36 前夜、期待
『あらら、お前らできてたの?』
「…………」
カールの冷やかしを思い出しては、顔をおさえて赤くなってしまう。
外はもう夜だ。月は出ていない。冷たい夜風が小窓から入ってきて身震いする。
明日はもっと震えているだろう。明日だ。明日の今頃は、結果が出ている。計画が成功して全員無事に自由の身になれるか、失敗して殺されるか。
カールは計画が成功してここを出られたら、各地を放浪するつもりだと言っていた。のんびりした田舎でも、にぎやかな街の中心部でも、しばらくすると飽きるそうだ。彼らしい。
アンディがどうするつもりなのかは知らない。張り詰めた空気が彼を包んでいて、訊きたくても訊けなかった。
することがなくて、なんとなく服の裾のレースをいじっていた。ついこの間まで夢の中の物だったレースがついた服も、慣れてしまった。もとのような何の飾りもない服はもう着られないのだろうかと心配になる。
爪の先が繊細なレースに引っかかって、しまったと思ったとき。
ーーがこん。
「?」
外で何か音がした。
重量のある缶を置いたような音だ。
一気に心拍数が上がる。だってここの外は、人は絶対に来ないような藪なのだ。前に一度、ランズウィックに恨みのある老人が来たことがあるけれど、あれは特殊な場合だ。
庭師でさえ見捨てているこの場所に、いったい誰が何の用事で来るというのだろうか。まず使用人ではない。第一、いくら忙しい彼らでももう寝静まっているはずの時刻だ。
誰が。何をしに、ここへ?
全神経を集中させて、外の音を拾う。風の音が邪魔だ。木の葉が風にがさがさ揺らされる音がうるさい。
しかしそんな邪魔な音にまじって、かすかだが確かに聴こえる。
外壁にそってゆっくり歩く、誰かの足音だ。
足音を立てないように相当に気をつけているらしいが、落ち葉と枝だらけの地面を踏めば、いくら気をつけても足音は出てしまう。
足音は慎重だ。かなりゆっくりと、屋敷の中心部へと向かっている。誰にも見つからないように、一歩一歩亀のように進んでいる。
明らかにこれは、侵入者のものだ。
そう思うとぞっとした。得体のしれない人物が、自分のいる屋敷の敷地内に踏み込んで来ている。見つかったらまずい理由を持ちながら、だ。
しかし驚いたことに、恐怖に混じってかすかな期待のようなものを感じる。
敵の敵は味方ーーこんな言葉をどこかで聞いた。
まさに、それだ。自分の敵であるランズウィック家に侵入するもの。つまり、侵入者はランズウィック家の敵。敵対しているものが同じなのだ。侵入者に対して安心感さえ覚えそうだ。
足音は遠ざかって行った。まだじっとして耳を澄ましていたが、何も変わった音は聴こえない。風で草木が揺れる自然の音だけだ。
(大丈夫、かな……でも、もし誰かいたら……いや、そんなはずない。勇気を出さないと)
先程何が隠し扉の外に置かれていったのか確かめたい。しかし、危険すぎるのではないか。そんな怯えが邪魔をする。
怯えていてはだめだ。臆病さを捨ててしまわなければ。そうしないと、ここから脱出して街でアンディと落ち合い、生き証人としてランズウィック家の悪事を告発するなんて真似は出来ない。
ーーこれは、度胸をつける訓練。
そう考えながら隠し扉に手を掛ける。そろそろと開いていく。
何もなかった。
見えるのはただ、鬱蒼と茂った草木だけ。
ほっとしたのと、拍子抜けしてしまったのとで、肩がすとんと落ちる。同時に目線も下に落ちた。
「ーーあ」
隠し扉を開いた真下。
大きなブリキの缶と、それにくっついた機械のようなものが置かれていた。
「何? これ…………」




