30 告白
「そろそろ帰らない? ちょっと、疲れたかな……」
私の口から出たのは、「ランズウィック家に戻る」という選択だった。
言うまでもなく最良の選択だ。それはわかる。カールもアンディも裏切らない。ランズウィック家という悪と戦う。
ならこの苦しみは。
「……いいの? もう」
「うん」
疲れているのは本当だ。まともに歩くのも久しぶりなのに、踊ったりしたから足に体重をかけるだけで膝が震える。
アンディが急に立ち止まった。自分も足を止める。
「本当に、いい? 今なら逃げられる。好きなところへ、安全なところへ。俺とカールのことなんか気にしなくていい。エレンは好きなようにしてほしい。巻き込んでおいて今さらだけど……」
「ありがとう。でもいいの、もう決めてるから」
ちょっと強がりも含んでいる。でもまるきり嘘は言っていない。
「私はあなたと一緒にいたい。一緒に逃げたいんじゃなくて……う、うまく言えないけど……なんというか、その……」
こんなときに限って。
上手い言葉が出てこない。
「好き」というのが一番はやいのはわかっている。しかしそれには勇気が足りない。
しどろもどろになった私の口を、塞ぐものがあった。
「!」
熱い。
アンディとの距離がなくなった瞬間だった。
始めて知る口づけの温度は、とても熱かった。
身体の内側から熱いものがわきあがってきて、焼け尽くされてしまうかと思った。
自分の知らない自分が姿を現したように、私は彼の首に腕を回していた。
唇を離してもまだ熱い。耳元で何かをしきりに囁かれているがよく聞こえなかった。
外から受ける刺激はどうでもよくなってきた。
今はただ一つの伝えたい言葉がある。
今、言ってしまわないと、きっと永遠に言えない。
「私、も、アンディが好き」
彼の想いは同情だと疑うのはやめた。
これほど愛してくれているのに疑うなんて、失礼だ。
「好きで好きでたまらないの。同情だなんて言ってごめんなさい。私もアンディと同じ気持ちなら、言葉で言えないくらい嬉しい」
彼は返事の代わりに、二度目のキスをした。
髪をゆっくり梳かれる。幸せな気持ちが広がって止まらない。
思いが通じ合った。
出会いからすれば信じられない。でもこうなる運命だったのかもしれない。
惹かれ合うのはどうしようもない。今だけは、置かれた状況や立ち向かわなければならない敵のことを考えずに、幸福に身を任せたかった。
* * *
夜風にあおられながら、アンディと並んで帰路についた。
冷たい風に頭を冷やされてみれば、だんだんとさっきのことが恥ずかしくなってくる。好きと言ったことに後悔はないが、感情のままに抱きついたことを思い出すとたちまち顔が熱くなる。
そんなふうに落ち着きなく歩いていたとき。
カシャンと何かが落ちた音がした。地面に物を落としたようだ。
音のした方を目でたどると、きらっと光る銀色のボタンがあった。きっとアンディのものだろう。
私が拾おうとする前に、前から歩いてきた人が身を屈めて拾った。
「落ちましたよ」
「あ。ありがとう」
アンディが礼を述べて、拾ってくれたボタンを受け取ろうと手を差し出した。
「?」
ボタンを拾った黒髪の青年は固まっていた。
さらに、青年の斜め後ろで、彼の連れの黒髪の少女も固まっていた。兄妹だろうか、よく似ていて、二人とも同じ姿勢で固まっている。
兄妹の目は、ボタンに釘付けだ。
「あの……?」
「あ、いや。特に何も。はいどうぞ」
青年はアンディの手にボタンを置くと、妹と足早に立ち去った。
何か不自然だった。
兄妹はボタンをじっと見つめていたが、ボタンがどうしたというのだろう。
何か秘密でもあったのだろうか。……ボタンに、何かわけのあるものが描いてあったとか?
気になったので、アンディの手のひらに乗っているそれを観察した。
「あっ」
紋章だ。
注意深く見なければ気付かないが、確かにボタンの表面にはランズウィック家の紋章が彫られてあった。
つい何日か前まではめられていた足枷に描かれてあった、金の獅子と蛇の紋章だ。間違いない。
彼らは、ランズウィック家の紋章を知っていた?




