22 意識、解放
「うわ本当に気づいてないんだ! じゃあ教えたげるけど、エレンさっきアンディさえ助かれば〜みたいなこと言ったんだぜ」
「ええー!?」
嘘でしょ、としつこくカールに言ったが、まったく否定しない。彼のいたずらではないようだ。
信じられない。確かにちらりと思いはしたけれどまさか口に出していたなんて。
「口が滑ったの。カールをそんな、軽く思ってる訳じゃない!」
「もういいよ。面白かったから」
ぷっぷっと口をおさえて笑い声を漏らすカール。私は半分涙目になる。否定すればするほどぼろが出るようだ。
「隠さなくていいと思うけどな〜」
いまだニヤニヤと笑いながらカールが話しかけてくる。人見知りの自分でも会って十分とたたないうちに打ち解けた貴重な人物だが、なんだかからかわれてばかりのような気もする。
「まあ、アンディは見た目がいいからな。仕方ない仕方ない」
「う……カール! だから! 違うって! あれは口が滑っただけなの!」
そこでアンディがようやく助け舟を出してくれた。
「……打ち解けたみたいで良かった。じゃあもう戻る。……カール、また本でも持って来てやるよ。暇だろ」
「本とか、いらね……嫌がらせだろ。文字なんか見るだけでオエってなるの知ってるくせに」
「行こう」
アンディに肩を叩かれてはっとした。
「あ……お邪魔しました」
「じゃあねー、また来てよ、暇だから」
カールは紳士が山高帽を取るようにかつらを取ってうやうやしくお辞儀をした。
カールの地毛はつんつんとしたダークブラウンで、彼によく似合っている。
アンディの後についていきながら考えた。カールはいったいどれほど退屈なのだろう。一日中することもなく、冷たい石壁剥き出しの部屋に閉じ込められて過ごすのだ。いかにもエネルギーの有り余っていそうなあの少年が、一ヶ月もそんな状態で正気でいられるだろうか。
そこにカールの覚悟が読み取れる。
彼もまたアンディと同じようにランズウィック家を恨み、滅亡を願っている。
自分達は同志なのだ。
* * *
もうすっかり見慣れた石壁むき出しの部屋に戻ってきた。
床に放り出されている、足枷が目に入った。
あれはもう必要ない、と思う。アンディはどうなのだろう。彼は私を信じると言ってくれた。ならつける必要もないはずだ。事実、逃げ出そうなどとはもう考えていない。長い間走っていない体でいきなりこの広い屋敷から逃走しようだなんて無謀だし、何よりアンディを裏切りたくない。
「……アンディ。あの足枷、もうつけなくていいの?」
「当たり前だろ」
アンディが強い口調で言ったのでどきっとした。
「俺がエレンにそんなのつけたいと思う? 血だらけになってただろ。エレンは逃げ出さないって信じてるから。念のために忠告しておくと、この屋敷から見つからずに逃げるなんてほぼ不可能だ。エレンはだいぶ弱ってるだろう」
「……うん」
自分の足首に目をやると、包帯には痛々しく血がにじんでいた。また包帯を変えなければならないだろう。意識すればまたじくじくと痛みだした。
寒い部屋に沈黙が訪れる。何か言おうと思うけれど話題がない。
ふいに、さっきカールにさんざんからかわれた自分の失言を思い出す。
顔から火の出る思いをしたけれど、あれは本心だったと認めざるを得ない。アンディに危険を冒してほしくない。ただ、それをもろに聞かれてしまったのは恥ずかしい。
考えていることを読み取ったのかと思うほど絶妙なタイミングで、アンディが話しかけてきた。
「さっき、俺さえ助かれば、って言ってたけどさ」
「やっ、やめて……その話はもうなしだよ」
「わかった。俺は、嬉しかったよ」
とろけそうな微笑みをこちらに向けるから、つい顔が赤くなってしまう。それを見られたくなくて顔をそらすと、アンディの手が伸びてきてくいと向きを変えられた。
「おやすみ」
一瞬何が起こったのかわからなかった。おやすみという言葉を返せないままぼんやりと彼が出ていくのを見ていて、それから数十秒ほどして……やっと額にキスされたのだと気が付いた。
「…………!!」
何やら制御できない衝動に駆られてめちゃくちゃに部屋を転げまわる。冷たい石の床に体を打ちつけようと全く気にならなかった。私の頭の中は混乱だけで支配されてしまった。
落ち着かないと。落ち着こう。ただのおやすみのキスだ。額だし、そんなに特別なことじゃない。
しかし、その夜は寝られそうになかった。




