32 デリア
いきなり解放された兄は、勢いよく後ろに倒れた。
妹があわてて支える。
「そういうつもりなら、次はない。潰してくれるのは有難いけど、邪魔はしないでくれ」
恐ろしく冷たい声でアンディが言った。
兄妹はいつの間にか立ち去っていた。
「びっくりした?」
「え……そんなことないよ」
正直に答えてはいけないと思ったので、あえて嘘をついた。
本当は耳元で心臓が鳴っているように感じるほど動悸がしている。
この人は、時にはすごく残酷になれる。
口だけでなく、次にあの兄妹が何かしてきたら間違いなく引き金を引くのだろう。
自惚れだけど、彼がさっきあそこまで怒ったのは私がいるからだ。
君"たち"と聞いた瞬間目の色が変わっていた。
アンディに、絶対に引き金を引かせたりしては駄目だ。
だから私がしっかりしないといけない……。
もう、儀式の日はすぐそこだ。
暗い夜道に二人分の足音が響いている。いつしか林を抜けて、最初に目にした通りまで戻ってきていた。
見上げると、横たわる黒い怪物が見える。それはランズウィック家の屋敷だ。
目にした途端、強い脱力感に襲われた。
アンディに心配をかけてはいけない。ぐっと歯を食いしばって、倒れそうになるのをこらえた。
行きよりかは大胆になっていたのか、それほどびくびくせずに進むことができた。
地下に降りる階段にさしかかる。
短い冒険は終わって、また永遠のような監禁生活がはじまると実感した。
「おやすみ」
扉を閉める前に、アンディは頬に口づけた。
ぼうっとしてしまった。気がつけば扉は閉まっていた。
ふらふらと夢見心地でベッドに向かって、ぼすんと倒れ込んだ。
着替えないと。頭はそう思うのに、身体は枕に顔をうずめたまま、どんどん沈んでいく。
* * *
「おい」
聞きたくない声が後ろから聞こえた。
「探したぜ。お前も夜遊びとかするんだな。いい女はいたか?」
アンディは苛立ちを隠さずに振り返った。
声の主は案の定、アンディが好かない親指だった。にやにやした脂っぽい顔で見下ろしている。
「違う。用事だ」
「ふーん? ま、いいけど。デリアが呼んでるぜ」
「デリア? こんな時間に何の用だ」
「さあ」
わけがわからないが、とりあえず上に向かった。
占い師デリアの部屋は四階にある。奥まった廊下に鍵のついた小さな扉があり、そこが彼女の砦だ。
使用人の間では「呪われた部屋」や「開かずの間」などと噂されており、気味悪がって誰も近づかない。
中にいるのは、幽霊のほうがよっぽど可愛いだろうーーそんなことを考えながら、小さな金色の鍵を取り出して、鍵穴に差し込んだ。
入った途端、むんとするお香の匂いが鼻をつく。
「失礼します」
部屋は四隅に置かれた蝋燭以外に明かりがなく、かなり薄暗い。
壁には大きな地図のようなものが貼られている。星の地図だ。占いに使うらしい。
さらに、部屋の中央に置かれた黒い机に、大人の男でも両手で包み込めそうにないほど、大きな水晶玉が鎮座している。
普通はそれが一番目を引くだろう。
しかし、それよりさらに異様なものがある。
仮面だ。
石膏でできた、真っ白な肌の上に、宝石が散りばめられている。目の部分はくり抜かれていない。かわりに、真っ黒に塗られている。
何回見ても、首に手をかけられるような不気味さを感じる。
その仮面をつけた人物こそーーデリアだ。
「さすがに早いね。いつも感心しているよ」
デリアは細い腕を上に伸ばして伸びをすると、頬杖をついてかくんと首をかしげた。異様な仮面に似合わない優雅な動作だ。
「何の用ですか」




