鼻を鳴らして続きを促す。


「ホンジュラスのギャングスターが主犯です。これで多少ですが好きな部分から引き算が可能です」


 片方の眉を上げて票読みを真剣に行う、監禁ならばテロリストビジネスとして成立するため不自然ではない。

 わざわざ貧困な国の人物を狙う部分に疑問があるだろうが、対象を誘拐しやすい為と解釈も出来る。


「予算は中佐が?」

「はい」

「こちらで補填しよう」


 独断で自己資金から百万ユーロを振りだしたのを聞いて流石にジョンソンも驚く。


「軍から補填されなかったらどうするつもりだったんだ」


「すっからかんになりますが、生活に困ることもありませんから」


 島の意外な反応に小さく溜め息をつく。


「金に執着が無いのは悪いことではない。だがいま少しその価値について考える時間を持つのはより良いことだろう」


「そう致します」


 素直に言を受け入れて謝辞を述べる。


「分母がこれで余計に減るのはわかったが、やはり分子の伸ばしかたに問題があるな。トゥラー教授一人に頼るのは歓迎すべき内容ではない」


 何事にも複数の道をつけるのが安定策の基本である。だが教授以外にその任にあたることが出来る人物が手中に居ない。


「では味方となる人物を作っては?」


「誰を口説くんだ」


「エタカトル党首、ジャアファルをです」


 ここにきてたったの十六議席しか持たない党のトップを特別に引き込む理由を疑った、しかし現在のチュニジアで十六が比較すると三番、四番に位置することにジョンソンが気付いた。


