35 被害者、復讐
ミルクを配達にランズウィック家にやってきたその青年は、屋敷の様子がいつもと違うことに気がついた。
青年は黒い髪をぼりぼりと掻きながら、何が違うのか考えてみる。
青年の名はショーン。妹のルーベラとは容姿はよく似ているが、性格は正反対で、お気楽なショーンはいつも冷静で真面目なルーベラに小言を言われている。
毎朝ミルクを配達に来るこの屋敷には恨みがある。といっても、直接何かされたと言うわけではない。
祖父は少し狂ってしまっている。原因は、祖父の父が愛していたニーナという女性が、この屋敷に幽閉されたあげく、生贄として悪魔に捧げられたことだ。
祖父の父は、妻を若くして亡くした。悲しみに明け暮れたが、その悲しみも時が経てばやがて薄れていく。前を向いて生きて行こうと彼が決意した頃出会ったのがニーナだ。
そのニーナは、このランズウィック家に殺害されーーそのショックのあまり、祖父の父は心臓発作をおこして帰らぬ人となってしまった。
ランズウィック家の表の顔はとても良い。数々の慈善活動を積極的に行い、主人のオリバー・ランズウィックはいつも穏やかな笑みを浮かべていて、町内での人気は高い。いくらランズウィック家の悪魔崇拝を訴えても、あの子は最近お父さんを亡くして、幼い頃にお母さんも亡くしているから、混乱しているのだとしか思ってくれなかったのだそうだ。
ランズウィック家は絶対に証拠を残さない。
「それでも、絶対ボロが出るよな」
曾祖父の代から、自分の家族は狂わされてきた。
正義の心だ。狂った祖父に唯一残ったまともな部分。
ショーンは特に熱い性格ではない。それどころかいいかげんで、その時その時を楽しめれば上々だと常に思っている。だから正義は正直どうでもいい。
しかし、哀れな祖父の寿命はもうすぐだ。本人はわかっていないが、確実に衰弱している。このままではあんまりだ。だから、祖父の思いを遂げてやりたいという一心で、今年の儀式の日にランズウィック家を潰すと決めた。
妹は違う。彼女は悪者が許せない。祖父と同じように、正義のためにランズウィック家を潰そうとしている。
ショーンはリヤカーに載せたミルクの缶を運びながら、目だけを動かして周囲を観察した。
ーー警備兵が、いない。
そんなはずはない。いつも屋敷を取り囲むように配置されている警備兵がいなくなるのは、一年に一度の生贄の儀式の日だけだ。儀式の日は、たいてい新年が始まる五日前。毎年観察していたからそれはよくわかっている。しかし、今はまだ十二月の半ばだ。
何年も前からこの屋敷へミルクを配達しているが、こんなことは初めてだ。これまでにも、儀式の日が多少変わることはあった。だがそれはほんの一日ほど。
不思議でたまらないが、何かが起こっていると感じる。
ーールーベラに伝えないと。
配達を済ませ、怪しまれないように、動揺を誰にもけどられないように口笛を吹きながら歩く。考えすぎだとは思うが、ここは不気味だ。誰かのねっとりした視線が自分を追っているような気がしてならない。
ーーもし、本当に儀式が明日になったんだったら、油を準備しないと。
ショーンの頭の中に、幾度も思い描いた、ランズウィック家が炎に包まれて焼け落ちる光景が浮かぶ。無事に復讐を遂行することができた自分を想像すると、思わず唇の端がつり上がった。
* * *
「なあなあ、デリアって美人? それともしわしわの婆さん?」
私とアンディの緊張感を台無しにするようなお気楽な声。女装をしたカールは、赤い巻き毛のかつらを指でくるくるといじりながらアンディに興味しんしんで訊いた。
アンディは答えない。完全に無視しているようだ。
それも当たり前かもしれない。失敗すれば命はない計画を明日、実行する。その最後の打ち合わせをしているというのに、カールのこの態度。
本人に悪気はないらしい。アンディになおも話しかける。
「答えろってばー。エレンとどっちが美人?」
いきなり名前を出されてぎくっとする。
そういう話はやめて欲しい。せめて私のいないところでして。どういうつもりなのだろう。からかわれているのか、馬鹿にされているのかのどちらだろうが、隣にアンディがいるから惨めな気持ちになる。
「デリアは仮面をつけてる。比べようがない。というか、いつでもエレンが一番だから」
「……あらら、お前らできてたの?」
「……っ」
真っ赤になってうつむいて、恥ずかしさのあまり声が漏れた。
冷やかされる? ああ、当たり前だよね……釣り合わないもん。
というか、いまだに信じられないのだ。彼は思えば最初から好きだ好きだといってくれたが、もしかして幻聴ではないか、ひょっとするとものすごく長い夢でも見ているのではないかとよく思う。
「へええ。ま、いいんじゃね! 美男美女で。くっつかないほうがおかしいよなー、オレは前から怪しいと思ってたよ!」
「カール……もう黙ってほしい…………」
消え入りそうな声で必死に訴えると、カールはしぶしぶ口を閉じた。まだ冷やかし足りないといった様子だ。
案の定、カールは私たちが出て行く時、またからかった。聞こえないふりをして、小走りで部屋を出る。
自分の部屋の扉をしめてほっと息をついた。




