31 後悔、尾行
さっきの兄妹は、ランズウィック家の紋章を見たことがあるのだ。
そして、二人してただならぬ雰囲気で固まったあの様子からすると、何か悪い思い出があるに違いない。
「エレン、帰ろう」
「う、うん」
アンディは何事もなかったかのように歩き出した。しかし彼も少なからず動揺している。
たわいもない会話を交わしながら歩いた。まだ屋敷まで結構な距離があるだろう。でも時間を忘れてしまいそうだから、苦にはならない。
街は静かになっていた。子供ならとっくに寝ている時間だ。大人でも、真面目なものならば寝ているだろう。
(まだ、着かないのかな)
歩きながら、だんだん変に思ってきた。
確かに大きな街ではあるが、これほど広いのだろうか。もう一時間は歩いている。いくらなんでも、屋敷に着くはずではないか。
彼が道に迷うとは思えない。
(もしかして、わざとなんだろうか)
あの兄妹に会った時から、得体のしれない不気味さを感じていた。不安と嫌な想像が一気に頭を埋めていく。
そして、道の向こうに見覚えのある床屋の看板が見えたとき、ぞっとした。
私たち、街をぐるりと一周したーー!
間違いない。アンディはわざと回り道をしている。
いや、回り道ではなく……あとをつけている何者かを振り払っている。
(やっぱり、無事に済むわけがなかったんだ! 屋敷を抜け出すなんて危険すぎるってわかってたのに)
激しく後悔した。元はと言えば、自分の浅はかな失言のせいで、アンディは私を外出に誘った。その結果がこれだ。怪しい兄妹に後をつけられる事態になっている。
勝手な妄想などではない。
はっきりと聴こえる。二人分の足音が、後ろから。今まで聴かないようにしていただけだ。
アンディは気づかないふりをしている。
だからさりげない動作をよそおって、彼の肘をつついた。「私も気づいた」と伝えるために。口に出したりして、後ろの二人にばれてはいけない。
アンディは唇に人差し指を当てて、「静かに」とサインを送った。
それを見ると、不思議と恐怖が薄れていく。彼がいると心強い。
まもなく、広場に出た。噴水のある開けた場所だ。赤ら顔の酔っ払いが数人うろついている。
アンディが立ち止まった。
自分たちのまわりだけ、水を打ったように静まり返る気がした。
「後ろにいろ」
短く言って、彼は私の腕を掴んで自分の背中側に回らせた。
「出て来い。つけてるのはわかってる」
私たちの後をつけていた何者かは、案外あっさりと姿を現した。
黒い頭が二つ。
思ったとおり、ボタンのときの兄妹だ。
兄のほうが両手をひらひらと振って、何も持っていないことを示した。
妹のほうは、じっとこちらを見つめている。
「誰だ?」
アンディが訊いた。
「この間そちらにお邪魔した爺さんの、孫だけどさ。気になったからちょっとついてっただけ」
「それだけで、この街をまるまる一周つけてきた?」
「いやいや、そんな怖い顔するなって。別に、恨みとかないからさっ!」
兄はへらへら笑っている。が、妹のほうは相変わらず無表情だ。
「兄さん、嘘言ってたら撃たれるよ」
妹が呟いた。
アンディは今も拳銃を所持しているのだろう。ポケットに突っ込んだ手に握っているのかもしれない。アンディは危険な武器を日常的に持ち歩かなければいけない境遇にいるのだと思うと辛くなる。
兄は髪を掻いて、やれやれとため息をついてから、アンディのほうに向き直った。
「ランズウィックだよな」
さっきまでのへらへらした態度が嘘のように、兄は強い目でアンディを見やる。
(この目、どこかで…………あのときのお爺さん?)
彼は最初に、「この間そちらにお邪魔した爺さんの孫」だと言った。
あの復讐と正義に燃えた目がすぐそこにある。
だとすれば一家で復讐を企てているのか。
アンディははっきり答えた。
「ランズウィックだが、お前たちの敵じゃない」
「は?」
「敵じゃないんだ。俺は、あの家を潰したい」
「おいおい。何じゃそりゃ? 一人で? 悪いけど、頭大丈夫か」
「一人じゃない。この子と、あともう一人仲間がいる」
兄妹が私をまじまじと見た。信用していないのが丸わかりだ。
「それでも三人だけだけどさぁ……」
「あの家を倒すつもりなのか?」
兄妹は同時にうなずいた。
「先に断っとくけどさ、手は組まないからね。俺たちは俺たちでやるから。それだけ。味方とかびっくりしたよ、ついてきて悪かったねぇ。じゃ」
兄妹は立ち去ろうとした。
アンディが引き止める。
「待て。本当はどうするつもりだった? 一時間もつけてくるなんて異常だ。俺、それとも俺たちをどうかしようと思ってたんじゃないか?」
兄は視線を横にずらすと、へらへらした笑みを浮かべながら答えた。
「……君たちを、連れて帰っていろいろ教えてもらおうかなー、と思っーー」
兄の声はそこで途切れて、呻き声に変わった。
アンディが彼の襟を掴んで、絞め上げようとしている。兄の顔がみるみる歪んでいき、妹が駆け寄ってきた。
「兄さんを放しなさい、このっ、悪魔!」
「俺"たち"にしようとした?」
妹が兄をアンディから引き剥がそうとしているのにも構わず、アンディは兄の襟を掴んだまま冷たく見下ろした。そして一言、もう二度と現れるなとだけ言って、兄を解放した。