「順序の入れ替えというわけか。それならば大っぴらに遊説することも出来るな!」


 制憲議会を大統領に凍結させる前に大統領を解職出来ない、この矛盾を取り払う一手である。


「はい。エタカトル党首は制憲議会議長を占めております。彼を味方につければ大統領が不在中に、イスラム法を採用するかどうかの議題そのものが始まりません」


 代議会は第三党が議長になるが、その後に出来た制憲議会は第四党が議長を務めることになっていた。


「そうなると問題は一つ、どのように言うことを聞かせるかなわけだ」


「ハードルがかなり低くなったのは事実でしょう」


「違いない」


 手練手管の経験者にとってはこの先の手段は作業にほど近かった。


「飴と鞭ですが、飴でしょう」


「断然そちらが有利だろうな」


 深く考えることもなくそちらが答えだと確信を持って同意する。


「どこまでを約束可能でしょうか」


「ふむ……」


 少数政党が求めているのものが何かを早急に調査するよう部員に命令を下す。

 二人はその間に分母の減らしかたを討議していた。


 党首の経歴を渡されエタカトル党の主義主張を一目見て方針が定まった。


「こいつは随分な歩みですね。アンナフダ党にべったりの理由が自らの赦免と党活動の保証とは」


「適当な国での身分を認めてやり、奴が求める仕事を幾つか融通してやれば現在と同等というわけだな」


 あまりの小者ぶりに逆に驚かせられてしまう。

 アンナフダ党の分党かとすら思わせる内容なのだ。


「今さえ乗り切ればあとは自浄作用で自然消滅でしょう。そうなったときに保護してやれば、喜びこそしても文句は言いますまい」


「ガンヌーシーは無理でもジャアファルならば見通しが立つな。ついでに家族のところに監視をつけておこう、こちらは土壇場で裏切りそうになったら脅迫する材料だがね」


 あまりに不穏当な発言であるが、そこに感情が籠っていないためにさらりと聞き流す。


「直接金を渡すわけには行きませんから、ジャアファルを通しての仕事、顧問料が入るような細工を入れ知恵してやりましょう、市場経済のおこぼれだとして」


 そうしてやればイスラム主義を脇に避けて利益を享受したくもなるというもの。


「話は変わるが、アルジェリアでの結果報告だ。それらしき死体はあったがアブダビかは判断不能だったよ」


「奴らの拠点に残された痕跡からDNA鑑定などは?」


 やっても見付からないから不明と宣告されているのを、百も承知で尋ねる。


「恐らくオランにはいただろうが拠点があった場所に居たのが本人かは確認が取れていない。部屋の住人と同一人物とは断定された。マスィヤードと名乗るトルコ人らしい」


 ――姿が見えないのだからどうしよもない。やつの親子関係者が証言でもしない限りは失踪扱いが限界だろう。


「アンナフダへの――支援が止まっただけで良しとしましょう」


「そう考えておこう」


 もう一つか二つ策を練っておきたかったが真夜中を時計が示していた。

 一旦退艦し基地で休むことにする。


「それでは夢で名案が浮かぶことを祈って」


「枕元にメモを用意しなきゃならんな。ご苦労」


 起立敬礼をして部屋を出る。


 下士官に誘われて甲板へと上がる、地中海の空を見上げた。

 砂漠の星空も透き通って綺麗だったが、海上から眺めるそれも美しかった。


 予定が入ったから会議を中止する、そのような通知をアンダーソン中尉が携えてきた。


「ご苦労中尉。俺は懲りずにチュニスにでも行ってくるよ、居ない間のベッド管理はいつものように頼む」


「ラジャ。しかし、こんなに頻繁に視察する参謀は初めてです」


 後方勤務との名が表すように普段はバックに引っ込んでいることが多い。

 中には前線を殆んど見ないまま作戦を決定してしまう者も居る。


「あまりでしゃばりすぎると部下からクレームがついちまうな」


「良し悪しと言うことですか?」


「部下を上手く使うのが上官の責務だからね、一人でやれることには限界がある」


 そうは言いつつも全く止めるつもりはなかった。

 前線こそ自らの身の置き場であると信じてやまない。


「自分には中佐が一人分を越えているような気がしてなりません」


「そいつは錯誤だ、一人前にもまだまだ遠いよ」


 笑顔で敬礼して上級曹長を促して基地を出る。

 私服の二人組に律儀に反応しようとする門衛を軽く片手で制して、民間の船が出入りする側の港へと向かう。


「チュニス行きのチケットを二枚」


「ありがとうございます、一番埠頭から三十分後に出ますよ」


 停泊している通商客船に乗り込みニカラグア旅券を提示する。

 顔写真を簡単に確認して、良い船旅を、と声を掛けられてタラップを上った。


 首から例のカメラを下げたまま甲板へと行くとナポリの港風景を数枚撮影しておく、感度はISO100の代物である。


 プレトリアスには鉄板入りのバッグに替えのフィルムやらボイスレコーダーを持たせて、助手のような形をさせておいた。

 同じ経済圏の国は往き来が簡略で、中には上着なしで財布だけ持ってちょっとお出かけ、との装いの者も乗船していた。


「なあプレトリアス、この仕事が終わったらベトナムでゆっくりするつもりなんだ。お前はどうするんだ?」


「レバノンで声がかかるのをお待ちします」


 新婚生活を邪魔しては悪いと考えたのか流石に一緒するとは言ってこなかった。


「一族に元気な姿を見せてきたらいい。俺が椅子に座っていないものだから、いつ大怪我するかもわかったものじゃないからな」


「人は死ぬのではなく自然界に還るだけです」


 プレトリアスは真面目な顔でそう言い切った、シャーマンとはそんな教えなのだろう。


 チュニス港へと到着し下船する先でチュニジアの官憲が観光客一行をにこやかに受け入れる。

 島もスペイン語で挨拶をして通過した。


 昼前の晴天である。まずは地元紙を手にして簡単に目を通してみる。

 何回か捲ると気になる記事が載っているのを発見した。


 ――ガンヌーシー氏のセミナーだと?


