24 外出、紅潮
アンディは今、なんて言った?
「行きたいんだろう?」
「な、何言ってるの。冗談だよね……?」
いつの間にか、スカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
「冗談じゃないよ。エレンが行きたいっていうなら、方法はある」
「……どんな?」
駄目だとわかっているのに聞いてしまった。
こんなの、ありえない。自殺行為だ。見つかったらどうなることか、恐ろしくて想像したくない。
アンディは冗談を言っているように見えない。右目にかかった金髪からのぞく瞳に射抜かれているようで思わず目をそらしてしまう。
「ちょうど、儀式に使う道具の買い出しを頼まれてたから街へいかないといけない。俺は表向きは小間使いなんだ。ちなみにカールは飼育係。話が逸れたけど、メイドのふりをして使用人口のほうから出れば怪しまれることはまずない。少し後から俺がついていくから、敷地の外に出たら待っててくれるといい」
なるほど、確かにそれだと大丈夫かもしれない。しかし、口で言うのと行動するのとでは大違いだ。取り返しのつかないことになるのが怖い。
「……行きたい、けど……やっぱり危ないよ」
「大丈夫だって」
その、きらきらした微笑みはやめて欲しい。どんな提案だろうと断ることが出来なくなる。
「そう言うなら……。やってみようかな」
ほら、断れなかった。
「うん。それがいいよ。じゃあ、夕方に出発するから」
窓の外で小鳥がピチチチ、と高い声で鳴いた。とんでもない朝だね、とでも言いたそうに。
* * *
アンディが持ってきたメイドの制服に袖を通しながら、踊り出したい衝動に何度も駆られていた。
こんなにうきうきしたのはどのくらい久しぶりだろう。
危険なことをすると言うのに、私の心は春と夏がいっぺんにやってきたかのようだ。
「これでいい……かな?」
部屋の奥にあった古びた鏡に頭を映して髪がほつれていないか確認する。白のキャップに収めた髪はきれいにまとまっている。
一歩下がって全身を映してみた。飾り気のない黒いドレスに白のエプロンーーどこから見ても下働きの少女だ。これならまずわからないだろう。考えてみれば私の姿を見たものはごく少数だ。まずばれる可能性はないと言っていいだろう。
鏡にもう用はないと思い、布をかけようとしたところでふと手が止まった。
これまでは青白かった頬に、かすかに赤みがさしている。貴婦人がしているお化粧のようにきれいにピンクに染まっていて、よく「病人みたいだ」と言われていたのが信じられなくて、数秒間固まった。
気分が高揚しているから、そのせいだ。
ピンクに染まった頬を見た瞬間、アンディは綺麗だと言ってくれるかな、と考えていた。すぐに彼のことを考えてしまう。そしてそのたび、胸が締め付けられるような感覚を覚える。
これまで不気味としか思わなかった鏡に少しだけ親しみを感じた。もちろんまだ不気味だが、もう一度鏡の中の自分と向き合ってみた。
キャップが傾いたかな、と感じて頭を触ろうと手を上げたとき、扉がコンコンとノックされた。
予想外に早かったので私は飛び上がった。ほとんど投げつけるようにして鏡に布をかけ、扉に向かう。開くと、柔らかな微笑みをたたえたアンディが立っていた。
「用意できてる?」
「うん」
視線を受けてはじめて、いつもとは違う格好をしているのを意識した。
変じゃないかな。なんて思われてるんだろう……?
アンディは変装については案外何も言わなかった。頷いただけで、階上の気配を伺っている。
いつも物腰柔らかな彼が警戒していると、こちらもかなりの緊張を感じる。ぴりぴりとした空気に腹痛を感じそうになった頃、アンディは手で合図をした。上がっても大丈夫、ということらしい。
彼を信じて古びた木の階段を踏みしめた。ギシッと音がするたびに誰かに聞かれていないかひやひやした。
「廊下に出たら、右に曲がって。突き当たりに水色の扉があるから、そこを開けてまっすぐ」
私はうつむきながらひたすら進んだ。今にも後ろから誰かがやってきて、今手は空いているか、こっちを手伝ってほしいなどと頼まれはしないかびくびくして歩いた。
後ろからアンディの足音が聞こえる。それが私に勇気を出させた。
廊下は長かった。長さの割に数の少ない窓からは、傾いた夕日が見える。冬の日は短く、あたりはもう薄暗い。
水色の扉が見えてきた。あれを開けなければならない。もし、開けた向こうに誰かいたらーー嫌な想像は振り払わないと。
暴れまわる心臓の音が周りに響いていないかと心配になってきた。
ぴたりと扉の前で足を止め、ドアノブを握る。氷のようにひんやりとしており、自分の体がどれだけ熱いかわかった。
なるべく音を立てないように扉を開くとーー冷たい風がさあっと頬を撫でた。




