25 外界、案内
三週間ぶりにあびる外の風は、冬だから当たり前だが凍えるように寒かった。
それでも全身に氷のような風を受けて、何とも言えない開放感がある。やはり長い間屋内に閉じ込められていたのはかなりこたえていたらしい。
足が止まってしまっていた。後ろからアンディが囁くのを聞いてようやく緊張感のある現実に引き戻される。
「急いで。あそこの林を抜ける」
私はこくりと頷いた。
ひびの入った石段を降りてアンディが指した林へ向かう。それほど離れていないが早く着いて隠れてしまいたい思いから歩調が速くなる。
「暗い……」
冬の夕方、それも密集した木々の間だと夜のように暗かった。林の向こうにうっすらと見える灰色は塀だろうか。
まっすぐ進むと前方に扉のようなものが見えてきた。
「あれは?」
アンディのほうを振り返る。距離をとっているから聞こえるはずもないので扉を指差してみせた。
彼は頷いて、扉を開けて外に出ろというジェスチャーをした。
ここを開ければもう外の世界だろう。血塗られた悪魔崇拝の屋敷とは無関係の、ふつうの街が広がっているのだ。
逃げてしまえばーーそんな考えがふと頭をよぎる。アンディと距離が離れているから、私の足でも全速力で走って街の誰かに助けを求めるくらいは捕まらずにできる。
しかしそう思っただけで、本気でやろうとは考えていない。そんなことをしたら、アンディやカールを裏切ることになる。それに実は浮かれているせいもあった。もし、魔が差して、逃げたいと思ったならーーそれはこの外出を楽しんでからだ。
一気に扉を開けた。
目に飛び込んできた景色は、立ち並ぶ小さな家々と、リヤカーを押している中年の男。道端のごみをつついているカラス、どこかの家庭から流れてくる夕飯の匂い、黄ばんだ新聞紙が吹き飛ばされていくバサバサという音ーーなんでもない街の風景だ。
なのに、それは眩しく見えた。本当に眩しかったから目を手で覆った。
一歩、二歩と道に出る。
後からアンディも出てきた。
「こっからは大丈夫。ぼーっとしてるけど、どうしたの?」
「いや……なんだか実感がわかなくて」
「出たんだよ。エレンは出られた。堂々と歩いていい、今日が終わるまでは」
「眠たくなっちゃうよ」
「俺はいいけどね。エレンの気の済むまで付き合うよ? でも悪いけどその前に俺の用事に付き合ってほしい」
こっちだよ、とアンディが歩き出す。そしてーーごく自然に私の手をとった。
「ーーっ!?」
「何?」
何、と言われても。真っ赤になって黙りこくるしかない。
手を繋ぐのって、普通のことなの?
手のひらから伝わる温もりが、冷え切った手にじんじんと広がる。
触れた手と手から何かが流れ込んでくる感覚に酔いそうになりながら、久しぶりの外の風景に包まれて彼についていった。
大通りを抜けて細い道に入り、それからまた入り組んだ小道を何度も折れながら進んだ。まだ着かないのかと心配になりはじめたころ、一軒の店の前でアンディが足を止めた。
繋がれた手がふわりとほどける。手を離したときに感じた空気の冷たさに思わず顔をしかめた。
「ちょっとだけ待ってて。ほんのちょっと。すぐ戻るから」
あたりはもう暗い。空は紺色で月がのぼっている。
こんなところに少女をひとり置いたままにするのは確かに危ない。アンディはかなり焦った様子で店の中へ入って行った。
そして、五秒たったかたたないかくらいで出てきた。びっくりして彼を見上げる。
「よかった。待っててくれたんだね」
「は、早過ぎない!? なにしてきたの?」
「頼んでたものを取りに行った。それだけ」
「はあ……そうなんだ」
「これからどこに行く?」
いきなり行き先をふられた。
「えっと……何があるのか、わからないから何とも言えないよ」
「それもそうだ」
アンディはなるほどというように頷き、首をくいとかしげた。綺麗な首筋に目がいってどきっとしたので他のものに視線をずらした。
色あせたパブの看板を見ていると、思いついた、とアンディが言った。
「じゃあ、俺のおすすめで。お腹空いただろ? 向こうの通りにおいしい料理屋があるんだ。かなりがやがやしてるけどそういうの平気?」
「うん」
こうして夕食が決まった。今度も道がわからないのでアンディの後ろをついて行ったが、手は繋がなかった。彼の元から逃げ出さないと確信してくれたからなのかもしれないが、物足りないような、そんな淋しさを感じた。