 日時を確認すると今夜なのがわかる、すぐに参加連絡して権利を確保した。


「スケジュールが決まったぞ、これに出る」


 渡された新聞を覗くも特に知らない人物の写真が掲載されているだけである。

 名前を見てもチュニジア政府の閣僚でもなく何者なのかと疑問が涌いた。


「この人物は?」


「ナフダのトップさ」


 アラビア語の定冠を除いてナフダ党首だと説明する。ナチスもそうであるが国民党の一つだと労働者が支持基盤にあるのを加えた。


「すると悪の親玉ってことでしょうか?」


「どうだろうね、それを確かめに行くのさ」


 新聞には載っていないような内容でも気軽に出してしまうのが雑誌の類いである。

 書店で何冊か適当に社会経済を扱うものを手にして喫茶店に持ち込む。


 ティーにパイを注文してそれらを流し読みをする。


 ――ガンヌーシーの演説に投石騒ぎ、同様に政府公演でも投石が。かなり不安定な状況らしいな、無理もないか。


 複数の雑誌がその騒ぎを掲載していたが犯人は背後関係が明らかになっていない青年らだと締め括っていた。


 別の雑誌ではガンヌーシーがイスラム原理主義を批判する発言があったと載せていた。

 中には特集で対談形式インタビューまで掲載しているものがある。


 ――新聞だけをチェックするやり方では穴があるわけか!


 氏の考え方がかなり自分達に近いのが明らかになる、一方で国内他党の一部を批判もしており相違も見つかった。

 一貫して感じられるのがチュニジアがイスラム社会よりも優先するような類いの考えである。


 小イスラム主義とでも言うのだろうか、イスラムの為にチュニジアがあるのではなく、チュニジアの為にはイスラム社会が必要だとの流れである。


 ――アンナフダ党にいる半数近くは原理主義者からの影響を受けている、これは早晩道を分かつぞ! アメリカとしては説得を行えないが、チュニジアとして何とかならないものだろうか。


 かといって軍関係からそれを頼るわけにはいかない、軍は政治と関わらない。

 トゥラー教授では違いの部分を歩み寄ることはしないだろうと悩む。


 対談の内容はイギリスBBCの関係者が行ったそうだ。


 ――独占インタビューか、果たしてガンヌーシーが受けてくれるだろうか? 由香を表に出してフランス放送局から派遣の形はどうだ。いやベアトリスに相談してみるか、イタリアから近い場所に由香を動かすわけにはいかん。


 果たしてまだ勤めているかはわからないが消息位は伝わるだろうとレバノンへと電話をかけてみる。

 ベイルートのフランス放送局と言えば細かく指定しなくてもすぐに繋げることが出来た。


「記者のマドマアゼル・ベアトリスはいらっしゃいますか?」


「只今外勤で不在です。どちら様でしょうか?」


 事務処理を行うかのような乾いた感じの喋りをする女性が電話口に現れた。

 まだ勤めているのは確かのようである。


「シーマが連絡を取りたがっていたとお伝え下さい」


「モン・シーマですね。確かに――」

 喋っている最中に声が途切れてしまった。

 するとすぐに聞き覚えがある人物に受話器の持ち主がかわっていた。


「ちょっと島大尉かしら!?」


 ――相変わらずの勢いだな。


 耳に響く声に苦笑して認める。


「ああ元気そうで何よりだ。ちょっと相談があるんだが時間をとれるかな」


「勿論大丈夫よ。いまどちらに?」


「地中海を観光中でね、明日にでもそちらに向かうよ」


 夜に船に乗れば午前中にはレバノンに着くだろうと考える。

 あまり航空機を使わないようにしているのは姓名が記録されてしまうからである。


「期待してるわ!」


 チュッと最後に聞こえて通話が切られる。


 ――何もなければ滅茶苦茶言われちまうんだろうなこりゃ。


 電話したことを後悔こそしないが、ガンヌーシーのセミナーで期待はずれだった時のことを少し想像してしまった。


「これをご覧ください」


 席に戻った島に雑誌の写真を示して端の人物を指差す。


「不鮮明ですがこの氏の後ろにいる人物、アラブ人ではありませんね」


 多くのアラブ人が居並ぶ中で、たまたま写り込んでしまったのだろう。


「うーん、こいつはイギリスの軍人じゃないか……」


 ――亡命先がイギリスだったのだから側にイギリス人がいてもおかしくはないな。しかし何故軍人なんだ?

