33 驚愕
アンディが訊くと、デリアは仮面の下でにっと笑った。表情は仮面に隠されていて見えないはずなのになぜかいつもわかってしまうその笑みが、アンディは無性に恐ろしいのだ。
デリアは頬杖をついたまま、艶やかな声で言った。
彼女が何歳なのかは不明だが、アンディはもう何百年も生きているような気がしてしまう。声はそれほど年をとっていないように思われるが本当のところは謎だ。
「新しい導きがあったのだよ。皆、あたふたするであろう。オリバーが動揺するのを想像すると、愉快でたまらないね」
導きとは、デリアが占いで出す結果のことだ。
導きはランズウィック家の様々なことを決める。奇妙な習慣や、毎月悪魔に捧げる供物など。
導きはたまに変わることもある。大抵の場合本当にどうでもよさそうな変更ばかりだ。
が、何か嫌な予感がする。
きついお香の香りが漂い、蝋燭が部屋の四隅で揺れる。部屋の主である、この得体のしれない女。気を抜けば現実ではないどこかへ連れていかれそうだ。
デリアはいきなり立ち上がった。
すらりとした身体が蝋燭の炎に照らされる。まっすぐで豊かな黒髪がはらりと広がり、目を疑うほど艶かしい。
彼女は仮面の顔を星の地図に向け、両手を広げて嬉しそうに導きを告げた。
「生贄の儀式は、明後日に変更だ!」
「な……!」
アンディは絶句した。
明後日? そんな馬鹿な。
「驚いたかい? はやく他の奴らにも知らせてあげておくれよ。彼らの反応が楽しみで仕方ないんだから! こんな大きな変更! めったにないよ。でも、星が近づいてきてるのだよ。言ってもわからないだろうが」
デリアの喋る内容は頭に入ってこなかった。
ーーどうして今年に限って!
これまでにも、儀式の予定日が変わることはあった。
しかしそれはごくわずかの違いだ。一日だったり、朝の予定が夜になったり。
が、一週間以上も早められるなど考えもしなかった。異例中の異例だ。
ーー落ち着け。
アンディは自分を叱咤した。
時期が早まったからといって、特に不都合はない。いずれはやる予定だったことだ。
心の準備ができていないなど、話にならない。そんな生半可な覚悟ではないはずだ。
混乱した頭をどうにか鎮める。
「……それは、驚きますね。分かりました、旦那様と、他の者にも伝えておきます。他には何かありませんか」
「それだけだ。君の反応、なかなか面白かったよ……しかし」
デリアが振り向いて、アンディに笑いかけたーー気がした。
「あまり生贄に情を持たないほうがいいと思うけれどね。君は冷酷になれる人間ではなさそうだから、毎年こたえていたのは知っているけれど、今年はまた格別だ。私はそういうの、悲恋といえばいいかなーー好きだけれど」
ーーこいつ、どこまで知ってる?
「よっぽど可愛い生贄だったんだー。生贄はたいてい若くて美しい娘と相場は決まっているからとはいえ、見てみたいかもしれない」
デリアの口ぶりは、生贄に興味があると言っているだけだ。
違うのか……。考えすぎだった。
デリアは気づいてなさそうだ。単に生贄に肩入れしていると思っているらしい。
とはいえ、彼女は油断できない存在だ。この部屋に閉じこもっていても、どこかから見ているのではないか。そんな恐怖がある。
ここに長くいては、自分の心を見透かされてしまいそうだ。
アンディは一刻もはやくこの部屋を出ようと、ドアノブに手をかけた。
* * *
ドアノブにかけた手をそろそろと引っ込め、力なく体の横におろした。
夜中、目が覚めてしまった。あれほど歩いて疲れているはずなのに、窓から射し込む明るい月の光が幻想的で思わず見とれて、それからずっと起きている。
月の光は部屋に満ちて、暗闇に慣れた私の目には、部屋が白く輝いているように見える。
その神々しさと、身体に感じる寒さを同時に味わいーーなぜか無性に人恋しい。
だからといってどうすることもできない。 扉は外から鍵を開けない限り開かない。
鍵を持っているアンディだって、私の見張りとはいえ寝ているだろう。彼はきっと自分の何倍も疲れている。自分のわがままで起こすような真似はしたくない。
彼とは、想いが通じ合った。
信じられなかった。けれど今はその事実を受け止めている。幸せだと思える。
自分の身に起こった幸福を素直に受け止めることができているのも、彼のおかげだ。彼がまっすぐに愛情をくれたから、前向きになれている。
自分は彼のことが好きで、彼もまた自分のことが好き。
奇跡のようなことだ。
約二週間後。ここを抜け出すチャンスだ。それを逃せば、恐らく待っているのは死だろう。失敗は許されない。
無事に計画をやり遂げ、自由になってアンディと暮らしていきたい。
鍵を開ける音がしたのは唐突だった。




