21 決意、味方
「エレンはメイドに変装して、彼女たちの中に紛れて逃げてもらう。屋敷の外に出てまっすぐ行くと大きな街に出るから、そこの一番高い時計塔の下で待ってて。そこで落ち合う」
「そんな、アンディを置いていくの?」
彼に危険なことをさせて自分だけ逃げるなんてあり得ない。
そうは思ったけれどーー
「これしかない。エレンはずっとここから出てないからだいぶ体が弱ってるはずだ」
ぎくりとした。
確かに、以前は施設の掃除や雑用で結構体を動かしていたのに、今は一日数十歩も歩けていない。こんな閉鎖された空間に足枷付きでは仕方が無いことではある。
しかも監禁生活はまだ二週間続くのだ。さらに体は貧弱になり、計画を実行する時に走って逃げられるかどうかも怪しいかもしれない。
こんなのでは足手まといだ。
そんな簡単なことに気づかず、助けになれると思い上がっていた自分が恥ずかしくなる。
「……だいたい、こんな感じかな。で、カールのことだけど。彼は今も、すぐ向かいの部屋にいる」
「そこに行くの?」
「うん。足音立てないように気をつけて」
カールとは一体どんな少年だろう。
身軽ですばしこく、頭の回転が速いと言っていた。なんとなく、無邪気で意地悪そうな少年を想像する。
「ああ、それ、外さないとね」
「!」
彼が何を指して言ったのかわかったとたん喜びでどきんと心臓が跳ねた。
「足枷、外してくれるの?」
「外さないと出られないだろ」
当たり前のようにアンディは言うけれど、私にとっては大事件だ。
忌々しくて仕方なかったこの足に噛みつく黒い鉄の塊がなくなると思っただけでなんでもできそうな気がしてくる。
「あの……アンディ」
「なに?」
「私が逃げないって信じてくれてるの?」
私の足元にしゃがみこんで足枷の鍵を取り出しているアンディに向かって問いかけてみた。
アンディは少し間を置いてから答えた。
「エレンを信じないなら俺は何もできない」
低めの声が耳に届いた。
「……」
今しがた全力疾走してきたように胸がどきどきと苦しい。
やっぱり、アンディと話していると駄目だ。変になってしまいそう。経験したことのない感情が溢れすぎてどうしていいのかさっぱりわからなくなる。
「外れた」
足がすうっとして、ずっと感じていた冷たい鉄の感触がなくなった。
しかしズキズキとした痛みも感じる。見てみると、足枷がはめられていた部分が赤く腫れ上がって血が出ている。
「酷いな」
アンディは形のいい唇をかんで呟いた。目は怒りで燃えている。
なのにそれを見て確かに少し嬉しくなった。心配してくれているのだと。
アンディは包帯とハンカチを取り出した。どうして包帯を持ち歩いているのか不思議だ。
包帯が巻かれていく。そういえば誰かに傷の手当をしてもらうのも初めてかもしれない。
「できた。痛くない?」
「うん。ありがとう」
彼の気持ちに応えようと精一杯の笑顔でお礼を言った。アンディは嬉しそうにしてくれた。
でもまだ足りないーー足りるはずがない。
だから思いきって言った。
「私は逃げないよ。ぜったい、アンディと一緒にここから出るから。役に立たないけど、せめて足手まといにならないように頑張って逃げるから!」
一気に言って、苦しくなった息を整える。
アンディはかなり面食らったようだ。それを見てやっぱり言わない方が良かったかと落ち込む。
でも、いいや。ひどくお粗末だけれど、初めてアンディに自分の気持ちを伝えられた気がする。
軽くなった足を踏み出して、もう一人の味方、カールのところへ行こう。
* * *
「よーう、やっと来た?」
「こいつがカールだよ。……びっくりするだろうけど」
「その子がエレン? はあ、やっぱ本物の女の子には敵わねーな」
想像していたつり上がった目の意地悪げな少年とは全く違って、カールはかなり愛らしい顔立ちをしていた。
そして何より驚いたのが、自分の変装をしているそのはまり具合だ。
見事な赤茶の巻き毛はかつらだろう。そんなかつらがあることも驚きだが、普通の男がそれをかぶっただけでは女装だとバレバレだ。しかしカールは女の子にしか見えない。顔立ちの可愛らしさと華奢さのせいであるだろうけれど、思わずまじまじと見つめてしまった。
「そんなに可愛い? ありがとー」
「う、うん、可愛い」
「ぶっ、エレンって素直なんだ。おもしろー。俺のことはカールね」
無邪気さはほぼ予想通りだ。意地悪というよりはいたずら好きで人懐っこい性格のように思う。
「アンディから何もされてない? 密室で二人きりとか一番まずいよねー」
「へ……ええ!?」
「カール!」
「わかったわかった、黙るよ。黙りゃーいいんだろ」
冗談でもやめて欲しい。真っ赤になった頬とアンディの存在を嫌でも意識してしまう。
「アンディから聞いた? いろいろ」
いろいろというのはたぶん計画のことを言っているのだろう。
「もう話しておいた」
アンディが言う。
「あれって結局さあ、ほとんど俺しか活躍しないんだよ? アンディくんは必要があれば銃ぶっ放すだけー」
「そっ、そうなの?」
「……カール、嘘を言うのはそこまでにしろ」
あれ、違うんだ。
アンディが危険の少ない役に回っているなら、すごく安心したのに。
「……エレンさ、ひどくね? 俺のこと暖炉の薪みたいに思ってるよね、それ」
「え?」
一体なんの話だろう。カールが暖炉の薪? さっぱりだ。
アンディのほうを見てみたが、彼はなぜか目をそらした。
「あの、意味がよくわからないんだけど……」