 チュニジアにはイギリスは干渉していない、ガンヌーシーを足場に乗り込むつもりなんだろうか。

 この人物が何者なのかをまず調べるとしよう。


「やはり現地踏査は大切だな」


 その後も探してはみるが新たな発見は現れなかった。

 時計を見るともうすぐで開館の時間がやってくる。


「では場所を移るとしようか」


 大ホールの会館は演劇が出来る位のステージを持ち、観客が五千人は収まるだろう容量を備えていた。

 二階席に何とか場所を確保した二人は氏が現れるのをじっと待つ。


 開演になりガンヌーシーが二人の部下らしき人物を従えて壇上で挨拶を行う。

 アラビア語で難しい内容を演説すると思っていたが、島ですらわかるような簡単な単語でゆっくりと話を始めた。


 ――そうかイギリス暮らしが長いから喋りが緩やかになったんだ。


 浴びせた押すような喋りをする地域とは正反対、相手が聞きやすいように喋るのが英国紳士のたしなみというわけである。


 丸々一時間程の公演を耳にして、雑誌にあったような思想だったのを再確認する。

 ガンヌーシーが姿を消して今後の活動を支援する会員の募集が始められた。


 席をたって会館の外に出る、裏口が見える場所にある石畳の段差に腰かけてあたりを窺う。


「遠くてよく見えなかったから、ご尊顔を拝謁しておこうと思ってね」


 上級曹長は何も言わずに周囲に気を配る。

 茂みのあたりに自分達と同じ様に裏口をチラチラ見ている男たちを見つけた。


「中佐、あちらにいる三人組、落ち着きがありません」


「なに? ――アラブ人だな、そわそわしている、何かを待っているんだろうか……」


 時計を見たりあちこちに視線を流したりして芯が据わらない。


 その時に裏口から四人の男が出てきた、一人はガンヌーシーである。

 三人組がそれを見て弾かれたかのように走り出す。


「プレトリアス!」


 島はそう声を掛けて同じく裏口に向かって走り出す。


 ガンヌーシーの後ろにいた男のうち一人が急に近付く不審な者達と氏の間に割ってはいる。

 三人組が手にキラリと光る何かを握った、それが何であれ凶器だとすぐに勘づく。


 割り込んだ男が先頭のアラブ人の腕を取り素早く引き倒して、間接の反対向きに思いきりよく体重をかけて折ってしまう。

 悲痛な叫びをあげる隣を二人のアラブ人が駆け抜ける。


 壇上に付いてきていた二人の部下は情けない声を残して後ずさる。

 ガンヌーシーが手にしていた本を前に翳して何とか距離をとろうとした。


「ガンヌーシー様、お逃げ下さい!」


 腕を折った男がそう声を上げて加勢しようと立ち上がる。


 振りかざした凶器を突き立てる、手にしていた本が身代わりになりバサバサと足元に落ちた。

 三人目の男がガンヌーシーに迫った瞬間、島が思いきりよく体当たりして二人で石畳に転げる。

 残る一人にプレトリアスが抱き付いて力一杯持ち上げると、容赦なく投げ捨てた。

 強い衝撃を受けて泡を吹いて気絶してしまう。


 島が転倒している男の腕と首を締めて袈裟固めのように抑え込む。

 プレトリアスが手からナイフを取り上げ放ると代わりに拘束した。


「ご助力感謝致します」


 英語が通じるか不明であったが割り込んだ男が二人に礼を述べた、それが例のイギリス軍人だとわかる。


「不審な動きをしていたのを偶々見掛けましてね。ご無事でしょうかガンヌーシーさん」


 同じく英語で氏に怪我が無いかを確認する。


「お陰で大事ありません。二階席にいらっしゃった方々ですね、ありがとうございます」


 あんなに大勢が居るなかでよくぞ見ていたと言いたくなるような台詞を口にする。

 警備員が駆け付けて三人を拘束した。事情を説明するために一人部下を残させるよう指示した。


 車で自宅まで向かい中へと案内された。

 あまり豪華とは言えないがなかなかの感性を持っているのがわかる調度品が並んでいる。


「先程は危ないところを助けて頂きありがとうございます。改めましてガンヌーシーと申します」

「マクミラーです」


 イギリス軍人が次いで名乗る、どう返したものかと躊躇してから挨拶を返す。


「島です。日本人でチュニスに観光しにきていました」


「プレトリアスです。島さんの知人でレバノンから来ています」


 アメリカ軍人であるのを隠しておく意思を受けてそのように名乗った。


「観光の方々が私のセミナーを?」


「はい、今朝港で新聞を目にしたときに知った次第です。拝聴したところ自分も大筋で同じ考えだと感じました」


 日本人は宗教に無関心だと考えているガンヌーシーは民主主義についてと、レバノンでのイスラム社会の在り方についてだと簡単に解釈した。


「世界をもとに戻そう等の考えは現実的ではありません。人々が求めるところは人々が自身で定めるべきでしょう」


 誰に強制されるわけでもなく、自らが。


「イスラム民主主義ですね。ガンヌーシーさんは次のチュニジアの大統領になられる?」


 最大政党の党首だけに順当な人物だと後押ししてみる。


「大統領は長く務められる人物が行うべきでしょう。私はもう年老いてしまいましたから」


 背筋が伸びて矍鑠としてはいるが大統領の激務はきついと首を振る。


「ではジバーリー首相がでしょうか」


 次席であり首相でもある人物ならばと尋ねる。


「彼では敵が多すぎるでしょう。争いが絶えない国は疲弊します」


 その二人が無いならばアンナフダ党からは大統領候補が居なくなってしまう。と言うのも幾つかある大統領候補条件の一つに、党首か最高幹部との決まりがあるからだ。


「あまり立ち入ったことはやめましょう。マクミラーさんはイギリスの軍人でしょうか?」


「はい、元ですが。ガンヌーシー様を支えたく、中尉で除隊してついて参りました」


 マクミラーと名乗る祖先が粉挽を表す姓の彼は胸を張る、その堂々とした態度は信頼を感じさせるに充分である。


 ――そう言えば第七の司令官もミラーだな。


「あなたが居たら安心ですね。しかしさっきのは何者だったのでしょう? アラブ人に見えましたが」


 警察が身柄を受け取りに来ただろうが、そちらの発表ではなく本人の所見を知りたかった。


「ムスリム同胞団の者でしょう。彼らは私がかつて支援を受けていたのに、団の目的と衝突する発言をしているので裏切者扱いをしているのです。私に非がないとは言いませんが、テロリズムに倒れるわけには参りませんから」


 ――ムスリム同胞団か、やつらにしてみればガンヌーシーが居なくなればジバーリーが党首で大統領候補と良いこと尽くしだからな!


「命を狙われて、それでも発言を取り下げない?」


「私の理想を撤回したら、私だけでなく支持してくれた皆に申し訳がたちませんから。それに脅して言いなりにしようとの姿勢は正義ではない」


 ――どこにでも立派な人物はいるものだな!


 特に力を込めることなく当然といった感じで口にする。

 それが言葉だけでないのは氏の過去を見れば納得いくだろう。


「もしよろしければ、いつでもいらしてください。あなた方は私の恩人です、イスラムでは与えた恩は忘れよ、受けた恩は一生忘れるなと戒めております」


「それは日本でも同様です。お招きありがとうございました」


 マクミラーに先導されて部屋を出ようとする。去り際に一つ尋ねる。


「フランスがガンヌーシーさんに興味を持ち、話を聞きたいと言ったらどう思われますか?」


「私は対話を求める者を粗略にはしませんよ」


 満足いく答えを土産に夜のチュニスを歩いて港へと戻ることにした。


 地中海を渡る船に乗り込み話を聞いた感想をプレトリアスに聞いてみる。


「ガンヌーシーをどう思う?」


「思想家ではあっても妄言の類いではない信用を感じました。端的に言えば良心的な人物でしょう」


「国の頂点に立つには清廉過ぎるんだろうな――」


 朝にはレバノンに到着するが遊びに行くわけではないので、用事だけ済ませたらすぐに引き返すことになる。

 日本の政治家と足して割ってやれば丁度良いと思いつつ、数が全然足りないなどと余計な考えが頭の中を巡っていた。


 十五ノット程の歩みでも余裕をもって到着した、朝日が眩しい。

 ふと思い出したかのように、走るぞ、と声を掛けて港から飛び出していった。


 早朝だろうと深夜だろうと放送局に休みはない。

 たっぷりと二時間程遠回りして走り、日頃の運動不足を解消する。


 ロビー横にあるカフェも営業しており、そこで軽い朝食をとることにした。


「ちょっと随分と早いんじゃなくて?」


 食事中に声をかけられる、すぐにベアトリスだと気付いて片手をあげる。


「いつもこんなものだよ、何より君に早く会いたくてね」


「手にバーガーがなかったらもう少し嬉しかったわ。一旦デスクについて来客を知らせてくるわ」


 かじりかけのものを見て確かに色気がないなと納得する。


 十分とかからずに降りてきた時にはきれいさっぱりして、僅かにコーヒーだけがテーブルに残っているだけになっていた。


「はいお待たせ。一体どこから走ってきたのかしら?」


 自らも一杯オーダーして二人を見る。


「今回はチュニスからさ。革命が起きてからまだまだホットな地域だよ」


「政情不安定ね。ご指名いただいたのと勿論関係があるわけよね?」


 何が飛び出すかと幾つか想定するのを待ってから答える。


「チュニジアの最大政党、アンナフダ党首のインタビューをやってみないか?」


「イスラム主義政党ね、レバノンのイスラム教徒との関係が無いとも言い切れない程度かしら」


 事実あまり関わりは無いだろう、だからこそ中立的な見解が期待できるというものでもある。


「ガンヌーシー氏はチュニジアでイスラム民主主義を進めようとしている。もし成功して周辺に余波が出たら、レバノンも圏内だろう」


 分布図を思い浮かべて未来を予想してみる、成功しても失敗しても近隣に何らかの影響を与える。

 海を隔ててすぐに近くの中東地域、そのイスラム教徒に関わりがあるならばレバノン支局でインタビューしても不自然はない。


「そうね、でも取材を申し込んで受けて貰えるのかしら?」


「ま、それは心配ないさ。フランスが話を聞きたいと言ってきたら、断りはしないと本人が言っていたからね」


 面白がるようにそう請け合う、何故知っているのか疑問に思うのは何も彼女だけではないだろう。


「どうしてそんなことを知ってるのかしら?」


「実は昨晩直接聞いてみた、簡単な答えだろう?」


 どうだと言わんばかりに種明かしをする。


「呆れた、私なんか必要無いんじゃないかしら」


「それが偶然そうなっただけで話をしたのは島個人でしかないんだよ」


 困った顔をして助力を乞うとアピールした。


「すると個人ではないあなたの頼みはどんな公人なのかしら」


「とある軍の地中海艦隊主任参謀としてだよ。答えがわかっても知らないままの方がお互いのためだからね」


「あなたって人は本当に自由なのね。そんなことしていたわけ? でもいいわ、それ引き受ける。代わりにこちらからもお願いがあるわ」


 何か思い付いたらしくいたずらっぽい笑みを浮かべている。


 ――ちょっと嫌な予感がするぞ!?


「な、なんだろうか」


「あたしも外交官が集まるパーティーに同伴してよね」


 ――も、か。これだから女同士知り合いは扱いづらいんだ。


 特にそんな席が予定にあるわけではないが何とかしてやろうと覚悟する。


「わかった、だが俺に招待が来る訳じゃないから補欠待ちで勘弁してくれ」


「ふふ、じゃあ契約成立ね。声がかかるのを楽しみにしているわ」


 メモを残すわけにはいかないのと、残すまでもないので手帳を出すことすらなく話を終える。

 ご機嫌な投げキッスを飛ばして上階へと去っていく。


「俺はそんなに自由を謳歌しているように見えるか?」


「中佐を縛るのは野性動物を相手にするより困難でしょう」


「なんだそりゃ。折角レバノンに来たところ悪いが、次の場所に行くぞ」


 にこやかに了解を口にして二人はフランス放送局から出る。


 アフマドの家族に生活の場を与えるため、わざわざ自らフランスへと飛んだ。

 正直、島がそこまでしてやる必要はない。誰か代理を送り処理させれば良いのだ。

 それをしないのは島のアフマドへの感謝の気持ちと、半ば強制的にエジプトから追い出してしまったことへの償いであった。

 無論時間に余裕が出来たとの側面もあったが、性格の問題だろうと本人も自覚していた。


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